第42話 魔王と魔王と……(5)
肩に乗せた手を通じて、バイエモンの魔力の波動が伝わってくる。
(衛門君……。確かに魔王と言うだけあって、すごい内在魔力だ)
しかし、マルの魔法がその上に網のように覆いかぶさり、バイエモンの魔力の放出を抑えている。
(これが姿固定の魔法か……。魔法と言うより封印に近いようだな……)
「おいっ!下がれって言ってるだろっ」
バイエモンはルイの手を払った。
バイエモンがヘリオベアから視線を外した途端、ヘリオベアが二人めがけて突進してきた。
「ひっ!」
ルイはその迫力に気圧され、目をつむってしゃがみこんだ。
ガキンッ!
と、鈍い音が辺りに響き渡る。
ルイはその音に恐る恐る目を開けた。
「え、衛門君!」
ルイのすぐ前に、左手で防御魔法の結界を張り、右手に小枝のような短剣を構えるバイエモンの姿があった。
ヘリオベアの鋭い爪をその短剣でかわしている。
「魔力がほとんど使えないとはいえ、オレはこれでも異世界の魔王だぜ!こんなクマごとき……」
バイエモンはそう言うと、張っていた防御魔法の魔法円に魔力を送った。その瞬間、魔法円が僅かに光り、ヘリオベアを弾き飛ばした。
「す、すごい……」
ルイはその様子に驚きの声を上げた。
弾き飛ばされたヘリオベアが少し離れた大木にぶつかり、その根元に転がった。
そして身を震わせ体勢を直すと、三角に吊り上がった血走った目つきで再び二人のもとに突進してきた。
バイエモンが再び防御魔法を張り短剣を構える。
「ハッ!衛門君、ダメだ!」
ルイはバイエモンを横から抱きかかえて一気に飛び上がった。
「なっ!?」
その瞬間、先ほどまで二人がいた場所をヘリオベアが勢い余って通り過ぎ、その先にあったナ・ブーナの大木に激突した。
直径2メートルはあろうかというナ・ブーナの大木は、ヘリオベアが激突した場所からすごい音をたて裂けるように折れた。
そして、周囲の細い木々をなぎ倒し、その折れた部分から一気に燃え上がった。
「な、何だとっ!?」
バイエモンが眼下のその様子に驚いた声を上げた。
「あれは魔法を使ったわけじゃない。火炎属性が強いんだ……」
ルイはつぶやくように言った。
狂乱したヘリオベアの内在魔力が、その狂乱により、ぶつかったモノを燃え上がらせるほど、魔力が高揚した状態になっていた。
「ヘリオベアの魔力……。こんなに強いのか?」
バイエモンは驚いた顔をした。
燃え上がっていた炎が徐々に小さくなってゆく。
立ち上った白い煙も、風に薄くなびいて消えていった。
「衛門君、あれは放っておいて、もう行こう……」
ルイは複雑な心境で、真っ暗な森を見下ろした。
初めて見たヘリオベアは、ルイの予想よりもずっと凶暴で魔力の強い魔物だった。
(あれじゃ、ギルドで高値になるはずだよな……)
ルイはあきらめた様子で、ため息をついた。
バイエモンも難しい顔をして真っ暗な森を見下ろしている。
(カロの森……、思っていた以上に厄介なところだな)
「衛門君……。(馬があんな状態になるなんて、やっぱりショックだよな?)……馬は、しょうがないよ……」
ルイは慰めるように言った。
「ジニマルに姿固定の魔法さえかけられなかったら、こんなことには……」
バイエモンは、かるくため息をつくと、遠く北西の方角を見つめた。
そして、ルイに尋ねる。
「……おい、フラガのルーシュという所を知っているか?」
「ルーシュ?」
ルイは不意の質問に少し驚いた。
「デグレードとの国境の町だ。王都デグレードから、だいたい二百キロ……(もう少しあるか?)まぁ、それぐらいの距離にある」
「……うーん、ごめん。わからないな」
ルイは引きつった笑みを浮かべた。
