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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
56/71

番外(第40話序 時系列記録 ナガール編)

本編の、ストーリー上の時間矛盾を防ぐためのメモ的な話なので、読み飛ばしてもらって構いません。

 ――午前4時 ナガール


 王都から到着した援軍のうち、魔道院の派遣した魔道部隊は、魔法課の赤属帯の魔道士を中心に構成された部隊だ。

 テオの指示を受け、それらは数人ずつ分かれ、結界強化のため、防衛塔に設置された魔晶石に力を送り始めていた。


 夜も明けきらず、暗雲広がる暗い空。

 その中に、僅かに光る宙に浮いた結界点の中心で、テオは南東の空を厳しい表情で睨んでいた。

 その視線の先には、紫色の閃光を走らせ、暗雲を引き連れたジニマルがいた。

(ジニマルの移動速度が予想以上に速い……。おかげで結界が持ちこたえることができましたが……)

 ジニマルは、テオが見ている間にも加速し、あっという間にナガールから遠ざかっていった。

(ジニマルがさらに弱体化したようですね……)

 テオはそのまま、眼下の街並みを注意深く見下ろした。

 通りのあちこちに、逃げ出そうとした住人と、魔力に耐性を持たないナガール兵たちが倒れている。

「……くっ。ナガール兵も住人も、そのほとんどがジニマルに中てられてしまいましたね……」

 つぶやくように言うと、スッと降下し、十字路の真ん中に立った。


 先ほどまで強く振っていた雨は、ジニマルが遠ざかると同時にあっという間に弱まり、今は僅かな小雨が降る程度だ。


 テオはマントの下から呪符帳を取り出すと、そこに何やら書き込んだ。

 それを1枚はがし、宙に放り投げる。

 紙切れは青白い炎を上げ、一瞬にして消え去った。


 テオはフワリと僅かに浮き上がると、そのまま猛スピードで十字路を西に進んだ。

 少しして、大きな通りの角を曲がり、頑丈そうな三階建ての建物の前に立つ。


(王国軍ナガール駐留部隊、司令棟……)

 建物の両脇に、小さな鈍い赤のマントを羽織ったナガール兵が呆然としたように立っている。

(赤属帯上位“上赤”の兵士……)

 ナガール兵はテオに気が付くと、慌てたように持っていた槍の柄をトンとついて、胸に手を当て、テオに挨拶をした。

 その表情に僅かに安堵が見える。

 テオは軽く頷くと、そのまま建物に入っていった。


 恐ろしいほど静かな建物内。

 エントランスで警備に当たっていたであろうナガール兵が、蒼白な顔で両脇に二人倒れている。

「……」

 エントランスから伸びる冷たい石の床は、左右に分かれて奥へと続いていた。

 テオは通路を進み、建物の中心である部隊長のいる司令室に向かった。


 その部屋の前、やはりナガール兵が二人倒れている。

「……」

 テオは顔をしかめた。

 そして、軽くノックをし、返事の無い司令室の扉を開ける。


「テ、テオ様!?」

 司令室の中にいたエリアスが、驚いた顔をして振り向いた。

 部屋の中には、位の高い階級章を付けたグレーのマントを羽織った人間が数人、椅子や壁に寄りかかるように気を失っている。

(やはりここもジニマルの魔力に()てられましたね……)

 エリアスは、床に倒れていたその中の一人、髪の短い女性兵士を壁に寄りかからせているところだった。


「エリアス君、王国軍の援護の魔道兵への指示はどうなりましたか?」

 テオが様子をうかがいながら言う。

 エリアスは、女性が壁に安定して寄りかかったのを見ると、テオに向きをかえ、立ち上がって言った。

「はい!テオ様の指示通り、北側から西側の防衛壁の外周に沿って警備をお願いいたしました」

「……そうですか。ありがとうございます」

 テオは軽く頷くと、部屋をまっすぐに進み、奥にある大きな机の前に立った。


 机には突っ伏して気を失っている、王国軍ナガール駐留部隊長の姿があった。

 首に巻いた、エンジ色の長いスカーフが目に留まる。

(魔道階位赤属帯中位“エンジ”の印……。やはり、“上赤”以上の者でなければ、ジニマルの魔力には耐えられませんでしたか……)

 部隊長は装飾の派手な帽子が頭からずり落ち、はげた頭が露出している。

 まとったグレーのマントは乱れ、厳つい身体は椅子からはみ出して、今にも転げ落ちそうだ。


 テオは、その部隊長のはげた頭に手をかざした。

(本当ならば、手を触れて治癒魔法をかけた方が良いのでしょうが……)


 テオの手が光る。

「テ、テオ様!?」

 エリオスが不安げな表情を浮かべ、部隊長の突っ伏している机の横に立った。

「治癒魔法です。指揮官がこの状態では……」

 テオの放つ光が強まる。

 その光は部隊長の身体を丸ごと包んだ。


「……(やはり、手を触れていない分、時間を要しますね……)」

 テオは顔をしかめて、少しの間はげた頭に光を送っていたが、やがて、スッと手を下ろした。

 と同時に放っていた光も消える。


「う、うぅ……」

「ぶ、部隊長!」

 低いうなり声とともに、部隊長は顔をしかめて起き上がった。

 頭を押さえ、虚ろな目で辺りを見回す。

 そして、すぐ目の前にいる濃紺のマントを羽織った人物に目を留めた。

「テ、テオ様……!?」

 部隊長は、目の前に立つ予想外の人物に焦ったようにつぶやくと、帽子もそのままに、すぐに椅子から立ち上がって僅かによろけながらテオの横に立った。

「わ、私、ナガール駐留部隊隊長ホルヘ・ガールシア。助けていただき、感謝申し上げます!」

 ホルヘはそう言うと、冷や汗交じりに深々と頭を下げた。

 はげた頭が、部屋の片隅に置かれたランプの明かりを鈍く反射する。

「ホルヘさん、頭を上げてください。事態は急を要します。簡潔にお話しますので、よく聞いてください」

 テオはそう言うと、隣で倒れている立派な装飾のついた服装の中年の男に手をかざした。

 テオの手が光り、その光に連動して、その男の身体が強い光に包まれる。

「現在結界強化に当たっている魔道院からの援護部隊のうち、その半数をナガール兵の治療に回します。回復したナガール兵から順に、対魔物戦に向け指示を出してください――」

 手をかざしていた中年の男が意識を取り戻し、立ち上がった。テオはその隣にいる若い兵士に手をかざした。その兵士の身体も同じように光り始める。

「――おそらくシオウルの魔物たちが山を降りて、このナガールに着くころです。魔物たちはジニマル弱化により、より殺気立っています。先月の襲撃以上に強襲になる恐れがあります。武装は対魔法装備あるのみ……」

 テオの言葉に、ホルヘは帽子を強く握り顔をしかめた。

「先月以上の強襲……。ちぃ!魔物どもめ、まだ療養中の兵士も多いというのに……」

 ホルヘはそう言うと僅かに怒りをあらわにし、こぶしを握った。

「ジニマルは我々の予想よりもはるかに速い速度でナガールから遠ざかっています。ナガールでのジニマルの脅威は、ひとまず去ったと考えて良いでしょう。ただ……」

 テオは言葉尻を濁すと、不意に部屋の入り口の扉を振り返った。

 そして扉をじっと見る。


 そこに扉をノックする音が聞こえた。


 ホルヘが驚いたように扉を見た。

「入ってよろしい」


「失礼します……」

 そう言って、僅かに動揺した様子で入って来たのは、鈍い赤い色のマントを羽織った、魔道院から援護に来ていた魔道士だ。


 ホルヘは気まずい顔をした。

 テオは兵士にかけていた治癒魔法の手を止め、魔道士を見て僅かに穏やかな顔をした。


「テオ様。お呼びにより、参上いたしました」

「クララさん……」

 クララはマントのフードから出したこげ茶色のおさげの髪に、小さな魔晶石の飾りをつけ、見た目10代後半といった可愛らしい容姿をしている。

 先ほどテオが呪符通信を送った相手だ。

「あなたが援護部隊にいて良かった……」

 テオはそう言うと、クララに微笑んだ。

「ミゲル様より直々に命を受け、臨時に援護部隊に加わっておりました」

 クララは力強い赤い瞳で返事をした。

「そうでしたか……(ミゲルさん。彼女を編成に入れるなんて、手回しがいいですね……)」

 テオは頷くと、部屋の中を見回した。

「まず、この部屋にいる方たちの治療をお願いします。それから、軍の魔道隊が防壁外で倒れた兵士たちを主要な防衛塔へ搬送しているはずですので、ここでの治療が終わったら、北門にある防衛塔に向かってください」

