15.90年後の心理試験・前編
「……こんな事件……見た事も、聞いた事も無いですけど……。
貴方からは、この事件を楽しんでいるような……
それこそ、ゲームを遊ぶような……
そんな態度が、見てとれます。
不謹慎ですよッ!」
裏晃は、ムッとした不満げな顔で、視線だけ晃に向けた。
『……晃くん。
君は推理を、何だと思っているんだい?』
「えッ……。」
推理とは、何なのか……。
そんなの、晃は今までの人生で、一度だって考えた事が無かった。
『推理はね、正義の鉄槌では無いよ。
あくまで、真相を知る手段であって、そこに善悪の感情は、絡んで来ない。』
そう言った後、裏晃の口元が緩み、笑みが浮かんだ。
『君はさっき、[ゲームを遊ぶような]と言ったね……。
上手い表現だよ。
正に、その通りなんだ。
僕にとって、推理とは、
[犯人との知恵比べ]
であり、
[最高の知的遊戯]
と言えるね。』
「知恵比べに……知的遊戯……ですって。」
晃は再び、裏晃の言葉に絶句させられた。
……これで何度目だろう。
『……君も、引き受けたからには、この再調査と推理が成功した方が、都合が良いんだろう?
なら、そこで黙って見ているのが得策だぜ。
この事件が終われば、君に身体は返すからさ。』
裏晃は、勝手に会話を切り上げてしまうと、支倉に話し掛けた。
「支倉くん!
僕はこの……笠森判事が記した、[心理試験]の記録が、面白いと思うんだけどね。
君も、見てくれないか。」
裏晃は、数枚の紙を、支倉の前へとスライドさせた。
「分かりました、坊ちゃん。
……あれ、斎藤の記録は?」
「あの調子だし、無理だったんだろうね。
まあ、蕗屋さんのだけでも、見る価値があるよ。」
晃も、支倉の肩越しに、その紙を覗き込んだ。
書かれている内容は、次の通りだった(一部、省略している)。
[蕗屋清四郎への心理試験
刺激語 │反応語 │所要時間
水 │雨 │1.2秒
青 │水 │0.8
ーー省略ーー
○殺す │罰 │2.8
満足 │完全 │0.8
○植木鉢│金 │1.2
ーー省略ーー
○顔 │鏡 │3.6
本屋 │丸善 │1.1
女優 │天川呉羽│1.5 ]
「支倉くん。
君は知っているだろうけど、念の為、試験の内容を説明させて貰うよ。
まず、笠森判事が順番に[刺激語]を口に出す。
蕗屋さんは[刺激語]から連想した言葉を返す。
……この試験の肝は、[刺激語]の中に、事件に関する単語を混ぜておく事にある。
左に[○]が付いているのが、それだね。
通常の犯人であれば、その言葉を言われれば動揺し、反応が遅れる。
また、犯人しか知り得ない事を、喋るかもしれない。」
晃は、試験の内容は、なんとなく把握した。
しかし、この記録を元に分析する事は、自分には到底出来ないと思った。
というのも、[丸善]を実際に見た事が無いし(『檸檬』という小説に出てきたので、名前は知っていた。)、
[天川呉羽]に至っては、名前すら聞いた事が無かったからだ。
支倉は、ウームと唸ってから、自分の考えを述べた。
「○が付いている刺激語の内、植木鉢に関してだけは、普通に答えていますね……。
他は、時間が掛かっていますが。」
「まあ蕗屋は、植木鉢に金がある事は、自分から話し出したくらいだから……
取り繕う必要は、無かったんだろうよ。」
「あっ……そうでしたね。」
支倉は、指先で頬を軽く掻いた。
照れた時の、彼の癖だ。
「じゃあ、植木鉢は、置いておいて……他の、○が付いた刺激語を見ていくと…蕗屋がより怪しくなった、という判断で良いでしょうか?」
「いや、一概にそうとも言えないよ。
乱歩の『心理試験』では、この定石……
○が付いた刺激語は、犯人の反応を鈍らせるという定石……
これが、当てはまらなかったからね。」
「そ、そうでしたね……。
いけない、記憶があやふやになっているなぁ。
……そう言えば、どうして[顔]に、○が付いているんでしょう?」
「小町の顔の傷、だよ。
支倉くん。
お婆さんを刺した犯人なら、通常の人間がしないような連想を、するだろうからね。」
「ああ……!
自分が刺したお婆さんが、倒れる際に、屏風を指で傷付けた様を、思い出すでしょうからね。
……って、ますます蕗屋が、怪しくなっているじゃないですかッ!」
「まあまあ。
それについては、後で話すとして。
記録を、上から見て行こう。
……[水]とか[青]とか、ここら辺はどうでも良いね。
[青]に対する[水]が早いのは、その前に[水]が刺激語で出されたからだ。
さっき聞いたばかりだったから、パッと出せたんだ。
……さて、僕が注目したいのは、
[殺す・満足・顔・本屋・女優]
の5つだ。」
「えッ! 本屋と女優も、含めるんですか……。」
晃も、支倉と同じように驚いた。
支倉は、気を取り直して、裏晃が挙げた5つの刺激語を見た。
「[殺し]に対して、[罰]……掛かった時間は、[2.8秒]……。
容疑者であれば、罰を恐れて返答が遅れるのは、仕方ないんじゃないですか?」
裏晃は、涼しげな笑みを浮かべている。
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。




