第42話 魔王と魔王と……(2)
薄暗い『カロ屋』の店の中。
L字になったカウンターに斜に向かう位置で、マルとバイエモンが椅子に座っている。
(この店は一体何なんだ……)
レジの置かれたカウンター側に座るマルを、バイエモンは横目にチラリと伺った。
(話には聞いていたが変な店だ。ジニマルは、よくこの店に出入りしているのか?)
モスグリーンのマントの裾を直し、横目に、お茶を飲むマルを不審そうに見る。
時計の秒針が時を刻む音が聞こえるほど、店内は僅かの緊張に包まれていた。
目の前の湯飲みから、温かい湯気が上っている。
(飲んでも……平気か……?)
小さな湯飲みには、八分目ほどお茶が注がれていた。
「せっかくキヨが小僧にも茶を入れてくれたのだ。飲んだらどうだ?」
つめたい視線でマルが言った。
「……」
バイエモンは苦虫を噛み潰したような顔して、じっと湯呑の中のお茶を見た。
「フフフ、毒など入ってはいないぞ。それとも……小僧、茶も知らんのか?」
「ち、茶くらい知っている!」
バイエモンが苛立ったように言った。
「ふ、二人とも、喧嘩は止めてくださいよ……」
カウンターの内側で、茂が引きつった顔をして二人の様子をうかがっていた。
「それにしても……、貧相な姿だな、小僧。それで人間に化けたつもりか?」
マルがニヤリと笑いながら言う。
「……」
バイエモンは悔しそうな表情を浮かべ、何か言いたそうな様子でマルを睨んだ。
「まぁまぁ、マルちゃんも、そんな言い方しないの」
お盆を片付けて、キヨが困ったように微笑んで、バイエモンの前に立った。
「あなた、お名前は?私はキヨ。この店のおかみさんなのよ」
「……(な、何なんだ、この女)」
バイエモンは顔を引きつらせてキヨを見た。
キヨはカロ屋のロゴ入りのエプロンを着け、薄いピンクの七分袖の服を着ている。
(魔道服のような魔力を帯びた服で、魔力を封じているわけでもないのに……)
魔力の気配を全く感じさせないキヨに、バイエモンは僅かに警戒心を抱いた。
「名乗ったらどうだ?キヨは“名前”を使って呪詛などかけたりしないぞ」
カウンターに置かれた湯呑を手で包むように持って、マルが素っ気なく言った。
バイエモンが口をへの字に曲げ、仕方ないといったように顔をしかめて言う。
「オ、オレはバイエモンだ……」
「うん?バ……?」
「バイエモンだ!」
「場井……衛門君?あら、古風な名前なのね」
キヨのその様子に、茂は引きつった顔をしてカウンターを回り込み、そそくさと作業台の前に移動した。
床に転がっていた心張棒を拾い上げ、作業台の横に立て掛ける。
そして、いつも座っている位置とは逆側に置いてある、踏み台にもなる作業椅子に座った。
「マルちゃんに、衛門君ね!同じ年くらいかしら?」
マルも人間に化けたバイエモンも、ほぼ同じくらいの背の高さで、見た目も小学生のように見える。
バイエモンが焦ったように勢いよく立ち上がった。
「ち、違うぞ!オレはずっと若い。こんな千年越えの老体と一緒にするな!」
マルも立ち上がる。
「なんだと!ワシを老体扱いするとはいい度胸だな」
そう言って、バイエモンに苛立ったような視線を向けた。
「まぁまぁ、二人とも喧嘩はダメよ。仲良くね。――あ、そうだわ。頂き物のお菓子があるから、ちょっと待っててね!」
キヨはそう言うと、休憩室に戻っていった。
バイエモンとマルがおとなしく椅子に座り直す。
僅かな沈黙。
茂は二人の状況に困惑しながらも、遅れていた特注品の製作を始めた。
バイエモンが居たたまれないように、落ち着きなく店の中を見回している。
そこへ休憩室からキヨが戻って来た。
手に持ったお盆の上に、菓子皿に乗ったどら焼きがいくつか見える。
「10時半すぎちゃったけど、午前の休憩時間ね」
そう言ってバイエモンと、マルの前に一つずつどら焼きを置いた。
「ここのどら焼きはおいしいのよ。鶏庵ラーメンさんの近くにあるの。――お父さんも、どら焼き食べる?」
キヨは一つどら焼きを手に取ると、ホホホと笑った。
「ムムム!ラーメン!」
突然、マルがうなって立ち上がった。そして茂を振り向くと焦ったように言った。
「茂!もう店は開いているのではないのか!?ラーメン、ワシは早くラーメンを食べたいぞ!」
「あら?マルちゃん、ラーメンが大好きなの?」
キヨが驚いたように言う。
バイエモンも、突然のマルの様子に、同じように驚いた顔をしてマルを見た。
(な、何だ、ジニマルのこの慌てよう……。何を食べたいと……?)
