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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
57/71

第40話 無双

 ルイは、木々の枝葉よりもずっと高い位置を、ディルメイとともに王都に向けて飛んでいた。

 遠く、王都デグレードの外城壁が見える。


 外周約8キロメートル。

 そのあちこちから黒い煙が上がっている。

 そして、外城壁外周の空には、防衛塔上部にある結界点めがけて赤黒い攻撃魔法を放っている魔物の姿が見えた。


「何だ、あれは!?」

 ルイは思わず空中に止まった。

 そして外城壁を取り囲むようにデグレードの空を飛び回る魔物に目を凝らした。

 ディルメイも、ルイの後ろに止まり王都の方向を見る。

「ルイ様!あれが、あれがバイエモンの眷属ですの!」

「……あれが。……魔王の魔物」


 それは芋虫にも似た大きな魔物だ。翼も無いのに空を飛び回り、時折口元と思しき場所から赤黒い光線を発している。

 その光線が当たった外城壁の場所が大きく爆発し、炎と煙が上がっていた。


「何匹いるんだ……」

 ルイは顔をしかめた。

 不思議と恐怖は感じない。ただ、芋虫型という嫌悪感だけがあった。


「ここから見えただけでも、4、5匹はいそうですのね……」

 ディルメイが声を震わせ言った。

「ディルメイ、行こう……」

「は、はい!ですの」


 外城壁が近づくにつれ、人々や魔物どもの叫ぶ声が聞こえてきた。

 外城壁の外周、門の周辺で、王国軍の兵士たちと人型をした魔物どもが戦闘しているのが見える。

「あれが亜人……。モロウさんの話では、エルフとか、ゴブリンとか、そういう(たぐい)って言ってたな……」


 ルイは、ディルメイとともに立ち寄ったフーナプラーナで、モロウから話を聞き、ベトールに呪符通信で指示を仰いでいた。 


「ルイ様!結界が!王都にかけられている結界が揺らいでいますの!」

 ディルメイは東側から見える防衛塔の一つを指し、叫ぶように言った。


 防衛塔の上部にいる魔道士数人が、芋虫の攻撃から塔を守っているが、ディルメイの指さしたその防衛塔だけは、たった一人の魔道士が魔杖を振りかざし、必死に応戦していた。

 よく見れば、その防衛塔の真下、青いマントをまとった魔道士と赤いマントの魔道士が一人ずつ倒れている。

 その身体には、人型をした魔物にやられたのか、無数の矢が刺さっていた。

「あれは魔法課の……!?うぅ……――」ディルメイが顔を覆う。

「――ルイ様!……結界が破られれば、眷属が王都上空に入ってしまいますの!それだけじゃないですの。あいつらも……、あの魔物軍団も町の中に入ってきてしまいますの……」

 ディルメイは恐怖に声を震わせ、今にも気を失いそうな様子で言った。

「ディルメイ?大丈夫?」

「ルイ様……」

 ルイを見るその顔が真っ青だ。

 ルイは飛びながらディルメイに近づき、その腰に手を回した。

 そして安心させるように言う。

「ディルメイ、大丈夫、大丈夫だよ。まずは結界を強化しよう」

「……は、はいですの」

 ディルメイはルイの肩に頭をくっつけて、小さくうなずいた。


 一人で応戦していた青いマントの魔道士が、芋虫の放った赤黒い光線をまともに受け、防衛塔から城壁の内側に吹き飛んでいった。

 防衛塔の一部が破損する。

 誰もいなくなった防衛塔上部に据えられた魔晶石の光が、少し弱まる


「ル、ルイ様!結界点になっている魔晶石が!」

「うん」


 今し方、赤黒い閃光を放った芋虫は、防衛塔の少し高い位置から旋回し、魔晶石めがけて力をため込んでいた。

 そして首をもたげ閃光を放つ。

 その瞬間。

 芋虫型の魔物は、木っ端みじんに吹き飛び、ガラスの破片が飛び散るかのごとく霧散して消えた。

 その攻撃も魔晶石に当たる直前に同様に霧散した。


「ル、ルイ様……?」

 ディルメイは何が起こったのかわからず、呆然として消えた芋虫のいたあたりを見た。

 そしてゆっくりとルイを振り返る。

「ルイ様!」

 ルイが驚いた顔をして、魔物に向け手をかざしていた。


 ルイは、まじまじとそのかざしていた右手を見た。

(ちょっと力を込めたつもりだったのに、あの魔物、あんなに粉々になるなんて……)


