2.坊ちゃん社長と執事
「はあ……凄いなぁ!」
法水 晃は、テレビに映った粉雪を観ながら、感嘆の声を漏らした。
細い男が、南京町で警察に追われていたのは、昨晩の事であり、今日、その様子がテレビで流されているのである。
「ええ、そうですね。
こんなに小さな、女の子が……。」
晃の向かいに居た青年……支倉 心も、テレビを観て感心していた。
晃と支倉は、テーブルを挟んで、向かい合うようにして、ソファに座っている。
テーブルの上には、二人分のティーセットと、今朝の朝刊が置かれている。
朝刊の日付部分には、
[20XX年 10月 1日]
と印字されている。
(XXは伏字。)
支倉は、ティーポットを持つと、自分のカップに紅茶を注いだ。
紅茶の表面は、朝の日差しを受けて、キラキラと輝いている。
支倉はそれを飲むと、目の前の少年……法水晃をじっと見つめた。
晃はもうテレビから目を離し、今はテーブルの上にあった、今朝の朝刊を読んでいる。
晃のミルクティー色の髪は、男にしては少し長い。
前髪は目にかかるくらいで、後ろ髪は、襟を越すか越さないかくらいの長さだ。
毛先は、フワリと空気を含んだように、カーブがかかっている。
衣装はと言うと、上は、アイロンがかけられた白いシャツと、暗い茶色のベストを着ている。
下は、黒のスラックスを履いている。
それらに派手さは無いが、どれも質は高い。
物の価値が分かる人が見れば、晃は裕福なお坊ちゃんなのだと、想像がつくだろう。
顔は恐ろしく整っており、他人の美醜に厳しい人でも、美少年だと認めざるを得ないはずだ。
中性的な出で立ちで、一見しただけでは、男装した女性にも見える。
歳は17だが、彼の目には、素直な子供らしさが十二分に残っている。
人をあまり疑わず、周りの大人には従順な、良いところのお坊ちゃん……それが、法水晃という少年だ。
彼を見つめる支倉は、いかにも正直で、実直で、健康的な身体を持った日本男子……という出で立ちだ。
髪は黒く、短く切りそろえてある。
目や表情は、素直で裏表が無い人間のものだ。
体格の良い身体には、白いシャツと、黒いスーツを纏っている。
それらは高価な物では無いが、清潔に保たれている。
歳は25で、まだまだ若々しさが残る。
職業は、検事だ。
支倉は、今度は、自分たちが今居る部屋を、グルリと見渡した。
[四海堂出版社]。
その応接室で、支倉と晃は、朝のティータイムを過ごしていた。
応接室は、壁も床も白く、板張りのようなデザインが施されている。
天井には、羽付きのシャンデリアがある。ライトを覆う部分は、鈴蘭の花の形をしている。
壁には大きな窓が2つ、取り付けられていて、そこから、朝の日差しがさんさんと、支倉たちに降り注いでいる。
応接室の横には、壁も無く、そのまま広い編集室に繋がっている。
編集室には、複数のデスクが並んでいて、その上には、書類が積まれている。
だが、デスクで作業している従業員は、1人も見受けられない。
今は始業時間前なのだ。
……始業時間前に集まる、仕事熱心な従業員は、ここには居ない。
所々にあるコピー機は、やや型が古い物だ。
コピー機に限らず、編集社全体が、一昔前のような内観を保っている。
……新しい物を揃える、お金が無いのだ。
しかし、その事実を、社長である法水晃は知らない!
知らないので、上質な服を着て、優雅に朝のティータイムを決め込んでいる。
「……坊ちゃん。」
支倉が、晃をそう呼んだ。
「なんだい?支倉くん。」
晃は、朝刊から顔を上げて、支倉の声に答えた。
「3ヶ月前、ご両親が亡くなり、坊ちゃんが継ぎましたよね。
この四海堂出版社を。」
「うん。」
晃は朝刊を、テーブルの上に置いた。
「坊ちゃんは、学校を中退して…周りの大人たちに支えられながら、社長業を続けて来られましたね。」
「うん。」
「坊ちゃんは、今までに
[どれだけのお金が出て行って]
[どれだけのお金が入ってきたのか]……
確認された事が、ありますか?」
「勿論、あるよ。そういう事に詳しい、丸山さんに訊いて……。」
「[ご自分で]
……確認された事は、ありますか?」
支倉は、少し声を低くして言った。
晃は、返事に困り、言葉に詰まった。
「……な、無いです。」
「……そうですか。
では、この四海堂出版社が最近、右肩下がりの経営……それも急勾配の……を続けていた事も、きっとご存知ないのでしょうね。」
「う、うん……。」
丸山から聞かされた話と、違う。
……騙されたのだ。
晃の右の頬を、汗がつーっと伝った。
「坊ちゃん。
俺の見立てに依ればですね。
坊ちゃんが17歳の内に……坊ちゃんのお誕生日は、3月14日ですから、半年以内に……。
この四海堂出版社は、倒産しますよ。」
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。