13.ペストマスクの支配者
[心理遺伝]
……①とあるきっかけにより、祖先が子孫に憑依する現象。
……②???
支倉 心が、法水 晃の異変に驚いているのと、時を同じくして--
この物語の、もう1人の中心人物も、新たな動きを見せていた。
異人館街の足元を彩る、赤とオレンジのタイルが並んだ坂道。
そこには、古い、西洋風の電話ボックス(……赤い屋根が、四本の赤い柱で支えられている。柱と柱の間は、ガラス張りである。)が、一定間隔で置かれている。
その内の1つに、世間を良い意味で賑わせている、探偵少女・明智 粉雪が入っていた。
「……はい。粉雪です。」
粉雪が握る受話器は、古いアンティーク調の物だ。
元々は、金ピカに光っていたのだろうが、時が流れた事で錆び、今は鈍い輝きのみを放っている。
受話器は[し]の字型に曲がっていて(……書き始める部分は耳に、書き終わる部分は口に近付けるのだ。)、口に近付ける部分は、[G]の二画目のように、唇に対して水平に、横に大きく広がっている。
操作盤も古く、回転式で、[○]の中に数字を収めるタイプの物だ。
この公衆電話は、異人館街では一般的な物だが、これを目当てに来る観光客は少なくない。
「……はい……はい、依然変わりなく。
順調です。」
粉雪は、電話の向こうの相手と、事務的な話を続けていた。
……どうやら相手は、粉雪より上の立場らしい。
警察すらも、顎でこき使う彼女が、わざわざへりくだる相手は、一体誰なのだろうか……?
『へぇ……。
果たして、本当に順調かな?』
電話越しの相手が、見栄を張る子供をからかう調子で、そう言った。
落ち着いてはいるが、胡散臭い声……その低さからして……発しているのは、35歳くらいの男性だろうか。
「……どういう事です?」
『僕は、知ってるよ……。
法水のお坊ちゃんに、邪魔されたのを……さ。』
「ッ!!」
粉雪は、受話器の持ち手部分を、一段と強く握り締めた。
パッチリした両目は、より大きく見開かれ、頬に一筋の汗が流れる。
「な、何故それを……ッ!?」
『おやおや…。
この、瀬高 八咫太郎を、見くびって貰っては困るよ。』
瀬高八咫太郎……。
複数の業界を股に掛け、数々の巨大ビジネスを動かしている、とにかく金を愛して止まない男だ。
瀬高は、エネルギー産業で成功し、莫大な利益を手に入れた。
それを元手に、ジワジワと日本を侵食していき、今は[影の支配者]として、君臨している。
彼のトレードマークは、鉄の仮面だ。
仮面は、鼻の部分が異様に高く作られていて、ペストマスクを連想させる。
口の部分は無く、瀬高の整った口元が、露わになる。
「……申し訳ございません。」
粉雪は、素直に謝った。
『いや……分かってくれれば良いさ。
警察は、ほら、色々押収するだろう?
その中には、私が好む品も、混じっていてね。
だから、何かとコネクションがあると、便利なんだよ。
ホイホイッと差し出してくれる。』
「……そういうわけでしたか。」
粉雪は、憂鬱になった。
――警察に関わっている間は、常に瀬高に監視されるのか。
『まあまあ、落ち込まないで。
法水くんの事だがね。
どうせ、何も出来やしないさ。
なんせ、あの法水麟太郎の……
当てずっぽうの推理を外しては、平謝りする、みっともない男の、子孫なんだから……。』
『ちょっと、お父様ッ!?
麟太郎様の事、悪く言わないで下さる!?』
瀬高の声に被せるようにして、小さな女の子の、キャンキャンした声が、聞こえてきた。
『ああ、ごめんよ、アリスちゃん。
君は麟太郎氏の、ファンだものね……。』
瀬高アリス。
瀬高八咫太郎の娘で、10歳のおませな女の子だ。
『粉雪お姉様!
今お父様が言った事は、その、事実かもしれないけれど、鵜呑みになさらないでねっ!』
「分かっていますよ、アリス様。」
粉雪は、微笑ましいなと思いながら、そう言った。
『そう。
なら、良いのよ。』
アリスは満足したらしく、電話口から離れた。
パタパタと、スリッパで向こうへと、駆けていく音がする。
『……さて、粉雪くん。
話を戻すがね。
法水晃くんの事は気にせず、君は今まで通り、仕事をこなせば良い。
私が事件を持って来て、それを君は、解決する。
そうすれば、私は君に衣食住を与えるし……
君の両親……4年前から、目を覚まさない……彼らの面倒もみる。
更に、目を覚ます方法も、探している。』
「……瀬高さんには、本当に感謝しています。」
『ふふふ……期待しているよ。
君が頑張れば、頑張るほど、君の両親にかける時間を、長くしてあげるからね。』
……ガシャン。
粉雪は、瀬高と別れの挨拶を交わした後、受話器を台へと戻した。
ふぅと、粉雪はため息をついた。
……それは、4年前の事だった。
[連続殺人未遂事件]。
その被害に遭った、粉雪の両親は、病院で治療を受けたが……意識は、戻らなかった。
粉雪は、親戚の集まりに出席させられたが、周りの大人は皆、粉雪を煙たがった。
粉雪の両親は、若い頃、駆け落ちしていた。
その為、親戚からの、2人への印象はとても悪く、粉雪に対しても、それは同じだった。
途方に暮れていた粉雪を拾ったのは……
瀬高だった。
『やあ、明智粉雪さん。
僕は、[名探偵ビジネス]に着手しようとしていてね……。
今、色々な子供たちに、試験を受けさせているんだ。
……君も、受けてみないかい?』
親戚たちに嫌気が差していた粉雪は、その試験を受けた。
地頭が良かった粉雪は、見事、唯一の合格者となり、探偵活動を開始した。
瀬高は粉雪の経済的支援者となり、衣食住を粉雪に与えた。
両親は、瀬高が所有する病院へと引き取られ、入院費を粉雪が払う必要は、無かった。
しかし瀬高は、度々粉雪に言い聞かせた。
『良いかい? 粉雪くん。
僕は、君の足長おじさんじゃない。
あくまで、ビジネスパートナーなんだよ。
だから僕は、君の頑張りに応じて、君の為に金や物資を使う。
もし、君の探偵業に、陰りが出れば……。
ふふふ。
腐った君の両親……見たくは無いだろう?』
瀬高は粉雪に、脅しをかけた。
お前がだらければ、支援を止めるぞ……と。
これは、両親を深く愛していた粉雪に、とても効果的な脅しだった。
粉雪は、幸せに溢れていた、自分の家族を……そして、彼らとの生活を取り戻す為、どんなに過酷なスケジュールだろうと、こなして来た。
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。




