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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
62/71

第42話 魔王と魔王と……(4)

 類は、気を失っているバイエモンをリビングのソファーにゆっくりと寝かせた。

 キヨが青ざめた顔でその傍らに立ち、様子を見ている。

「類君、衛門君大丈夫かしら?」

「あ、あぁ……たぶん」

 類はそう言ったものの、若干の不安を抱いていた。

(放っておいても起きるよな……?しかし、ミナミのインパクトは異常だからな……)

「そうだ!類君」

「ん?」

「“ルイちゃん”の方ならこういう時、魔法で何とかできないかしら?」

「えっ?」

「だって、衛門君は異世界の子でしょ?なら、ルイちゃんなら、何とかできそうな気がするじゃない?」

「……そうかなぁ?うーん(なんだかルイが便利屋になってきている気がする……)」

 キヨの考えもわからなくはない。

 異世界側からやってきた問題は、類よりも異世界側に属するルイの方が解決に向く気がした。

「そうだね。でも、ルイになるには一度部屋に戻らないといけないし、お店まだ開店中だからな……」

 類は困惑したように言った。

「それなら心配しなくていいわ。お店は早仕舞いにするから!だから類君……、ルイちゃんに、ね?」

 キヨはそう言うと口元で手を合わせて、お願いポーズを取った。

「で、でも……」

「お父さんには私から言うから、お願い類君!」

「……う、うん……。そう言うことなら……」

 その言葉にキヨの顔がパッと明るくなる。

「良かった!」

 類は困惑した顔のまま立ち上がると、バイエモンの様子を見た。

 蒼白な顔で静かに目を閉じ、ぐったりと横たわっている。

(……ミナミをもう少し早く引き離せばよかったな)

「類君、おうちに戻るとき、お店のプレート“閉店”にして行ってくれないかしら?」

「あ、うん。わかった。……じゃ、戻ってくるね」

 類はそう言うと、リビングを後にした。



 少しして、臨時閉店したカロ屋の組子障子前にルイが現れた。

 薄暗いカロ屋の店内。

「叔父さん、まだ帰ってきてないのか……」

 ルイは誰もいない店内から休憩室を通り、皆川家の玄関側へと出た。

「キヨさん、来たよー」

 そう言いながら二階に続く階段を上る。


 ガチャリとリビングのドアが開いてキヨが出てきた。

「あ!ルイちゃん、良かった」

 僅かに安堵した表情の中に、どことなく困惑したような様子が混じっている。


 リビングのソファー。

 そこに見覚えのある髪型の後ろ姿があった。

(あれ?バイエモン、起きてる!)

 バイエモンはリビングに入って来たルイに気付く様子も無く、正面についたテレビの天気予報を食い入るように見ている。


 キヨが少し申し訳なさそうに言った。

「類君が出て行った後すぐね、衛門君、気が付いたのよ」

「そうなんだ」

「それで一応ね、病院に行こうかとも思ったんだけど……」

 キヨはそう言うと、困った顔をしてバイエモンの後姿を見た。

「病院って……。異世界の子でしょ?(しかも魔王だよ。)連れて行けないよ」

 ルイはため息交じりに言った。

「やっぱりそうよね……。お昼にのんだ薬で、おなかの具合はよくなったみたいだけど、心配だわ」

「……ふむ」

 ルイはソファーに近づいた。

「衛門君。具合大丈夫?」

 その声に、バイエモンは後ろを振り向いた。

「うん!?だ、誰だ?」

 そう言って少し驚いた顔をする。

(び、美人……。うぐっ……)


「あ……(この姿では初対面だな……。)初めまして。俺、ルイって言うんだ」

「ルイ……(こいつが?……じゃぁ、昼間店にいた男の方は?)」

 バイエモンは性別の違う同じ名前の人物に、頭の中が混乱した。

「うん。カロの森で魔物ハンターをやってるんだ。よろしく」

 ルイは類とはあくまで別人であることを装うように言った。

「ルイ……。魔物ハンター……。むっ……(こいつがジニマルの言っていたルイ?)」

 バイエモンはハッとした顔でまじまじとルイを見た。

 ルイは青く長い髪を横に一つに結い、そこに黄色いリボンをつけている。

「衛門君?(……バレて、ないよな?)」

 ルイは冷や汗交じりに笑った。

 バイエモンはまっすぐにルイを見つめている。その視線に、ルイは類であることが勘付かれていないかどうか不安を感じた。

「お、オレは……、バ、……衛門だ。よ、よろしく……」

 バイエモンは少し照れたように、キヨが勝手に勘違いして呼んだ“衛門”という名を名乗った。

「具合どう?気持ち悪くない?」

 ルイが少し心配そうに言う。

(ミナミをまともに見たんだ。あんな状況、俺なら気を失う前に走って逃げるぞ。気を失っている間に、何をされるかわからないからな)