「はっ!」

 クララは返事をすると、さっそく壁際に寄りかかって気を失っている女性兵のもとへ駆け寄った。

 エリアスも不安そうな顔をして、クララに並んで女性兵士の横にしゃがむ。


 気まずそうな顔をしているホルヘを向いて、テオが言った。

「彼女は赤属帯“上赤”の魔道士ですが、こと治癒魔法においては、青属帯に引けを取りません。この場の治癒は彼女に任せます。そして、ここが終わりましたら、北側防衛塔に搬送されたナガール兵の治療に向かわせます」

 ホルヘが緊張した様子で言う。

「わかりました。それでは、我が部隊は、援軍が」「失礼します!」

 突然ノックも無しに勢いよく扉が開き、ホルヘの話を割って王国軍の援軍部隊、王都魔道部隊の一人が息を切らせて駆け込んできた。

 ホルヘは入って来た男を睨んだ。


「テ、テオ様!?」

 駆け込んできた青年はテオを見て一瞬驚いた顔をしたが、纏った青いマントを直し、ホルヘに向いてすぐに言った。

「魔物が!魔物どもがこちらに向かってきています!もう、すぐ近くです。現在北側の防壁外にいる守備隊が先陣に動いていますが、魔物の数が……。目視によれば概算で、先月の二倍との報告。援軍だけでは間に合いません!ナガール部隊長殿、動けるナガール兵に指示をお願いします!」

 青年は、動揺した様子で身体を震わせている。


「(予見通りですね……)ふむ」

「エリアス!ナガール魔道小隊はどうなっている?」

 報告を受け、ホルヘが強い口調でエリアスに言った。

「は、はい!我が小隊は現在北側防衛門詰所にて待機させております」

 エリアスはすぐに立ち上がり、焦ったように言った。

「待機だと!?何をやっている!すぐに攻撃に加わるのだ!」

「……ホルヘさん、落ち着いてください。防衛結界は生きています。結界点に我が魔道院の魔道士がいる限り、そう簡単に防壁を突破されることはないでしょう」

 テオは冷静な口調で言った。

 テオの治癒で意識を取り戻した身分の高そうな中年の男が、少しフラフラとした様子で壁際から机の横に立った。

「そうです。テオ様の言う通り。我々は、普段対魔物戦に向けた準備がないわけではない。むしろナガールでは、シオウルの魔物を主眼にした訓練を日々行っているのです」

 中年の男はそう言うと、纏っていたグレーのマントを直し、テオに軽く頭を下げた。

 そして左後ろにいるエリアスに視線を送って言った。

「エリアス。隊を2班に分け、片方は上空からの攻撃に備えよ。もう片方は魔術による法撃戦を展開せよ」

「はい!直ちに」

 エリアスは、胸に手を当て軽く頭を下げると、足早に部屋を出て行った。

 その様子をホルヘが苦い顔をして見る。

 中年の男は、エリアスの後姿を見送ると、テオの前に立った。


「テオ様……。申し遅れました。私、第二貴族クロード・マーフと申します。現在ナガールにて、魔道小隊を含む、ナガール第一部隊の指揮を執っております。先ほどはお助けいただいたようで、ありがとうございました」

 クロードは短い羽飾りのついた帽子を取り、胸に手を当てて丁寧に挨拶をした。

「(第二貴族……)いえ、これは失礼いたしました。私、魔道院所属魔道士テオ・フェリン。先ほどまで、臨時に指揮を執らせていただいておりました」

 テオもそう言って、胸に手を当て軽く頭を下げた。


「テオ様」

 クララの声に、テオは後ろを振り返った。

「この部屋の方々の治療は終わりましたので、北側防衛塔へ向かいます」

 その言葉にテオは部屋にいる人間を確認するように見回した。

 テオが治療した以外に、8人ほど倒れていた人間はすべて意識を取り戻していた。

「(もう終わったのですか。私の倍以上の治癒魔法効果。さすがに早いですね。)わかりました。お願いします」

「はっ!」

 クララは軽く頭を下げると、「失礼します」と言って、部屋を出て行った。


「ホルヘさん、ナガール兵の弓部隊は防衛塔にのみ展開しているのですか?」

 テオの不意の質問に、ホルヘは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。

 そして、すぐに姿勢を直して言った。

「いえ、現在防衛塔にいる弓兵は、常時の防衛部隊の弓兵です。それとは別に、ナガールでも短弓隊と長弓隊を編成しております。ですが……――」ホルヘが顔をしかめる「――弓部隊のどちらも、魔力をもつものは少なく、持っていたとしても赤属帯最下位“豆赤”程度……。おそらくは……、我々と同じように、すべて意識を失っているかと……」

 テオはホルヘの言葉に、視線を逸らし宙を見た。

「(……予見で見たフラガ兵のナガール侵攻までには、もう少し時間がある……。今のうちに、遠距離から攻撃のできる者たちを、動けるようにしておく必要がありますね……)ホルヘさん」

「はい」

「魔道院魔道隊に、その者たちの治療を優先させます。そして彼らを、西側を中心とした防衛塔に配備してください」

「えっ!?」

「うん?西側?――」

 ホルヘとクロードは、驚いた顔をして互いに顔を見合わせた。

 クロードが続けて言う。

「――北側ではないのですか?魔物どもは単純で、毎回北側から攻めてくるのです。今回も同様に北側から攻めてきている様子……」

「えぇ。魔物たちは、確かに北側からのみ突撃してきていますね。ですが、西側の守備は、魔物ではなく対フラガに向けたものです」

「フ、フラガ!?」

 二人は驚愕し、目を見開いた。

「……そういえば、最近フラガの様子がおとなしいと思っていましたが……、こんな時に……、いや、こんな時だからこそか!くそっ。ヤツらの考えそうなことだ!」

 ホルヘはそう言うと、持っていた帽子を強く握った。

「むぅ、なんということだ。――テオ様、それは本当なのですか?」

「えぇ。魔道院偵察班によれば、先ほどフラガ兵の先陣はマローム平原を越え、まもなくセパル川に差し掛かるとの報告を受けています」

「セパル川!?もう、すぐそこではないですか!」

 クロードは焦ったように言った。

「クロード卿、フラガ兵はおそらく移動に有翼ワームを使っているはず。ジニマル弱体化が侵攻の契機だとするなら、そうでなければ、こんなに早くマローム平原を越えて来られるはずがない……」

 ホルヘはそう言うと、自分の机に戻り、その引き出しを開けて中から地図を取り出した。それを机の上に広げる。


 有翼ワームは、蛇の身体に翼の生えた魔物だ。

 小さなものでも体長1メートル。大きなものでは5メートルを超える個体もある。

 主にフラガ国内の山岳地域に生息し、シオウル山脈にもその一部が生息している。

 バイエモンがフラガ国に従属して以降、フラガではこういった魔物をバイエモンの魔力により服従させ、使役していた。


「そうです。先陣は有翼ワーム騎乗の魔道兵。しかし、それほど数は多くありません。目視で約30と報告を受けています。現在偵察部隊は、その後に来る騎兵隊と歩兵部隊の数を確認中です」

