第43話 不穏な影(3)
バスの家の向かい側にある建物、その裏通り。
寝静まっているのか、それとも戦乱後の混乱で無人なのか、明かりの灯る家はない。
ルイは不審な気配のする建物の裏手に回り、隣の家との隙間に入り込んだ。
(……三階建て。……この屋上にいるっぽいな。どうしたもんか)
ルイは建物の屋根を見上げた。
暗い中、屋根の輪郭がようやく見える程度で、ルイの位置からその人影は見えない。
ルイは壁を伝うようにゆっくりと建物の三階の屋根まで浮いた。
そこから少しだけ頭を出し、覗き込むように屋上を見る。
(いたっ!)
不審人物は、物干し場になっている屋上のその隅に、身をうずくめるように隠れてバスの家の様子を探っていた。
(忍者みたいだな……)
ルイは引きつった笑みを浮かべた。
不審人物はフードをすっぽりとかぶり、長いスカーフで顔を隠している。
ルイに気付いている様子はない。
(俺たちをつけていたわけじゃないみたいだな……。でも、なんでバスさんの家を探っているのか理由もわからないし……、うーん、そうだ)
ルイは屋上の端を回り込み、その忍者のような人物に狙いを定めた。
(少し乱暴かもだけど、やっぱり怪しい人物だから、どうして覗いているのか聞いてみよう……)
ルイは物音無く一瞬にしてその人物の背後に立つと、その首に腕を回し締め上げた。
「くっ!?」
不審人物が驚いたように後ろを振り返る。と同時にルイはその人物の魔力をギリギリまで一気に吸い取った。
(むむむっ。この魔力、あまりおいしくない……)
不審人物は魔力を吸い取られ、立ち眩みを起こしたようにルイにもたれてきた。
ルイはその体重に押され、不審人物の首を絞めたまま半歩後退りし膝をついた。
「お、重い!(こいつ、男か!?)」
取り押さえた感触から、細身ではあるが筋肉質のしっかりとした体格のように感じられる。そしてルイよりだいぶ背が高い。
「ちょっと聞きたいんだけど、なんで人の家を覗いてんの?」
「……!!」
男は少し驚いたようなそぶりを見せたが、無言のままルイの出方をうかがうようにルイにもたれている。
「他にも仲間がいるのか?何が目的なんだ?」
「……」
ルイに殺気がないことを悟っているのか、男は黙ったままだ。
(うーん、やっぱなんにも話してくれないよな……。こんな時、時代劇とかだと……)
ルイの頭に“拷問”という二文字が浮かんだ。
「あ、あはは……。(俺、悪役かよ。でもな……)」
突然、男はルイに全体重をかけてもたれてきた。
「うわっ!?」
ルイは体勢を崩し、思わず尻もちをついた。
男の首に回していたルイの腕が緩む。
途端に男は身を翻し、ルイの腕を抑えて鈍く光る刃物をルイの首元に当てた。
「あ、あはは。形勢逆転かよ……」
ルイは苦笑いをした。
「……」
近くで見た男は全身が黒と緑のまだら模様の服で、同じ模様のフードをすっぽりとかぶり紺色っぽいスカーフで顔を覆っている。その隙間から目だけを出し、ルイを鋭い目つきで見ていた。
「……(フラガの者ではない?)」
男が目を細める。
「あ、あのさ、なんでそこの家を覗いてたの?魔力の気配を探ったりしてるみたいだけど、理由は?誰かに頼まれたの?」
ルイは男に押し倒されたまま、苦笑いをして言った。
男が顔をしかめる。
ルイを抑えている男の腕を通じて、ルイはずっと男の魔力の回復を阻害していた。
「っ!」
男はそれを悟ったのか、パッとルイから腕を離すと、クナイのような刃物を構えたまま、一気にルイから距離を取った。
そして屋上の端に立つ。
「あ!待ってよ!」
ルイも慌てて立ち上がった。
男は若干ふらつきながらも、身軽に隣の家の二階の屋根に飛び降りると、屋根伝いに北の方角に走って行った。
「むむ!逃がさないぞ」
ルイは宙に浮き、屋根の上を音も無く走る男を空から追った。
男はルイを巻くように、次々に屋根を飛び越えていく。
「待て!逃げるな、こら!」
ルイが男に叫ぶ。
