17.90年後の心理試験・後編
支倉は、今度は本当に、パイプ椅子からずり落ちた。
ガシャシャンッ!
パイプ椅子が、床に倒れた。
「おやおやっ!
……大丈夫かい?」
裏晃は、椅子から立ち上がると、支倉の前に膝を付き、手を差し伸べた。
支倉は慌てて立ち上がり、倒れた椅子を元通りに直した。
「すッ、すみませんッ!!
執事の俺が、坊ちゃんに、膝を付かせるなど……ッ!」
支倉は、羞恥で顔を赤く染めながら、椅子に座り直した。
裏晃は支倉に、ニコリと微笑みかけると、自分も椅子に座った。
「ふふふ。
凄い驚きっぷりだったね、支倉くん?」
「いやぁ……まさか、そんな昔の人を連想するなんて、思いませんでしたよ。
蕗屋は、大した女優マニアですね……。
……ん?
坊ちゃんはさっき、[俳優]と仰いました?」
「ああ。
天川呉羽は、男でありながら、性別を隠し、女優として活動していたんだ。
自分の子供を、売れっ子女優にしたいという、親の暗い陰謀のせいでね。」
「へ、へぇ~っ……!
坊ちゃんは、よくご存知でしたねぇ……!」
「気になるなら、夢野久作の『二重心臓』を読むと良いよ。
そこに、呉羽さんについて、書かれているから……。」
「夢野久作……ああ、『ドグラ・マグラ』の人ですね!」
支倉が、夢野久作を思い出そうと、裏晃から目を背けた隙に……裏晃は、晃をギロリと睨み付けた。
「……うん。そうだよ、支倉くん。
ところで、君はさっき、蕗屋は大した女優マニアだと……そう言ったね?」
「はい。
濃い女優マニアじゃなきゃあ、こんな昔の人の名前、わざわざ挙げませんよ。」
「君の言う通り、濃い女優マニアなら……
呉羽さんの、本当の性別を知らないのは、不自然じゃないかな?」
支倉は、またまたハッとさせられた。
「大体、現代の人が呉羽さんを知る機会なんか、[女優として活躍していた男性を、調べた時]か、
[夢野久作が書いた、『二重心臓』を読む時]くらいなんだよ。
呉羽さんは、映像作品には出なかったからね。」
「つまり……天川呉羽の存在と、彼の性別は、セットで覚えるのが、普通なんですね。」
「そういう事だよ、支倉くん。」
「ええッ……じゃあ、何故……蕗屋は……。」
グラグラと揺れていた、支倉の焦点が、ピタリと定まった。
「まさかッ……本当に……!?
[心理遺伝]を、起こしていると言うのか……!?」
裏晃は、フフンと、不敵な笑みを浮かべている。
「昔の人も、存在と性別は、セットで覚えていたと思うよ。支倉くん。
何故かと言うとね……性別の明かし方が……あまりにも壮絶だったからだ。
自分の過去を劇にして、自ら演じ、最後にはピストルで自分を撃ち、舞台にバタリと倒れたんだ。
それは、とても大きなニュースになって……それまで演劇に関心が無かった人たちにまで、彼の名前と性別が、知れ渡ったくらいだよ。」
「ほへ~……。
凄いですね、坊ちゃん!
まるで、実際にその時代に居たかのように、お話しされますね……。」
裏晃は、ゴホンゴホンと、咳払いをした。
「……ま、まあね。
『二重心臓』を、読んだから……。」
裏晃の表情は、キリッと張り詰めたものに変わった。
「さて……支倉くん。
蕗屋が、昔の人だと、仮定してだよ。
呉羽さんの最期を、知らなかった理由……何が考えられるかい?」
「えッ……それは……。
……ニュースが入って来ない、環境に…。」
支倉は、アッ!と声を上げた。
「ふふふ。気付いたね。
そうさ……蕗屋は、牢屋に居たのさ。
だから、天川呉羽のファンだったけれど、彼の性別も……きっと、彼の最期も……知る事が出来なかった。」
「………。」
「蕗屋清一郎が、殺人を犯し、牢屋に閉じ込められていた……。
これは、誰も動かしようが無い事実なんだよ、支倉くん。」
晃は、ブルッと身を震わせた。
[天川呉羽]……。
たったこの4文字から、ここまで推理が広がるなんて……。
自分の身体に入っている、謎多き存在……
彼はきっと、ただ者では無い。
「……さて、支倉くん。
[蕗屋は、本当に心理遺伝を起こしているかもしれない]という疑惑が、強まった今。
その疑惑を仮定にして、もう一度、心理試験の記録を見て行くよ。」
裏晃と支倉は、記録用紙へと、再び視線を落とした。
「[殺し]に対する[罰]、[2.8秒]……。
これは、実際に自分が受けた罰を、思い出していたのだろうね。
だから、答えるのに少し遅れている。
[満足]に対する[完全]、[0.8秒]……。
蕗屋の殺人は、完全犯罪だった。