 手元から顔を上げ、南側の上空を八の字に旋回しながら暴れまわっているもう一匹の芋虫めがけ、手をかざす。

(でも、あまり魔力を使いたくないんだよな……。そうだ……)


 ルイは、昨夜出来なかったウスペンスキーからの魔力吸収を、芋虫型の魔物で試してみることにした。

(要領は一緒だろう……)

 かざしていた手を下ろし、外城壁の高さまで一気に降下すると、ディルメイを魔道士の不在になった防衛塔に下ろした。

「ル、ルイ様!?」

 ディルメイが驚いた声を上げ、不安げにルイを見る。

「ごめん、ディルメイ。ここ守ってて」

 ルイはそう言うと、南側の空でグルグルとうごめく芋虫のいる高さまで一気に上昇した。

「ルイ様ぁぁ!」

 ディルメイが不安いっぱいに叫ぶ。


 ルイは髪をなびかせ、じっと芋虫を見た。

 近くで見るその動きは予想以上に早い。

「……芋虫、……くぅ、気持ち悪いな」

 ルイは顔をしかめた。

 紫の地に縦に黄色のラインの入った芋虫型の魔物は、頭の部分に短い触覚状の突起が一つついていた。

(手を触れないと魔力を吸収できないからな……。仕方がない)


 防衛塔から、魔道士の放つ白い光の針状の攻撃魔法が、当たることなく芋虫をかすめている。

 ルイは顔をしかめたまま、それを避け、猛スピードで空を旋回する芋虫に近づいた。

 芋虫と速度を合わせ、その突起のついた頭の部分に降りる。

 芋虫の長さは、10メートルはありそうだ。

「……くっ!キモイ!」

 ルイは虫唾が走る感覚を押さえ、突起物の近くに手を触れた。

 そして、一気にその魔物の魔力を吸いとる。

「おっ!?」

 その瞬間、芋虫は紐のように縮み、ヒラヒラと干からびた。そしてすぐに光の砂粒のように砕け散った。

 砕けた光がすべてルイに吸収される。

 ルイは驚いた顔をした。

(……この芋虫、実体がない上に、この世界の魔力じゃない……。それに――)