「くぅ、騎兵隊に歩兵隊……!あいつらナガールを滅ぼす気でいるのか!?フラガ兵はそのほとんどが魔力を持っている魔道兵……。――デグレードの魔道階位に当てはめれば、緑属帯上位“上緑”に匹敵するといわれている。魔力をもたない我が部隊では、魔法戦となると戦力が大幅に落ちる……」

 クロードは顔をしかめて言った。

「だからこそ長弓兵により遠距離から威嚇し、ナガール接近を食い止めるのです」

「威嚇!?(何を言っているのだ)……テオ様。お言葉ですが、有翼ワームに乗っているのであれば、短弓兵はおろか、長弓兵の攻撃すら当たりません!それに許可なく越境しているのです。魔道兵による攻撃あるのみと存じますが」

 クロードのその言葉にホルヘがすかさず言う。

「クロード卿、弓部隊の中にも“豆赤”の兵が12人いる。魔力を矢に乗せられる彼らの攻撃なら2キロ先までその矢は届きます!さらに、その矢に法撃を乗せれば、有翼ワームでも足止めされることは十分に可能です。その時間で、対魔物に向いているこちらの体勢を立て直します!」

「む、むぅ……」

 クロードは苦い顔をして言葉を濁した。

 テオが一呼吸置いて言う。

「ホルヘさん。魔道院偵察班からの報告を直接ホルヘさんへ送るよう指示をします。私は単身での行動を許可されておりますので、この辺りで失礼します」

「わ、わかりました」

「王国軍と魔道院魔道兵との連絡は、魔道院ナガール支所長のモトリさんにお願いいたします。――それでは」

 テオはそう言うと、軽く頭を下げ足早に部屋を出た。

(……予想以上にこの場に時間を取ってしまったようですね。早く行かねば……)



 ――午前4時半 魔道院ナガール支所


 二階の魔法課の部屋。奥の机にモトリが顔をしかめて座っている。

 その机の前に、バスが困惑した表情を浮かべ立っていた。

「テオ様が私に用とは、一体なんでしょうね……」

「知らん。ワシャわからんよ。まったく、あの男はよくわからん……」

 モトリはそう言うと大きくため息をついた。

「できれば、ミラさんとともに防衛塔からの防衛に当たりたかったんですが」

「お前も何を呑気なことを言ってるんじゃ!ジニマルが去ったと思ったら、今度はシオウルの魔物どもじゃ。そして、テオ様の話ではフラガが攻めてくるとか?――あぁぁ、もう終わりじゃ!ナガールは、いや、デグレードは終わりじゃぁ!」

 モトリはそう言うと頭を抱えて突っ伏した。

 バスは苦笑いして言った。

「まぁまぁ支所長。落ち着いてください。大丈夫、きっと大丈夫ですよ!王都からも応援に来ているんですし……ナガール兵だって、頑張ってくれているじゃないですか」

「うぅ……」


「遅くなり、申し訳ございません」


「うん?」

 不意の声に、モトリは顔を上げ、バスは後ろを振り返った。

 部屋の入り口にテオがいる。

「テオ様!」

「あぁ、テオ様……。先ほどは……」

 テオがマントをなびかせ、モトリの机の前にやってきた。

 バスとモトリはテオに軽く頭を下げた。

「テオ様。私をお呼びと伺いましたが……」

 バスがどこか訝しげな様子で聞いた。

「あなたがバスさんですか。初めまして。私をご存知かと思いますが、魔道士課のテオです。すみません。初めからこの場所を指定しておけば良かったのですが、ずいぶん無駄足を運ばせてしまったようですね。申し訳ありませんでした」

 テオはそう言うと軽く頭を下げた。

「い、いえ!とんでもない!(たしかに、テオ様を探してあちこち走り回ったけど……)だ、大丈夫です」

 バスは苦笑いをして答えた。

「テオ様。して、バスに用とは一体何ですじゃ?」

 テオは頷いて言った。

「そうですね。さっそくですが、バスさんをこの非常事態の間、私の指示下に置きたいのです」

「なんじゃと!?」

「えっ!?」

 不意の話に二人は驚いた顔をした。

「バスさんなら、王都の魔道部隊よりも、このナガール周辺に土地勘があります。それを生かして、ナガール軍や王都からの応援部隊とは別に、私とともに対フラガに向けた作戦準備をお願いしたいのです。もちろんそれぞれの部隊の行動を考えたうえでの作戦です」

「むぅ……」

 モトリは難しい顔をして頬杖をついた。

「そ、それは……、私の一存では決めかねます……。――支所長……」

 バスは戸惑った様子でモトリを見た。


「支所長、よろしくお願いします!」

 テオはそう言うと深く頭を下げた。

 モトリは驚いた顔をし、慌てたように両手を机について勢いよく立ち上がった。

「むむむっ!?テオ様!頭を上げてくだされ!テオ様がワシに頭を下げるなど、あってはならぬことですじゃ……」

 モトリは青い顔でそう言うと、力が抜けたように椅子に座った。

 テオが頭を上げ、まっすぐにモトリを見る。

「では、よろしいですか?」

「……」

 バスとモトリに迷いの混じる緊張が走る。


 テオは一呼吸置くと、鋭い視線をまっすぐモトリに向け言った。

「では、こうしましょう。バスさんをこの緊急時の間、私の指示下に置きます。よろしいですね?」

「う……(むごい言い方をする……)わかりましたですじゃ。テオ様にそうおっしゃられては、首は横に振れませんですじゃ。今の間だけ、バスをテオ様に預けますですじゃ……(恐ろしい男じゃ……)」

 モトリは力なく了承した。


(テオ様……。意外に強引な方なんですね……)

 バスは引きつった顔でテオを見た。

 テオがバスに向きをかえる。

「では、支所長の許可も得ましたし、バスさん。さっそくですが、私と一緒に来てください」

「は、はい」

 バスは緊張して答えた。

「支所長、バスさんをお借りしていきますね。では、失礼します」

 テオはそう言うと、モトリに軽く頭を下げ、マントを翻して部屋を出て行った。

 慌ててバスも、モトリに頭を下げ、テオの後を追う。



 ――午前4時50分 ナガール南西側の裏路地


 ところどころに大きく破壊された建物が建っている。


 そこはかつてのフラガ戦で甚大な被害を出した場所だ。

 大破した建物が不気味な様相で佇んでいる。

 戦乱後、住人は逃げ出し、そこにある建物は補修されることなく現在に至っている。


 バスが訝し気な顔をしてテオの後を歩いていた。

(テオ様……。緊急事態だというのに、どこに行くんだろう……?)


 テオは周囲に人気がないことを確認すると、奥まった一角で不意に足を止めた。

「この辺りでいいでしょう……」

「えっ?ここは廃墟地域……。テオ様、なぜこんなところに?」


 テオは辺りを見回すと、右手でスッと宙を切るような動きをした。

 そのとたん、テオを中心に足元から二人を囲むくらいの魔法円が現れ、一瞬にして消えた。

 バスが慌てたように足元を見る。

「い、今のは……?」

「結界魔法です。弱いものですが声と気配を消すことができます」

 そう言って、テオが鋭い視線をバスに向ける。

「は、はぁ……(なぜ?)。…………、っ!?」

 バスはハッとした表情を浮かべた。

(ま、まさか……。私がバスィエルだと気付かれたっ!?)


