14.事件を楽しむ者
しかし、今回……晃の妨害が入り、あろう事か、粉雪は感情的になってしまった。
完遂するべき仕事を、先延ばしにしてしまった。
……その勝手な行動は、両親に、どう関わってくるのだろう。
それを考えるだけで、粉雪は、酷く憂鬱な気分になった。
気晴らしの為に、美しい街の風景を眺めようと、顔を上げた。
すると、自分に向かって手を振る、若い女性二人組に、粉雪は気付いた。
粉雪は、辛い気持ちを押し殺し、笑顔を浮かべ、手を振り返した。
粉雪が電話ボックスから出ると、女性二人組が、粉雪の方へと駆け寄って来た。
そして、粉雪に話しかけた。
「粉雪ちゃん……ですよね!
応援してますっ!」
「私もっ!」
「……ありがとうございます。」
粉雪は、上品な淑女がするように、恭しく答えた。
「あの……粉雪ちゃんに質問があるんですけど……良いですか?」
女性の内の1人が、おずおずと尋ねた。
「ええ、構いませんよ。」
「やった! えっと……
粉雪ちゃんにとって、推理って、何ですか?」
「えッ……。」
粉雪は、予想していなかった質問に、言葉を詰まらせた。
正直に答えるならば、生きる為の[仕事]だ。
若しくは、金を生み出す[ビジネス]だ。
しかし、そのまま答えてしまっては、ファンのキラキラとした目を、曇らせてしまうだろう。
粉雪は、一呼吸置いてから、こう答えた。
「……手段です。
幸せを、掴み取る為の……手段。」
……一方、尋問室では。
晃が、焦っていた。
大変、焦っていた。
というのも……。
[晃自身が身体から抜け出し、動き喋る自分の身体を、見ていたからだ]!
晃は、自分の意志で抜け出たわけでは無い。
深く、思考に沈んで行く内に、自然とこうなっていた。
晃は思った……誰だ、誰なのだ。
晃の身体で、我が物顔で振る舞う、見知らぬ[彼]は……。
「支倉くん。
四海堂出版社の者に、僕は出社しない旨を、伝えてくれないか。」
「了解しましたっ!」
支倉が、既に出社していた晃の秘書に、電話をかけた。
話を済ませると、晃……の身体を奪った人物……が、口を開いた。
「……支倉くん。
粉雪さんが置いていってくれた、資料がある。
役立つかもしれないよ。
目を通しておこう。」
晃の身体を、奪った人物……晃の裏人格なのだから、[裏晃]と命名しようか。
裏晃は、粉雪がテーブルに残した資料に、手を付けた。
「まッ……待って下さいッ!!」
晃はやっと、声を出す事が出来た。
支倉の反応は無い。
きっと、晃の声が、届いていないのだろう。
『……なんだい、晃くん。』
晃は、自分とそっくりの声が聞こえたので、たじろいだ。
裏晃を見る。
彼は、資料に目を走らせていた。
『……僕は、心の中で、語り掛けているんだよ。
それで、僕に何を言いたいんだい?
まあ、君の文句は、大体予想がつくけれどね。』
裏晃は、晃が口を挟めぬくらい、スラスラと言葉を並べてみせた。
晃は、裏晃があまりにもドライな態度をとるので、呆然としていた。
『……何をしているんだい?
君の番だよ。』
晃は、自分を奮い立たせ、口(……最も、肉体の口は、裏晃に奪われているが。)を開いた。
「そっ、それは、僕の身体ですよッ!
……返して下さいッ!」
『……ターン・ダウン。』
「……えっ?」
裏晃は、横髪を掻き上げて、耳に掛けた。
『お断り……って事さ。』
「お、お断り……っ。」
晃は再び、呆然とさせられた。
そして、力無く、ポツポツと言葉を紡いだ。
「そんな……どうして……僕の……身体。」
『何故、君の身体を、僕が拝借したのか……。
それはね、面白そうだったからだ。』
「面白……そう……?」
『ああ。
大変、面白い。
興味深いね。』
「そッ、そんなッ……!」
晃の感情が、高ぶった。
「人が、刺されているんですよ……!
おまけに、冤罪にされかけている人も居る……!
僕は、会社を失い……僕に関わる人たちを、不幸にさせてしまうかもしれない。
……それの何処が、面白いって言うんですかッ!!」
晃は、怒っていた。
怒り、それを本人にぶつけていた。
……どちらも、晃にとっては、初めての経験だった。
しかし晃は、頭に血が上るあまり、それに気が付いていない。
『……晃くん。
僕はね、人間の心理作用が引き起こした事件が、大好きなんだ。
そんな事件を前にして、運が良い事に、理由は分からないけれど、君に憑依する事が出来た。
ここで退くつもりは無いよ。』
「なッ……!」
『だってこんな、オカルトで心理的な事件……君は、見た事や聞いた事が、あるかい?
[ドグラ・マグラ]では、あくまで実験しかされなかった、[心理遺伝]を……
あろう事か、自分の個人的な犯罪に、利用してしまった犯人が居るんだよ!?
真相を暴いて、そいつが慌てふためく様を、この目で拝みたいじゃないか!』
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。




