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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
58/71

第41話 思惑

「ライラ、全軍撤退の命令は伝わったのか!?」

 カルプが真っ青な顔で、配下のフラガの女性魔道士に言った。

「はっ!ルーシュからナガールへ向かった兵のうちの半数は、国境を越え、フラガ国領内に入った模様です……。国内に入ってしまえば、デグレード軍は追ってくることはないと思われます」

 簡易な鎧に剣を携えたライラは、そう答えると冷や汗交じりに視線を落とした。

「くぅ……」

 カルプが苦い顔をする。

「(まさか、バスィエル様がデグレードに寝返っているなど、誰が想像できたか……)くそっ!」

 カルプは苛立ったように、持っていた魔杖を床に叩きつけた。


 フラガ辺境の町ルーシュ。

 町のほとんどの住人は、バイエモンを魔王と仰ぐ亜人と、人間並みに知性を持った魔物で構成され、人間はフラガ兵のみという魔物の町だ。


 そのバイエモンが居する魔王城の一角に、フラガ国ルーシュ駐留軍の司令室があった。

「半分……、半分か……。王に何と報告をすればよいのだ……」

 カルプは頭を抱えて、床に突っ伏した。


 バスィエル救出を名目に、ナガールに送り込んだフラガ兵のうちの半分が、デグレード軍の反撃にあい、命を落としていた。


「ロジュスの言うことなど聞かず、やはり様子を見るべきであったか……」

 カルプは叩きつけた魔杖を拾い上げると、苛立ったように部屋を出た。

「カ、カルプ様!どちらに?」

 ライラが言う。

「ロジュスに真意を問うてくる!」

 そう言うと、勢いよく部屋の扉を閉めた。



 朝だというのに真っ暗な部屋。

 部屋の真ん中の小さな机に置かれた小さなランプが、僅かにその周辺のみ照らしている。


「計画は順調ですよ、カルプ様……」

 その部屋の暗闇からロジュスが低い不気味な声で言った。

「順調なものか!バスィエル様は裏切り、こちらは兵の半分を失ったのだぞ!王になんと報告をすればよいものか!」

 魔杖を振り回し、すごい剣幕でカルプが暗闇に怒鳴る。

「王?……あぁ、あの王冠を被った無能な男のことですか……。報告などする必要はありませんよ……」

「何を言う!これだけの戦乱を起こしておいて、報告しなくていいなどあるか!」

「この国の王は……、バイエモン様一人で十分です。あの王冠の男はいずれ消えるでしょう……」

 そのロジュスの言葉に、カルプはギョッとして目を見開いた。

「ど、どういうことだ……」

「わからないのですか?フラガも、いずれ我々の配下に入るということですよ……」

「な、なにを言っている!?――」

 カルプの顔に冷や汗が流れた。

「――王を……フラガ王を暗殺するというのか……?」

 暗闇から、薄ら笑う声がする。

「フフフ。暗殺だなど……。それよりもカルプ様。この度の働き、ご苦労様でした……」

 カルプは思わず後退りし、部屋の扉に背を当てた。

 そして恐怖に震えた声で言う。

「……わ、私も無用だというのか……?」

「……あなたを消して何の利があります?フラガ兵はあなたという飾りがいなくては動きません。カルプ、あなたにはもっと働いてもらいます」

 ロジュスがそう言い終えると、突然暗闇から黒い影が飛び出し、カルプの首に巻き付いた。

 持っていた魔杖が手から離れ転がる。

「うぐっ!?」

 影は一瞬にして消え、カルプの首に蛇に絞められたようなアザがついた。

「ヒッ!呪詛か……!」

 カルプは扉に背を当てたまま尻もちをついた。

「フフフ。もう部屋に戻って休んで結構ですよ……」

 声が消えるとともに、部屋の真ん中に灯されていたランプの明かりもスッと消えた。

 カルプは恐怖の表情を浮かべた。

 そのこめかみに冷や汗が流れる。



 窓から午前の穏やかな日差しが差し込んでいる。