 テオの“予見”の能力は、魔道院の魔道階位上位にいる者にとっては周知の事実だ。

 その予見の中に、バスがバスィエルであるということが見えたのではないかと、バスの心に緊張が走る。

 そのこめかみに薄っすらと脂汗がにじむ。


「バスさん。あなたは本来魔道階位“上紺”の能力をお持ちだと、ルルアさんから聞いております」

「は、はい。たしかに……」

「その魔力……。今、あなたから感じられる魔力の波動……。おそらくモトリさん以上。私の推測では魔道士課の魔道士に匹敵するレベルかと思います」

「わ、わかるんですか……?」

「あくまで推測です。(正確には、手を触れなければ魔力の波動を読むことはできませんから……)」

「……」

 バスは苦い顔をした。

(“予見”……。一体何が見えたというんだ)


「そこで、バスさんにお願いがあるのです」

「な、なんでしょうか……?」

「私の“予見”の能力はご存知かと思います。……その予見の中に現れたナガールは、シオウルの魔物とフラガの魔道兵に侵攻されているというものでした――」

 テオはそう言うと、少し遠い目をした。

「や、やはり、そうなんですね……。フラガが……(状況は、私に不利になる一方だ……)」

 バスの心の緊張がさらに高まる。

 脂汗がこめかみを伝う。

「――その中に、“影”があるのです」

「影?」

 テオは再びまっすぐにバスを見た。その視線がとても鋭く、そして厳しい。

(うぅ……。すべて、見透かされているようだ……)

 バスは思わずテオから視線を外し、動揺を抑えるかのように強く拳を握った。

「そうです。その“影”が何なのか、それを探る手伝いをして欲しいのです」

「えっ!?(……私がバスィエルであると、気付いたわけではないのか……?)その“影”……とは、どんなものなのでしょうか?」

 バスは恐る恐る聞いた。

「……わからないのです」

 テオは曇った顔をしてそう言うと、バスから向きをかえ、大破している建物の街並みを虚ろに見た。

「その影は、今回の事態を大きく左右するもの……。このままではナガールは落ちます。ナガールだけではありません。デグレード……、この国の存亡にも関わってくるのです」

「へっ!?」

 バスは驚愕し、言葉を失った。思わず半歩後ろに後退る。

 テオの言葉がよほど衝撃だったのか、その顔から流れるほどに冷や汗が噴き出す。

(影……。ま、まさか……、その影というのは、まさか!?)


 テオが振り返る。

「ですが、その影が何なのかさえわかれば、ナガールに……、いえ、デグレードに勝機はあります」

 テオは力強い瞳で言った。

「……」

「ですからバスさん。あなたの魔力を見込んで、フラガがナガールに攻め込む理由となっている、その“影”を探して欲しいのです!」

 テオはまっすぐにバスを見て言った。

「……(か、影……。フラガが攻め込む理由……)」


 突然、少し遠く、北西の方角から何かが爆発する音が聞こえた。

 テオがその方向の空を見る。

 バスも、驚いて音の方を振り返った。


 破損した建物と建物の間から、遠く、街の外れに砂煙が上がっているのが見える。


「……北西側防衛塔の辺りでしょうか」

 テオが顔をしかめて言った。

「そ、そうですね……。魔物どもの攻撃で防壁の一部が崩れたのかも……」

 バスも焦ったように言った。

「バスさん!時間がありません。魔法課の魔道士の対魔物に向けた結界の力が生きているうちに“影”を探さなくては……(魔道士たちの魔力が尽きる前に……)」

 テオはそう言うと、腕を横に切るような動きをし、隔離結界を切った。

 そして1メートルほど宙に浮き、辺りの様子をうかがう。


 ――“テオ様”

 突然、テオの頭に声が響く。

 テオは顔色一つ変えず、砂煙の上がった方角を見つめた。

 そして、背後の少し離れた場所にある、崩れかけた建物の上に現れた人物の気配を読んだ。

 バスはその人物にはまったく気づく様子はない。


 ――“コバルトさん……。どうでしたか?”

 コバルトは、黒と緑のまだら模様の動きやすそうな服を着、頭から深くフードをかぶっている。そして濃紺の長いスカーフで顔を覆い、片膝をついて、遠くからテオたちを見ていた。

 その外見からは男女の区別がつかないが、声から辛うじて女性であることがわかる。

 ――“はっ。フラガの進軍は、法撃魔道隊80、補助魔法隊10、コカトリス騎乗兵150、歩兵800。合わせて1040。法撃、補助の部隊はいずれもコカトリス騎乗です”

 ――“……フラガ国ルーシュ駐留部隊、そのほとんどが出撃しているということですか”

 ――“はい”


(先陣の有翼ワームは約30。合わせて約1070といったところですか……。ナガール兵は全部隊合わせて約1700……。しかしその三分の一は負傷中。フラガ兵のほとんどが“上緑”以上の魔力を持っているとなると……、やはりこちらの勝算は薄いですか……)

 テオは、ゆっくりと降下し、破損した石畳の道に着地した。


 ――“コバルトさん、引き続きフラガの動向を探ってください”

(ん?もう一人の気配もしますね……)

 テオは視線を砂煙に向けたまま、今し方訪れた気配の様子を探った。

 ――“レニウムさんですか……”

 ――“はっ”

 ――“魔道院の魔道部隊と、軍部隊の様子はどうでしたか?”


 破損した石畳を挟んで、コバルトと向かい合う崩れかけた建物に、レニウムが片膝をつき、影のように控えていた。

 コバルトと同じ、まだら模様の服を着、顔は濃紺のスカーフで覆っている。

 同様に、その外見から男女の区別はつかないが、背格好と声から男性であることがわかる。


 ――“魔道院魔道部隊の半数は結界点保持に集中しています。先ほどの魔物による爆破攻撃により防壁の一部が破損。崩れた瓦礫によりナガール兵8名が負傷しております”

 ――“ふむ……”

 ――“それから、ホルヘ部隊長の命により長弓隊80名、うち魔力を持つ12名が、西側から北側にかけての防衛塔上部より、有翼ワームに向け威嚇射撃を開始しました”

「……そうですか(――“わかりました。二人とも、引き続き動向を探ってください”)」

 テオのつぶやくような小さな声に、バスがテオをチラッと見た。


 ――“はっ!”

 コバルトとレニウムは返事をすると、一瞬にして廃屋を越え、その場から消え去った。


「なんでもありません」

 テオはそう言うと、マントを翻してバスの横を通り、街の中心へ向かう道へと歩き出した。

「お、お待ちください!テオ様!」

「うん?」

 バスの焦ったような突然の声に、テオは少し驚いて振り返った。

「どうしたのですか?」

「……そ、その」

 そう言ったバスの表情が酷く動揺している。

 暑い季節でもないのに、すでにびっしょりと汗をかき、どこを見ているのか、その視線が定まらない。

「……ふむ」

 テオは軽くうなずいて、右手をバスにかざした。

 その手が僅かに光る。


「あ……」

 バスは、ハッと我に返ったかのように、自分自身の身体を見回した。


「あまり治癒系の魔法は得意ではありませんが、多少なら気持ちを落ち着かせる魔法も使えます……」

 テオはそう言うと苦笑いして手を下ろした。

「す、すみません……」

 バスはつぶやくように言うと、大きく深呼吸をした。

 そして、突然両手両膝をつき、頭を地面にこすりつけるかと思わんばかりに頭を下げて言った。

「申し訳ございません!フラガ兵が侵攻してきているのは、すべて私のせいかもしれません!」

「えっ?」

 突然のことに、普段冷静なテオも、思わず動揺して半歩後ろにたじろいだ。

「ど、どうしたのですか?」

 バスが、手をついたまま顔を上げる。

 その表情が焦りと不安に満ちている。

「テオ様……。もう一度、先ほどの……、隔離結界をお願いします!」

 バスはそう言うと再び頭を下げた。

 テオは動揺した表情のまま軽くうなずいて、手をスッと振り上げた。

 と同時に、先ほどと同様に、二人を囲む程度の魔法円が現れ、一瞬で消えた。


「……これで、話をしても問題ありません」

 テオはそう言うと軽く深呼吸し、冷静さを取り戻した。

「あ、ありがとうございます……」

 バスはそう言うと、その場に正座した。

「バスさん、……どういうことなのですか?」

 テオの問いに、バスが視線を伏せたまま答える。

「テオ様の見たという未来……、その中に現れた“影”……。もしかしたら、私かもしれないです……」

 テオが訝し気な顔をする。

「なぜ、そう思うのですか?」

「そ、それは……」

 バスは言葉尻を濁すと、何かあきらめたような、吹っ切れたような顔をした。

 そして、膝についた砂ぼこりを払いながら、ゆっくりと立ち上がる。

「……」

 少しの沈黙の後、おもむろに口を開く。

「それは、私が“バスィエル”だからです」

 バスは何かを決意したように、強い視線をテオに送った。

「!?」

 テオは予想外の言葉に、驚きのあまり変な声を上げそうになった。

 それを飲み込むように、大きく呼吸をすると、瞬時に冷静さを取り戻しバスを見た。

「“影”の正体が、あなただというのですか……?フム……」

 テオはそう言うと、顎に手を当て難しい顔をした。

(確かに私の“予見”では、異世界の方を見ることができない……。それは異世界のモノの力が、この世界の運命を大きく変えてしまう要素を持っているから……。しかし……)


 バスがバスィエル?