(この世界の土地勘が、まるでないからな……。今度テオさんにでもこの世界の世界地図を見せてもらおうかな……)
ルイはバイエモンが見つめていた北西の方角にゆっくりと飛んだ。
バイエモンがルイを見上げ、難しい顔をする。
(よく考えたら、このままこの女を移動手段に使うというのもアリだな)
しかし、ルイをルーシュに侵入させて良いものかと僅かに不安がよぎる。
(あんな奇妙な異世界の人間だ。おまけに邪神とも関わりがある)
バイエモンの中で、ミナミは完全に邪神扱いとなっていた。
そして、ルイを移動に使いルーシュに入るには、余計なリスクを背負う気がした。
(そうだ……)
バイエモンは何かを思いつくと、北の方角を指さして言った。
「おい、ナガールは向こうだったよな?」
「えっ?ナガール?……(聞いたことあるような無いような……)」
バイエモンがあきれたように言う。
「デグレードの北の要塞都市だろ!そんなことも知らないのか?」
その言葉にルイは顔を引きつらせた。
「(このクソガキ……。森の中に落とすぞ!)……よ、よくわからなくて。俺、まだこの世界に来てひと月しか経ってないから……」
「ちっ、使えないやつだぜ。とにかく、ナガールだ。ナガールに行ってくれ」
「王都じゃダメなのか?」
ルイは苛立ちを押さえるように言った。
「ダメに決まっているだろ!こっちはジニマルのせいで魔力がロクに使えないんだ!(敵陣の本拠地に単身で乗り込むほどオレは馬鹿じゃない)」
「あ、あはは……(そういや、戦乱の原因だったな、コイツ)。じゃ、じゃぁ、北に向かえばいいのかな?」
「そうだ。ナガールだ!ナガールに行ってくれ」
ルイは半ば強引にバイエモンに押し切られ、ナガールがあるであろう北の方角に向けて勢いよく飛んだ。
明るい部屋の窓辺にある机。
エルダはその前に座り、虚ろに窓の外の景色を見つめていた。
「エルダ様……」
部屋の片隅にいた、白いエプロンを着けた大人しそうな顔をした侍女の一人が声をかける。
「うん……。少し待っていて……」
エルダは持っていた羽ペンをクルリと回すと、途中で止まっていた手紙をため息交じりに書き始めた。
(父上にはもう、物事を判断する能力が無いわね……。フリオがそばに置いているゲレイノンもどこまで信用して良いものか。あの男は、何かあるたびに“リザ様、リザ様”とデグレードの魔道士の名を持ち出してくるし……)
エルダは少し疲れたような表情でペンを走らせた。
そして書き終わると、その手紙を厳重に封印し、先ほど声をかけた侍女に手渡した。
「いい?この手紙の受け渡しを、絶対に誰にも知られてはいけないわよ」
「かしこまりました」
「シャクティの隠密員の存在は、私たち以外知りえないことですからね」
「はい。隠密員の一人として、このリリオペにお任せください」
侍女の一人、リリオペはそう言うとしっかりと手紙を受け取り、それをエプロンの内側に忍ばせた。
リリオペは薄紫の髪色で、背は高くも無く低くも無く、一見するとか弱そうに見える若い女性だ。
エルダが頷く。
「頼みましたわよ……。ルーシュにいるシャクティの隠密員プルモナリアに……」
「はい」
リリオペはそう言うと、軽く頭を下げ、部屋を出て行った。
エルダは、黒いメイド服を着たリリオペの後姿を見送ると、テラスのある窓辺に立った。
そしてカーテン越しに、暗い窓の外を見つめる。
城内の広い庭の先、城壁の外には、バレンガの夜の街並みが見える。
フラガ国の王都バレンガは、デグレードよりも人口が多く、高い建物が外城壁内のいたるところに建っているのが見える。
その建物の間を、魔晶石を動力源にした木造の飛行船が船首と船尾に位置灯を点灯させ低空に飛んでいる。
「力場の魔力が枯れてしまったら……」