「ああ、もう10時過ぎたのか……」
茂はそう言うと作りかけていたパーツを確認するように見た。
「あら、お父さん。マルちゃんと鶏庵さんに行くの?」
キヨがキョトンとした顔をする。
茂が手に持った木製のパーツを、目を細めて見ながら言った。
「こいつで最後なんだ。一区切りついたところで鶏庵に連れて行こうと思ってよ」
のぞき込むようにパーツを細かく観察する。
小さなパーツがいくつも組み合わされたそれは、からくりの箱のようにも見える。
説明書がなければ、箱は空きそうにないほど手の込んだ作りだ。
「もう少し、待ってもらってもいいですかい?すぐ終わりますんで」
時間を少し気にするように、茂がマルに言った。
目を細めて老眼鏡をかけ直す。
作業台の上には、すでに完成した品物が何個か乗っていた。
「品数が揃ったかどうか確認して……、あとは梱包と発送だな……」
「な、何を作っているんだ?」
バイエモンが後ろを振り返り言った。
その様子がどこか緊張しているように見える。
「ああ、ネットから注文が入った、からくり仕掛けの貯金箱ですよ、ガハハ」
「貯金箱……」
バイエモンは興味津々と言った様子で作業台に置かれたからくりの箱を見た。
「茂!それよりも早くラーメンだ!ラーメンとライチを食べに行くぞ!」
マルが椅子から立ち上がり、作業台前に来ると、茂を急かすように言った。
「そ、そうですね。区切りもついたし、じゃ、行きますか……。――で……、そちらの方は?」
茂はそう言うと、困惑気味にバイエモンを見た。
マルがすかさず言う。
「こんなやつ、放っておいてよい!」
茂は苦笑いをした。
カウンターの内側からキヨも少し困惑気味に言う。
「まぁまぁ、マルちゃん。お友達なんでしょう?一緒に行ったら?」
「と、友達ではない!」
マルとバイエモン、キヨを振り返り二人同時に言う。
「あらあら、二人は喧嘩中なのかしら?早く仲直りしなきゃだめよ――」
キヨはそう言うとカウンターを回り込み、バイエモンの横に立った。
「――それより、衛門君。髪の毛ぐちゃぐちゃね。少し直していくといいわ」
「えっ!?」
「こっちに来て!」
「えぇっ!?」
バイエモンは、そのままキヨに腕を引っ張られて、休憩室に入っていった。
マルがニヤリと笑う。
「よし、茂!今のうちだ。ラーメンとライチを食べに行くぞ!」
「あ、いや。龍神様、ちょっと待ってましょう。今、ここでオレたちが出掛けちまったら、キヨに怒られますからね、ガハハ」
茂はそう言うと、カロ屋のロゴ入りの前掛けを外して作業台に乗せた。
少しして、休憩室からキヨが出てきた。
そして休憩室を振り返る。
「衛門君、どうしたの?」
休憩室と店側とを分かつ壁際の影に、モスグリーンのマントが揺れている。
「どうした?出てきたらよかろう」
マルが少し不機嫌そうに言った。
その声に反応して、渋い顔をしたバイエモンがゆっくりと休憩室から出てきた。
「ほう……」
マルが珍しそうにバイエモンの姿を見る。
濃い茶色の髪の毛が、後ろに一つに三つ編みに結われている。
先ほどまでの貧相な姿が、僅かに薄らいだ。
「髪型一つでずいぶん印象が変わるものだな――」
マルは感心したように言った。そして、鋭い目つきでバイエモンを見る。
「――だが、カロ屋より先は、また違う世界。その形では怪しまれる。やはり小僧は連れて行けん、な、茂」
「へっ!?(えぇぇ、オレに振るなよ!)……いやあ、そ、そうですかな、ガハハ……」
茂は引きつった顔で笑った。
バイエモンのまとうマントの下は、襟ぐりの広がった薄地のシャツに、身丈の合わないズボンを穿いている。
