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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
54/71

第38話 早朝の一報

 カロ屋の休憩室。


 制服姿のアリサが、隅に置かれたテーブルの前に座り、しかめっ面で食パンをかじっている。

 流し台前では、茂が湯呑にお茶を注いで一息ついていた。

「結局あの化け物はなんだったのよ?」

 アリサの問いに茂が急須を片手に振り向いて答える。

「異世界の龍神様だそうだ」

「……龍神?」

「うむ。龍神様と言えば水の神様だな。異世界の龍神様も水の神様なのかはわかんねーけどよ、神様が店に来るなんて、すごい話だぜ、ガハハ!」

 茂はそう言うと、湯呑を片手にアリサと斜に向かう位置の椅子に座った。


 魔物化していた茂の身体は、“魔力を奪う雨”のおかげですっかり元に戻っている。


「ベトールさんからよ、元に戻るには一週間はかかるって言われたときは、どうしようかと思ったけどよ、いやー、雨のおかげであっという間に元通りだぜ。これも龍神様のおかげかもしれねーな、ガハハ!」

 茂はそう言うと上機嫌に笑った。

 アリサがあきれた顔をする。

「……まぁ、戻ったに越したことはないけどね」

「だな!今日は遅れた分も取り戻さないといけねーからよ、忙しくなるぜ」

「あっそ。じゃ、頑張って」

 アリサはそう言うと椅子から立ち上がり、カバンを肩にかけた。

「おう!もう学校行くのか?まだ早いだろ?」

「うん、クラスマッチの準備、メイとシズクに頼みっぱなしだからね。朝早めに行って、少しやろうと思って」

「そうか」

 アリサは玄関に続く戸の前から振り向いて言った。

「帰りも遅くなるから」

「おぅ、行ってらっしゃい!」

 妙に揚々とした茂に見送られ、アリサは玄関から外に出て行った。


 茂はアリサのいなくなった休憩室を、腰に手を当てて見回した。

「さーて、早川さんの店舗の件で、須藤さんと打ち合わせもやらなきゃならんし、考えただけでも忙しいぜ」

 そう言って店の中に移動する。


 店の中は、相変わらず薄暗い。


 組子障子側のカウンターに、突っ伏した姿のルイがいる。

「なんだ、ルイ。まだいたのか」

 レジカウンターの内側に入って、茂があきれたように言った。

 その声にルイが顔を上げる。

「……」

「なんだお前、徹夜明けみたいな顔してるぞ」

「な、なんか……。どっと疲れた」

 ルイはそう言うと眠そうに目をこすった。

「早く帰って寝た方がいいな。今日は午前中、休んでいいからよ。その代わり、昨日一昨日と店を閉めていた分、溜まっている発送があるからよ、午後はしっかり働いてもらうぞ!ガハハ!」

