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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
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第37話 緊迫の夜(6)―隠し通路の探索― 

第37話 緊迫の夜(4)の後に続く話

 先ほど確認した、一つだけ僅かに色の違うその石レンガに向かい、そこにしゃがみこむ。


 手をかざすと、その石レンガが光り、すぐ左側に、高さ1メートルほどの隠し扉が現れた。

 ベトールは周囲を警戒し、誰もいないことを確認すると、すぐさまその扉に入った。

 扉を閉めた瞬間、それは消え、元の石レンガに戻る。


「暗い……」

 ベトールは、再び呪符帳を取り出し、一枚取り外した。

 それに念を込め放つ。

 すると、呪符紙は小さな光の玉となり、周囲を僅かばかり照らし出した。


 細長く続く下り坂の石レンガの通路。

 ジメッとした冷たい空気が、カビ臭さとともに漂っている。

 屈まなければ頭をぶつけてしまう天井の高さは、おそらく1メートル50。


 ところどころに水が溜まる足元に注意をしつつ、ベトールは頭を下げて南に進んだ。


 狭い下り坂の通路はやがて緩やかに左にカーブし、外城壁からは逸れていく方向に向かっている。

「ふぅ……、一体どこに続いているのだろう……?(過去に魔道院で秘蔵していた魔晶石がこの先にあるとは……。この隠し通路の現存も、テオ様に聞くまでは私も知らなかった情報……。極秘中の極秘ということでしょうか。)……しかし、カビ臭くて、たまらないですね」

 ベトールはマントの合わせをさらにきつくし、内側に巻いた濃紺のスカーフで鼻と口を覆った。


 やがて、平たんな場所へと出る。

 そこは通路が左右に分かれていた。

 その部分だけ僅かに天井が高い。


 ベトールは屈んでいた姿勢を戻すと、固まっていた身体を伸ばした。

 そして、通って来た通路を振り返る。

「この隠し通路……、何年も人の通った気配はないようですね……」

 つぶやくように言うと、腕を組んで、じっと何か考えるように暗がりに目を凝らす。


(……テオ様の“予見”は外れることがほとんどありませんからね……)


 テオの予見が外れるときは、予見した結果を変えるために動いた時だけだ。

 それでも“予見”で見えたすべてを変えることはできず、必ず予見通りに事が動く部分がある。


(予見通りならもうすでにフラガは裏で動いているはず……)

 デグレード国のすべての戦力が対ジニマルに向いて動く……。

(このようなところをフラガに攻め込まれたら……)


 ベトールは目を細め、左右に分かれた左側の通路の先をじっと見た。

「(早く魔晶石を取りに行かなくては)……この通路、どちらかは行き止まり……。“最初は左”……でしたか?テオ様……」

 つぶやくように言うと、そのまま視線の方に再び少し屈んで進み始めた。


 緩やかだった下り坂が、途中から急な石段に変わる。

「うん。テオ様の言った通りですね……。こちらで間違いない……」

 ベトールは、石段を「1、2、3……」と、心の中で数えるように降りて行った。


 その途中の段で足を止める。

 石段はさらにずっと下まで続いているが、その先はさらに左にカーブし、見ることができない。

(22段目……。たしか、この段と言っていましたね……)