 カルプは窓際に置かれた机の前、椅子の背もたれに深くもたれ、ぐったりと寄りかかっていた。


 コン、コン、コン。

 遠慮気味に部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 カルプは虚ろに扉を見た。

「……開いている」


「失礼します」

 そう言って軽く頭を下げ、ノイスが入って来た。

 ノイスは部屋の真ん中に置かれた、大きなテーブルの前に立った。

「カルプ様、お呼びですか?」

 ノイスは青い顔をして不安げな表情を浮かべていた。

 カルプがおもむろに口を開く。

「ノイス……。ロジュスの動きに気を付けよ。……あいつは、バイエモンより(たち)が悪い」

 カルプはそう言うと頭を抱えた。

「カルプ様!いかがなされました!?」

 ノイスは慌てたように、カルプの横に駆け寄った。

 カルプが首元をノイスに見せる。

「!?そ、それは……?」

 ノイスが驚愕した表情を浮かべる。

「ロジュスに呪詛をかけられた……。それから、王の身に、危険が迫ってるやもしれぬ」

「……」

 ノイスは引きつった顔を浮かべた。

「ロジュス……、ヤツは危険だ。早く封じなければ大変なことになる。もはや我らの手には負えん……。ノイス、王都バレンガに行き、フラガ最高魔導ゲレイノン様にこのことを報告するのだ……」

「わ、わかりました」

「くれぐれも、内密にな。ロジュスに……、バイエモンに知られてはならない。それから王にもだ」

「はっ!」

 ノイスは真っ青な顔で返事をすると、部屋を出て行った。

「はぁ……」

 カルプは大きくため息をつくと、ぐったりと机に突っ伏した。

(王はバイエモンに傾倒しておる……。言っても聞き入れてもらえぬかもしれんな……)


 カルプの部屋の前の廊下。

 冷たい黒い床を、カツカツと音をたてノイスが遠ざかってゆく。

 その顔に冷や汗が流れる。

「すべてロジュス様の計画通りというわけか……」

 ノイスはつぶやくように言った。



 フラガ王都バレンガ。

 辺境の地ルーシュよりも北西に300キロほど離れた、デグレードを少し小さくしたような城壁都市だ。

 デグレードよりも魔力による文明が発達し、そのほとんどの動力源を魔力と魔晶石に頼っている。

 バレンガの中心に立つ王城には、フラガ国唯一の“力場”があり、カロの森の力場ほど強くはないものの、そこで魔晶石の生産を行っていた。


 フラガ王城中心部の地下。

 天井の高い大きな部屋の真ん中に、直径15メートルはあろうかという魔法円が描かれている。

 その内側にはびっしりと紋様が刻まれ、中心に直径30センチほどの白濁した魔晶石が置かれていた。

 その周りを数人のフラガ魔道士が、魔晶石の様子をうかがうように取り囲んでいる。


 魔道士たちは一様にグレー味がかった茶色のマントを羽織り、灰色の魔道服を着ている。

 その胸元に二つの頭を持つ蛇の紋様が描かれていた。


 その広い部屋に、赤と黒の模様の入ったローブをまとった、若そうに見える男が入って来た。

 男は白い髪をテールに結い、結い目に小さな魔晶石の飾りをつけている。

 背は高く、がっちりとした体形で、その目は鷹のように鋭い。


「ゲレイノン様」

 魔道士の一人がその男に気付き、頭を下げた。

「どうだ?魔晶石の様子は」

 ゲレイノンは魔法円の中心に置かれた魔晶石を見た。

「はっ。まだ白濁が収まっておりません。透明化するにはあと一週間はかかるかと……」

「フム……。やはり、このバレンガの“力場”、そろそろ寿命なのかもしれんな……。年々透明化が遅くなってきている――」

 ゲレイノンは難しい顔をして目を細めた。

「――昔は、この魔晶石の大きさなら、1日で透明化したのだがな……」

 ゲレイノンは軽くため息をつくと、部屋の中心に描かれた魔法円の縁に立った。

 そして白濁している魔晶石をじっと見る。

(やはり、テコ入れが必要か……)