「だ、大丈夫だ……――」

 バイエモンはそう言うと、ソファーに座り直し、ルイを足元から頭の先まで確認するように見た。

「――(魔物ハンター?)……お前も“ルイ”というのか?」

「えっ、あぁ。そうだよ。ここのカロ屋の店員も、同じ名前だよね……」

 ルイはごまかすように答えた。

「そのようだな……。(同じ名前……。ジニマルが言っていた力場を狙っている“ルイ”はどっちだ?)」


 一方は男で店の店員。

 もう一方は女で魔物ハンター。

 魔物ハンターの方が、森に精通しているだろうと容易に察しが付く。


(男の方は、どう見ても冴えない感じだったからな。やはり、この女が“力場”を狙っている可能性が高いか……)

 バイエモンはもう一度ルイの顔をじっと見た。その顔が赤い。

(こ、好みだ……)

「どうしたの?」

 ルイは膝に手を当てて前かがみになり、バイエモンに視線を合わせて微笑んだ。

「!!(か、可愛い……)な、何でもない!」

 バイエモンは少し乱暴に言うと、プイッと反対方向を向いた。

「……(なんだこいつ、人がやさしく話しかけてるのに……)」

 ルイは顔を引きつらせた。


「衛門君、ルイちゃん、夕飯食べて行くでしょ?」

 キッチンのカウンター越しに、キヨが言った。

「えっ!?」

 ルイはハッとした顔で慌ててキッチンのキヨのもとに駆け寄った。


 コンロの上に、ヒタヒタの水に浸かったジャガイモやニンジンが入った鍋が乗っている。

「(あ、今夜はカレーか。……じゃなくて!)キヨさん」

 ルイはキヨの袖口を引っ張り、ソファーから死角になるコンロのすぐ前にキヨを移動させた。

「どうしたの?」

 キョトンとするキヨに、ルイはキヨの耳元に手を当てて小声で言った。

「だから俺、この姿の時は飲んだり食べたりできないんだってば」

「あ!あら、あらら、そ、そうだったわね」

「うん」

「あらま、どうしましょ?」

 キヨは困惑したように言った。

「はぁ……」

 ルイは大きくため息をつくと、

「いいよ。俺、このまま店番してるからさ。……また、お店開けてくる」

 そう言って廊下に出るドアを開けた。

「ルイちゃん、ごめんね」

 キヨがエプロンで手を拭きながら、困ったような笑みを浮かべて言った。

「ううん、いいよ……」

 バイエモンがルイを気にするようにじっと見ている。

「え、衛門君。じゃ俺、下で店番してるから……」

 引きつった笑みを浮かべ、ルイは部屋を出ていった。


「お、おい。あいつ、どこかに行ったのか?」

 部屋を出て行ったルイを気にするように、バイエモンがキヨに言った。

「ルイちゃんはお店番よ。でも、衛門君はここにいてね。もうすぐ夕ご飯できるから」

 キッチンのカウンター越しにキヨはそう言うと、鍋の乗ったコンロに火をつけた。

「……」



 カロ屋の店内。

 五番通り側に面したガラスドアに掛けられたプレートを、再び“OPEN”の文字が外から見えるようにひっくり返す。

「うん、これでよし」

 ルイは店を見回すと、レジカウンターの内側の事務椅子に座った。

「この姿で店番……か。……初めてだな」

 ふと、五番通り側に置かれた陳列棚の商品に目が留まる。

 陳列棚は、ブレスレッドや髪飾りなどのアクセサリー系の商品がたくさん並んでいる。

 先ほどミナミが買っていったものと同じバレッタも、色違いでいくつか並んでいた。


(こうして見ると、どれも魔力を帯びているのがわかるな……)