エルダは不安そうな表情で、ゆっくりと飛ぶ飛行船を見つめた。
眼下に広がっていた森は切れ、一体が広々とした草原地帯に変わる。
その先に、シオウル山脈が東西に連なってそびえているのが闇夜の中に薄っすらと見えていた。
「森から、遠くに少しだけ見えていたのはこの山の一部か……」
ルイはつぶやくように言った。
バイエモンがルイの腕の中で、ぶら下がるように抱えられている。
「おいっ!落とすんじゃないぞ!」
バイエモンがルイを見上げ、不安交じりに、少し苛立って言った。
「はいはい……」
少し先に、防衛壁に囲まれた街が見える。
防衛壁の上部に取り付けられているであろう魔晶石の結界が、微弱な光を放っている。
夜それほど遅い時間でもないのに、灯っている街の明かりは妙に少ない。
「あれがナガール?」
「そうだ。あれがデグレードの北の守り、要塞都市ナガールだ……」
バイエモンは目を細めてナガールの街並みを見た。
(ここにあいつが……、バスィエルがいる……)
「ナガールか……。デグレードと違って小さい町だね……。(そして、あの山に、マルが住んでいるのか……)」
ルイは遠くにそびえるシオウルの山々を見つめた。
(こんなに離れているのに、マルの魔力がここまで流れてきている……)
ルイは流動する魔力に混じって、北の山からマルの魔力が微かに流れてきているのを感じた。
「おい、このまま防衛壁を超えるのはマズイ。一度この辺りで降りて、歩いて行くぞ……」
「え、あ、そうだね……」
ルイはそう言うと、ナガールの町の様子を見た。
「あれ?防衛壁がところどころ壊れてる……?暗くてよく見えないけど……壊れてる建物もあるような……?(今朝方の戦乱はこっちの方が大きい?)」
ルイは暗さに目を凝らし、訝し気に防衛壁を見ながら、ゆっくりと降下した。
「ふん、こっちではシオウルの魔物どもが暴れていたんだろ。よくあるらしいからな」
バイエモンはルイの手を払い、1メートルほどの高さから地面に着地した。
その横にルイがゆっくりと降り立つ。
ナガールの防衛壁南門まで伸びるダートな小道。
門までの距離約三百メートル。
見る限り、南門は真っ暗でかがり火も無く、門兵がいる様子もない。
バイエモンは足早に門に向かって歩き出した。
「あ、待ってよ!」
ルイが後を追いかける。
「ね、なんでナガールなの?誰か知り合いでも?」
ルイは何気なく聞いた。
「……まあな」
バイエモンは素っ気なく答えると、小道から突然逸れると急に走り出した。
「えっ!?ちょっと!」
突然のことに、ルイも慌てて小道から草原の中を突っ走るバイエモンの後を追った。
細い月が西の空に浮かんでいる。
やや丈の長い草むらで、不意にバイエモンがそこに隠れるようにしゃがみこんだ。
「ど、どうしたの?」
ルイがその後ろに立つ。
「しっ!……向こうを見ろ」
バイエモンが防壁外の西側を指す。
「ん?」
ナガールの南西側防壁、そこに六本足の馬スレイに乗った兵士たちが待機しているのが見える。
兵士のうちの数人が持つ淡い魔晶石の光に照らし出されたその数は、百騎ちかくありそうだ。
「あれは?」
「……王都精鋭部隊、王都騎士団」
「王都騎士団……?へー」
ルイはそんなものもあるんだと、感心したように兵士たちを見た。
「くっ……(あれがここにいるということは、ルーシュのフラガ兵は壊滅だろうな……。バスィエル救出作戦は失敗……か)」
バイエモンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
整列していた騎士団が列を組み、動き出した。
「!こ、こっちに来る!?」
バイエモンが焦ったような声を上げた。