 にわかには信じられない事だ。


(だが、ルイさんと行った幻獣生成のあの一件。あの騒動でまっさきに亜型を捕まえたのはこの男。しかもルイさんの話では、何らかの方法で異世界に通じている……)


 ふと、ルルアが一瞬頭をよぎった。

(そうでした。この者はルルアさんとも通じている……。となると、何かしらの魔道具を使って異世界に通じていた、とも考えられますね……。ですが、今はそれを推測している時間はない)


「テオ様……。信じられないかもしれませんが、そうなのです。私はバイエモンの側近、バスィエルなのです!私自身も信じられませんでしたけど……」

 バスはそう言うと、僅かに肩を落として視線を下げた。

 テオはバスの様子をチラッとうかがった。

 バスは視線を落としたまま、唇を固く結んでいる。

(……この状況で、嘘を言っているとも思えませんね……。確かめて……みますか)


 不意に、バスの右手をテオが掴んだ。

「へっ!?」

 バスは驚いて半身に構え、テオを見た。

「失礼……。先ほど推測したあなたの魔力レベルを確認したのです――」

 テオは冷や汗交じりにそう言うと、僅かに引きつったような笑みを浮かべ、バスの手から手を離した。


(なるほど……。この世界の魔力の下に、微かにバイエモンと同じ異世界の魔力の波動を感じますね……。この男、間違いなく異世界の者……。魔道院内部に異世界の……、しかもバイエモンの息のかかった者がいたとは……)

 テオは僅かに顔をしかめた。


「そ、そうなんですか……」

「――……あなたの魔力が、どれほどのモノなのかと思いましてね……」

「ど、どうなんですか……?私の魔力……」

 バスは、テオに握られた手くびの辺りを気にしながら言った。

「ほぼ推測の通りでしたが……、予想外に闇属性が強いですね」

「ぞ、属性!?魔力にも属性があるんですか?」

 バスは、驚いた顔をして言った。

「えぇ。魔力にも相性があるのです。その相性により属性がわかります。水と親和性の高い魔力をもつ場合は水属性、炎により強く反応する魔力を持つなら火炎属性、と、このような感じです」

「ということは……。私は闇と相性がいいわけですね。……うん、なんだかわかる気がします」

 バスはそう言うと苦笑いした。

 そして、すぐに真剣な顔をして言う。

「テオ様……。その予見、詳しく教えていただいてもいいですか?」

 テオはゆっくりうなずいた。



「……なるほど、そうなんですね。フラガ侵攻の大義名分……」

 バスは、テオから話を聞き、納得するようにつぶやいた。

「バスさんがバスィエルであるとフラガが気づいているとは思えませんが、少なくとも予見とバスさんの話から、フラガはバスィエルがナガールにいると確信しているのでしょう。でなければ、ルーシュに駐留している戦力のほぼすべてを出撃させるとは思えません」

 テオの話に、バスはじっと足元に視線を落としていた。

 そして、顔を上げテオを見る。

「テオ様……。私がここから……、ナガールからいなくなれば、フラガがナガールに侵攻する理由がなくなるわけですよね……?」

 テオが首を横に振る。

「バスさん。事はそう簡単ではありません。そもそも、バスィエルさんがナガールにいるという魔道院でも知りえなかった情報を、なぜフラガが知っていたのか。……まぁ、裏付けがあるわけではありませんが……」

 バスはテオの言葉にハッとした顔をし、真剣な目つきでテオを見た。

「テオ様!私を疑っているのですか!?私がフラガと……、バイエモンと内通していると!――」

「!!」

 テオは驚いた顔をした。

「――断じてありません!……わ、私は……。記憶を失ってからの六年、ずっとデグレードの方々にお世話になってきました。私がバスィエルであると知ったのも、ルルア先生の“記憶をたどる箱”があったからこそ……。今更、バイエモン側に行くつもりなどありません!」

「…………」

 バスはそう言うと、突然マントを脱ぎ捨てた。

「なっ、何を!?」

 テオが焦ったように言う。

 バスはさらに、魔道院の制服である青い魔道服も脱ぎ始めた。

「私がここにいることで、フラガからの脅威にさらされるというなら、私はナガールを出ます!そして、フラガ侵攻を食い止めます!……フラガ軍の後ろには、絶対バイエモンがいる。なら、私以外、この戦を止められる者はいません!」

「ま、待ってください、バスさん!……今、あなたがここを出たところで、この流れを変えられるとは思えません」

 テオはそう言うと、バスを制止するようにその前に立った。


 魔道服を脱ぎ捨てたバスは、簡素なノーカラーのシャツとひざ丈のステテコのような服装で、まるで休日か風呂上がりのお父さんといったような格好だ。


「いいえ!変えて見せます、この流れ。テオ様も言ったじゃないですか。予見で見えた“影”が流れを左右するって……。だから、私は……」

 バスはそう言うと、テオの制止をすり抜けて瓦礫まみれの路地を西に駆けて行った。

(ミラやルルア先生の暮らすこの国を、守らなくては……)


「バ、バスさん!」

 テオは焦ったように叫んだ。

 バスは、崩壊した建物を軽々と飛び越え、あっという間に見えなくなった。

「なっ……。何ということだ……」

 テオは呆然としたように、バスの去って行った方角を見つめた。

 そして、苦虫を噛み潰したような顔をする。

(バスィエルが行方不明でフラガ魔道士が探索に出ている、という情報は魔道院でも得ていましたが、……バスさんが内通者でないとしても、フラガの息のかかった者がナガールにいる可能性は否定できませんね)


 ――“ルテニさん……”

 テオは精神感応により呼びかけた。

 ――“はっ!”

 すぐに返事が来る。

 ――“ナガールにフラガの間者が潜んでいる恐れがあります。軍部や魔道院だけでなく、市民にも探りを入れてください”

 ――“かしこまりました”


 ――“そしてガドリさん……”

 テオはもう一人の諜報部員に呼びかけた。

 ――“はっ!”

 やはりすぐに返事が来る。

 ――“彼を……、バスさんを追ってください”

 ――“すでに”

 ――“さすがですね。そのまま見失わぬよう……”

 ――“承知”


 コバルトやレニウムと同じように、隠密に働く配下に指示を出したテオは、埃っぽい破損した石畳に残されたバスの服を手に取った。

 そして、目を細めてじっとそれを見る。

「……(私の見た予見からは……、少し逸れましたね。もしかするとこの動き……)勝機はこちらに向いたかもしれませんね」

 テオはバスの魔道服をマントに包んで持つと、地面を蹴り、防壁よりも高く飛び上がった。そして西に向き、空からバスの後を追う。



 空は西から雲が切れ、朝の青空が広がり始めていた。

 しかし南東側は、ジニマルの残していった低く垂れこめる暗雲が、登ってきた太陽を濃く隠している。


 北側防壁では、シオウルの魔物どもとナガール兵による攻防戦が続いていた。


 西側の防壁では、防衛塔から、赤いスカーフをした長弓兵たちが矢を切らすことなく空に向けて放っていた。

 その矢は魔力を帯び、その先端が僅かに青く光る。


 有翼ワームは、目視でその背に乗ったフラガ兵の動きが確認できるほど近づいていた。

 魔力をもたない長弓兵たちも、魔力を持った弓兵に混じり、雨のごとく矢を射っている。

 それはもはや威嚇ではなく、防衛戦の構えだ。


 有翼ワームに乗ったフラガ兵は、飛んでくる矢を魔杖で振り払いながら、じわりじわりとナガール上空に向け進んでいた。

 その数が僅かに減っている。


「奴らの攻撃魔法は、あそこからの距離ではまだこちらに届くことはない!射てー!手を休めるなー!後方支援班は矢の補充を速やかに行え!絶対にナガールの上空に近づけてはならん!」