よく見ればマントには、ところどころ小枝が刺さっており、カロ屋のある世界側の子供にしては違和感のある格好をしていた。
「そうねえ。子供っぽい服装ではないかもしれないわね。――そうだわ!ちょっと待ってね」
キヨはそう言うと、再び休憩室の奥に消えていった。
「うーむ……」
マルが少しあきれたように休憩室の奥を見た。
「ま、まあ。せっかくですから、龍神様も魔王様も一緒に行きましょうよ……」
茂が僅かに冷や汗をかきながら、様子をうかがうように言う。
「ふん、魔王……か」
マルが聞こえないほどの小声でつぶやくように言った。
バイエモンは、口をへの字に曲げ、動揺したように茂とマルを見ている。
そして、意を決したように声を張って言った。
「な、何なんだ!ここは、この店は!魔力の気配がまるでしない。お前も、あの女もだ!」
バイエモンは少し震えた声で茂を指さした。
「……」
「フッ、フハハハ!――」
マルが突然高笑いをした。
「――そうか、そうか!なるほどな!」
そう言ってニヤリと笑う。
「くっ……」
バイエモンは苦虫を噛み潰したような顔をして、一歩後退りした。
(……な、何が“なるほど”なんだ!ジニマルめ!)
(こいつは大笑いだ。無属性の魔力に全く感応できんとは。所詮邪鬼よ)
(ジニマル……。くそっ、馬鹿にしやがって……)
バイエモンの顔に僅かに冷や汗が流れる。
「お待たせ!ちょうどいいのがあったわ!」
休憩室から出てきたキヨが、カウンターのすぐ横にいたバイエモンに後ろから声をかけた。
バイエモンが驚いて後ろを振り返った。
「うヒッ!?」
その腕がカウンターに当たる。
「いたっ!」
その拍子に、カウンターに立て掛けていた魔杖が転がった。
「あらあら、大丈夫?」
「……」
バイエモンは動揺したまま、キヨの顔を見た。
キヨのその手には、誰のものなのか服を抱えている。
キヨがその服をバイエモンにあてがえ言った。
「この服ね、類君の高校生の時の物なの。ちょっと大きいかもしれないけど、この服なら、こっちの世界の子に見えるわよ」
そう言ってにっこり微笑むと、動揺しているバイエモンをよそに、その服を強引にはぎ取り出した。
「う、うわぁ!や、止めろ、止めてくれー!」
バイエモンが悲鳴にも近い声を上げる。
マルがとっさに目を伏せる。
(キ、キヨ……。ワ、ワシにも同じことをしていたな……。恐ろしい……)
「キヨ……、あまり乱暴なことは……」
茂が苦笑いをして言う。
「大丈夫よ!ね、衛門君!」
「……」
バイエモンはすでにキヨのペースに押され、無抵抗のまま着せ替え人形となっていた。その目が死んでいる。
類のおさがりのパーカーに、ハーフパンツを穿かせられ、靴下までもキヨが強引に履かせている。
大人物のハーフパンツは、その丈がくるぶし辺りまであり、ちょうどいいくらいのズボンになっていた。
「うん!いい感じね!」
キヨが満足気に言う。
「……うーむ。なかなか似合っているぞ。小僧……」
マルは、どこか不安そうな様子でバイエモンとキヨとを交互に見た。
(身なりだけは、きちんとしておかねばな……)
そうしなければ、またキヨに衣服を剥ぎ取られてしまうのではないか、という不安が脳裏をかすめる。
「ほう、良さそうですな、ガハハ」
茂も、バイエモンの様子に感心したように言った。
バイエモンは、先ほどまでの貧相な様子はなく、兄のおさがりでも着せられたかのような、小学生の姿に代わっていた。
「う、うぅ……」
バイエモンは自身の姿を確認するように見た。
(こっちの世界の人間……?“カロ屋”は、また違う世界……?)
