11.緋色の呪縛
「坊ちゃん。
これから、どうなさいますか。
何なりと、お申し付け下さい。」
晃と支倉は、笠森たちと別れた後、尋問室に残っていた。
テーブル前の、2脚並んだパイプ椅子に、それぞれ腰を下ろしている。
この部屋に窓は無く、天井の白い照明のみが、晃たちを照らしていた。
「な、何なりとって……!
支倉くん、何でもかんでも、僕の言う通りに動かなくて、良いんだよ。」
晃はたじろぎながら、そう言った。
「むっ……。
そういうつもりは、無かったんですが……。
すみません、つい執事らしく、格好付けてしまいました。」
支倉は照れたように、頬を指先で軽く掻いた。
指を頬から離すと、足を晃の方へ広げて、晃の顔を見た。
「……俺にも、俺の考えがあります。
ですが、それを言ってしまっては、また前と同じ……俺が坊ちゃんを、グイグイ引っ張ってしまいます。
そうならない為に、是非坊ちゃんから、考えを提示して頂きたいのです。」
「僕から……。
うん、分かったよ。」
晃は目を閉じた。
今、自分たちは、何をするべきか……それを晃は考えた。
『……晃。晃よ。』
亡き父の声だ。
晃は、父との会話を、思い出していた。
幼い晃は、椅子の上でジッとして、次の言葉を待っていた。
晃は、窓の外を見つめる父を、左斜め後ろから見ていた。
父が、口を開いた。
『何かに取り掛かる時は……
まず、最終地点を定めなければならない。』
『はいっ、お父さん!』
幼い晃の返事は、純粋そのものだった。
……回想の中で、雨の音がする。
窓に雨粒が当たり、窓を伝い、筋を作って行く。
晃の父が見つめる先……窓の外には……空一面を覆う、曇り空のせいで、暗い灰色の世界が、広がっていた。
その為、晃は、窓に映る父の顔を、ハッキリと見る事が出来た。
……父の顔に、表情は無かった。
無表情なのは、いつもの事だったが、外の天候と相まって、幼い晃には、余計に恐ろしく感じられた。
……晃は幼い頃から、どうにも雷が駄目だった。
ビクッと身体を震わせ、雷に怯える度に、父は自分を目線で責めた。
その父の目も、恐ろしかったが、雷が光った時、背中を丸めたりしたら……。
幼い晃は思った。
……心を強く持たねば。
勇気を出して、父に質問した。
『……お父さんの、ゴールは何ですか?』
ピチャッ……ピチャッ……。
雨粒が窓に当たる。
外の、ザアザアという大きな音より、却って小さな音が良く聞こえるのは、何故だろうか……幼い晃は疑問に思った。
しかし幼い晃は、そういった[不思議]な質問は、しない事に決めていた。
[不思議]な話は、不機嫌そうに見える父を、より不機嫌にさせる……それを、幼い晃は知っていた。
……なので晃は、自分は耳が良いのだ、と結論付け、無理やり納得していた。
『私の……。』
父が、重い口を開いた。
『私の、最終地点は……。
この身を縛る、忌々しき、紅い鎖……。
[ 緋色の呪縛 ]……。
それを、断ち切る事だ。』
父の声は、あくまで冷静だったが……顔には、怒りを含んだ、決意の表情が現れていた。
それとは対照的に、幼い晃の表情が、ポヤンとやわらいだ。
『すかあれっと……すぺる?』
『……私の身体の中で、絶えず流れているものだ。
そして、お前の中にも……。』
その時、窓の外……灰色だった世界が、ピカッと白く光った。
『きゃっ!』
幼い晃は、背中を丸めて、両手で頭を押さえた。
……いけない、これでは……幼い晃は思った。
『ほらッ!! それだッ!!
雷に異様に怯える、その姿……!!』
父は身体ごと、幼い晃の方を向くと、顔を真っ赤にして、半狂乱になりながら、がなり立てた。
雷が鳴った。
それが父の声と重なり、幼い晃には、雷なんだか声なんだか、訳が分からなくなった。
パニックに陥る、幼い晃に向かって、父はヒステリックに、言葉を浴びせ続けた。
『この、坂ばかりの街を、まともに歩き回る事が、出来ないくらい、貧弱なのも……!!
周りの奴ら……社会から、忌み嫌われ、爪弾き者にされるのも……!!
そして、雷が鳴る度に、みっともなく、怯えるのも……。
全部、全部、あいつのッ……!!』
一段と眩しく、外が光った。
真紅の絨毯も、薄緑色のカーテンも、父が着ている、青い天鵞絨の上着も……
白に染まった。
白い、白い、白い……。
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。