 茂はそう言いながらレジの中の現金と異世界の通貨の確認を始めた。


「わ、わかったよ……。じゃ、戻るね……」

「おう!」

 ルイはつぶやくように言うと、あっという間にその身体が霧散した。



 ミヤビがメインモニタの横で、意識の戻った類を心配そうに見ている。

「殿、おかえりなさいませ」

「ただいま……」

「ずいぶんお疲れのご様子。……それにしても神と呼ばれる存在と、対等に話をされるとは、さすが殿にございまする」

 ミヤビは感心したように言った。

「(何がさすがなんだ……)。ありがと。とりあえず、寝る……」

 類はそう言うと、椅子から崩れ落ちるように、すぐ後ろに敷いてある布団に転がった。



 それから一時間もしないうちに類の携帯電話が鳴った。

「なぬ!」

 驚いて、ミヤビがキーボードの横に置かれた携帯電話を警戒するように見る。

「と、殿!またしても、この四角いヤツがブルブルと震えておりまするぞ!」

 そう言って、机の上から類を見降ろした。

 疲れきっているのか、類はぐったりと泥のように眠っている。

「むむむ!」

 ミヤビは携帯電話に付けられた猫のストラップを引っ張り、そのまま机の端に移動させた。

 そして、携帯電話を押して落下させる。

 携帯電話は、一度椅子の座面でバウンドし、類の寝ている布団の上に落っこちた。

 机の上から再び声を張って言う。

「殿!起きてくだされ。どなたかから通信ですぞ!」

 しかし、類は布団の上で死んだように眠り、起きる気配を示さない。


 そうこうしているうちに、振動していた電話がその動きを止めた。


「……。静かになりましたな……」

 ミヤビは机の上から携帯電話を見下ろして、つぶやくように言うと、メインモニタに向きをかえた。

 そして器用にマウスを操作し、時代劇の動画サイトの視聴を始める。


 再びすぐに携帯電話が鳴った。

「むむむ!まだ、始まったばかりというに……」

 ミヤビは時代劇のオープニング画面を気にしつつ、振り返って再び机の上から布団を見下ろした。


 類が目をつむったまま携帯電話を探っている。

 そして猫のストラップが手に触れると、起き上がることなくそのまま手探りで通話ボタンを押した。

「……は、はい?」

 ――「類!大変だ!今すぐルイちゃんで来い!」

 電話の主は茂だ。

 焦ったような声で矢継ぎ早に言う。

 ――「今、店にディルメイちゃんが来てるんだ!王都で何かあったらしい」

「ん……?え?……」

 類は眠そうな目をこすり、上体だけ起こすと、そのままぼんやりと携帯電話を見つめた。

 ――「とにかく、早くだ!大至急来てくれ!」

 電話はそのまま切れた。

「……?」

 類は首を傾げた。

「殿……。先ほどの声は、殿の叔父上にございまするな」

 机の上から見下ろして、ミヤビが言った。

「そうだね……」

「して、いかがなされるのでございまするか?」

「うーん……」

 類はそううなると目をつむり、携帯電話を握りしめたまま布団に転がった。

 ミヤビが心配そうに言う。

「よろしいのでございまするか?何やら緊急事態のご様子。店の方にどなたか見えられているようですが……」

 その声に類が顔をしかめる。

「殿……?」

「うぅぅーん。仕方がない……」

 類は眠そうな顔のまま、勢いをつけて起き上がった。

 そして、思いきり伸びをすると、意を決したように椅子に座る。

「ミヤビ、また“ルイ”で出てくる」

「ははっ!お身体は某がしっかりお守りいたしまする。しかし、殿はずいぶんお疲れのご様子。どうぞお気をつけて……」

「うん。ありがとう……」



 暗いカロ屋の店の中、不安げな表情を浮かべたディルメイが、落ち着かない様子でカウンター前に座っている。


「まぁまぁ、すぐに来ると思うからよ、茶でも飲んでくれよ……」

 カウンターの内側で湯呑を差し出し、茂が苦笑いをして言った。

 ディルメイは、座った丸い椅子をカタカタと揺らし、しきりに組子障子を気にしている。

(ル、ルイ様……、早く……。早く……)