 ニヤリと笑う。

「――意外にこの魔力、美味いかも」


 防衛塔の上部で、芋虫型の魔物に攻撃を仕掛けていた赤いマントをまとった魔道士の4人が、今し方の出来事に驚愕した表情を浮かべ、空を見上げている。


 ルイはその視線をよそに、王都上空を西側の外城壁に向け飛んだ。

「あと3匹……。ウスペンスキーよりも少し濃度が濃いかな……。フフフッ」


 王都の中心地に近い、高い魔道院塔の南側をかすめるように飛ぶ。

 魔道院塔の横にある広場にいた大勢の魔道士たちが、皆一様に驚愕した表情を浮かべ空を見上げた。


「あれは!?」「誰?」「何が起こっている!?」

 王都上空に張っていた結界をすり抜け、強い魔力を帯びて通り過ぎるルイを見て、動揺したように口々に叫ぶ。

 広場の中心で、大きな魔杖を突き立てていたルルアが、辺りを見回し言った。

「皆さん、気を抜かないで!集中して!結界が不安定になっています!」


 対ジニマルから、対魔物へ変更された結界は、対応が完全には間に合わず、ところどころ不均衡が生じていた。

 ルルアの声に、広場にいた魔道士たちは、驚愕した表情を浮かべたまま向きをかえ、ルルアの持つ魔杖の魔晶石に手をかざした。


 西側の外城壁。

 その西門の辺りに、大勢の王国軍の兵士の姿が見える。

 外城壁の内側では、負傷した兵士たちが横たわり、赤いマントをまとった魔道士による治療が施されていた。

 外側では、亜人と王国軍との激しい攻防が続いている。

 その上空に芋虫型の魔物が宙に八の字を書いて暴れている。

 芋虫は、その身体にまとわりつくような白いものに翻弄され、防衛塔への攻撃を阻まれていた。


「あっ!ワンコ!」

 ルイは思わず叫んだ。


 芋虫の身体にまとわりついていた白いものは、ベトールの使役する犬型の召喚獣“ナジ”だ。

 ナジは、芋虫の頭にある触覚の部分を狙って突撃を繰り返している。

「あのワンコ、空も飛べるのか……?」


 ルイは眼下にいる兵士や魔道士たちの様子を探りながら、芋虫に少しずつ近づいた。

「あ!ベトールさん!」

 防衛塔と防衛塔の間の外城壁の上、濃紺のマントをなびかせたベトールが、ナジに力を送っている姿が見える。

 その横に、赤いマントをまとった魔道士がベトールを補助するように魔杖を掲げていた。

「……ふむ、なるほど。あの赤い人がサポートしてるのか」


 ルイは再び芋虫に視線を向けた。

「うーん……(ワンコ、微妙に邪魔だな……)。ま、いっか」

 ルイはつぶやくように言うと、一気に速度を上げ、芋虫の尻尾の部分につかまった。


 その刺激に、芋虫が身をくねらせ、激しく尻尾を振り回す。

 突然の動きに、ナジが一瞬ひるみ、芋虫から距離を取った。

「お!よし、今だ」


 ルイは掴んでいた手を離し、芋虫の身体を駆け上がると、一気に頭の部分まで来て突起の横にしゃがんだ。

 そして頭に手を触れ、その魔力を吸収する。

 途端に芋虫は紐状に縮み、ヒラヒラと干からびて光の砂粒のように砕けた。

 先ほどと同様に、光の粒がルイに吸収される。


 突然の出来事に、ベトールをはじめ、防壁の上部にいた魔道士や、西側外城門前で激しい攻防を繰り広げていた兵士と亜人たちが驚いたように空を見上げた。


「ル、ルイさん!?」

 ベトールは、宙に浮くルイを見つけ驚いた声を上げた。

 ナジが、慌てたようにベトールの元に戻る。

「ベトール!アイツ危ナイゾ……。ワームウッド、ノ、魔力ヲ喰ライヤガッタ……」

 ベトールの横で、ルイを睨むようにナジがつぶやく。

「喰らった?」