 長弓部隊の隊長らしき男が手に旗を持ち、防衛塔から少し離れた櫓の上から叫んでいる。

 防壁の内側では、後方支援班が弓と矢の補充に当たっていた。


 各防衛塔の上の魔晶石の前には、魔道院の赤属帯の魔道士が三人ずつ、魔晶石に魔力を送っている。


 突如、町の方角から、下着姿のガタイのいい男が飛び出してきた。


 男は後方支援班の兵士の間を縫って、防壁前に来ると、勢いよく飛び上がり、あっという間に防壁を越えて外に出て行った。

「なっ、なんだ今のは!?や、止めー!射ちかた止めー!!」

 櫓の上に乗っていた男が、慌てたように言った。

 補充に当たっていた兵士たちも驚いたように顔を見合わせた。

 防衛塔で矢を射ていた兵士たちも、突然の攻撃中止命令に焦ったように櫓を振り返った。


 その視界の空を、市街地から西に向けて飛んで行く人物が目に留まる。

 長弓隊長もその視線に、釣られるように空に目を向けた。

「テ、テオ様!」

 テオは、下着姿の男の後を追うように、あっという間に防壁を越えて町の外に出て行った。


 西の空は、防衛塔から弓矢による攻撃が止んだことで、有翼ワームが勢いよく向かってくるのが見えた。

「た、隊長!ワームが、ナガール兵が!早く、攻撃指示を!」

 防衛塔で弓を構えていた兵士の一人が焦ったように叫んだ。

「だ、ダメだ!今、射てば、テオ様や、さっき通って行った変なやつに当たってしまう……」

「構いません、射ってください」

 不意に長弓隊長のすぐ後ろで、低い声がした。

「だ、誰だっ!?」

 振りむこうとした瞬間、腕を掴まれ、動きを制止される。

「うぐっ……」


 気配も無く、影のようなその者は、背後から静かな口調で言った。

「お静かに……。私の所属は“六方最密”と言えばわかりますか?」

「ろっ、……隠密部隊かっ」

「テオ様はあなた方の弓矢に当たるほど、鈍感ではありません。攻撃の手を止める必要はありません。続けてください」

 低い声はそう言うと、隊長の手を離し、一瞬にしてどこかへ消え去った。

「……くっ」

 長弓隊長は苦い顔をすると、防衛塔に声を張って言った。

「射てー!攻撃再開!射てー!」

 その声に、弓兵たちは弓を構え、次々に矢を放った。



 バスは雨のごとく降る矢をすり抜け、ナガール防壁外の荒野を、有翼ワームの真下めがけてすごい勢いで走っていた。

 それを、テオは上空の低く垂れこめた雲ギリギリの高さから追っていた。

 時折、テオの眼下を、赤属帯の弓兵の射た矢が勢いよく飛んで行く。


(バスさん……、いやバスィエル……。その記憶を失う呪詛をかけたのがジニマルと聞いていますが、ジニマルが弱体化している今、その術が解けないとも限らない……。この戦況をバスさんに期待するのは、大きな賭けでしょうか……?)

 テオは強張った顔をしてじっとバスの様子をうかがった。


 万が一、この状況下においてバスィエルとしての記憶が戻ってしまったら……。


 不安が心を覆う。

 テオのこめかみに、珍しく冷や汗が流れた。


 ――午前5時10分

 防壁からかなり離れた西側の荒野。

 足元には無数の矢が突き刺さっている。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 バスは息を切らせ、足を止めると上空を見た。


 ナガール兵の放つ矢に、足止めを食らっている有翼ワームたちが真上にいる。

 有翼ワームに乗ったフラガの兵が、時折、魔杖を振りかざし炎の盾を作って、矢をしのいでいるのが見える。

 騎乗のフラガ兵はグレー味を帯びた茶色いマントをまとい、胸元と腰回りにのみ簡素な鎧を付け、その服の胸にはフラガの印である双頭の蛇の紋様が描かれていた。


「くっ!あいつら!フラガの援軍が来る前にケリをつけてやる!」

 バスは怒ったように言うと、鋭い目つきで上空を睨んだ。

 そして、強く両手のこぶしを握る。


 テオはバスよりも手前の空中の高い位置で止まり、眼下の様子をうかがった。

「バ、バスさん!?」

 テオよりも下に、有翼ワームたちが矢を避けるように入り乱れ、さらにその下の荒れた地面にバスがいる。

「何をするつもりですか!バスさん……。あなたの魔力の波動が……」

 テオが驚愕した表情を浮かべる。


 僅かに感じる、地鳴りにも似た魔力の波動。


 出所はもちろんバスだ。


 バスは、一つに結っていた髪がほどけ、人が変わったかのような形相で上空のフラガ兵たちを睨んでいた。


「バス……、いや、これが彼本来の……、バスィエルの魔力の波動……」

 テオは顔を強張らせ、バスから流れてくる魔力の波動を感じ取った。

(恐ろしい……。これほどの力を持っていたのですか……)

 いつの間にかテオの顔が青ざめている。


 それはバイエモンには劣るものの、相当の魔力だ。

(1対1なら、私も勝てるかどうかわかりませんね……)


 突然、有翼ワームたちがフラガ兵の言うことを聞かず、暴れ出した。

「な、何だっ!?」「どうした!?」「う、うわぁぁぁぁぁっ」

 騎乗しているフラガ兵たちが次々に焦ったように叫び、バランスを崩すまいと必死に手綱を握っている。


 テオはその様子をじっと見た。

(異世界の魔力に反応しているようですね……)


 バスィエルから発せられる異世界の魔力の波動は、バイエモンが放つ魔力と同じ波動だ。

 有翼ワームたちは、不意に現れたバイエモンと同じ魔力の波動に混乱していた。


 バスが、有翼ワームたちに向かって両手を勢いよく突き上げた。

 その途端、バスから雷にも似た赤黒い閃光が発せられ、上空にいる有翼ワームの何体かに激しく当たった。

 まともに当たった1体はフラガ兵ごと木端微塵に吹き飛び、もう数体は翼や胴体が複雑に切れて落下し、地面に激しく激突した。

 その衝撃でフラガ兵も吹き飛び、息絶えた。


 残った有翼ワームの騎乗兵が焦ったように地面を見下ろしている。

「な、何が起こった!?」

「あいつだ!あそこにいる半裸のヤツだ!」

 フラガ兵の一人が、暴れる有翼ワームの手綱を押さえながらバスを指さした。

「ちぃ!アイツかぁ!」

 フラガ兵の一人が、暴れる有翼ワームに見切りをつけ、その背から飛び降りた。

 そのままバスめがけて魔杖を振りかざす。

 その途端、魔杖の先から3メートルはあろうかという薄紫色の魔法円が複雑な紋様とともに浮かび上がった。

 魔法円は瞬時に消えると8つの光の玉となり、それが鋭い針となってバスめがけて飛んだ。


 バスは両手を上空に掲げたまま、力を込めた。

 フラガ兵の放った針は、バスの頭上に現れたドーム状の覆いに弾かれた。


 テオは唇を固く結んだ。

(あれは中級攻撃魔法“光針”……。魔道階位赤属帯上位以上でなければ使えないもの……。フラガ兵の魔力、読み違えていたようですね……)

 無意識に、抱えていたバスの魔道服を強く握る。


 針を放った魔道兵はバスから少し距離を取って着地すると、すぐに体勢を立て直し魔杖を地面に突き立てた。

 そこから炎が上がり、バスめがけて勢いよく炎が地面を走る。


 宙にいた有翼ワームの1体がバスの背後から一気に降下している。


 バスは掲げていた手を下ろし、向かってくる炎を受け止めるように両手を向けた。

 炎がバスに到達した瞬間、大きな閃光と爆音とともに、バスが吹き飛んだ。

 そして、背後から降下していたフラガ兵が魔杖を構え、先ほどのフラガ兵と同じ“光針”の魔法をバスめがけて打ち込んだ。


 その針が地面に突き刺さって起こす爆風により舞い上がった砂煙で、バスの様子がわからない。


「くっ……(バスィエルの魔力が強くても、数で押されていますね……)」

 ――“申し上げます。テオ様”

 突然、テオの頭に声が聞こえた。

 ――“ベリーさん!ど、どうしました!?”