 レジカウンターから陳列棚の前に移動し、陳列された商品を見る。

 派手な色のリボンがついたカチューシャが目線よりやや高い位置に置かれている。

「もう少し、淡い色だったらな……」

 兎の絵柄のリボンのついたその赤いカチューシャを手に取り、ルイはまじまじと見た。

 メリンスのような手触りの小さなリボン。

 のぞき込むように頭上に掲げ、ルイはそのカチューシャを試しに付けてみた。

「小さい……。子供用か?」

 説明不足の商品に、ルイは難しい顔をして元の位置に戻した。

 よく見れば、価格の書かれたPOPに丸い文字で“これは子供用です”と書いてある。

「うっ、この位置じゃ見えないだろう……」

 ルイは引きつった表情を浮かべると、陳列棚を整理し、子供用のカチューシャを下段に並び替えた。


「うん、これでいいな……」

 キレイに並び替えられた商品を前に、満足そうな表情を浮かべる。

 そこへ、カラコロとドアベルが鳴る音がして、茂が店に戻って来た。

「あ、お帰り」

「あれ?ルイ?……何でルイなんだ?」

 茂はルイを見て驚いた顔をした。

「それが……、ちょっと事情があって……」

 ルイはそう言うと苦笑いをした。

 茂が渋い顔をする。

「ひょっとして……、衛門君か?」

 そう言いながらルイの横を通り、作業台の前に座った。

「う、うん。まぁ、そうだね……」

「ふーむ」

 茂は大きくため息をついた。

 ルイも茂の向かい側の作業台前に座ると、少し疲れたように言った。

「魔王って言うからさ、もっと恐ろしいヤツだと思ってたんだけど、……なんか拍子抜け。衛門君、どうみても子供だよね?」

「うーむ、そうだな、見た目はな。だが、龍神様の話じゃ、人間に化けているようだぞ」

「えっ!?そうなの?」

 ルイは驚いた顔をした。

「と言っても、言動を見る限り、子供みたいだけどな、ガハハ!」

 茂は心配無用とばかりに笑った。

「マルも最初蛇人間の子供みたいな感じだったからな……。変身していると本当の歳ってわからないよな……(かく言う俺も……)」

 ルイは苦笑いをした。


「あら、お父さん。戻って来たなら声をかけてよ」

 キヨがそう言いながら休憩室から出てきた。

「お、悪い悪い、ガハハ」

 キヨの後ろにバイエモンの姿が見える。

「キヨさん、どうしたの?」

「それがね……」

 キヨはそう言うと困った顔で後ろにいるバイエモンを見た。

「衛門君、腹の具合どうだい?」

 茂が声をかける。

「だ、大丈夫だ!オレは帰る。(こんな魔力も無い恐ろしい世界、いつまでも居てたまるか!早く、森で力場を探さねば)」

 バイエモンはキヨの横からレジカウンター前を通り、組子障子前に立った。

「衛門君!もう暗くなってきているし、一人で帰るなんて危ないわ」

 キヨが呼び止める。

「オレは子供じゃない!」

 バイエモンはそう言うと、そのまま組子障子の戸を開けて、逃げるように店を出て行った。

「あっ!衛門君!」

 キヨが叫ぶように言った。

 異世界側から、夕刻の涼しい風が店の中に入って来る。


「キヨ、いちおう魔王様なんだし、大丈夫だろう」

 茂が声をかける。

「そ、そうかもしれないけど……。夕飯も食べないって言うし、まだ具合が悪いんじゃないかと思って。心配だわ……」

 キヨはそう言いながら組子障子の前に立つと、薄暗い異世界の森を不安げに見た。

「なら、ルイに様子を見に行ってもらえばいい」

「へっ!?」

 茂の提案に、ルイは驚いた声を上げた。

「あら!いい考えね。ルイ君、お願いできるかしら?」

 キヨが組子障子前から振り向いて言った。

「……ま、魔王なんだし、放っておいても……」

「ルイ、まぁ。一応、その、何だ。行ってやってくれ」

 茂は頭を掻き、キヨの様子をうかがうように言った。

「うーん……――」

 ルイはため息交じりに頷くと、

「――わかったよ。途中まで送ってくる」

 そう言って足取り重く組子障子前に立った。

「ルイ君、ありがとうね!」

 キヨは安堵したようにニコニコと微笑んだ。

「う、うん……」

「ルイ、まぁ、大丈夫だとは思うけど、一応用心しろよ。衛門君は今朝方の戦乱の原因なんだろ?」

「そ、そうだね、たぶん。……気を付けるよ」