 ベトールは顔をしかめた。

「ソウダ……。アレハ、ヤハリ新手ノ魔王カモ知レナイ……」

「魔王……。ルイさんが?」

 ベトールはじっとルイを見つめた。


 外城門前の上空で、ルイが自身の両手を見つめ、ニヤニヤと笑っている。

「くぅーっ!個体差があるのか?今の芋虫魔物、めちゃ美味い!まるで超クリーミーなクリームコロッケ」

 ルイは陽気にそう言うと、王都外城壁の最北で防衛塔に攻撃を繰り返している2匹の芋虫に目を向けた。


「ルイさん!」

 突然、下から声が聞こえた。

 ルイは慌てて足元を見た。

 外城壁の途中、ベトールがルイを向いて叫んでいる。

「ルイさん!」

「あ……(ベトールさん)」

 ルイはそのまま一気に降下し、ベトールの横に勢いよく降り立った。

 ベトールの横にいた、赤いマントの魔道士の女性が驚いた顔でルイを見る。

「ルイさん!来てくれたのですね」

 ベトールが緊張の中にも少し安堵の表情を浮かべ言った。

 ルイは外城壁の内外の様子を見回した。

「なんか、大変なことになってるみたいですね」


 外城壁の内側では、炎が上がっている部分の消火活動が進んでいた。

 外側にいる亜人たちは、芋虫を消し去り、一気に降下してきたルイに驚愕のまなざしを向け、手が止まっていた。

 そこを王国軍の兵士たちが切りかかり、再び戦乱が始まる。


「ワームウッド、ヲ喰ラッタ……。オマエ一体何者ダ」

 ナジがうなるように言う。

「え?ワームウッド?」

 ルイはナジを見た。

 よく見れば、ナジは怪我を負っているのか、真っ白い毛並みのところどころが鮮血で赤く染まっている。

「ワンコ、怪我してるの?(幻獣なのに?)」

「カスリ傷ダ……」

 ナジが警戒するように言う。

「ルイさん。ワームウッドはバイエモンの眷属の芋虫型の魔物の名称です。まだ、北側に2匹、それからもう1匹が向こうに……」

 ベトールはそう言うと、はるか西を指さした。

 その方向を見る。

「ううん?」

 ルイは顔をしかめた。


 朝の晴れた空の中に、違和感のあるひときわ大きな黒い紐状の影。

「デカい……」

 ルイは思わずよだれが垂れそうになった。

(おっと)

 慌てて腕で口元を覆う。

「ルイさん、私はこちらのシャーリーさんとあのワームウッドの足止めに向かいます。ルイさんは、北側のワームウッドをお願いできますか?」

 ベトールは強張った顔をして言った。

「うん?いいですけど……、あれ、かなり大きいですよね?大丈夫ですか?」

 ルイは腰に手を当て、巨大なワームウッドの影を見た。

 影は話をしている間にも、どんどん王都に近づいてきていた。

「あれは相当大きいです。おそらく先ほどいたワームウッドの数倍……。私たちではあれを倒すことはできません。ですが、この不安定な結界に体当たりでもされたら、ギリギリで保っている防衛が崩れてしまう」

「ふむ」

「北側の2匹さえ片付けば、結界は安定するはずです。ですから、私たちがあれを足止めしている間に、ルイさん……。お願いします!」

 ベトールは真剣な眼差しをルイに向けた。

 ルイは口をへの字に結んで、顎に手を当て、外城壁の外で乱闘を繰り広げている亜人と兵士に目を向けた。

「……(亜人も魔物の一種……なんだよな?……どんな味がするんだろう?)」

 王国軍と剣を交えている亜人の軍勢は、緑色の身体をした筋肉質のゴブリンと、カエルにも似た肉の塊のような魔物を中心に、ところどころに耳の尖った人型の魔物が混じる構成だ。

(あれがエルフか……。耳が尖っている以外、あまり人間と大差ないな……)