「ゲレイノン様!」

 突然、フラガ魔道士の一人が慌てたように部屋に入って来た。

 ゲレイノンが振り返る。

「報告します!ルーシュより、バスィエル様救出に向かっていたフラガ兵の半数が、デグレード軍の反撃にあい壊滅した模様です」

「ふむ……」

「また、バスィエル様がデグレードに寝返ったとのことです。カルプ様が指示を求めております。どういたしましょう」

 ゲレイノンは顔をしかめた。

 そして魔晶石に視線を移し、それを見つめたまま言う。

「……わかった。カルプには私から直接指示を出す。それからバレンガにいる魔道士精鋭部隊シャクティの魔道士たちを至急集めよ。中会議場に来るよう……」

「わ、わかりました!では直ちに」

 報告に来た魔道士は急ぎ足で部屋を出て行った。

 部屋にいる魔道士たちが報告を聞き、緊張したように顔を引きつらせた。


「お前たちは引き続き、魔晶石の精製を続けよ。期日までには間に合わせるように……」

 ゲレイノンは怖い顔をしてそう言うと、そのまま向きをかえ部屋を出て行った。



 テラスのある広い部屋。

 壁や柱は白く、床に落ち着いた色の赤い絨毯が敷かれている。

 柱と柱の間には、その広い部屋を間仕切るように、大きな花瓶とその中に豪華な花が飾られていた。

 その奥まった一角。

 大きなテーブルを前に、座り心地の良さそうな椅子に高齢の男が座っている。

 目はくぼみ、大きなしわとしみが顔にある。

 長い白髪の髪を後ろに一つで結い、背中を丸めて杖をつき、浅く椅子に腰を掛けていた。


「バイエモンはいつになったらここに来るのかのう」

 男は弱々しい声で言うと、隣に立つ少し背の低い中年の男を見た。

 中年の男は浅いグレーのローブを直すと、少し前かがみになり声を張って言った。

「父上、バイエモン様はルーシュがお気に入りのご様子。我々の言うことはなかなか聞いてくれませんよ……」

「そうか……」

 老人はそう言うと目をつむってため息をついた。


 コンコンコン。

 軽くノックをする音が聞こえた。


「父上、失礼します」

 その声に二人、部屋の入り口を振り向く。

 大きな花瓶の奥から、侍女を二人連れた深紅のドレスをまとった中年の女が入って来た。

「姉上……」

 中年の男は少し嫌そうな顔をして女を見た。

「あら、フリオ。いたの」

「……」

 フリオは顔をしかめた。

「エルダか……」

「はい、父上。先ほど、ゲレイノンから話を聞いたわ。カルプが作戦を失敗したようね」

 エルダはそう言うと、結い上げた赤い髪を軽く手で押さえ、冷たい視線をフリオに送った。

「くっ……」

 フリオが顔を引きつらせる。

「ふーむ……。そのようだな……。ふぅ、バイエモンはまだか……」

「うん?父上?」

 エルダは老人の顔を覗き込んだ。

 老人は曇った瞳で、虚ろにテーブルの上を見つめていた。

「私の話、聞いていたのかしら?」

 椅子の横に控えていた側近と思しき片眼鏡をかけた初老の男が、エルダを制止するように言う。

「フラガ王は、少し体調がすぐれないご様子。エルダ様、あまり刺激の強いお話はお控えくださるようお願いいたします……」

「デーブ……。これは大事な話よ。確かにルーシュ駐留の魔道兵はフラガの中では三流。でもね、フラガの名前を掲げている以上、魔力において格下のデグレードに敗退したとなれば、魔法国フラガの名に傷がつくわ!」