「うん?別にいいんじゃない?ただ、ここにいると邪魔になりそうだから、道に戻ろうよ」
ルイはそう言うと辺りを見回した。
「……くっ。(今は魔力がほとんど使えないっていうのに、あんな騎士団、相手になんかできないぞ……)」
「衛門君?」
「うっ、あ、あぁ。そうだな……」
バイエモンは苦い顔をすると、ルイの後をついてナガールの南門に向かう小道に戻った。
そしてルイと並んで門へと歩く。
少しして、たくさんの蹄の音とともに、デグレード騎士団が先ほどルイたちが立ち止まっていた草原の辺りを通り、ダートな道へと出てきた。
ルイは後ろを振り返った。
二列に並んだ騎士団の先頭の手前側、濃紺のマントをまとった若そうに見える男が魔杖を持ち、手綱を握っていた。
その表情に若干の疲労の色が見える。
「あれ?……(テオさん?……じゃないよな?)」
ルイは暗さに目を凝らし立ち止まったまま、その様子を見ていた。
「お、おい、どうした?」
バイエモンが少し焦ったように言った。
「うーん、なんだろな……(テオさんは魔道士だし、騎士団にいるわけないよな……)」
小道の真ん中に立つルイとバイエモンに、魔杖を持った騎士団の一人が気づいた。
その兵士は、魔杖で先頭にいたテオ似の男に合図を送ると、列から外れ、ルイたちのもとにやって来た。
そしてスレイを降り、少し声を張って言う。
「どうしたのですか!?防衛壁外に出ていては危険です。すぐに町の中へ戻ってください!」
赤いスカーフを付けたその男は、動きやすそうな鎧に帽子のような兜をかぶり、騎士団というだけあって気品のある姿だ。歳の頃は二十代前半といったように見える。
「そ、それが……」
ルイは苦笑いをして返答する言葉を探した。
(バイエモンがナガールに来たいというから一緒に来た、とは言えないよな……)
バイエモンは無言のまま兵士と、その後ろを南へ向けて進んでゆく騎士団の様子を見ている。
兵士が怖い顔をして言う。
「今夜は魔物の動きが読めません。ここにいては襲われてしまいますよ!」
「いやぁ……。その……。(どうしたもんかな?……あ、そうだ)……あの、先頭にいたテオさんに似てる人ってどなたなんでしょう……?」
ルイは話題を逸らすように苦し紛れに言った。
「えっ!?」
男は突然のことに、一瞬動揺したようにルイの顔を見た。
「うん?(お、俺……、なんかマズイこと聞いた!?)」
ルイも思わず動揺した。
兵士はすぐに気を取り直して言った。
「テオ様をご存じなのですか?」
「え、えぇ……。いろいろとお世話になっていまして……」
ルイは引きつった笑みを浮かべ答えた。
兵士が僅かに不審そうな顔をする。
そして話を戻すように、
「なぜ、町の外に出ているのですか?」
当然の質問を投げかける。
「え……っと……(どう答えていいやら)」
ルイが返答をこまねいていると、バイエモンがフッと不気味な笑みを浮かべた。
「それは、オレが魔王だからだ」
「えっ、衛門君!(何言ってるんだ、こいつ!)」
ルイはさらに動揺し、バイエモンを見た。
「魔王?――」
兵士がバイエモンをじっと見る。
「――ふふっ。弟さんですか?なかなか元気がいいですね」
兵士はあきれたように笑った。
「し、親戚の子なんですよ!魔王ごっこが好きで、それでナガールに行きたいって……」
「ナガールに行きたい……?ということは、どちらかからここまで?」
兵士は不審そうにルイを見た。
「えっと、(なんて言ったらいいかな……)。その王都の東にフーナプラーナって村があるんですが、そこからさらに東に家がありまして……」
ルイはごまかすように言った。
「……フーナプラーナの東……?そんな村あったかな?」
兵士はそう言うと首を傾げた。