「しっかし、一体王都で何があったんだ?今朝の大雨と何か関係があるのかい?」

 茂は困ったように笑って言った。

 ディルメイは答えることなく頷いて、無言のまま視線を落としている。


 一瞬、僅かに店の中が明るくなった。

「ルイ様!?」

 ディルメイがそれに気づき、慌てたように振り返る。


 組子障子の戸の前、疲れた様子のルイが、顔色悪く立っていた。

「おう、ルイ。大丈夫か?」

「う?うん……」

「ルイ様!」

 ディルメイは思わず椅子から立ち上がり、ルイに抱き着いた。

「!?へっ」

 ルイは驚いて、その勢いに僅かに足元がふらついた。

「ルイ様!ルイ様……」

 ルイはカウンターの内側にいる茂を見た。

 茂は困惑した様子でルイを見ている。

「ど、どうしたの?ディルメイ……」

 ルイは抱きついているディルメイの両腕を軽く放し、半歩離れた。

「王都が!王都に魔物の大群が!」

「えっ!?」

「な、なんだって!?」

 茂も驚いた様子でそう言うと、足早にカウンターを回り込み、ルイの横に立った。

「王都に魔物?」

 ルイは訝し気な顔でディルメイに言った。

「ですの!魔王バイエモンの配下の魔物軍が、王都に、王都に……うぅ……。うえーん!」

 ディルメイはそう言うと、途端に声を上げて泣き出した。

 ルイは困ったように額に手を当てて茂を見る。

 茂も困惑した様子で頭を掻いている。


 ルイは大きくため息をつくと、ディルメイをレジカウンター前の丸い椅子に座らせた。

 そして、視線の高さを合わせるように、膝に手をついてディルメイを見る。

「ディルメイ、順番に話してくれないとわからないよ」

 ディルメイは泣きべそをかいたまま大きく頷いた。

「……昨夜の夜遅くに、院長名の一斉召集がありましたのですの……。でも、私はシア様から連絡を受けて、ラキュート様とフーナプラーナの防衛に当たっていましたの……」

「(一斉召集……?シア?ラキュート?誰それ?)……そ、それで?」

「王都では、警戒レベルが最大まで引き上げられて、魔王ジニマルの魔力が流れてくるのを防衛していましたの」

「魔王ジニマル……。(マルのことだよな……?確かに、あの冷たい魔力、まともに喰らったらたまったもんじゃないな……)ふむ」

 ルイはそうつぶやくように言うと、姿勢をかえ、レジカウンターに寄りかかった。

(やっぱ魔道士ってすごいんだな。王都の連中は、昨夜のうちからマルの魔力に気付いてたのか……。俺たちなんか、まださっきの話だもんな……)

 ディルメイがハッとしたように顔を上げルイを見た。

「そういえばルイ様!カロ屋さんは大丈夫でしたの!?魔王ジニマルが森の上空に引っ張られて行くのを見ましたの。ベトール様、何度もルイ様に呪符通信を送ったみたいなのですが、届かなかったらしいのですの……」

「そ、そうだったんだ……。呪符通信……、確かに届いては無かったな。ま、でも、俺たちは大丈夫だったよ……。(そっか、雨のせいで届かなかったのかな……)」

「お、おぅ。ディルメイちゃん。うちは大丈夫だ。雨で表がぬかるんでるって程度だ」

 茂はそう言って苦笑いをした。

 その言葉にディルメイは安堵の表情を浮かべた。

「良かったですの。森には“魔力を奪う雨”がずっと降っていましたし、空にはジニマルがいましたから、森に近づくことができませんでしたのよ……。なので、雨が止んだのを見計らって、私が森の様子を……、ルイ様に力を借りるためにカロ屋さんの様子を見に来ましたの!」

「そ、そうだったんだ……」

 ディルメイは、視線を落とし暗い表情になった。

「それで……。ジニマルが“カロの森”に来たせいで……」

「うん?……どうしたの?」

 ディルメイが、また泣きそうな顔でルイを見上げる。

「ナガールが……。ナガールがシオウルの魔物とフラガの魔道士に襲撃されていますの……」

「えぇ!?」

「なぬ?」

 ルイと茂は驚いて、顔を見合わせた。

「ナガールって……?」

 ルイが聞く。

「さ、さぁ……?」

「ナガールは魔王ジニマルの住む、シオウル山脈に一番近い要塞都市ですの。王都からは百キロ以上は離れていますのよ……」

「え?でも、襲撃されたのは王都って……」

 ディルメイはルイのその言葉に急に立ち上がった。

「ですの!ナガール襲撃の連絡を受けて、王国の王都軍も魔道院の戦線隊も、みんなナガールに行ってしまいましたのよ。そこにバイエモンの魔物たちが……、王都に……」

 ディルメイはそう言うと、今にも泣きだしそうな顔をして視線を落とした。


 茂がレジカウンターの内側で、カウンターに肘をついて難しい顔をして言う。

「なるほどな。ナガールってところに戦力を向かわせておいて、手隙になった王都を襲撃か……、ふむ」

「……ですの。王都はベトール様も応戦していると連絡が来ましたの。王都には魔道院の精鋭魔道士が数人来ているという話なのですけど、相手は魔王バイエモンですの……。ラキュート様も、王都に向かっていますのですが……」