「……ルイさん?」

 視線を逸らされ、ベトールが不安げに言う。

「あ、うん。わかったよ。……けど、ちょっと待ってて」

 ルイはそう言うと、高さ5メートルはあろうかという城壁から飛び降りた。

「ルイさん!」

 ベトールが慌てたように叫ぶ。

 ルイはそのまま外城門の前に出た。


 突然、ルイの背後から亜人の一人、浅黒い体のダークエルフがルイめがけて長剣を振り下ろした。

「ルイさん!!!」

 ベトールが目を見開き、叫びながら外城壁から飛び降りた。ナジがその後を追う。


 ルイは振り返ることなく、ダークエルフの振り下ろした長剣はルイを右肩から左わき腹にかけ切り裂いた。

 長剣を振り下ろしたダークエルフの男の顔が恐怖に引きつる。


 剣が切り裂いたルイの身体は、一瞬僅かに揺らいだだけで元に戻っていた。

 着地したベトールはその様子に足が止まり、言葉を失った。

 周りにいた王国軍の兵士やゴブリンたちも一様に驚いた顔をし、その手が止まっていた。

 見れば、ルイの左手が、長剣の真ん中あたりを指で挟んでいる。


 ルイは「はぁ……」と大きくため息をついた。

 そして手首を返し、挟んでいた剣を右手で掴み直すと、そのままダークエルフの男の顔面に左手を当てた。

「なっ!?――」

 予想外の出来事に男がひるむ。

「――う、ぎゃぁぁーっ!」

 苦しい声を上げ、ダークエルフの男は持っていた長剣から手を離し、ルイの手を外そうと、もがきだした。

 しかし、その手はびくともせず、男は足をばたつかせた。

 ルイが顔をしかめる。

「……あまり、美味しくない……」

 ダークエルフの男がおとなしくなる。

 ルイは男の顔から突き放すように手を離した。

 その反動で男は後ろにぶっ倒れた。


「ひぃぃっ!」

 倒れたダークエルフの男を見て、周りにいた兵士や亜人が恐怖の声を上げる。 

 ダークエルフの男は、魔力を吸い取られ、白目をむいて身体を痙攣させていた。

 ベトールも顔をしかめた。

(ルイさん……、ダークエルフの魔力を吸い取った……?その力、まるでカロの森に降る“雨”のようですね……)


 ルイは亜人たちに向きをかえ、ゆっくりと歩き出した。

「人間がぁぁ!」

 カエル型の魔物がその巨体を揺らし、ルイを押しつぶさんとばかりの勢いでルイに向かってきた。

 ルイは面倒くさそうに、右手の手のひらをカエルの魔物に向けた。

 魔物は、突っ込んできた勢いと同じくらいの反動でルイの手に弾かれ後方に吹き飛んでいった。

 様子を見ていたエルフの一人が、少し離れた位置から矢を放つ。

 ルイはその矢を放ったエルフを見た。

 金色の長い髪に、白い肌。細身で若く可愛らしい容姿をしている。

(おぉ!女性エルフだ!初めて見た)

「うぐあっ!」

 矢は、ルイの頭を透過し、後ろにいた王国兵の腕に当たった。

 王国兵の男はうめき声をあげ、その場に倒れ込んだ。


「剣も矢も効かないだと!?」

 剣を防御の姿勢に構え、ゴブリンの一人が叫ぶように言った。

 亜人だけでなく王国兵たちも、突然現れた謎の女ルイに動揺し、亜人との戦いを完全に止めていた。


「ならば、これならどう!?“炎爆地走り”!」

 先ほど弓矢を射ったエルフがそう叫ぶと、金髪の長い髪を振り乱し、怖い顔をして地面に手をついた。

 その途端、手元から炎が地面を這い、すごい勢いでルイに向かって来た。


「あ、あれは火炎系中級魔法甲!!ルイさん避けて!」

 ベトールが叫ぶ。

 その声もむなしく、炎はまともにルイに当たった。

「くっ!」

 ベトールが顔をしかめる。

 しかし、炎はルイに当たった瞬間、そのまましぼんで消えた。


「ル、ルイさん……」


 その様子を見ていた亜人たちも兵士たちも、恐怖の混じる表情を浮かべ一斉に後退りし、ルイの周辺が開けた。


「まぁまぁ……かな」

 ルイは乱れた前髪を直しながらつぶやいた。

(さっきの男のエルフよりは美味しいかも?……でも、本体を直接食べたわけじゃないからな……)