「じゃ、マルちゃん、衛門君、お昼には少し早いけど、この時間ならお店、空いていると思うから、ゆっくり行ってらっしゃい」
キヨがニコニコして言った。
「うむ!楽しみだ」
マルは大きく頷いた。
「じゃ、行きましょうか、龍神様、魔王様」
茂は少し不安の混じる笑顔で言うと、作業台前から移動し、五番通り側のガラスドアを押し開けた。
上部に取り付けられたドアベルがカラコロと鳴る。
マルとバイエモンが、茂の後についてドアの前に立った。
「ここから先は、先ほどの世界から見れば、完全に異世界になりますかね」
茂が店の外に出て、ドアを手で押さえて言った。
「うむ、そうだな……」
マルはガラスドアの内側で、慎重に外の様子をうかがうと、一歩店の外に出た。
そこで驚いたような顔をし、すぐ後ろにいるバイエモンを見る。
「小僧、少し待て」
そう言うとマルは、バイエモンに向けて手をかざした。
突然のことに、バイエモンが動揺した表情を浮かべ、後退りする。
「な、何をする!?」
そう言ったとたん、マルの手が淡く緑色に光り、バイエモンの身体を包んだ。
「な、何だ!?」
バイエモンは驚いた顔で自身の身体を見回した。
「り、龍神様、どうしたんですかい?」
茂も驚いたような顔をし、マルを通りから隠すようにドアの前に立った。
マルが手を下ろしながら、難しい顔をして言う。
「……茂、こちらの世界、完全に魔力の無い世界なのだな」
「!?」
バイエモンがその言葉に驚愕の表情を浮かべた。
「そ、そうかもしれないですね、ガハハ……」
茂は冷や汗交じりに笑った。
「ワシは、力場と同じように自ら魔力を生み出すことができる……。しかし、こやつはそうではない。先ほどのまま外に出れば、人間に化けたその術、簡単に消滅してしまう……」
「えっ?そうなんですか?」
茂は驚いたように言った。
そして、訝し気に僅かに首を傾げる。
「……そう言えば」
茂は、以前ルイが五番通り側に出た時に、瞬時に消えたことを思い出した。
「やっぱ、こっちの世界には魔力はないんですね……」
そう言って気まずそうに額を掻く。
マルがバイエモンを見て言った。
「小僧、今のワシの魔力で一時的に変化の術を留めた。安心するがいい。外に出ても変化の術は解けないぞ」
その言葉にバイエモンが苦虫を噛み潰したような顔でマルを睨んだ。
「こ、これはお前が勝手にやったことだからなっ!借りじゃないぞ、借りだと思わないからな」
バイエモンは苛立ったように、ガラスドアから外に出た。
「……フン、ワシも貸しだとは思わん……(すべてはラーメンの為よ!)」
「じゃぁ、行きますか。こっちです」
茂はドアから手を離し、通りを南へ歩き始めた。
バイエモンが辺りの様子をうかがう。
「な、何だ!?この世界は……!」
五番通り商店街は、廃れているとはいえ、それなりに人通りのある商店街だ。
電柱が埋設された歩道は広く整備され、商店街の数階建ての建物越しに、少し離れた場所に立つ高層ビルがいくつか見える。
車道には、異世界にはない乗り物が激しく往来していた。
「あぁぁ……。(ありえん!魔力も無いのに、なぜこれほど発展している?この、通りをかなり速い速さで移動している乗り物は一体何なんだ?魔力が動力源ではないなら、一体何で動いている……?)」
「小僧、あまりキョロキョロするな。置いて行くぞ」
「……ちっ」
バイエモンはしぶしぶ茂とマルの後について、五番通りを歩き出した。
「龍神様のいた世界もこんな感じだったんですかい?」
茂が遠慮気味に聞く。
「うむ。そうだな……。これよりは少し発展が遅いが、似たような感じはあるな。だが、僅かだが、ワシの世界には魔力が流れているからな、そこは大きく違うところだな」
「へえ、そうなんですね」
並んで歩くマルと茂の後を、バイエモンは物珍し気に辺りの様子をうかがうように歩いている。
