16.90年後の心理試験・中編
「容疑者であれば、罰を恐れて返答が遅れるのは、仕方ないんじゃないですか?」
裏晃は、涼しげな笑みを浮かべている。
「うん、ただこの情報を抜き取っただけなら、そう捉えるのが自然だろうね。」
「なんか、含みがある言い方ですね?」
「ふふふ……まあ、待っていてよ。
……次の[満足]は、反応語が[完全]だね。
掛かった時間は、[0.8秒]と、早い。
……これは、蕗屋の中でしっかりと、答えが出ていたからだろうね。
普段から彼が持つ思想、考え方……。
つまり蕗屋は、[完璧主義者]なのだと、見る事が出来ないかい?」
「確かに……。」
「そんな、完璧を好む人が、現場にこんな……。」
裏晃は、そこで一旦区切り、テーブルに置かれた証拠品の山を見た。
「こんな、大量の証拠を残すだなんて真似、するだろうか?」
晃は、ハッとした。
支倉は、裏晃の問いに答えた。
「それは、焦っていたのでは……。」
「粉雪さんは、お婆さん……名前で呼ぼうか。
金元さんが刺されてから、斎藤が連行されるまでに、3時間はあったと、話していたよね。
斎藤が家の中で、時間をタップリと使っていない限り、焦る道理が無い。」
「3時間……それだけあれば、証拠を減らせますよね。
仮に斎藤が早く来て、長居していたとしたら……斎藤が大分怪しくなります。」
「ああ。
……次の刺激語は、[顔]だね。」
「いよいよですね……さっき、飛ばされましたから。」
「これについては、また保留にしておこう。」
支倉は、椅子からずり落ちそうになった。
「じっ、じらし過ぎですよッ!」
「まあまあ。
これについて深く話すとなると、ある[仮説]を立てる事になるんだ。
……ただ、今の段階でその仮説を話しても、説得力が無いんだよ。
だから、保留。」
「……分かりましたよ。」
支倉は、ブスッとふてくされつつも、キチンと椅子に座り直した。
「で、次は、[本屋]ですよね。
反応語も、所要時間も、普通ですが……。」
「支倉くん、下の方にある紙を、見てご覧。」
支倉は言われた通り、記録(複数枚に渡って、書かれていた。)の下にあった、別の紙を取り出した。
「これは……地図ですね。
ご丁寧に、蕗屋の活動範囲は、色付きのペンで囲まれている。」
「粉雪さん……若しくは、彼女のパシリになった警官くん……に感謝だね。
さて、この地図に色々書き込んだ人は、特に気にしていなかったようだけれど……
蕗屋の活動範囲圏内にある、本屋を見てご覧。」
支倉は、裏晃に言われた通り、数軒ある本屋を確認した。
「……ありませんね、丸善。」
「他の地図も、活動範囲地域……例えば、蕗屋が以前通っていた、学校の周り……が囲まれているから、見てご覧。
金元さん家の近くにも、本屋があるから、よく見るんだよ。」
支倉は、確認を続ける。
「丸善、丸善、丸善……。
……あれッ、何処にも無いッ!?」
「ふふふ……ちなみに、百貨店にも、丸善は入っていないよ。
それは、下の紙で分かる。」
裏晃が、地図の下にある別の紙を、指差した。
支倉は、それを取り出した。
そこには、百貨店内の店舗名が、ズラリと並んでいた。
「………。」
「ね、無いだろう。
かなり大きな本屋だって、活動範囲圏内にあるのに、何故蕗屋は、[丸善]と答えたんだろうね……?」
裏晃の顔には、悪巧みをする子供のような、ある種、純粋な笑みが浮かんでいた。
「……本屋には、足を運ばなかったんじゃないですか?」
「いや。
蕗屋はどうやら、本好きだったらしいよ。
よく、家の近くの本屋に、買いに行っていた。
それについての証拠は、あっちの束に……いやぁ、粉雪さんたちには、本当に感謝しないとね。」
支倉はその束から、それらしい題の物を抜き取り、まじまじと見た。
「一緒に買いに行った、弟の証言や、本に挟まれていたレシート……ですか。
よくそんな情報まで、集めましたねぇ。」
「ただね、支倉くん。
膨大な情報を、持っていたとして……探偵なら、それを活かせないと、意味が無いよ。」
「そうですね!
『黒死館殺人事件』の、司書さんなんか、正にそうでしたね!」
支倉が、途端に活気付くのとは反対に、裏晃はややたじろいだ。
「あ、ああ。
そうだったね。」
裏晃はその後、しまったというように、口を押さえた。
――晃は、『黒死館殺人事件』を、読んでいないかもしれない。
裏晃は、恐る恐る支倉を見た。
支倉は、心配そうな顔を浮かべ、裏晃を見ていた。
「坊ちゃん……?
気分が優れないですか?」
「いっ、いや!
……欠伸しただけだよ。」
裏晃は安心して、いよいよ5つ目の刺激語……[女優]の話へと進んだ。
「これが一番、俺は分からないんですよね。」
支倉は腕を組み、頭を横に傾けた。
「事件に関係ありますか?
……反応語の[天川呉羽]は、聞いた事が無い女優さんですが……。
蕗屋はよほどの、女優マニアだったんでしょうか?」
裏晃は、ふふふと笑った。
「いや……その逆さ。
蕗屋は、有名な女優の名を答えたんだ。」
「有名な……えッ!?
って事は、その人を知らない俺って……。」
「いやいや、落ち込む必要は無いよ、支倉くん。
[昔]、有名だった人だから。」
「そ、そうでしたか!
……親の影響で、古いドラマでも観ていたのかな。」
「いやいや。
きっと、蕗屋の親も知らない。」
「えッ……。
なら、祖父か祖母の……?」
「………。」
晃は思った。
きっとこれは、否定の沈黙だ。
しかし、そうなると……?
「支倉くん。
天川呉羽という人はね、今から約90年前に活躍していた、俳優さんだよ。」
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『二重心臓』著・夢野久作
『一寸法師』著・江戸川乱歩(書き忘れていました、すみません。)
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。