 ルイがエルフをじっと見る。

 エルフは恐怖の表情を浮かべ、目を見開いてルイを見ていた。

 ルイがニヤリと笑った。

「ヒッ!」

 エルフは動揺し思わず尻もちをついた。

 ルイが一瞬にしてその目の前に立つ。

「ヒィィィ!」

 エルフは尻もちをついたまま、手を地面について後退りした。

 ルイは片膝をつき、その首元に手を当てた。

「や、止めて……、殺さないで……」

 エルフが涙目で震えた声を上げる。

「いや、何もしないって!ちょっと味見、ちょっとだけだから」

 ルイは苦笑いした。


 その瞬間、ルイの背中から槍が貫通する。

「へっ!?」

 ルイは驚いて後ろを振り向いた。

 先ほど吹き飛んでいったカエル型の魔物が、鋭い槍を構え、ルイを貫いていた。

「ぐ、ぐふっ……」

 苦痛の声に、再びエルフの女性を見る。

 その槍はルイを透過し、エルフの女性の腹に突き刺さっていた。

「ああぁ!まだ食べてないのにっ!」

 ルイは思わず叫んだ。

 そしてカエル型の魔物を睨む。

 カエル型の魔物は、槍がルイの身体を透過していることに驚愕の表情を浮かべ、立ち尽くしていた。

 ルイは槍を掴み立ち上がると、カエル型の魔物の胸に手を当てた。

 そして一気に魔力を吸い取る。

「ギャァッ!!」

 短い断末魔とともに、カエル型の魔物の身体は一瞬にして縮み、干からびてミイラのようになり転がった。

(……思ったより美味しかった)


「う、うわぁぁぁ!」

 周辺にいた亜人の軍勢は、その様子に散り散りに逃げだし始めた。


「兵士の皆さん!防衛を固めてください!」

 後ろからベトールが叫びながら走ってきた。

 その声に、兵士たちは我に返ったかのように、体勢を立て直し武器を握り直した。

 兵士の一人、赤いスカーフを巻いた男が、ルイが気絶させたダークエルフの男を白いロープで縛り始めた。


「ルイさん!大丈夫ですか!?」

 ベトールがルイの後ろに立ち、冷や汗交じりに聞く。

「あ、うん。それより……」

 ルイはそう言うと、槍が貫通しているエルフの少女を見た。

 そして、そのそばに寄り刺さった槍に手を添える。

「うーん……(できれば、こんな鮮度の悪くなった状態じゃなく、生きのいい状態で食べてみたいよなぁ……)。ベトールさん、このコ、何とかならないかな?」

 ベトールが驚いた顔をする。

「……助けるのですか?」

「えっ、あ……。まぁ、そうだね」

「わかりました」

 ベトールはうなずくと、ルイの横に並んでエルフの少女の様子をうかがった。

「……動かさない方がよさそうですね。……治癒魔法を使える者を呼び寄せます」

 そう言うと、胸元から呪符帳を取り出した。

「あ、待って!」

 ルイがとっさに言う。

 そして、何か考えるように、じっとエルフの少女の顔を見た。

 少女は青ざめ、死を覚悟しているようにも見える。

(そういや、前にディルメイを助けた時、治癒魔法……、使ったことがあったな)

 ルイはエルフの少女の身体からおもいきり槍を抜き取ると、すぐにその傷口に手を当てた。

「ぐはっ!」

 痛みに少女がうめき声を上げる。

「えっと……(どうやるんだったかな)」

 ルイは目をつむって傷口に当てた手に治癒の魔力を送った。

 エルフの少女が目を細めルイを見る。

 ベトールもルイの横顔をじっと見つめた。

(……治癒魔法も使えるのですか?ルイさん……。その力、テオ様に匹敵するのかもしれませんね……)


「ま、こんなもんか?」

 ルイは少女の腹から手を離すと、少女の様子をうかがった。

「……」

 傷口が塞がり、その服も元に戻っている。

 エルフの少女は呆然とした表情でルイを見ていた。

(治癒魔法をかけた分、俺の魔力が混じっちゃったな……。この状態で食べてもなぁ……)