「姉上、少し静かにしてください。そのような言い方では、父上の体に障ります」

 フリオがムッとしたように言った。

「あらそう、まあいいわ。どうせゲレイノンの助言を得るんでしょう。では、私からも一つ助言するわ。いつまでもバイエモンなど当てにしないことね」

「姉上!」

「ふん、言いたいことはそれだけよ。フリオ、あなたも気を付けなさい」

 エルダは好戦的な口調で言うと、デーブに目配せをした。

 濃いグレーの外套をまとったデーブがその袖口を押さえ、軽く頭を下げる。

「デーブ、父上を頼んだわよ。では失礼するわね。お騒がせしました!」

 フリオが苦い顔をする。

 エルダはそのまま侍女を引き連れて部屋を出て行った。



 少しして再び部屋をノックする音が聞こえた。

「王、ゲレイノンです。失礼しますよ」

 静かに扉を開け、ゲレイノンがゆっくりと部屋に入って来た。


 ゲレイノンは部屋の真ん中まで来ると、フラガ王とフリオに軽く頭を下げ、王から少し距離をとってその前に立った。

 王の傍に、王を護衛するかのようにデーブが控えている。

 ゲレイノンはデーブに目配せをするようにチラッと視線を向けた。

 その視線に、デーブは何か悟ったように軽く頭を下げ、ゆっくりと部屋を出て行った。


「ゲレイノン、遅かったな」

 フリオがフラガ王の椅子に寄りかかり言う。

「えぇ。シャクティの魔道士たちと話をしていたもので……」

「ふん。で、ルーシュの件はどうなんだ?本当にあれで良かったのか?ルーシュ駐留の兵を半分も失ったのは結構痛いぞ」

 フリオはそう言うと難しい顔をして腕を組んだ。 

「そうですね……。ロジュスの言う通り、バスィエルの生死は確認できましたね。どこにいるかもこれではっきりしましたし、計画は順調ですよ」

 ゲレイノンはそう言うとフラガ王に視線を移した。

 フラガ王は、虚ろな視線をテーブルに落としている。

「フラガ王、ゲレイノンです。今日はお顔の色がよろしいようで……」

「……」

 フラガ王は、ゲレイノンの言葉に僅かに顔を上げただけで、すぐにテーブルにその虚ろな視線を戻した。


「……ゲレイノン、向こうに」

 フリオが難しい顔をして、部屋の奥にある応接セットを指さした。

「わかりました……。――ではフラガ王、失礼します」

 ゲレイノンは軽く頭を下げ、フリオの後について部屋の奥に向かった。


 応接セットの椅子に、二人、はすに向かう位置に座る。

 フリオは一人掛けの椅子の肘掛に寄りかかるように、長椅子に座るゲレイノンを見た。

「“バレンガ力場”もいよいよ枯渇の時が近いか……。我が国は魔晶石への依存度が高い。軍事だけでなく、上下水、明かり、魔動車、生活のあらゆる物の中にも魔晶石の力を使っている。力場の枯渇は国の存亡にかかわる……。何としても“バレンガ力場”の再興をせねば……」

「そうですね……。このバレンガの力場、前々から湧き出る魔力が弱まっておりましたが、ここ一年ほどで急激に下がりましたからね……」

 フリオが首を傾げ、声をひそめて問う。

「……バイエモンを生贄にすれば、本当に“力場”は復活するのか?」

 ゲレイノンはゆっくりとうなずいた。

「えぇ。フラガの西の海に浮く島国“マカツ”国で、二百年ほど前、魔王を力場に捧げた記録があります。おそらくは……」

 フリオは難しい顔をした。

「……だが、同じことをしてうまくいくという保証はどこにもないぞ……」

 ゲレイノンが少し考えて言う。

「マカツ国の力場は現在も良好な状態を保っているとか……。捧げる魔王の状態によっては、力場本来の力よりも向上する可能性もあるようです。仮にバレンガの力場にバイエモンを捧げ、うまくいかなかったとしても、現在より悪化するということはないでしょう……」