男は一瞬ルイに視線を向けると、走っていた屋根から突然裏路地に飛び降り、向きを変えた。
「あっ!」
突然のことに、ルイは勢い余ってその裏路地を通り過ぎた。そして、慌てて男が飛び降りた路地へと引き返す。
「ど、どこ行った?」
屋根より高い位置から辺りの家々の隙間を探る。
しかし、街灯も窓に灯る明かりも無い街並みは真っ暗で、通りを歩く人影も無い。
ルイはゆっくりと眼下の住宅街の通りに降りた。
「見失ったけど、魔力の波動は覚えてるからね。探ればすぐわかる……」
ルイはしゃがみこむと地面に両手をついた。
そして、門の前で使った魔法と同じ、魔力を探る魔法円を放つ。
「……、……おっ」
ルイは顔を上げ立ち上がった。
街はずれの南西の建物の方向、そこに先ほどの男の魔力の気配が向かっているのを感じた。
「隠れ家……?もう一人、不審な動きをしていた気配も一緒にある……。仲間?」
ルイは訝しげな顔をし、僅かに宙に浮くと、家々の隙間を縫うようにその建物に向かった。
崩れかけた建物が連なる、さらに真っ暗な細い通り。
当然、街灯も人通りも無い。
道は割れ、瓦礫がところどころ行く手を塞いでいる。
「なんなんだ?ここは……」
ルイは割れた道沿いに、両脇に立つ今にも崩れそうな廃屋を見た。
その中の一つ、門柱のある大きな建物。
周りは2メートル以上ありそうな塀が廻らせてある。
暗がりの中にあっても、突出してその建物だけ周りの建物よりも警備が固く異質であったことがわかる。
ルイはその門柱に、かつて掲げられていたであろう看板の痕跡を見た。
(なんの建物?……軍、関係?)
塀はかなり崩れ落ちているが、門だけはしっかりと残っている。その門にはめられた木の重そうな扉はがっちりと閉められていた。
ルイは建物の二階の中ほどにある割れた窓に視線を向けた。
(こちらの様子を見ているかもしれないからな。あの窓、なんか怪しい感じがするし)
レンガがところどころ剥がれ落ちた外壁は不気味な様相を漂わせている。
小さな窓が等間隔に並んでいるその建物は、大きさの割に窓数が少ない。
背中を門柱に付け、ルイは難しい顔をして、そのままずるずるとしゃがみこんだ。
つめたい空気が流れ、その中に僅かに魔力の波動を感じる。
「は、早く帰りたいかも……」
モノトーンの廃墟地帯、物音一つ無く、辺りは不気味な静寂に包まれている。
「とにかく、なんで見ていたのか理由を探らなきゃ。こんな不気味な場所……」
目を凝らし窓の様子を横目に探りながら、ルイは膝に肘をつき頬杖をついた。
作戦を練るように、目を細め、少しの間考え込む。
「……瞬間移動、……うーん、ダメだ……。RETの呪文はカロ屋に戻るだけだしな」
ルイはそう言うと軽くため息をついた。
そしてゆっくりと立ち上がり、その建物を見上げる。
「うん、こうなったら、真っ向勝負だ!」
頑丈そうな門の木の扉。
ルイはそのすぐ横の崩れた壁を越え、敷地の中に入ると、振り返ってその扉をじっと見た。
「うぅ……(いくら廃墟でも、やっぱり勝手に入ったらマズいかな……?)」
突然、門柱の上に人影が現れた。
「へっ!?」
人影は一瞬にして塀から飛び降り、ルイの背後に回り込んだ。
門柱のすぐ横には、先ほどのまだら模様の服の人物が鋭い目つきで刃物を構えて立っている。
「えっ?えっ?(二人?)」
ルイは不意のことに、首を振るように前後に立つ二人をキョロキョロと見た。
背後にいた人物がルイの足を引っかける。
「うわっ!?」
ルイは斜め前に派手に転んだ。
そこを先ほどの男が、刃物の柄についた紐でルイを縛り上げるように、ルイの腕に紐を巻き付けてきた。
「あ、それ意味ないから」
ルイは苦笑いして言った。
ルイの腕に回した紐は、結ばれること無くその腕をすり抜けた。
「!?」
不審な二人が、すり抜けた紐に驚いたように一瞬にしてルイから距離を取る。
「だから、そう言うのあまり意味ないんだよね……」
ルイはそう言うとゆっくりと立ち上がった。