(魔力がなくても発展している……、そういう世界……。これは新しい発見だな)
「あ、あそこですよ、鶏庵ラーメン」
茂が通りの反対側にある、紺色の暖簾のかかった店を指さした。
「おぉ!まさにラーメン屋と言う佇まい!」
マルが目をキラキラさせて嬉しそうに言った。
「次の信号から横断しましょう」
茂はそう言うと、少し先にある交差点を指さした。
向かい側にある鶏庵の前を通り過ぎ、交差点で押しボタンの信号を待つ。
その間、マルはソワソワと落ち着きない様子で鶏庵の店を見ていた。
バイエモンは道路に引かれている横断歩道に目を向けている。
(……道そのものに印をつける……。道標だけでは指示しきれないものを、このような方法で……。この世界、魔力も無いのにすごいな……)
「小僧、何をしている?置いて行くぞ」
信号はすでに青にかわり、マルと茂は横断歩道を渡り切ろうとしていた。
「あ、うぁ」
バイエモンが慌ててマルと茂の後を追う。
鶏庵の店先から、風に乗ってラーメンの匂いが漂って来た。
「おぉ!この匂い、久しぶりだ……」
「龍神様は、だいぶラーメンが好きなんですな、ガハハ」
「うむ。ラーメンも、ライチもリュウガンも大好きだ」
鶏庵の店の前、低めの看板に“トッピング乗せ放題”のチラシが貼られている。
「開店したばかりだから、混んでないようですね……」
茂はつぶやくように言うと、その引手に手をかけた。
マルが期待したような目を見せの中に向けている。
「こんにちは!林さん、三人、よろしく」
茂がそう言って店の中に入った。
店はそれほど広くない。
L字のカウンターに8席と、4人掛けのテーブル席がそのL字の長い方のカウンター席の後ろに二つ、入り口側の短い方のカウンター席の後ろに2人掛けのテーブル席が一つあった。
「いらっしゃい!あれ?どうしたの、その子たち」
厨房の中にいた、黒いぴっちりしたTシャツ姿の鉢巻きの中年の男が、茂たちを見て言った。
「親戚の子たちなんだ。最近、たまに遊びに来るようになってな、ガハハ」
茂は流暢に嘘をついた。
そして、奥のテーブル席に座る。
「へー、学校休みかい?」
「ま、まぁ、そんなところですわ、ガハハ」
茂はごまかすように言った。
マルはさっそく、奥にあった給水器からプラスチックのコップに水を注いでいた。
バイエモンは戸惑ったように、店の中の様子をうかがっている。
「魔王さ……あ、いや……、ば、ば……、衛門君、こっちに座ってくれ」
茂が、半端な位置に立っているバイエモンに手招きをした。
「あ、あぁ……」
促されるままに、バイエモンは茂の向かい側の席に座った。
そこへマルが水の入ったコップを3つ運んできた。
そして二人の前に置き、茂の横に座る。
「りゅ……、マ、マルちゃん。よくわかりましたね。ここ、水はセルフなんですよ」
「うむ。こういう感じの店は、ワシの世界にもあるからな。人間に化けてよく行ったものだ」
マルはそう言うと、コップを手で包むように持った。
「シゲさん、注文は?土曜から、“トッピング乗せ放題”始めたんだ!今なら、それ、お勧めだよ」
カウンターの内側の厨房から林が言った。
林は白髪交じりのいがぐり頭で、ぴっちりしたTシャツから見える両腕はかなりの筋肉質だ。
おまけに色黒で、ラーメン屋以外にも何かやっていそうなほど、筋骨隆々の体つきをしている。
「茂!ワシはシンプルにラーメンだ。トッピングは全部ライチだ!」
「はいよ、で、衛門君はどうしますかい?」
茂はそう言うと、テーブルに置かれていた卓上メニュー板をバイエモンに見せた。
バイエモンが苦い顔をする。
「……、な、何て書いてあるんだよ?」
そう小声で言う。