 テオは、焦ったように言った。

 ――“はっ。王都デグレードに、バイエモンの眷属と思しき魔物どもの軍勢が向かっております”

「なっ!!……」

 テオはその言葉に驚愕し、思わず言葉を失った。

 ――“数は把握できておりませんが、ここ数年の襲撃としては最大規模になるかと……”

 テオは自分自身を落ち着けるように、大きく深呼吸をした。

 そして、僅かの間目をつむる。

「…………ふぅ」

 肩で大きく息をすると、ゆっくりと目を開け言った。

 ――“マグネシアさんと協力して情報を集めてください。そして、それを院長とベトール君に伝えてください。何かあったらベトール君の援護をお願いします。ただし、あくまでも秘密裏に……”

 ――“かしこまりました”


 ――“テオ様”

 次の精神感応通信が入る。

 ――“ガドリさん!”

 ――“先ほどの攻撃よりバスさんを保護しました”

 ――“ありがとう”

 ――“しかし……”

 テオは顔をしかめた。

 ――“どうしました?”

 ――“我々二人、包囲されています”


 テオは、眼下に流れる砂煙に目を凝らした。


 暴れる有翼ワームに見切りをつけ、飛び降りたフラガ兵数人が砂煙を囲んでいる。

 空中には、まだ5人ほど有翼ワームに乗ったフラガ兵が下の様子をうかがっていた。

「くっ!」

 テオは苦い顔をした。


「バス様……、囲まれています。気を付けてください」

 ガドリとバスが、背中合わせで砂煙の中にいる。

 バスは、両腕に炎を受け止めた時についた火傷の痛みに顔をしかめながら言った。

「あ、ありがとう……。助かった。うっ」


 ガドリは黒と緑のまだら模様の動きやすそうな服に、フードを深くかぶり、濃紺のスカーフで顔を覆っている。

 体格は細身でバスよりも少し背が高く、声から男性であることがわかる。

 右手にはクナイを持ち、その柄の部分に通した黒い紐をたるませ左手に回している。

 クナイは僅かに青みを帯び淡く光っていた。


「動けますか?」

 ガドリが問う。

「あぁ……。誰かわからないけど、大丈夫。こんなの大したことはないよ」

 バスはそう言うと、引きつった笑みを浮かべた。


 突然二人の上空で、閃光とともに巨大な爆発音がいくつも鳴り響いた。

 バスが驚いて空を見上げる。

「バスさん、私のクナイの向かう方向に走ってください」

 ガドリは音を気にする様子も無く、淡々とした口調でそう言うと、持っていたクナイを水平に思い切り投げた。


 バスは頷くと、クナイの紐をたどって、言われた方向に走った。


 砂煙が晴れる。


 そこには、ガドリのクナイが額のど真ん中に突き刺さり、悲鳴を上げることなく絶命して立ち尽くしているフラガ兵の男がいた。

「!なっ」

 バスが驚愕に目を見開く。

 その瞬間、クナイが勢いよく抜け、後方に飛んでいった。

 男から血しぶきが飛ぶ。


 いつの間にか、防衛塔からの弓矢の射撃が止んでいる。


 バスは走っていた足を止め、後ろを振り返った。


 そこには地面すれすれを滑空するかのように飛ぶガドリの姿があった。

 取り囲んでいたフラガ兵は足元によどんだ砂ぼこりからの攻撃に呆気にとられ、魔杖を振りかざす暇も無く、次々とうめき声を上げ倒れていった。


「なっ……」

 バスはその様子を呆気に取られてみた。

 ガドリの使役するクナイが、まるで生き物のようにうねり、フラガ兵たちを次々と貫いている。


 地面に降りていたフラガ兵6人は、僅かの間に一人残らず絶命していた。


 ガドリは着地すると姿勢を直し、先ほど立っていた場所まで戻った。そして紐を手繰り寄せ、クナイを手元に戻すと、片膝をついて頭を下げた。


「うん。さすがですね……」

 その声に、バスが慌てたように振り返る。


 いつの間にか、ガドリの跪くその方向から、テオがゆっくりと歩いてきていた。

 見れば、テオの少し後ろに、砕けた有翼ワームの死体が、同じように砕けたフラガ兵の死体とともに積み重なっている。


「テオ様。地上に降りた有翼ワーム騎乗兵の処理を完了いたしました」

「そのようですね……。ご苦労様です。では、戻ってください」

 テオが淡々とした様子で言うと、ガドリは「はっ!」と返事をし、風のようにナガールの方向に飛び去って行った。

「テ、テオ様……。一体……?」

 テオが僅かに微笑んだ。

「バスさん、あなたの力強い交戦ぶりに、私も少しばかり本気になってしまいました」

 そう言うと後ろを振り返り、山積みになった死体を見た。

「さ、先ほど上空で爆発した音はこれでしたか……」

 バスが冷や汗交じりに言った。

「えぇ。1体はあえて取り逃してあります。今頃、後方からくる部隊に報告しているでしょう……」

 テオはそう言うと、バスに魔道服を差し出した。

 そして苦笑いをして言う。

「バスさん……。さすがにその恰好は……。魔道服には多少防御魔法が施してありますから着た方がよろしいかと……」

「い、いやぁ……」

 バスは苦笑いをすると、戸惑いながらも魔道服に手を伸ばした。

 テオが少し驚いてバスの両手を見る。

「怪我をしていますね……」

「た、大したことはありません……」

 テオはバスに向けて手をかざした。

 その手が光り、バスの身体を包む。

「あ……傷が……」

 バスは自分の両手を見つめた。

 赤黒くただれ始めていた手が、みるみるうちに何事も無かったかのように癒えていった。

「ありがとうございます……」

 バスはそう言うと苦笑いをして服を受け取った。


 テオは、西の方角に目を向けた。

 荒野の先に、背の高い木がいくつか並んでいる。

 その奥はセパル川が北から南へ流れ、低木の森が広がる。


 バスも同じように西に視線を向けた。

 そして、何か考えるように言う。

「テオ様……。やはり、この服は受け取れません」

 テオがバスを見る。

 遠い目をしたその横顔は、どこか寂しそうだ。

「私には、まだやることがあります。私が……、バスィエルが魔道院に所属しているとなれば、バイエモンは王都を……魔道院を狙ってくると思います。だから、私が魔道院と関わりがあると知られるわけにはいかないんです――」バスはそう言うと、魔道服に視線を落とした。