更に、乱歩くんの『心理試験』に書かれているけれど、蕗屋は心理試験を受ける前、家に籠もり、必死に対策をしている。
……根っからの、完璧主義者だったのさ。
[顔]に対する[鏡]、[3.6秒]……。
これに答える時、蕗屋は顔を歪めていたかもしれないね。
何故って、小五郎くんの、
『事件の3日前、屏風に描かれた小町の顔に、傷はありましたか?』
という問いに、
『いいえ。顔に傷は、ありませんでした。』
と答えたのが、逮捕のきっかけになってしまったからね。
……蕗屋はあそこで、答えるべきじゃ無かった。
事件の3日前、金元さんの家に、その屏風は無かったのだからね。
まあ、後悔とか、小五郎くんへの恨みとか、そういう感情が押し寄せた事で、返事が遅れてしまったんだ。
鏡……か。
牢屋にあって、それを毎日見ては、自分の罪を悔いていたのかもしれないね。
[本屋]に対する[丸善]、[1.1秒]。
これは単に、好きな本屋を挙げたんだろうね。
乱歩くんの『心理試験』でも、同じように、丸善と答えているから。
[女優]に対する[天川呉羽]、[1.5秒]。
こちらも単に、好きな女優……実は俳優だけど……の名を答えた。
性別を誤った理由は……さっき話した通りだよ。」
裏晃は、一気にそう言い終えると、ふぅと息を吐いた。
「凄い……凄いですよ、坊ちゃん!
やはり坊ちゃんには、あの名探偵・法水麟太郎さんの血が、流れているんですよッ!」
支倉は、両目をキラキラと輝かせ、握り締めた両手を、ブンブンと上下に振っている。
「なっ、何を今更、当たり前の事を言っているんだい……支倉くん。」
裏晃は、照れ隠しのように、そっぽを向いて答えた。
そして、ハアア~と、深い溜め息をついた。
「ぼ、坊ちゃん?
どうされましたか?」
裏晃は、腰を曲げ、片方の頬を、ペタリとテーブルに付けた。
「……探偵の仕事って、ここまでは面白いんだよ、本当に。
しかしここから、[証明]しなくちゃならない。
……嫌だなー。」
「そうですね……。
坊ちゃんの推理は、大変素晴らしかったですけれど……あの、物的証拠第一な、粉雪ちゃん相手だと……信じて貰えないでしょうね。」
「うん~。」
裏晃は、テーブルから頬を離すと、今度は逆の頬を、テーブルに付けた。
裏晃の顔は、支倉の方を向いている。
「……尋問して、相手の反応を見て、
『はいっ、解決!』ってのも……。
きっと、今の時代じゃ、出来ないんだろう?」
「そうですねぇ……。
今思えば、麟太郎さんは良く、あれで探偵業が出来ていましたよねぇ……。」
裏晃は、その言葉を聞いて、ムッとした。
「ちょっと、支倉くん?」
「ああっ!
すみません、坊ちゃん。
……さっきはああ言ってしまいましたが、麟太郎さんは本当に、素晴らしい探偵だったんですよ。」
裏晃はそれを聞くと、満足そうに、ニコニコ笑った。
晃は、裏晃が一気に子供らしくなった事に、驚いた。
『……晃くん。』
裏晃が再び、晃に話しかけてきた。
『ありがとう……とても楽しかったよ。』
晃を見ている、裏晃の目元は、とても穏やかだった。
「いえ……。
えっと、何とお呼びすれば……。」
裏晃は、キョトンとした後、上半身を起こして、強気な笑みを見せた。
『……麟太郎。
それが、僕の名前さ。』
「りんた……。
えッ、それって……!!」
麟太郎は、ふああと、大きな欠伸をした。
「坊ちゃん、おねむですか?」
「……17の男に向かって、おねむとか、言うんじゃないッ!」
「すっ、すみませんッ!」
麟太郎は、クスクスと笑った後、晃に視線を戻した。
『ごめん……あんな大見得切っといて……
僕は、眠くなってしまったよ。』
「麟太郎さん……。」
『君に、身体を返すから……
僕が眠っている間は、君が頑張るんだよ。』
「は、はいっ!」
『……そうだ!
君に、推理の心得を教えよう。
……[常に、心に触れるよう(ハートフェルト)な推理を、心掛けるように]!
以上っ!』
麟太郎が、そう言い終えるのと同時に、晃の視界は、白く染まっていった。
……そして晃は、次第にジンワリと、身体の熱を取り戻したのだった。
*お読み頂き、ありがとうございます。
ここまでが、pixiv版の3話です。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『二重心臓』著・夢野久作
『一寸法師』著・江戸川乱歩
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。