茂はハッとしたような顔をし、メニューを左から読み上げた。そして、「――えーっと、オレのお勧めは、やっぱこれかな!」そう言って“ドリアンラーメン980円”を指さした。
「な、なら、それでいい……」
バイエモンは動揺したように小声で言った。
「あとは、トッピング乗せ放題にするかい?オレはトッピング全種乗せで頼むけど、どうする?」
「お、同じでいい……」
「林さん!じゃ、ドリアンラーメン2つと、普通のラーメン1つ。普通の方は、乗せ放題のトッピング全部ライチで、ドリアン2つはトッピング全種乗せで!」
「あいよー!」
厨房から威勢のいい声で林が言った。
「あぁ、この感じ、どのくらいぶりだろう……」
マルが椅子に寄りかかり、店の中を懐かしそうに見回した。
壁には、高い位置に短冊状のメニューの紙が何枚も張られ、カウンターやテーブルの赤い椅子は、いかにも年季が入っていそうだ。
「へい、お待ち!」
テーブルの上に、どんぶりがドンと置かれた。
(は、早い……)
マルとバイエモンが驚いた顔で林を見た。
「ウチは、スピード重視なんだ!出前も早いよー!」
そう言うと親指を立て、白い歯を見せてニヤッと笑い、筋肉を強調するようなポージングをしながら厨房に戻っていった。
「……」
「おう!じゃ、さっそくいただくぜ」
茂はそう言うと箸立てから割りばしを3膳取り出し、マルとバイエモンに一膳ずつ渡した。
「いただきます!」
茂は割りばしを割って、さっそく熱々のラーメンを食べ始めた。
マルは、トッピングに乗っている、氷漬けのライチをすべてラーメンの上からテーブルの上に乗せていた。
バイエモンは困惑したように目の前にある、熱々のラーメンを見た。
(……見たことのある果物……、だが、この食べ物は何だ?果物と相性がいいのか?……そうは見えないけどな)
バイエモンは箸を手に、恐る恐る匂いを嗅いでみた。
(うぐっ!?)
味噌の香りの中に、その湯気に混じって、生温くなったフルーツの甘酸っぱい匂いが漂っている。
(強烈似合わない!なぜ乗せた……?この匂い、どこかで嗅いだことがあるぞ……)
バイエモンは顔をしかめた。
(そうだ、捨てたばかりの生ゴミ入れ!あの匂いに似ている……)
「どうした?喰わんのか?」
マルがライチの皮をむきながら言った。
「……うっ」
「お?衛門君、ラーメン初めてかい?ここのラーメンはうまいぞー!」
茂はそう言うと、ラーメンを箸で持ち上げ、一気にすすり上げた。
その汁がはじけ飛ぶ。
「……くっ(……これは、罠、だったのか……?オレは試されている……?でも、何を?)」
バイエモンは顔をしかめたまま、茂の見よう見まねで箸を割り、上に乗ったフルーツから食べ始めた。
「ふう!うまかったぜ」
茂がそう言ってどんぶりをドンと置いた。
どんぶりの中は汁まで空っぽだ。
そして、コップの水も一気に飲み干す。
「シゲさん、これサービス!」
いつの間にか、林がお盆を持ってテーブルの横に立っていた。
そして、茂たちの目の前に、小鉢を3つ置く。
「ラーメンに合うデザート作ってるんだ。ちょっと試してみてくれねーか?」
「ほう!林さんは相変わらず研究熱心だな、ガハハ!」
茂はそう言うと、小鉢に添えられていたスプーンを手に取った。
バイエモンは顔をしかめたまま、その様子を見た。
小鉢の中には、茹でられたラーメンとその上にソフトクリームが乗っている。
さらにその上に、彩なのか、きゅうりと小葱がトッピングされていた。
(……見るからに怪しい感じがする。……もしかしてオレは、とんでもない世界に来てしまったんじゃ……?)
茂は不気味なデザートも、美味しそうに食べ始めていた。
湧き出る汗は、熱々のラーメンを目の前にしているからなのか、それとも、奇妙な世界の不気味な料理を美味しそうに食べている、この世界の人間を目の当たりにしているその冷や汗なのか……。