 ベトールはマントの裾を持ち、しゃがみこんで足元の石段を注視した。


 壁と床になっている石レンガの隙間にプレート状の魔晶石が挟まっている。

「あった!……これが」

 ベトールは驚いた顔で、挟まっている魔晶石を見た。


 長さは約10センチ、厚みは約3ミリ、幅は隙間に挟まっているせいで、いまいちよくわからないが3センチはありそうだ。


「初めて見る形状……。これが古の魔導師が作り出したという魔晶石……」


 現在使われている魔晶石のすべては球体を呈している。

 古代デグレードにおいて、建国由来の魔導師が使っていたとされる異質な形状の魔晶石。

 それを生成する術は途中で途絶え、現在には伝わっていない。


「これが扉の鍵?」

 ベトールはそのプレート状の魔晶石に向けて手をかざした。

 魔晶石がベトールの魔力に反応して僅かに光る。


 すると今度は目の前に入り口と同じように隠し扉が現れた。

 ベトールは立ち上がり、頷いた。

「テオ様、これではないんでしたよね……」

 そうつぶやいて後ろを向く。

 そこにも、全く同じ隠し扉が出現していた。

「“次は後ろ”……こちらで間違いないはず」

 ベトールは若干顔を強張らせ、魔晶石側ではなく、その後ろに現れた隠し扉に入った。

 やはり扉を閉めたとたんに扉が消える。


「うっ!」

 ベトールは扉が閉まった瞬間、その場に膝から崩れ落ちた。

 とっさに右手で壁に手をつき寄りかかる。

(な、何という密度の濃い魔力……。こ、これが“厄介な通路”……くっ、苦しい……。“満月のカロの森”なんてもんじゃ……)

 顔を苦痛で歪ませ、僅かな明かりを頼りに這いずるように進む。

 鼻と口を覆っていたスカーフが外れる。


 先ほどよりもわずかに広い通路。天井は相変わらず低い。

 3メートルも進まないうちに、その通路の先は壁になっていた。


 ベトールはその奥壁に手をついて、ようやく立ち上がった。

 両腕と、膝やマントが泥に汚れている。

「い、行き止まり……?」

 左右を確認するも、そこにどこかへ続く通路はない。

「はぁ、はぁ……(まいりましたね……、間違えたのでしょうか?)くっ」

 ベトールは、再びフラフラと今来た通路を戻り始めた。

 しかしその通路の真ん中で、濃度の濃い魔力に耐え切れず、再び膝をつき倒れ込んだ。


 意識が薄れてゆく。

「テ、テオ様……。ルイさん……」

 無意識に出てきた“ルイ”という名前に、ベトールは自分自身に驚き、薄れゆく意識を留めた。

 気を張って上体を起こし、通路の入り口まで這いつくばる。

 そして、先ほど隠し扉が出現していた場所に手をかざす。

 すると再び扉が現れた。

 ベトールは、魔力濃度の濃い通路から逃れるように、その扉を開けた。


「へっ!?」


 目の前に現れたのは、先ほど通って来た階段ではなく、角のしっかりした石畳が続く、ひんやりとした通路だ。

 幅は2メートル弱、高さも2メートル以上はありそうだ。

 漂っている魔力濃度も、先ほどより幾分低い。


「て、転移した……?どうやら、合っていたようですね……。は、はぁ。良かった……」

 ベトールは安堵して大きくため息をつくと、扉に手をついて立ち上がった。

「こ、この程度の濃度なら、何とか耐えられる……」

 苦痛の表情を浮かべながらも、その通路を先へ進む。


 左右の壁面を確認するようにフラフラとしばらく歩くと、大きな扉が現れた。

 ベトールは気力を振り絞り、通路の奥にあるその扉に足早に近づくと、寄りかかるように手をついた。

 そしてまじまじと扉を見る。


 扉には、左右対称に溝が切ってあり、その溝のところどころに直径3センチほどの魔晶石がはめ込んである。

 溝は一見するとランダムに刻まれているようにも見える。


「……魔晶石を光らせて、溝に魔力を流す……。その順番がある……」


 ベトールは顔をしかめ、目をつむった。


 “―― 

 ベトール君、その扉は毎回鍵となる魔晶石の順番が変わるのですよ。

 ですから、メモなど無意味……。


 ではどうやって答えを導き出すか、それは魔力の流れ……。

 君なら、魔力の流れを読む力が十分にある。


 扉にたどり着いたなら、その通路全体の魔力を読むのです。

 そうすれば道は開かれる……――“



(通路全体の魔力……)