「――テオ様。……この服は、魔道院にお返しいたします」

 バスが魔道服をテオに差し出した。

 テオは一瞬考え、軽くうなずいた。

「わかりました。では、この服は私が預かりましょう。ですが、あくまで預かるだけです。必ず返却します。バスィエルではない、バスさん、あなたに」

 テオは僅かに微笑み、バスから魔道服を受け取った。


 いつの間にか、少し離れたテオの後ろにレニウムが片膝をついて控えている。

 バスはその影のような人物に驚いた顔をし、半歩後ろに下がった。

「テ、テオ様、その方たちは一体……?先ほど私を助けてくれた方と同じ服装……」

「……あぁ、彼らも魔道院に所属する魔道士ですよ」

「え!?で、ですが魔道服じゃない……見たことのない服装……」

「……表には出てこない部署もあるのです……」

 テオは低い声でそう言うと、視線だけ後ろに向けた。

 バスは強張った顔をして、テオの後ろに控える人物を見た。

「……(噂に聞いていた諜報部……。隠密部隊の名前はたしか“六方最密”……。実在していたんだ……)」


 レニウムがテオのそばに寄り、布状の物をテオに手渡した。

 テオはそれを頷いて受け取ると、レニウムは再び目にもとまらぬ速さでナガールの町の方へ去って行った。


「バスさん。これを……」

 テオがレニウムから手渡された布を、今度はバスに差し出す。

「これは?」

「さすがに、下着姿というのはいけません。急ぎで調達させたものですから、サイズが合うかわかりませんが、魔道服がダメというなら、せめてそれを着てください」

 それは、浅い茶色の上着と、濃いめのカーキ色のゆったりしたズボンだ。

 バスはサイズを確認すること無く袖に手を通した。

 その様子をテオが目を細めて見る。

「バスさん……。あなたの言う通り、王都デグレードにバイエモンの眷属が向かっているようです……」

「くっ!」

 バスはその言葉に大慌てでズボンを穿くと、腰紐をきつく縛った。

「やはり……。ナガールは陽動でしたか」

「……わかりません――」

 テオは厳しい表情を浮かべた。

「――“予見”では情景が見えるだけで、その背後にある思惑の部分までは現れないのです。フラガの裏で糸を引いているのは、間違いなくバイエモンでしょう。……ですが、今回の侵攻の本当の目的は何だったのか……。ジニマル弱化を契機としデグレードを滅ぼすのであれば、あのバイエモンの性格からして、このようなまどろっこしいことはしない気はしますね……」

 テオはそう言うと顎に手を当て、少し視線を落として宙を見た。

「本当の目的は何なのか……」

「……ロジュス――」

 バスがつぶやくように言う。

「――あの男は、バイエモンの参謀。こんな風に兵を動かすことを考えるのは、あの男の入れ知恵あってこそだと思います。そもそも、バイエモンや私たちがこの世界に来た理由は、元の世界での魔力の枯渇……」

「……枯渇?」

 テオは少し驚いた顔でバスを見た。

「えぇ。ルルア先生に作ってもらった“記憶をたどる箱”で見た、過去の私の記憶では、元の世界では“魔力の泉”が……、こちらの世界でいうところの“力場”と呼ばれる、魔力が湧き出る場所が、枯渇してしまったのです。だから、より強い力を持つ“魔力の泉”を求めてこの世界に来たのです」

 テオはハッとした顔でバスを見た。

 バスもテオの顔を真剣な眼差しで見ていた。

「ということは、バイエモンの狙いは“カロの森”の“力場”!?」

 バスは頷いた。

「だと思います。……だからこそ、ジニマル弱化を好機ととらえて襲撃をかけてきたんだと思います」

「……ふむ」

「テオ様!ここは……、ナガールは私が守ります!ですからテオ様は王都に戻ってください。川向うにいるフラガの後続兵は、指揮官さえ討ってしまえば撤退するはず」

「ですが、後続兵はコカトリス騎乗の法撃魔道兵が80ほどおります。それに加え補助魔法隊も10……。さすがにバスさん一人では……」

 テオは言いかけた言葉を途中で濁し、ナガールの防壁を振り返った。

 バスも釣られるように防壁を振り向く。


 防壁前から濃紺のマントをまとった人物を先頭に、六本足の魔物化した馬“スレイ”に乗った王国軍の王都援軍部隊が、砂ぼこりを上げテオたちの方に向いて猛スピードで駆けてきていた。その数100騎。


「バスさん一人ではなさそうですね……」

 テオは僅かに微笑んで、つぶやくように言った。

「あれは、王都の精鋭部隊、魔道騎士団!」

 バスも緊張の中に僅かに笑みを浮かべ力強く言った。


 魔道騎士団は砂ぼこりを上げ、あっという間にテオたちの前に来ると、整然と並び、先陣を切っていた男が葦毛のスレイを降りて、二人の前に立った。


 そしてバスに向け、胸に手を当てると軽く頭を下げた。

(あれ?この人……、テオ様に似てる?)

 バスはその男の顔をじっと見た。


「魔道騎士団団長、レオ・フェリンです。侵攻するフラガ兵の殲滅にまいりました!」

「レオ・フェリン様!?」

 バスはその名前に動揺して、テオとレオの顔を交互に見た。

 レオは薄い空色の髪に、テオを若くしたような見た目をしている。

 テオが照れたように言う。

「私の息子です……」

「へっ!?」


 テオは騎士団を見回した。

「レオ。騎士団は全員ではありませんね。連絡では、あと50騎ほどあったかと思いますが……」

「はい。ナガールに到着する直前、王都の西に不穏な動きアリとの緊急連絡を受け、青属帯の50騎を王都に戻しました。ですが、ここにいる騎士団はほぼ青属帯の魔力をもつもので構成され、赤属帯階位の者10名も、剣技の立つ者たちばかりです。それに私と同じ“上紺”の階位の者も5名ほどおります」

 レオはそう言うと、先頭に整列する“上紺”のマントをまとった騎士兵を指示した。

 騎士兵は、青地に白の星形の紋様の入った盾と、よく手入れされた槍、または魔杖を持ち、マントと内側に着た服の胸にも同じ紋様の入った装備をしている。

 “上紺”以外の階位の者は、浅いグレーのマントを羽織り、階位と同色のスカーフを巻いている。

 その姿は気高く気品に溢れたものだ。


「た、頼もしいですね……」

 バスは、初めて間近で見る騎士団に敬服した様子で言った。

(たしかレオ様は、リザ様とのお子さん……。テオ様に匹敵する魔力を持っているとか……)


「我々以外にも、王都より歩兵部隊がナガールに向け進行中です。我々は、領地内に不法に侵入し、この戦を起こしているフラガ兵の殲滅を命じられております。偵察班からの連絡では、セパル川に架かる橋が何者かにより二か所落とされ、それによりフラガ兵は川越えに難航しているとのこと。こちらの岸より、騎士団魔法小隊が魔法戦を展開いたします」

「ふむ……(橋を落としたのはコバルトさんですね。良い働きです)。……対空の備えを忘れてはいけません。フラガ兵の中にはコカトリスを乗り捨てて、空を飛んでくるものもいるでしょうから」

「はっ!」

 レオは軽く頭を下げ返事をすると、颯爽とスレイに乗った。

「では、行って参ります!」

 そう言って手綱を取り、西に向けて勢いよく駆けて行った。


 テオとバス、二人の目の前を、たくさんのスレイが砂煙を上げ通り過ぎて行く。

「テオ様!私もセパル川に向かいます!」

 バスはそう言うと、テオに深々と頭を下げ、スレイの後を追うように駆け出した。

「お待ちください!」

 テオがとっさに呼び止める。

「はいっ!?」

 バスは慌てたように振り返った。

 テオがバスに手をかざす。

「……(対攻撃魔法強化。身体能力上昇。防御上昇。結界魔法上掛。……治癒能力向上)」

 テオが何やら小声でテレマを唱えると、次々とバスの身体が光りに包まれた。

「こ、これは補助魔法!?(テオ様は、補助魔法も使えるのか!すごい)……あ、ありがとうございます!」

 テオがテオ下ろすと、バスの身体から光が消えた。

「私は、お言葉に甘え王都に戻ります。今かけた補助魔法の効果は、それほど長くはもちません。どうか、無事に戻ってきてください……」

 テオは僅かに微笑んで言った。

「…………」

 バスは無言のままに頭を下げると、そのままスレイの後を追って、猛スピードで西に走って行った。


 ――午前6時10分 


 ナガール編 了

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