 茂が不安げな顔をして尋ねる。

「そ、それでどうなんだ?ベトールさんは無事なのかい?それにルルアさんやギルドの人たちは……」

「ルルア様も、魔道具を使って防衛に当たっているようですの。それに、魔道院や王国軍だけでなく、民間からの傭兵部隊も防衛に出るそうですの……」

「民間からも募るってのは、よっぽどヤバそうだな……」

 茂はそう言うと顎に手を当て、顔をしかめた。


「テオさんは?テオさんも王都を防衛しているの?」

 ルイも腕を組み難しい顔をして尋ねた。

 ディルメイが首を横に振る。

「……え?」

 ルイは焦ったような声を上げた。

 テオに最悪の事態が起こったのではないかと不安がよぎる。

(何かあったのか!?テオさん……)

「テオ様は……。私にはどこにいるのかわからないのですのね……。王都にはいないようですので、ナガールに行ったのかもしれませんの……」

「そ、そうか……」

 ルイはその言葉に、僅かに安堵した。

 そして、ふとマルのことを思い出す。

「……(そういや、マルは俺に“魔王と戦え”みたいなこと言ってたな……。それに、早々にシオウルに戻った理由が、フラガとデグレードの魔法戦が見たいから?……だったか?)……へっ!?」

 ルイは思わず奇声を発し、ハッとした表情を浮かべた。

(それってマルは、ナガールが襲撃されてたのを知ってたってことだよな……。それに、もしかして、今回の騒動って……)


「あ?ルイ、いきなりどうしたんだ?」

 茂が怪訝な顔をしてルイを見る。

 ディルメイも曇った顔でルイを見上げた。


 ルイは取り繕うように言った。

「い、いや……。ちょっと思い出したことがあって……、あ、あはは」

 そして苦笑いをする。


(も、もしかして……、間接的かもしれないけど、今回の襲撃につながる原因を作ったのって、俺も関係してるんじゃ……?)

 ルイは若干の罪悪感に駆られた。


 テオとベトール、二人とともにそれぞれ行った相当な魔力量を必要とする魔術。

 それにより森の魔力が低下し、その回復をはかるため、森はマルから魔力を奪った。


 マルが森に引っ張られたのは、マルが弱体化したことによるものだ。

 そして、弱体化したマルの不在を好機とばかりに、魔物とフラガの魔道士たちがマルの拠点に近いナガールを襲撃した。

 そうなれば、王都の戦力がナガールに援護に行くのは想像にかたくない。

 もしもデグレード国を亡ぼすのであれば、当然手隙になった王都を攻めない手はない。


「ルイ様!お願いですの!王都を……、このデグレード国を守ってほしいのですの!」

 ディルメイはそう言って立ち上がると、ルイの手を取り、すがるような瞳で見つめた。

「え、あ、うん……」

「ルイ!ルルアさんたちが心配だ!行ってやれ!オレは戦力外だが、魔法の道具に関してなら何とかしてやれると思う。だからよ、ルイ、最前線はお前に任せたぞ!」

「お、叔父さん……」

「魔王だかなんだかわかんねーけどよ、“カロ屋の力”、そいつらに見せてやれ!」

 茂はそう言うと、力のこもった目つきでガッツポーズを決めて見せた。

「そ、そうだね……。心配だもんね」

「ルイ様!良かったですの!」

 ディルメイは泣きそうな笑顔でそういうと、再びルイに抱きついた。

「あ、あはは……」

 ルイは苦笑いをすると、軽くため息をつき、ひと呼吸おいて言った。

「ディルメイ。ちょっと聞くけど、王都を襲撃しているのって魔王バイ……(あれ、なんだっけ?)」

「魔王バイエモンの眷属ですの!王都を襲撃しているのは、眷属とバイエモン配下の魔物たちですのよ!」

 ディルメイはそう言って、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「眷属と配下……。その、魔王バイエモン本人じゃないのか?」

「違いますのですの。でも、いつバイエモンが襲ってくるかわかりませんのよ……」

 ディルメイはそう言うと、何か考えるように暗い表情でうつむいた。

(ベトール様が心配ですの……)

「ふむ……」

 ルイは訝しげな顔をして宙を見た。


(バイエモンが眷属に王都を襲撃させている理由ってなんだ……?)