「あ、あるんですよ!1軒だけ……。家、というか店というか……」
「店……?」
「あ、あはは……(なんか、どんどん墓穴を掘っているような気がする)」
バイエモンは、少し苛立ったようにルイを見た。
兵士の後ろから、蹄の音がする。
見れば、テオに似た若そうに見える男が隊列から離れ、ルイたちの様子をうかがいながら近づいてきていた。
男は少し離れた位置で真っ白なスレイから降り、手綱を引いてルイたちのもとに来た。
「どうかしましたか?」
そう言ってルイに軽く微笑みかける。
(うわっ、まじテオさんそっくり)
ルイはあっけに取られて、その男を見た。
「団長。この二人が、防壁の外に出ておりまして、危険ですので町の中に戻るよう話をしていたところです。ですが、どうもナガールの町の者ではないようなのです」
兵士はそう言うと、自身の乗っていたスレイを路肩寄りに少し移動させ、ルイとレオの前を開けた。
「ふむ……」
レオは手綱をその男に預け、ルイの前に立った。
そしてバイエモンとルイの様子を見て穏やかに言う。
「私は魔道騎士団団長レオ・フェリンです。お二人はなぜこちらに?」
ルイは驚いて、改めてレオの顔を見た。
「レオ・フェリン!?さん……(テオさんにそっくりだし、同じ苗字?やっぱり何か関係が?)あ、あの……」
「はい?」
「失礼ですが、魔道士のテオさんと同じ苗字ですよね?(名前も似てる気がするし)ど、どういったご関係なんですか……?」
ルイは相手の様子をうかがうように言った。
「父をご存じなのですか?」
レオは軽く微笑んで言った。
「えっ!(父?)む、息子さん!?」
「えぇ」
レオが頷く。
「えぇぇ!かなり似てますね……(どうりで、そっくりなはずだ)」
バイエモンが二人の会話に顔をしかめる。
(こいつ、あの“テオ”の息子……。王都騎士団にいたとは……。これではルーシュの魔道兵など初めから勝ち目がないじゃないか……。ロジュスのやつ、状況を読み違えたか?)
ルイは、相手がテオの息子なら多少は事情をくみ取ってくれるだろうと、話を切り出した。
「あ、あのですね、俺たち、カロの森から来たんです」
「えっ!?」
レオと兵士、二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「俺は、カロの森で魔物ハンターをやっているルイと言います。こっちは……――」
ルイは右側にいるバイエモンの様子をうかがった。
バイエモンは、何とかごまかせといったような顔でルイを見上げた。
「――し、親戚の子で、衛門君。この子をナガールの親戚のところまで送って来たところでして……あ、あはは」
ルイは、適当に話を見繕って言った。
「カロの森の魔物ハンター?」
レオと兵士は顔を見合わせた。
そして少し不思議そうにルイに訪ねる。
「カロの森を拠点にしている魔物ハンターがいるとは……、存じ上げませんでした。……そうなのですね。この度は大変でしたでしょう……?」
レオは申し訳なさそうに言った。
「(うわっ!テオさんっぽい……)い、いえ……。変な雨が降ったくらいで、うちの方は全然大丈夫でした。それより、話し方までテオさんそっくりですね……」
ルイは引きつった笑みを浮かべた。
「よく言われます。それに、たまに父に間違われますしね……」
レオはルイに話を合わせるように、困ったような笑みを浮かべ答えた。
「門が開いてないんだ」
バイエモンが、二人の話の腰を折って割り込むように言った。
「門……」
兵士とレオは、つぶやくように言うと、ダートな小道の先にあるナガールの防衛壁の南門を見た。
「そういえば門兵がいませんね……」
兵士が暗がりに目を細めて言う。