そして、まだら模様の服装の二人を交互に見る。
「同じ服……だよね?組織で動いてるの?」
「……」
まだら模様の服の二人は答えることなく、ルイを警戒しながら互いに目配せをしている。
「あ、あはは……(どうしよう……)」
刃物を持った男よりもやや背の低い方が、男に軽くうなずいた。
そして、警戒したままルイに一歩近づく。
「……あなたは何者ですか?」
低く落ち着いた女性の声。
フードとスカーフの隙間からルイを鋭い目つきで見ている。
「えっ……(しゃべった!しかも、こっちは女?)」
ルイは驚いてその女を見た。
女はルイに気付かれないように、後ろ手に、男に何やら合図を送っている。
「お、俺は……、その、ルイって言うんだ。カロの森で魔物ハンターをやっていて……。あ、怪しい者じゃないよ、うん」
ルイはそう言いながら両手を小刻みに左右に振った。
女はその言葉に眉をひそめてルイを見ると、僅かに殺気を発し冷たい口調で言った。
「本当のことを言いなさい……」
「えっ!?だ、だから。本当だって」
「……」
女は不審そうにじっとルイを見ている。
その背後にいた刃物を持った男が、今の会話の間にどこかに消えている。
ルイは苦笑いをして女を見た。
「嘘じゃないって……。(この人たち、テオさんよりずっと魔力が弱いし、大したことないんだけど、状況的にはこっちが不利のように見えるよな……)あ、あはは……」
突然、ルイの足元に先ほどの男が持っていた刃物がルイを囲むように突き刺さった。
「な、何だ!?」
ルイは驚いて目の前に刺さった刃物の一本を見た。
「これって、たしか忍者が持っているクナイとかいう武器……?だよな?」
それに気を取られている隙に、女がルイから数メートル距離を取った。
クナイが鈍く光り出す。
「えっ?なに?」
クナイを点とした魔法円がルイを囲むように荒れた地面に展開する。その光の直径は次第に広がり、門柱や建物の下に潜り込んだ。
魔法円の端が女の足元まで広がると、女は両手をルイに向けた。
その途端、魔法円の内側に紋様が浮かび上がり、鈍かった光がひときわ大きくなる。
「は?なんだ?」
ルイは違和感を覚え、足元を見た。
「げげっ!?足が!」
魔法円の紋様の中、ルイは足元からゆっくりと霧散し、足首から下が消えていた。
魔法円の端、両手をルイに向け女が苦しそうな視線でルイを睨んでいる。
「こ、これって……、なんの魔法?」
ルイは苦笑いをして首を傾げた。
女は答えることなく、魔力を集中させるようにルイに向けて手をかざしている。
「うーん……。やっぱ、あまりいい魔法じゃないよね……?俺、足、消えてるし……」
背後にある大きな建物の屋上から、先ほどの男がクナイを通して魔法円に魔力を送っているのを感じる。
ルイはその方向を見上げた。
屋根の端ギリギリに、その男が影のように立っている。
「へぇ……。もう魔力が半分近く回復してる。でも、なんで?どうやって?」
そうこうしているうちにもルイの足はすねの辺りまで消えかけていた。
女がさらに苦しそうに、肩で息をし始めた。
ルイは女に視線を戻して言った。
「あのさ……、何の魔法か知らないけど、もう止めない?で、なんで君の仲間が、あの家を覗いていたのか教えてくれると嬉しいんだけど……」
僅かに魔法円の光が揺らぐ。
女は何も答えず鋭い目つきでルイを睨んだままだ。
「あ、あはは……(これじゃ、埒があかない。)……はぁ、仕方がない」
ルイは軽くため息をつくと、消えた足もそのままに、両手を魔法円にかざした。
そして、その紋様をなぞるように手のひらを動かすと、宙で紋様を掴むかのように手を握り、両手を一気に振り上げた。
その途端、地面に展開していた魔法円がルイの膝の高さ辺りまで持ち上がり、瞬時に霧散して消えた。
その光の勢いに、地面に突き刺さっていたクナイ数本も引っこ抜ける。
「うん、足が戻った」
ルイは安堵したように自分の足を見た。
「うっ……」
