12.人格交代
「……ちゃん。
坊ちゃんッ!」
晃はハッとした。
白い……
いや、これは、人工的な白さだ。
天井の、蛍光灯の白さだ。
……雷のような、自然が生み出す白さでは無い。
「……大丈夫ですか? 坊ちゃん。」
支倉が、心配そうな顔で、晃を見つめている。
晃は、支倉を安心させるように、微笑んでみせた。
「……ごめんね、支倉くん。
ちょっと、昔の事を、思い出していて。」
「昔の事……ですか?」
「うん。お父さんが……。」
[ まず、ゴールを決めるように。
そう言っていた……。 ]
晃は口から、その言葉が出かけたが、引っ込めた。
支倉から、[他人の意見をただ取り入れるのじゃ、いけませんよ。]と説教されるかもしれないと、警戒したからだ。
「お父さん……前当主様が?」
「あっ、いやっ!
お父さんは、やっぱり、関係無くて……。」
しかし晃は、思い直した。
他人のアドバイスを、その通りに実行したとして……。
そこに至るまでの経緯が、大事なのではないか?……と。
今までのように、ただ鵜呑みにして、実行しようとしたか……。
いや、違う。
一旦立ち止まった。
晃は自分に言い聞かせた。
考えるのだ。
今まで散々休ませていた脳を、動かすのだ。
それは、ただ身体に電気信号を送るだけの器官では、無いはずだ。
晃の周りに、風が吹き始めた……そんな感覚を、支倉は覚えた。
晃は目を閉じ、深い、深い、自分の思考の部屋へと、沈んで行っている。
尋問室の壁に掛けられた時計が、カチコチと音を立てて、時を刻んでいる。
支倉は思った。
今は何時なのだろう……。
四海堂出版社の開業時間は、朝の9時半だ……。
それまでに戻るか、休業の旨を、伝えなければ……。
今は……今は、何時何分なんだ。
時間は迫っている。
時間が気になる。
--しかし、時計を見る事が出来ない。
目の前の、自分の主人から……
法水晃から、目を背ける事を、支倉の身体が許さなかった。
「……支倉くん。」
支倉は、身体をビクッと震わせた。
支倉は驚いた。
今まで、お世話していた坊ちゃんに、名前を呼ばれただけで、何故震えたのか……。
晃の声が、うっとりとする程の、妖気を含んでいたせいだろうか……。
「は、はい。
坊ちゃん。」
「僕はまず、この歌劇が、どのような閉幕を迎えるのか……。
それを考えたのさ。」
そう話す晃の、瞳の色は、赤紫とピンクの、グラデーションになっていた。
支倉は疑問に思った。
……晃の瞳は、青色のはずだ。
「蕗屋が無罪になり、幸福な結末を迎える……
だなんて、まさか、決めつけていや、しないよね?」
晃が、プレッシャーをかけるように、言葉と言葉の間に区切りを入れて、支倉に問い掛けた。
赤紫と、ピンクで彩られた目は、炎のようにユラユラと燃え……(支倉には、そのように見えた……)支倉を射抜いた。
支倉は、半ば反射のように答えた。
「もっ、勿論っ!」
「ふふふ……嬉しいよ。
それでこそ、僕の執事だ。」
晃は、満足そうに微笑むと、話を続けた。
「何故なら、蕗屋清四郎が、嘘をついたかもしれないからね。
蕗屋清四郎の中に入った、清一郎が、お婆さんへ危害を加えた線も、否定出来ない。
そうだろう?」
支倉は頷いた。
頷くしか無かった。
「うん……だよね。
それに僕らは、蕗屋から感謝されたけど……
あいつが無罪だなんて、僕らは、一言も言っていない!」
晃はニヤリと、悪人が浮かべるような、笑顔を作ってみせた。
支倉が抱いた、ハッキリとした違和感。
……今、自分が話しているのは、坊ちゃんなのか?
それとも……。
「良いかい? 支倉くん。
僕らは、蕗屋を弁護するわけじゃない。
真実に辿り着き、証明する。
……ただ、それだけだよ。」
*お読み頂き、ありがとうございます。
ここまでが、pixiv版の二話です。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。