 手隙になった王都デグレードを崩壊させるなら、バイエモン自ら攻め滅ぼした方が手っ取り早い。

(マルの力が戻ったから、バイエモン自体は王都に手を出せなくなったのか……?いや、それなら、そもそも眷属にも王都を襲撃させられないはず……。じゃぁ、何だ?何で眷属は王都を襲撃している?何か他に理由があるのか……?)

 王都を滅ぼすことではない別の理由……。


 ルイは、早朝のマルの言葉を慎重に思い出していた。


(バイエモンは森の力場を狙っているって言ってたよな……。でも、その場所がわからないとも……)

 王都で戦乱が起これば、カロの森に王都の軍隊や、魔道院の魔道士が来ることはないだろう。しかも王都だけではなく、ジニマルの拠点に近いナガールも襲撃にあっているとなれば、戦力は分散し、カロの森からはますます注意が逸れる。

(……ナガールも王都も、襲撃は単にカモフラージュか?バイエモン自らが森の力場を探すための……)

 それなら、ジニマルの魔力が回復してもなお、眷属たちが王都を襲撃している理由に合点がいく。

(……いや、いくらバイエモンが、魔力が強いとはいえ、森はすごく広い。一人で探すってのは非効率じゃないか?)


「ルイ様?」

 ディルメイが、不安そうにルイの顔を覗き込んでいる。

「あ、いや……。森の力場の場所ってどこにあるのかと思って……」

「力場……、ですの?」

「なんだい、そりゃ?」

 茂はカウンターに前のめりになって言った。

「今朝、マルが話していたんだ。このカロの森の中に、魔力が無限に湧き出る場所があるって。それを“力場”と呼んでいるんだって」

「ふむ……。聞いたことねーな」

 茂は顎に手を当て難しい顔をした。

「ディルメイ、森の力場の場所ってどうなっているんだろう?その場所に行けばわかる物なのか?」

 ディルメイはルイの問いに曇った顔をした。

「……そ、それは……。力場はあまり研究が進んでないのですの……。まだ、伝説の域を出ていないのところがあるのですの……。それよりも早く王都に――」

「へぇ、伝説か。面白そうだな!」

 茂が興味本位に言った言葉が、ディルメイの言葉の最後の部分にかぶって消えた。

「そっか……」

 ルイが落胆したようにつぶやき、大きくため息をつく。

 ルイのその様子に、ディルメイが慌てて取り繕うように言う。

「で、でも、ルイ様!推測はついていますですのよ」

「へ!?」

 ルイは驚いてディルメイを見た。

「それはどこ!?」

「うーん……。マ・ブーナの巨木と関係しているらしいということですの……」

 ディルメイは、顔をしかめてそう言うと、そのまま視線を足元に落とした。

「それだけ?他には?もっと詳しい情報は無い?」

「ルイ様……。私にはそれ以上はわからないのですの……。院長様ならもっと知っているかもしれないですの……。でも、中心になって研究をされていたスコット様が亡くなられてからは、力場の研究は止まっていますのよ……」