女がその場に膝をついて倒れ込む。
意識がもうろうとしているのか、辛うじて片腕で身体を支え、肩で苦しそうに息をしている。
ドカッっと、ルイのすぐ背後で何かが落ちる鈍い音がした。
「んっ?」
ルイが後ろを振り返ると、クナイの男が屋根から落下し、ルイの後ろに倒れ苦しそうに悶えていた。
「あちゃー、ちょっとやりすぎたかな?」
ルイは頭を掻いて申し訳なさそうに男を見た。
「な、何をしたんだ……?」
男が苦しそうな声で言った。
「うん?別に何も……。ちょっと魔法円が邪魔だったから、消えてもらっただけなんだけど……(なんてね……。本当は、魔法円を通じてこいつらの魔力を全部吸い取ったんだけど……、変だな)」
「何者だ……」
「何者って……。(こっちの男はなんで意識がある……?意外にタフだな……)さっき言った通りだよ。カロの森の魔物ハンター。ルイって言うんだ、よろしく……(よろしくって……)」
ルイは自身の言葉に苦笑いをした。
そして動けなくなっている男の腕を掴み、強引に引きずると女の隣に置いた。
辺りを見回し、地面に落ちているクナイの柄についた紐で二人を後ろ手に縛り上げる。
「うぐっ!」
男が痛みにうめき声を上げる。
女はすでに気を失い、ぐったりとして、ルイのなすがままになっていた。
「さて、これで良し……」
ルイは満足げに手を叩くと、二人の前に仁王立ちになり男を見た。
「じゃぁ、話してもらおうかな。なんであの家を覗いていたの?」
「……くっ」
男がルイを睨む。
「……うーん、(こんなに暗いのに、さらにフードなんかかぶってると表情が見えないな)」
ルイは女の頭に手をかけてフードを引っ張った。
「や、止めろ!」
男が苦しそうにかすれた声で言う。
ルイは少しムッとして、その男のフードとスカーフも強引に引っ張った。
「別に、顔を見たって減るもんじゃあるまいし……。(って、ひぃ!俺、なんか悪役っぽいセリフ)」
二人の顔があらわになる。
ルイは不思議そうに二人を見た。
「……うーん。たしかにその髪色じゃ、夜は目立つかもだけど……、顔まで隠している意味ってあるの?」
二人とも白銀の髪の色が印象的で、女は長い髪を黒い紐で一つに結い上げている。男もセミロングくらいの長さなのか、黒い紐で後ろに小さく結っていた。
顔立ちは、どこにでもいるような平々凡々とした印象だ。
男は答えることなく苦い顔をしている。
ルイは軽くため息をついた。
「まぁ、忍者っぽい感じなのかな……」
そう一人で納得するようにつぶやくと、二人の前に片膝をついて座った。
(にしても、二人の魔力を全部吸い取ったはずなのに、この男、なんで気絶しない?)
ルイは男を観察するように見た。
(あれ?まだ微弱な魔力の気配が残ってる……。何だろう……?)
ルイは男の身体に手を当て、魔力の波動を探った。
「な、何をする!」
男が警戒したようにルイを見る。が、その視線が僅かに照れているような恥ずかしそうな様子に見える。
服の上から男の胸辺りを探っていると、小さな丸いものが手に触れた。
男が、ハッとした顔をする。
「お!?ビンゴ?」
ルイはそう言うと、男の首元から服の内側に手を突っ込んで、内ポケットを探った。
「お、おい!止めろ!」
男が少し恥ずかしそうに言う。
内ポケットから取り出したのは、直径1センチほどの小さな魔晶石だ。
「なるほどね……。これで魔力を回復させたのか……」
ルイはそう言うと魔晶石を、指をはじくようにして潰した。
淡い光の粒とともに、魔晶石が霧散し、その魔力はすべてルイに吸収された。
「な!」
男が驚愕の表情を浮かべ、そしてすぐにルイを睨んだ。
「さて、魔晶石も無くなったし、ちゃんと答えてくれるよな?なんであの家を見張っていた?」
ルイはもう一度聞いた。
「……」
男は視線を外し、ぐったりとして黙り込んだ。
「ちゃんと答えろって言ってるだろ!」
ルイは男の襟ぐりを掴み、そう言いながら激しく前後にゆすった。