「なるほど……。では、どうやってバイエモンだけを、ここバレンガに連れてくるか、だな。今までの行動を見るに、ロジュスが傍にいる限り、こちらの策に乗って易々とここに来るとは思えん……。本当ならロジュスもまとめて生贄にできれば良いのだが……」

 その言葉に、ゲレイノンは少し難しい顔をした。

「あの男には生贄の適正がありませんからね……。それに王子……、あの男だけは注意が必要です。裏の裏まで策を読んでくる……。こちらはそのさらに裏を行く必要があります」

「バイエモンを力場の生贄にする計画、まさか読まれていると?」

 フリオは顔をしかめた。

「さすがにそこまでは読んでいないでしょう。……今回の作戦も表向きは、バイエモンによる“デグレードの力場”の探索です。ロジュスの策にあえて乗ることで、フラガがバイエモンの傀儡であるかのように見せ、ロジュスに隙を作らせるのです……。おかげで、バイエモンの動きや、行方不明になっていたバスィエルの様子がわかりましたし……。ルーシュの兵の半分は……、確かに痛いところではありますが、それに見合うだけの成果はありましたよ」

「そうか……。バイエモンがデグレードの“力場”を単身で探し、ロジュスと引き離すことができれば、バイエモンを封じやすい……。そうなると、バスィエルがデグレードに寝返っていたのは逆に好都合だな……。だが、ゲレイノン。もしバイエモンがデグレードの力場を見つけてしまったら?力場の力を手にしてしまったら、“バレンガの力場”の再興どころか、バイエモンは我々の手に負えなくなるぞ」


「ハハハ!――」

 ゲレイノンが突然笑った。

 フリオは驚いた顔をした。

「――失礼。心配ありません」

「……どういうことだ?」

 ゲレイノンが一呼吸置いて言う。

「“世界最強”と言われているデグレードの力場……。これまでデグレードの歴代の希有な魔導士たちが、何百年にもわたり探索を繰り返していますが、いまだ見つかってはおりません。現にデグレードの前魔道院長リオ様。あの方も必死になって探したようです。しかし、結局場所の特定には至らなかった……」

「……そ、そうらしいな」

 フリオは引きつった顔でつぶやいた。

「私が思うに、デグレードの力場はおそらく、二、三百年よりも前にすでに弱体化しています……」

 フリオが顔をしかめる。

「なぜわかる?」

 その言葉に、ゲレイノンは少し遠い目をした。

「……王子。リオ様は私が知る限り、この世界で最も強い魔導士でした。全盛期のリオ様は、攻撃魔法も補助魔法も、魔法を操るあの感覚、魔力の流れを読む能力も……、単に“才能”、と一言では言い表せないほどに神がかっていた……」

 その言葉に、フリオは驚いた顔をし、寄りかかっていた姿勢を直した。

「デグレードの前魔道院長リオ……、そんなに強い魔道士だったのか?お前や、デグレードのあの男……、“テオ”って言ったか?そいつよりも強いのか?」

 ゲレイノンが頷く。

「私やあの男は、リオ様から見れば、足元程度でしょうか」

「……そ、それほどか」

「えぇ。そのリオ様ですら探し出せなかった“力場”……。それを異質の魔力を使うバイエモンが、力場から流れる魔力を読んで場所を探し当てるなど、不可能に近い……」

「ふむ……、だが、万が一、ということもあるぞ。なにせ相手は魔王だ」

「……フフフ、王子。バイエモンが現れて30年、私はその動向を見てきましたが……。これだけは断言できます。バイエモンは、この世界の魔力の流れが読めない」

「ほぅ……」

 フリオは感心したような声を上げ、椅子の背もたれに寄りかかった。


「ただ……」

 ゲレイノンの目つきが鋭くなる。

「どうした?」

 フリオが首を傾げる。

「何度も言うように、ロジュス……。あれは注意が必要です。カルプではありませんが、バスィエルを六年も放置していたというのは少し引っかかります。今回も、急に“ナガールにいる”などと言い出したことも、まるでジニマル弱体化の機会を待っていたかのよう……」