「ぐはっ」「うぅ!」

 突然、あちこちからうめき声が聞こえ、ルイとベトールは後ろを振り返った。

「ううん?」

 ルイが訝し気な顔をする。


 兵士たちが、苦痛の表情を浮かべている。

 ある者は完全に意識を失い倒れ、ある者は片膝をつき、ギリギリでその意識を保っていた。

「どうしたんだろう?」

「ルイさん!あれです!」

 ベトールが西の空を指さす。

「あ、さっきの芋虫」


 先ほどまで遠くで動き回っていた巨大なワームウッドが、すぐそこにせまっていた。

 ベトールが兵士たちを見回して言う。

「魔力耐性の低い兵士たちが、あのワームウッドから発せられている魔力の波動に中てられているようです」


 巨大なワームウッドに気を取られているその隙をついて、エルフの少女が突然西へと駆け出した。

「あ!――」

 ルイは立ち上がりその逃げて行った方向を見た。

「――……ま、いっか」

 そう言って頭を掻く。


 一人、また一人と兵士が倒れて行く。

「ルイさん!あの魔物、このまま結界に体当たりをする気のようです!このままでは外城壁が持たない」

 ベトールが引きつった顔で叫んだ。


 頭上を、先ほどよりさらに巨大なワームウッドが外城壁の結界に向け突っ込んでゆく。

「あー、もう!」

 ルイは苛立ったように言うと、地面を蹴って一気に飛び上がった。

 そして巨大なワームウッドの腹に下から四つん這いで張り付く。


 その途端、巨大なワームウッドは奇怪な音を上げて、身をくねらせた。

 その尻尾が勢いよく地面を叩く。

「う、うわぁ!」

 意識を保っていた兵士たちが、その勢いに吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。


 ワームウッドはルイを振り落とそうと、空中をグルグルと旋回しだした。

「ひぃ!目が回るっ」

 ルイはワームウッドの腹にしがみついたまま、その魔力を吸収し始めた。

「本当は、頭から食べたいところだったのに……。これじゃ、タイ焼きで言ったら腹から食べてるようなもんだ……」


「ルイさん!」

 下からベトールが叫ぶ。


 巨大なワームウッドは、みるみるうちに縮み、あっという間に光の粒になり消えた。

 その光の粒が、ルイに吸収されてゆく。

「……ルイさん。(……魔王、確かにそうお呼びしてもいいくらいですね……)」


「ふぅ……(結構ボリュームがあったな。でも、この魔力、極上のクリームコロッケ!くぅ!たまらん!)」

 ルイはニヤニヤと笑うと、北の方角へ視線を向けた。

(あと2匹……)

 ルイは思わず口元を拭った。

 見れば、北側防衛塔から少し西に振った辺りで、砂煙が上がっている。


「ルイさん!防衛塔の一つが落ちたようです!」

 ベトールのその声に目を向ければ、ナジに乗ったベトールがルイと同じ高さに浮いて、北に続く外城壁を見ていた。

「ベトールさん、行こう!」

「はい!」


 二人は外城壁沿いに、砂煙の上がっている北側の防衛塔に向かった。


 2匹のワームウッドが、八の字を描きながら、赤黒い閃光を放っている。

「誰か応戦していますね」

 ベトールが目を細めて言う。

「……うーん、この魔力の波動……!テオさん!」

「テオ様が!?――」

 ベトールが驚いた顔をする。

「――(魔力の波動が読めるのですか……?)確かに、状況的に、あの2匹を相手にできるのはテオ様しかいませんね……」


「あ!ベトールさん、あれ!」

 ルイがワームウッドの一匹を指さした。


 一瞬、空に数メートルはあろうかという紫色の魔法円が浮かび上がった。

 そこから発せられた紫色の光の筋が、ワームウッドの頭の部分を弾き飛ばした。

 頭のもげたワームウッドは、瞬時に光の粒となり霧散して消えた。


 ベトールが驚愕の表情を浮かべている。

(テオ様……。今の魔法は上級魔法、しかも甲!?……あんな強い魔法……初めて見ました……)

(あぁぁぁ!クリームコロッケがぁぁぁ)