「しかしルイ、急がなくていいのか?“力場”とかいうよくわからん話をしている間に、王都が大変なことになっているかもしれんぞ」

 茂は腕組みをすると、顔をしかめて組子障子の戸を見た。

 ルイも、組子障子の戸を振り返り言う。

「……思い出したんだ。マルがすでにこの襲撃のことを知ってたんだよな」

「なんだって!?」

 茂が驚いた顔をする。

「ルイ様!?それは一体どういうことですのの?マルって誰ですの?」

 ディルメイも驚いた顔でルイを見る。

「マルは……、魔王ジニマルだよ」

「ジニマル!?」

「へっ?マルちゃんは龍神様じゃなかったのか?」

 ルイは茂の言葉に引きつった顔をした。

「いや……、(ややこしいな……)マルは龍神様で間違いないよ。ただ、異世界では魔王って呼ばれてるだけなんだ」

「そ、そうなのか……。龍神様なのに魔王……。神様も大変だな」

 茂はそう言って苦笑いをした。

「ルイ様!?ジニマルと話をしたのですの?」

「ん?あぁ、そうだね……」

「す、すごいですの!やっぱりルイ様も魔王なのですのね!」

「へっ!?(なぜそうなる……)いや、違うけど」

 ルイは顔を引きつらせてディルメイを見た。

「ルイ様なら、バイエモンに負けるわけがありませんの!絶対に!」

 ディルメイが両手でこぶしを握って力強く言った。

「か、買いかぶりすぎだよ……」

 ルイは冷や汗交じりに苦笑いをして頭を掻いた。

「ルイ様、早く、早く王都に戻りましょうですの!ベトール様たちが心配ですのよ」

 ディルメイはそう言うと、ルイの腕を引っ張るように組子障子の前に移動した。

「ま、待って!ディルメイ」

「ルイ様?」

「どうしたんだ?」

 ディルメイと茂は首を傾げた。

「もしかしたら……、バイエモンが“カロの森”に来ているかもしれない」

「へっ、何だって!?」

 茂は素っ頓狂な声を上げた。

「……」

 ディルメイは驚愕した表情を浮かべ、言葉を失った。

「どういうことなんだ、ルイ」

 茂はそう言って、カウンターの前に出る。

「バイエモンの目的は、この“カロの森の力場”を手に入れることらしいんだ。これはマルから聞いたから間違いないと思う。推測だけど、おそらく、マルの魔力が一時的にでも低下したことで、ナガールってところに影響するマルの力が弱まったんじゃないかな」

 茂が顔をしかめる。

「ふむ……。それでナガールが襲われたと……?でも、それが何でバイエモンって魔王が“カロの森”に来ることになるんだ?」

 ルイは、先ほど推測した内容をかいつまんで二人に説明した。


 ディルメイが呆然と立ち尽くしている。

 茂は動揺したように組子障子の戸を見た。

「そう。だから、力場の場所がどこにあるのか、気になるところなんだ……」

 ルイはそう言って、ため息をついた。

 茂が焦ったように言う。

「ということは、この“カロ屋”の近くにもバイエモンが来るかもしれないってことじゃねーか!……森が、……“カロ屋”が戦場になっちまう!」

「お、叔父さん、落ち着いて!大丈夫。カロ屋は戦場にはならない……。何かあったら組子障子の戸を外せばいい」

「で、でもよ、そうしたらお前、戻れなくなるぞ!」

「いや、俺は直に部屋に戻れるから、それは心配しなくていい……」

「そ、そうなのか!?」

「ル、ルイ様……。私はどうしたらよいのですの……」

 ディルメイが泣きそうな顔をしてルイを見る。

 ルイは組子障子の戸を確認するように見た。


 現状では、マルの話からの情報しか得ていない以上、本当に森に来ているかどうかわからないバイエモンを探すのは難しい。


「(ここにいても何もできないか……)叔父さん」

「ん?なんだ?」

「王都に行ってくる。もしかしたら、バイエモンの眷属からバイエモンの動向を探れるかもしれないし……」

 茂が大きく頷く。

「そうだな!お前は王都を守れ。“カロ屋”はオレが何とかする!何か必要なものがあるなら遠慮なく言えよ!このカロ屋、だてに雑貨屋を名乗ってねーぜ!」

 茂はそう言うと、どことなく不安の混じる顔でニヤリと笑った。

「あ、うん。ありがとう。叔父さん、何かあったら組子障子の戸は外してくれよ」

「おう、わかった。“カロ屋”のことは任せとけ!道具を駆使して防衛するぜ」

「うん!それから、叔父さん。ディルメイに“クランチョコ”あげてくれないか?」

「お?……構わねーけどよ。ま、気分転換にはなるか」

 茂はそう言うと、前掛けから小銭を取り出し、配置菓子の箱の投入口にいれた。

 そこからクランチョコを二つ取り出す。

 ルイがその様子を見守る。

(マルの話じゃ、クランチョコには魔力回復の効果があるようだし、何かの役に立つはず……)