 ルイはそう言うと異世界側に出た。

「じゃ、行ってくる」

「うん、気を付けてね!」


 キヨに見送られ、ルイは木々の枝葉の高さまで浮くと、バイエモンを追ってその気配のする方向に飛んで行った。



 夕刻の森。

 西日が、今朝方まで戦乱があったことなど感じさせないほど穏やかな光を放っている。


「衛門君……。戦乱の原因……。そうは見えなかったんだよなぁ」

 ルイは眼下に広がる森の中に、バイエモンの魔力を探った。

 少し離れた森の中、西に向かって猛スピードで移動する異質な魔力の波動を感じる。

 その顔に僅かの緊張が混じった。

(芋虫の魔物とまったく同じ魔力の気配……。衛門君、やっぱり今朝方の騒動の原因は衛門君なのか……)


 薄暗い森、その木々の切れ間に、バイエモンが西へ西へと走っているのが見えた。

「……あっ!いた」

 ルイは木々の高さから下降し、森の中を地面から少し浮いてバイエモンの後を追った。


 森の木々に見え隠れして、モスグリーンのマントをまとったバイエモンの後姿が見える。


「ちっ、店に魔杖を忘れてきたのは痛いぜ……」

 大木の露出した根っこを飛び越えながら、バイエモンはつないだ馬を探していた。

(西から来たはず……。途中散々迷ったからな、こっちで合っているのか?)

 不安げな表情を浮かべ、バイエモンは辺りの様子をうかがった。


「衛門くーん!」

 不意に後ろから声が聞こえた。

「なっ!?」

 バイエモンは焦ったように後ろを振り返った。

 木々の切れ間、ルイが低空に浮きながらこちらに向かってくるのが見える。

(魔物ハンターの方のルイ!ま、まさかジニマルからオレが“力場”を探していると聞いていたのか!?)

 ジニマルの話から、ルイとジニマルに何かしらの接点があることは察しが付く。

「くっ、いくら美人でも、力場だけは譲れないぜ」

 バイエモンは鋭い目つきでルイを睨んだ。


「あぁ、良かった。追いついた」

 ルイがそう言ってバイエモンの前にフワリと降り立った。

「何しに来た」

「えっ?何しにって……。心配だから、送っていこうと思って……(本心じゃないけど)」

「ついてくるな!」

 バイエモンはそう言うと、プイっと向きをかえ、再び走り出した。

「えっ!でも、もうすぐ森の中は真っ暗になるよ」

 ルイは軽く宙に浮き、慌ててバイエモンの後を追った。

(足、はやっ!)

 ルイはバイエモンのすぐ横に並ぶように飛んだ。

「ついてくるなって言ってるだろ!」

 バイエモンは苛立ったように、さらに速度を上げて森の中を走った。

「いや、だって、どこまで帰るのかと……。(家はデグレード国外なんだよな?)遠いんだよね?」

「……くっ!」

 突然、バイエモンがルイを巻くように方向をかえた。

「ワッと!」

 突然のことに、ルイは勢い余って木にぶつかりそうになった。慌てて向きをかえバイエモンの後を追う。

「だから、ついてくるな!」

「いや、そうもいかないよ……。(そうしないと、カロ屋に戻った時に俺がキヨさんに変なプレッシャーをかけられる)」

「ちっ!」

 バイエモンは再び方向をかえ、森の中を無作為に走った。


 やがて日が沈み、西の空に僅かに明るさを残すばかりで、森の中は真っ暗な闇が広がった。



「……、……迷った」

 バイエモンが森の木々の僅かな切れ間に、焦ったような表情を浮かべ立ち尽くしている。

「衛門君……、大丈夫?こっちで合ってるの?北に向かってるみたいだけど……」

 ルイも困惑したように言った。

「お、お前がついてくるからだろっ!」

 バイエモンは苛立ったように、すぐ後ろにいるルイに向きをかえ叫ぶように言った。

「いやぁ、俺もキヨさんに頼まれたからさ。送っていかないと……(俺が笑顔の重圧をかけられる。キヨさん、あれで結構怖いんだよな……)」


 バイエモンは大きくため息をつくと、その場にドカリと座り込んだ。

「ど、どうしたの?」

 ルイが驚いたように言った。

「どうもこうもあるか!ジニマルのやつがかけた変化固定魔法のせいで、元の姿に戻れなくなった……。おかげで、魔力もほとんど使えない……」

 バイエモンはそう言うと、胡坐をかいてそこに頬杖をついた。

(力場を探すどころじゃない。ジニマルの魔法を解かなくては……)

