4.1人目の容疑者
*まずはごめんなさい!!
1~3話を大きく変えた為に、旧3話と4話が繋がっていません。
なろうオリジナル版で進めていたのですが、pixiv版と同じ内容にする事にしました。
pixiv版を修正しながら、こちらにコピペしています。*
これは、日本の古典文学を元にした、二次創作作品です。
原作は、後書きに載せます。
[神戸][南京町]といった、現実の地名が出てきますが、実在する同名の場所とは、外観が大きく異なる場合があります。
「じゃあね、ばあや。
用事が済んだら、帰るからね。」
晃はそう言うと、二つ折りの携帯電話を、耳から離した。
今、晃と支倉の2人は、四海堂出版社の前に立っている。
晃は、薄茶色のトレンチコートを、両肩の上に掛けている。
支倉の格好は、室内と変わらない。
四海堂出版社の前の道は、坂になっている。
晃は、坂道の、下り坂側に目を向けた。
昔、外国人が住んでいた、西洋風の館……
[異人館]が、長い長い坂道の両側に、ずらっと並んでいた。
赤い石が敷き詰められた歩道。
黒い車道。
白い洋館の壁。
緑色の屋根。
青く、澄み渡った、10月初週の空。
それらに、暖かな光を与える、オレンジ色の太陽。
坂道の上にある、この美しい街は、
[異人館街]と呼ばれている。
異人館街は、神戸の端に位置する、昔の西洋が息づく街だ。
「行きますよ、坊ちゃん。」
晃は支倉に呼ばれ、振り返った。
支倉の背後には、四海堂出版社がある。
白い、西洋風の2階建ての建物で、屋根の上では風見鶏が、クルクルと回っている。
その隣にある、赤い壁の、3階建ての大きな館が、晃が亡き両親から継いだ家だ。
「坂の上の方に、警察署はあるの?」
体力が少ない晃は、自信無さげに尋ねた。
「ええ。……大丈夫、歩いて5分も掛かりません。
それにいざとなれば、俺が負んぶしますから!」
「そっ、それは恥ずかしいよっ!」
「あははっ、冗談ですよ。」
支倉くんなら、やりかねない……晃はそう思った。
「そうだ!
さっきテレビに映ってた、南京町……。
この[異人坂]から、そう遠くは無いじゃないですか。」
坂を上り始めてからすぐ、支倉がそう言った。
異人坂というのは、異人館街がある、この坂の名称だ。
「うん、そうだね。」
「じゃあ、警察署にあのこそ泥が、居るかもしれませんねっ!」
支倉は、太陽のような、眩しい笑顔を晃に向けた。
晃は思った。
自分はいつも、支倉に支えられてきた……と。
支倉だけでは無い。
出版社の大人たちだってそうだ。
晃はいつも、彼らの言う事に従ってきた。
お金の出入りは、自分だって勉強すれば、資料を見て理解出来たはずだ。
それをしなかったのは……。
将来安泰だと言う、丸山の言葉を鵜呑みにしたのは……。
自分の中に、他人を頼ってしまう、甘えがあったからだ。
支倉は、返事は求めていなかったらしく、今はもう前を向いて、坂を上っている。
秋の朝特有の、乾いた冷たい風が吹いた。
晃の左肩の上で、トレンチコートが、パタパタとはためいた。
晃はそれを、飛んでいかぬように、右手でギュッと掴んだ。
晃たちは、警察署に着くと、奥の尋問室へと通された。
白く明るい照明が、尋問室全体を照らしていて、陰鬱な感じは全然しなかった。
部屋に、支倉をここに呼んだ判事は、居なかった。
意外な事に、南京町を走っていたこそ泥も、居なかった。
その代わりに、若い青年が、パイプ椅子に座っている。
パイプ椅子は、部屋の中央にあるテーブルの2辺に、2脚ずつ、置かれている。
「貴方は……。」
支倉が言い切る前に、青年は椅子から立ち上がり、お辞儀をした。
「どうも。」
青年は顔を上げた。
彼は、晃とは違う系統の、美しさを持っていた。
晃は、日本と西洋が混ざった顔付きであるのに対し、この青年は、純日本人の顔付きだった。
黒い髪に癖は無く、ライトに照らされた部分に、光の輪が出来ていた。
髪と同じくらいに黒い目からは、利口さを感じ取れた。
「どうも。」
支倉と晃は、青年に挨拶を返した。
青年は、自分の紹介と、ここに居る理由を話し始めた。
「僕は、この辺りに住む者です。
名前は、蕗屋 清四郎と言います。
昨日、事件があって、その事について、事情聴取を受けていました。」
「私は、検事の支倉心と言います。」
「僕……私は、四海堂出版社の、法水晃と言います。」
「支倉さんと……法水さんですか。」
蕗屋青年の口調には、意味あり気な深みが含まれていた。
「私たちの事を、ご存知ですか?」
支倉が尋ねた。
「この前、僕が読んだ小説に、そんな名前の2人組が出てきたので。」
「ああ、それなら、小栗虫太郎の[法水麟太郎シリーズ]を、お読みになったのですね!」
支倉は嬉しそうに言った。
支倉自身、大好きなシリーズなのだ。
珍妙な推理を繰り広げて行く、麟太郎氏に、難なく話を合わせる支倉肝氏が、支倉心には格好良く映った。
自分が彼の血を継いでいるのが、誇らしかった。
「はい。……僕は『廿世紀鉄仮面』が好きなんですが、支倉さんは?」
「私も大好きですよ、『二十世紀鉄仮面』!
……ただ、支倉検事があまり出てこないのが、不満ですが……。」
「そうですね。
法水麟太郎は、冒頭で、瀬高の手によって、警察とのパイプを切られてしまいますから……。
支倉さんは、支倉検事が……少しややこしいですが……お気に入りなのですか?」
「はいっ!
気難しくて、偏屈で、嫌われがちな主人公に、付き添う姿がっ……。」
晃は、さっき蕗屋青年が言った、[昨日の事件]と[事情聴取]が気になっていた。
言うべきだろうか。
……いやしかし、支倉には支倉の、ペースがあるのかもしれないし……。
晃は悩んだ。
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。