レオは、少し何か考えるように門を見つめた。
「今朝方までの戦乱で、現在ナガールの防衛門はどれも閉ざされているのです」
二百メートルほど先に見える門は、確かに固く閉ざされているように見える。
レオは兵士に目配せをした。
兵士が真剣な表情で頷き、半歩後ろに下がった。
レオがルイに微笑んで言った。
「では私が門までお送りしましょう」
「えっ!いいんですか?」
ルイは少し驚いて言った。
「えぇ。短い距離とはいえ、夜道ですからね……」
「ありがとうございます」
「ブノワさん。このお二人は私がナガールまで送っていきます。あなたは先に戻ってください」
「はい。わかりました。それでは……」
ブノワはそう言うと、預かっていたスレイの手綱をレオに手渡した。
そして一礼し、スレイに颯爽と乗ると、再び頭を下げ、遠くに過ぎて行った騎士団の隊列を追ってその場を後にした。
「ではルイさん、エモンさん、参りましょう」
「あ、はい……」
ルイはそう言うと感心したように、レオに並んで歩きだした。
(俺たちの名前、もう覚えたのか……。俺なんか、こっちの世界の人の名前、難しいし、長いしで、いまいち覚えにくいんだよな……)
バイエモンはルイを挟んで反対側に、レオの様子をうかがうように大人しく歩き出した。
右側にスレイを従え、レオがルイに歩調を合わせるように歩いている。
「ルイさん。父とはどちらでお知り合いに?」
レオが穏やかに言う。
「えっと、最初はカロの森の魔道士の隠れ家……だったかな?ルルアさんの師匠の……」
「ルルア様のこともご存じなのですね」
「えっ、あー。えっとですね、ルルアさんとは直接面識はなくて……。ルルアさん、カロ屋の常連みたいで、俺もただ、カロ屋に出入りしてるから名前は知ってるってだけで……」
ルイは、つじつまを合わせるように言葉を選んで答えた。
「“カロの森”の中にあるという“幻のお店”でしたよね。私は一度も行ったことは無いのですが、父は何度かお店に行ったことがあるようですよ」
「そうなんだ……」
ルイはチラッとレオを見た。
髪の色こそ違えど、その横顔は若くしたテオそのものだ。
凛々しく品があり、そして頼もしく、とても穏やかそうに見える。
ルイの胸の中に、感電したかのようなちょっとした痺れが一瞬走った。
「うっ……(ちょっと待て俺……。何だ、今のは……)」
“恋”?
(俺は男だよな?そしてレオさんも男だよな?)
ルイは慌てて自分の足元に視線を落とした。
そして胸の中に走った痺れの動揺を抑えるように、大きく息を吸い込む。
(これはまずい兆候だ……。“ルイ”になっている時間が長すぎるのかもしれない……。ミナミのこと他人事だと思っていられないぞ)
「ルイ?どうした?」
バイエモンが不審そうにルイを見る。
「な、何でもない……」
そう言ったルイの顔が赤い。
しかし、夜の闇でそこまでの顔色をうかがうことはできない。
ナガールの南門が近づく。
「門兵がいないようですね」
レオがすぐ先にせまる門の様子を見て言った。
「そ、そうですね。真っ暗だし……」
門に近づくにつれ、町の中から何かを叩くような、石を砕くような、様々な音が聞こえてきた。
「何の音だろう?」
門の前に立ち、ルイが門を見上げ言う。
「防衛塔や重要な建物の補修工事をしているのです。今朝方まで戦乱がありましたから、いつ起こるともわからない襲撃に備え、夜通し補修作業を行うようです」
レオはそう言うと、門の端にある防衛壁の小さな扉の前に立った。
そしてその横に出ている杭にスレイの手綱を引っかけて繋ぐ。
「ルイさん、少しお待ちください」
レオはそう言うと、濃紺のマントの下から何やら取り出した。
(ん!それってカロ屋の一筆箋!)