 ルイは顔を引きつらせた。

 そして、慌てたようにもう1匹のワームウッドに猛スピードで飛んで行く。

「ル、ルイさん!?」

 ベトールがとっさに叫んだ。


「テオさん、ちょっと待ったぁぁぁ!」

 ルイが叫びながら、宙に浮くテオの横を通り過ぎた。

「ル、ルイさん!??」

 残ったワームウッドに手をかざしていたテオが、突然飛んできたルイに驚いた顔をしてルイの後姿を見た。


「うぉぉぉ!コロッケー!クリームコロッケー!」


 ベトールがテオの横に並んで浮く。

「テオ様……」

「あぁ、ベトール君。ルイさん、何か叫んでいますね……」

「……そうですね」


 ルイは最後に残ったワームウッドに乗ると、その頭に手を当てた。

 そしてニヤニヤと笑いながら言う。

「フフフ、いただきまーす!」


 その瞬間、ワームウッドは紐のように縮み、そして光の粒となって霧散した。

 その光がルイに吸収される。


 ルイは満足げな表情を浮かべた。

「あぁ、美味い!」


 足元の外城壁外部で、西側と同様に戦闘を繰り広げていた魔物の軍勢は、ワームウッドがすべて倒されたのを見ると、驚愕した表情を浮かべ散り散りに逃げて行った。


「ルイさん!」「ルイさん!」

 二人の声にルイが振り返る。


 濃紺のマントを翻したテオと、ナジの背に乗ったベトールが並んで宙に浮いていた。

「あ、テオさん……。どうも……」

 ルイは気まずそうに笑った。

「お見事です、ルイさん」

 テオはそう言うと、ルイにニコッと微笑んだ。

「あ、あはは……」

「ルイさん、ありがとうございました」

 ベトールはそう言うと、軽く頭を下げた。

 テオが視線だけベトールに移す。

「ベトール君、すぐに被害状況の情報収集に当たってください。報告は私かミゲルさんにお願いします」

「はい……。――ルイさん、では後日、あらためてお礼にうかがいます。失礼します!」

 ベトールはそう言うと、ナジに乗って、王都の中心市街へと降下して行った。


 テオがルイを見る。

「ルイさん……。異世界の方であるあなたを、このような危険な状況に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

 テオはそう言うと難しい顔をして頭を下げた。

「い、いえ!テオさん、頭を上げてください。全然、その、危険じゃないです。……むしろ良かったと言うか、美味しかったと言うか……」

「ん?」

 テオがルイを見つめ首を傾げる。

「あ、いや、あはは……(さすがに“良かった”は、まずいか)」

 ルイはごまかすように笑った。

 テオは眼下に広がる大きく破損した外城壁を難しい表情で見た。

 そして、少し疲れたように言う。

「ルイさん。私もこの状況を治めなくてはなりません。今回は、今見える範囲だけでも前回の強襲よりも被害が大きい。死者も出ているようです。申し訳ありません、お礼は後日改めて……」

「い、いえ。お礼なんていらないですよ……。俺も、叔父さんが心配してると悪いから、そろそろ戻ります」

「叔父さん?」

「あ」

 ルイは一瞬焦った表情を浮かべた。

 そして誤魔化すように言う。

「(ヤバイ!)か、カロ屋のオジさんですよ、あはは……」

 ルイはそう言うと、テオから少し距離を取った。

「じゃ、じゃぁ、俺、帰ります!」

「……ルイさん、ありがとうございました」

 テオがルイに深く頭を下げた。

「こちらこそ!」

 ルイも焦ったように言うと、手首をくるりと回した。

 そしてRETの文言を唱え、カロ屋の組子障子前に戻る。



「おう!お帰り」

 カウンターの内側で、茂が新聞を読みながらカウンターに腕を付いて笑っていた。

 そのカウンターの前に、人型のマルがお茶を飲みながら座っている。

「ルイ、遅かったな。もっと早く帰って来るかと思ったぞ」

 マルが振り向いて言った。

「何でいる!?シオウルに戻ったはずでは?」

 ルイは顔を引きつらせた。

「うむ。戻ったのだが……、こっちの方が面白そうだったからな、また来たのだ」

 マルはそう言うと、カウンターの上に置かれていた五番通り商店街のチラシを手に取りルイに見せた。

 ルイが顔をしかめてチラシを見る。


 “ドリアンラーメン、トッピング乗せ放題始めました”


「なんでも、茂の話では、ラーメンの上にライチが乗せられるとか。ワシはラーメンもライチも好きなのだ」

「…………行くの?」

「うむ」

 ルイは目の前が真っ暗になった。

 そしてそのまま霧散して消えた。

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