「そういえば、なんでバスィエルはシオウルに行ったんだ?それさえなければ行方不明にならなかったはずだろう?」

 フリオが首を傾げて言った。

「えぇ。そのあたりも不可解です。……ロジュスの真の狙いが何なのか、慎重に探る必要がありますね……」



 明かりの無い真っ暗な部屋。

「ロジュス様……、ロジュス様?」

 ノイスが部屋の奥に向けて呼び掛けている。

「……誰です?」

 部屋の奥からかすれた声がした。

「ノイスです、ロジュス様」

「……何用です?」

 ノイスは暗がりに目を凝らした。

「カルプ様から、ゲレイノン様に報告するよう言われましたので、ありのままに伝えたのですが……、よろしかったのでしょうか?」

 不意に、僅かに部屋が明るくなった。

 ノイスは驚いてその明かりの方を見た。

 部屋の真ん中に置かれた小さなテーブル。その上に乗る小さなランプが、小さな明かりを灯し、僅かばかりその周りを照らし出していた。

 その横に、タウがいる。

 ノイスはギョッとしてタウを見た。

 カエル型をした巨体の魔物。

 それが暗がりの中に音もたてずに佇んでいた。

 タウが目を細めてノイスを見る。

 そして低くうなるような声で言った。

「それでいいのだ……。表向きは穏やかに事を進める必要があるのだ」

「……そうですね――」ロジュスが暗闇から言う。

「――……しかし、ゲレイノンは頭の切れる男……。今回の私の策……デグレードと一戦交えるというのに、何の疑問も持たずに乗ってきたというのが腑に落ちません」

「そ、そうなのですか……?」

「……おそらく、水面下で何か動いているのでは、と思う」

「……な、何かとは……何でしょう?」

 タウの言葉に、ノイスは暗闇にいるロジュスに恐る恐る聞いた。

「……あなたの方がご存じなのでは?」

「!?い、いえ……!」

 闇からの声にノイスは思わずたじろいだ。

「我々を警戒していることだけは間違いない」

 タウはそう言うと目を閉じるように細めた。

「……そ、そうなのですね。……ところで……」

「なんだ?」

「バイエモン様は……、デグレードの力場を見つけることができるのでしょうか?万が一、探索中にデグレードの魔道士にでも捕らえられてしまったら……」

 ノイスは引きつった顔で言った。

 暗闇でロジュスが微かに笑う声がした。

「その時はまた、カルプにフラガの兵士を出撃させるだけだ……」

 タウはそう言うと、細めた目でノイスを見た。

 ノイスは苦い顔をした。

(ロジュスの狙いがまるで読めない……。なぜバイエモンだけをカロの森に行かせた?バイエモンに代わり魔王の座を狙っている?それとも別の何か……)