ルイは目を丸くしてその様子を見た。
レオは一筆箋に木炭で何やら書き込むと、それを一枚剥がし宙に放り投げた。
その瞬間、紙は青白い炎を上げ消えた。
「呪符通信!?」
ルイが驚いたように言う。
「えぇ。町の中の者に連絡をしました。戦乱があったばかりで、門は開けることはできないでしょう。ですので、こちらの通用口の方から入れるように、鍵を開けてもらいます」
少しして、鈍い音とともに、門の右脇に設置された小さな通用口の扉が開いた。
中から、筋肉質のやや小太りな中年の男が頭を屈めて出てきた。
がっちりと鎧兜をまとい、腰に剣をさしている。
門番の男はレオに深く頭を下げた。
「レオ様。お待たせして申し訳ございません」
「いえ。こちらこそ、お忙しいところお手数をおかけいたします。このお二人を、町の中に入れて下さい」
レオの言葉に、男は鋭い目つきでルイとバイエモンを見た。
「……この二人は?」
「フーナプラーナの近くで魔物ハンターをされている方です。ナガールに親せきがいるそうで、訪ねてこられたそうです」
「フーナプラーナから……?」
男は僅かに不審そうに二人を見た。
「ど、どうも……」
ルイは引きつった笑みを浮かべた。
バイエモンも、ルイの後ろに隠れるように男の様子を見た。
男が僅かに顔をしかめて言う。
「レオ様がお連れになった方なら、問題はないとは思いますが……」
男は言葉尻を濁すと口をへの字に曲げ、ルイとバイエモンをまじまじと見た。
その男の様子に、レオが僅かに疑問の表情を浮かべ言った。
「何かあったのですか?」
「……うーん、それが。町の中に不審な人物がいるという目撃情報がありまして……」
「不審な人物……?」
レオが難しい顔をする。
「はい。戦乱の最中から目撃があり、フラガの密偵ではないかと警戒しているところなのです」
「えっ!俺たちは違いますよ!」
ルイは慌てて否定した。
すかさずレオが言う。
「それはどのような人物なのですか?」
その言葉に、男は思い出すように宙を見つめて言った。
「うーん、なんでも黒か緑の模様の入った服を頭からすっぽりと着ているとか。こちらが気づくと一瞬で消え失せるようで、目撃者も初めは幻覚かと思ったらしいのです。しかし、目撃者が多数いましてね。何か不穏な動きをしている者が町の中に入り込んでいるのは間違いないと思うのですが……」
「……そうですか。目撃者多数……」
レオはそう言うと、何か考えるように視線を落とした。
そして軽く頷くと言った。
「門の前までのつもりで来ましたが、今の話、もう少し詳しくお聞きする必要が出てきましたね」
レオはそう言うと、再び一筆箋を取り、何やら二枚に書き込んで、それぞれ宙に放り投げた。
「では、お二人は先に中へどうぞ」
レオがルイたちを促すように、通用口を手で示す。
「レオさんは……?」
ルイがレオを気にするように言う。
「私も町に入ります……」
レオはそう言うと、一筆箋をしまい、スレイの手綱を手に取った。
バイエモンが先に通用口をくぐり町の中に入る。
(スレイはこの扉をくぐれないよな。どうするつもりだろ?)
スレイとレオの様子を横目にうかがい、ルイもバイエモンに続いて町の中に入った。
「ここがナガールか」
バイエモンはニヤリと笑った。
(ここに、バスィエルがいる……。ルイならその気配を探れるはず……)
南門からまっすぐに、町の中へと伸びる大きな道。
その道のさらに先の西の方から、補修工事を行う大きな音が聞こえる。
しかし、町の中自体は灯る明かりも少なく、静まり返っている。
今し方通ってきた門の外側で、地面を蹴るような音とともに一瞬淡く何かが光った。
「うん?」
ルイはその音に後ろを振り返った。
その途端、ルイの目の前に、門をすぐ後ろにして真っ白なスレイが上から降ってきた。
そして、軽い衝撃音とともに綺麗に着地する。
その馬上に、濃紺のマントを翻したレオの姿があった。
(か、カッコいい……)
ルイはレオのその様子に思わず見とれた。
そして、自身の心を否定するように慌てて首を横に振る。
(お、落ち着け俺。何を考えてるんだ、相手は男だぞ!)
レオがスレイから降り、手綱を手に取る。
先ほどの門番の男が通用口を閉め、鍵をかけるとレオの前に立った。
「レオ様。それでは私は補修工事に戻ります」
男はそう言うと深々と頭を下げ、音のする方に駆けて行った。
その後姿を見送る。
レオがルイに向き直る。
「ルイさん、町の中は防衛壁外より安全です。私は王国軍ナガール駐留部隊の詰所に向かいます。今朝方までの戦乱で、町の中はかなり破損し、負傷者も出ています。瓦礫が道を塞いでいる場合もありますから、気を付けて行ってくださいね」
「は、はい……」
「親戚の方、ご無事だと良いですね」
「そ、そうですね」
「それでは私はこれで。失礼します」
レオはルイに頭を下げると、颯爽とスレイに乗り、町の中心部へと駆けて行った。