 バイエモンはチラッとルイを見た。

(ジニマルの魔法……。この女がどれほどの力の持ち主かわからないけど、……無理だろうな。ルーシュに戻ってロジュスに解いてもらうか……)


 西の空に僅かに空に残っていた明るさも消え、森の中は四方八方闇に包まれた。

 先ほどまで見えていた木々の奥も、すでにその暗さに闇に紛れ、すぐ足元に伸びる木の根さえも分からないほどだ。


「衛門君、どうするの?家はどっち?(……って家、あるのか?)」

 ルイは引きつった笑顔で聞いた。

 バイエモンは不貞腐れたような顔で、ずっと地面に座り込んでいる。

「あ、あはは……(まいったな。完全にクソガキじゃないか。こんなのが今朝方の戦乱の原因だって言うのか?)……仕方がない」

 ルイはおもむろにバイエモンの後ろに立った。

「ん?」

 その気配にバイエモンが振り返る。

 その瞬間、ルイはバイエモンを後ろから抱きかかえるように持ち上げた。

「へっ!?お、おい!何をするっ、ひっ!」

 ルイは暴れるバイエモンをよそに、一気に飛び上がった。


 眼下に広がる真っ暗な森。

 遠く、南西の方角に、微かに光の柱が立っているのが見える。

(あれは結界の柱……。ということは向こうが王都か。だいぶ北の方に来ているな……)

 ルイは方向を確認するように見た。

 マルに魔力の封じられたバイエモンは僅かに恐怖の表情を浮かべ、落ちないようにルイの手を強く押さえた。


「衛門君、どっちに行けばいい?」

 ルイが後ろから聞く。

「……う、馬が」

「馬?」

 ルイは首を傾げた。

「カロ屋に行く途中、馬を森の中に繋いだんだ……(魔力を使えない以上、馬は重要な移動手段だからな……)」

 バイエモンはそう言うと、足元に広がる真っ暗な森を見回した。


 上空の冷たい風が吹く。

「馬かぁ……。どの辺りかわかる?」

「……(くぅ、今は大人しくこの女の手を借りるしかなさそうだな。ちっ……)。確か、小さな村があったな。そこからまっすぐ東にしばらく行った辺りに馬をつないだような……」