 ノイスのこめかみに冷や汗が流れる。

 そして緊張につばを飲み込むと、意を決してロジュスに鎌をかけるように言葉を切り出した。

「ロジュス様――」

「……なんです?」

「――そ、その……、もしバイエモン様が、もしもですよ、何かあってカロの森の“力場”から戻って来られなかったら……、ロジュス様はどうなされるのかと思いまして……」

「……」

 僅かな沈黙。


「あ、いえ、万が一です!バイエモン様に限って、そのようなことはないとは思いますが……。そうなった場合は、ロジュス様がバイエモン様に代わって魔王になるのかと……」

 ノイスは焦ったように言った。

「ありえぬ」

「えっ」

 タウが巨体を揺らし、ノイスに向きをかえた。

 そして大きな目をギョロっと開き言う。

「バイエモン様は戻ってくる。それに、ロジュス様はバイエモン様の第一の側近。ロジュス様がバイエモン様に取って代わるなど、考えもせぬことだ!」

「そ、そうですね……」

 ノイスはそう言うと、半歩後ろに下がり、動揺を押さえるように自分の胸元を押さえた。


「カルプに何か吹き込まれましたか?」

「えっ!?」

 暗闇からの不意のロジュスの言葉に、ノイスは驚愕の表情を浮かべた。

 そのまま硬直して立ち尽くす。

「タウ、少し席を外しなさい。この男は状況が理解できていないようです」

「……わかりました」

 タウは目を細めてそう言うと、巨体を揺らし、ゆっくりと部屋を出て行った。


 ギギギっと鈍い音がして、バタンと扉が閉まる。


「ロ、ロジュス様……?」

 恐怖に満ちた顔で暗闇に声をかける。

「あなたは口下手です……。では、私から少しおしゃべりでもしましょうか」

 ロジュスの低くかすれた声が、暗闇から不気味に部屋に響いた。

「……う、うぅ……」


「カロの森に降るあの“魔力を奪う雨”、ご存知ですよね……?」

「は、はい……。り、力場の自己修復能力の一つ……、と聞いております」

 ノイスは震えた声で言った。

「そうです。ですが、カロの森以外でこの作用を持つ“力場”の存在を聞いたことがありません。例外、とも考えられますが、私は“魔力を奪う雨”は、“力場”の自己修復能力ではなく、“カロの森”に依存するもの、と見ています……」

「……(そ、そんな考えが……)」

「今回の一件で、あのジニマルですら、その作用から逃れられないこともわかりました……」

「……(恐ろしい……。ロジュスにはこの世界の何が見えているというのだ……?)」

 ノイスは、一歩、また一歩と後ずさりした。


「バイエモン様は単純な方です。カロの森の“力場”を見つけようが見つけまいが、森に溜まっている魔力を使い果たし、枯渇させるのは目に見えています。そうなれば“魔力を奪う雨”が降るのは必至。……バイエモン様は魔力を吸い取られ、この度のジニマルのように弱体化するでしょう……」

「へ!?そ、それでは、バイエモン様一人をカロの森に行かせたのはなぜです!?無謀だったのでは!?」

 ノイスが焦ったように言った。

「……“魔力を奪う雨”の力は、この世界の魔力の均衡を簡単に崩す力を持っています。他者から、他の魔力を帯びたものから、魔力を奪い弱体化させるその能力、……手に入れたいとは思いませんか?フフフ……」

 ノイスはその言葉に、思わず後退りし、部屋の扉に背中をくっつけた。

(こ、これがロジュスの、こいつの本音か……!?)


「しかし、手に入れるためには、その“雨”の原理、理解する必要があります……。バイエモン様は、自ら力場の餌に……いえ、探索に行ってくれるのですから、こちらとしてはとても好都合……」

「バ、バイエモン様は、そのことを知って……?」

「さあ、どうでしょう……。カロの森の力場は、“この世界最強の力場”と言われています。力場が最強であるのには、それなりの理由があるのです。その“雨”の力を手に入れられるなら、フラガやデグレード、バイエモン様の犠牲など、安いものですよ……」

「……くっ(冗談じゃない、力場や魔王どころの話ではない!こいつはもっと恐ろしいことを考えていた……!)」


 “魔力を奪う雨”の力を、もしロジュスが手に入れてしまったら……?


(ジニマルの脅威なんてものじゃない!すべてが……人間も魔物も、世界のすべてがロジュスにひれ伏することになる……。世界の均衡が崩れる!)

 ノイスは、バイエモンさえも道具とみるロジュスの思惑に、恐怖のあまりその場にへたり込んだ。


 突然、暗闇から黒い影が飛び出してきた。

 それが首に巻き付く。

「うっ!!(これは、カルプ様も受けた呪詛!?)」

 ノイスは苦痛の表情を浮かべ、首に手を当てた。

 首に巻き付いていた影が消える。

「話を聞いたからには、あなたにも協力してもらいますよ、ノイス……」

 ロジュスの低い声が小さくなるとともに、部屋に灯っていた明かりもスッと消えた。

 ノイスは部屋の扉にもたれるように気を失って倒れた。

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