「じゃ、これ。ディルメイちゃん。俺からの必勝祈願だ!」

 茂はそう言うとディルメイにクランチョコを差し出した。

「あ!チョコ。ありがとうございますの」

 ディルメイは驚いたような顔をして、少しうれしそうに茂からクランチョコを受け取った。


「ディルメイ、行こう……」

 ルイが組子障子の戸を開け、ディルメイを振り返る。

「はい!ルイ様」

 ディルメイはカウンター前から頷くと、ルイの後ろに並んだ。

 そして店を振り返り、茂に軽く頭を下げる。

「また、……また、来ますの!絶対に!」

 ディルメイは力強く言った。

「おう!」

 茂は手を上げて見送った。


 組子障子の戸が閉まる。


 早朝の暗雲立ち込める雷雨から一変し、澄み切った青空が広がっている。

 雨の名残か、木々の枝葉についた雨粒が、太陽の光にキラキラと眩しく輝いている。


 ルイは木々の枝葉より高い位置を、西に向けて飛んだ。

 かなり速い速度が出ているのか、その後ろをディルメイが懸命についてくる。


(とりあえず出てきたものの……、生身じゃないからこんなことができるんだよな。生身だったら魔物が跋扈する異世界の戦場なんて、絶対行かないぜ……)


 ルイは遠く、王都のある方向をじっと見た。


 異世界の魔法戦。それはどのようなものなのか。

 王都はどうなっているのか。

 情報が希薄な中でも、ルイのその表情には余裕が見える。


 “おぬしが勝つに決まっている。結果がわかる勝負など面白くないからな”


 今朝方、マルが何気なくつぶやいた言葉が、ルイに妙な自信を持たせていた。


(バイエモンより俺の方が強い?……多少盛っていたとしても、マルの見立てが完全に外れてるとは思えないんだよな……)


「ル、ルイ様っ……」

 後ろからディルメイの苦しそうな声が微かに聞こえた。

「ん?」

 ルイは後ろを振り返った。

 ディルメイがマントを激しくなびかせ、顔の前で手をクロスに構えて風を除け、辛そうに飛んでいる。

「ご、ごめんなさいですの……。ルイ様の、飛ぶ速度が……、早くて……」

「あ、あぁ、ごめん!」

 ルイはそう言うと、すぐに飛行速度を緩めた。

 そしてディルメイの隣に並ぶ。

「このくらいなら大丈夫?」

 ディルメイが申し訳なさそうな顔をする。

「ありがとうございますのですの……」

「いや……」

 ルイは苦笑いをした。

(俺、思ったよりもだいぶテンパってるな。ディルメイの飛ぶ速さまで気が回らなかった……)

 そして、進行方向に向けて手をかざす。

「“風分けの嶺”!」

 そう言ったとたん、ディルメイとルイに当たっていた向かい風が一気に穏やかになった。

「ふぅ。これでいい……」

「あ、ありがとうございますですの!さすがルイ様ですの」

「いやぁ……、先に気付いていれば……。こっちこそごめん」

 ルイは気まずそうに言った。

 先ほどまで強くなびいていたディルメイのマントが、穏やかに揺らめいている。

「ルイ様。まずは王都に行く前に、フーナプラーナに寄って王都の状況を村長さんから聞きますのですの」

「うん?」

「状況のわからないまま王都に入っても、対応が後手に回ってしまいますの。王都の状況が少しでもわかれば、フーナプラーナから王都まで行く間に、戦略を考えることができますですの」

 ディルメイはそう言うと力強く頷いた。

「……そうだな。(確かに、少しでも情報は得ておきたいな)」

「王都はベトール様や院長様、それに魔道士課の精鋭の魔道士たちがおりますですの。……だから、きっと大丈夫ですの」

 ディルメイは自分に言い聞かせるようにそう言うと、小さく拳を握った。

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