「小さな村……あ、フーナプラーナのことかな?この辺りに小さな村は、それしかないからね」

 ルイはそう言うと、森の枝葉の高さまで降下し、そのまま南へ飛び始めた。

 そしてバイエモンに聞く。

「馬って、普通の馬?それとも魔物化した……」

「いや、普通のヤツだ。スレイを使うには、この国では登録が必要と聞いたぞ」

「そ、そうなんだ……」

 ルイは苦笑いをした。


 眼下に広がる森は、行けども行けども似たような景色だ。

「うーん……(フーナプラーナからカロ屋へ行く直線上だと、この辺りなんだけどなぁ)」

 ルイは真っ暗な森の様子を、目を凝らしてうかがった。

「お、おい。馬の気配は探れないのか?」

 バイエモンが少し後ろを振り向いて言う。

「馬かぁ……。魔力を帯びているものなら探れるけど、普通の馬はどうかな……」

 ルイは森の中に流れる馬の気配を探った。


「……うーん?――」

 やはり、馬の気配は感じ取れない。

「――馬の気配はわからないけど、森の中に流れる魔力の波動……。すぐ近くに違和感があるな。もしかしてそれかな?」

「行ってみよう」

 ルイは頷くと、バイエモンを抱きかかえたまま、違和感のする方向に森の中を飛んだ。


 ナ・ブーナの大木が広がる陰樹の森。

 夜の冷たい魔力の気配に満ちている。


 少しして、ルイが立ち止まった。

 吐き気を催すような変な臭い、それが辺り一面に広がっている。

「お、おい!なんか変な臭いがするぞ」

 抱きかかえられたバイエモンがルイを見上げるように言った。

「そうだね。……違和感があったのがこの辺りなんだけど。うーん、暗くてよくわからないな」

 ルイも異臭に顔をしかめ、ゆっくりと着地するとバイエモンを下ろした。

 そして右手を頭上に掲げ、光の玉を作り出す。

「……明るいな」

 バイエモンがつぶやくように言う。

 穏やかな光は、二人の周囲を照らし出した。


「ひぃ!!!」

 ルイが奇声を発し恐怖に息をのむ。

「なっ!」

 バイエモンも光の中に照らし出されたそれを見た。


 そこには、木に繋がれた馬が、変わり果てた姿となって佇んでいた。

 首が引きちぎられ、頭だけが木に結ばれた手綱にぶら下がっている。

 胴体は内臓の一部と思われる肉片が無残にも散在し、4本の足がところどころに転がっていた。

 異臭はその血の匂いだった。


 バイエモンは慌てたように手綱を結んだ木に近づいた。

 そしてぶら下がっている馬の頭をじっと見た。

「魔法を受けた傷じゃないな。……これは(……ヘリオベアか?)」

 遠巻きに、ルイが青ざめた顔で様子を見ている。

「……うぅ(気持ち悪い……)。一体誰が……」

 ルイはそう言って顔をしかめた。

「誰が、じゃない。これはおそらく魔物の仕業……」

「魔物……」

「あぁ。この鋭利な傷跡、おそらくヘリオベアの爪だろう」

 バイエモンはそう言うとルイを振り向いた。

「!!お、おい!ルイ、後ろ!」

「へっ?」

 驚愕したバイエモンの声に、ルイは後ろを振り返った。


 暗がりに光る二つの目。

 荒い呼吸の音が聞こえる。

 低くうなるような獣の声。

 ルイの身長の二倍はありそうな真っ黒な巨体が、敵意もあらわにそこに立ちはだかっていた。


「へっ、ヘリオベア……(これが……)」

 ルイは突然の出来事に、思わず尻もちをついた。

 バイエモンは鋭い目つきでヘリオベアを睨んだ。


 クマが魔物化した魔獣ヘリオベアは、カロの森の魔物の中で最強の存在だ。

 ヘリオベアは、体中を血で濡らし、血走った目つきで二人を見ていた。


「やっぱりこいつが馬を喰ったようだな。間違いない」

 バイエモンはそう言うと、三つ編みに結った髪の毛の中からその一本を抜き取った。

 それに息を吹きかける。

 すると髪の毛は、小枝のように細い短剣に変わった。

「おい、ルイ!早く後ろに下がれ!」

 バイエモンの言葉に促され、ルイはヘリオベアを見つめたまま、手をついて後退りした。

 そしてバイエモンの横に並ぶ。

「オレは、ジニマルの姿固定魔法のせいで、ほとんど魔力が使えない。この魔法さえ解ければこんなやつ、相手にもならないんだがなっ!」

 バイエモンは強がるように言った。

 ルイは、少し冷静さを取り戻し、ようやく立ち上がると、ヘリオベアの魔力の波動を探った。

(森の魔力と同じ波動……。この魔力を吸い取ったところで、クマはクマだからな……)

 ウスペンスキーや芋虫の魔物のように、魔力が動力源となって動く魔物なら、魔力さえ吸い取ってしまえばその動きを止めることができる。

 しかし、クマが魔物化したヘリオベアは、魔力を吸い取ったところで、魔力を帯びないヘリオベアになるだけで、状況に変化はない。


「(せっかく見つけたヘリオベアだし……)」

 ルイは、王都ギルドで聞いたヘリオベアから取れる素材の価格を思い出した。

(やはり、魔物ハンターを名乗ってる以上、これは倒しておいた方がいいよな……?)

 そして引きつった笑いを浮かべる。

「おい、何をやっている!後ろに下がれ。追い払うくらいなら、今のオレでも十分できるんだぞ!」

 バイエモンはそう言うとヘリオベアに短剣を構え、ルイの前に出た。

 ルイはそのバイエモンの肩に手をかけた。

 そしてニヤリと笑う。

「ル、ルイ?(なんだこの女)。何のつもりだ!?気でも狂ったか!」

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