 ベトールはテオの話を思い出し、通路に流れる魔力の波動を探った。


 流動する魔力が、通路の端から筋となって、対応する魔晶石にまっすぐに通っている。

(ふむ……。場所はわかりました……。けど順番がわからないですね……)


 ベトールは振り返ると、流動する魔力の筋に手を当てた。

「あっ!一つずつ波動が違う……。そうか、順番がわかりましたね……」

 ベトールはそうつぶやいて扉に手をかざした。

(左上……、右中、右下……)


 かざした順番に、扉にはめられた魔晶石が光る。

 そして、刻まれた溝に、そこから光が流れる。


 流れた光は、光らせなかった魔晶石を通り、中央にはめ込まれた魔晶石に吸い込まれるように集まった。


 次の瞬間、扉からガチャっと、鈍い音がして、内部の鍵が外れた。


「……あ、開いた……のでしょうか?」

 ベトールは恐る恐る扉に手をかけた。

 そして、ゆっくりと押し開ける。


「うわ!?」

 ベトールは思わず驚いて、その部屋の入り口で立ち尽くした。


 そこは四角い大きな部屋。

 天井も高く、完全に正方形だ。

 明かりが灯っているわけでもないのに、周りに何があるのかわかるほど明るい。


 部屋の中央は円形に一段高くなっており、そこに巨大な球体の魔晶石が一つ、静かに宙に浮いていた。


 ベトールは、ふと我に返り、部屋の中央へ進んだ。

「……こ、これが魔道院の予備の魔晶石……?大きい……」

 その直径は、3メートルはあろうかという大きさだ。

 足元の円形の台座は、それ自体が魔法円になり、巨大な魔晶石の力を封じている。

 ベトールは台座の手前に立って、魔晶石を見上げた。

「……無属性。これほど大きな無属性の魔晶石……。本当に予備があったなんて……」


 “フフフ、そうなのよ”


 不意に後ろから声がした。


 ベトールは驚いて、警戒するように後ろを振り返った。


 “あら?驚かせちゃったかしら?こんばんは”


 ベトールは驚いたようにその人物を見た。


 白い薄衣をまとった、薄い空色の髪の長い女性。

 どことなく透けているようにも見える。


「リ、リザ様!?」

 ベトールは呆然とリザらしき人物を確認するように見た。

(ち、違う……。もっと若い……?リザ様ではない……。ど、どなたでしょう……?)


 “初めまして……かしら?私はリオ”

「リ、リオ……様……?」

 “リザの母と言えば、わかるかしら?”

 ベトールはその言葉にハッとした表情を浮かべた。

「リザ様の!?と、ということは前魔道院長!」


 “フフフ。あなたは若いから、私が死んだ後に生まれた方かしら”


「お初にお目にかかります。私、魔道院獣魔課所属、ベトール・グレと申します!」

 ベトールはそう言うと、深々と頭を下げた。

 “あらあら、頭を上げてくださいね。私はリオですが、完全なリオ本人ではないのですよ”

「えっ?」

 ベトールは驚いて顔を上げた。

 “本人はとっくに転生して、新たな人生を送っているわ。……私はね、リオの残留思念。リオの一部なの”

「そ、そうなのですか……」


 “でも、こんなところに人が来るなんて、テオさん以来かしら”

「テオ様……」

 “もう、どれくらい前かしらね……。テオさんってば、わざわざ再婚報告にも来たのよ、フフフ”

 ベトールは不意に聞いた“テオの再婚”という話に、思わず顔が引きつった。

「そ、そうなのですか……」

 “ほら、あの子、リザと結婚したでしょ?でも、私が死んだあと離婚したのね。あの子たち、みんな長生きだから、やっぱり一人の人とずっとっていうのはダメなのかしら?離婚報告に来たときは、ずいぶん律儀な人だと思ったけど、再婚報告までわざわざ来なくてもいいのにね、テオさんってば、フフフ”

「ど、どうなのでしょう……?私は未婚なもので、わかりかねますが……」

 “あらー?そうなの?どなたか良い人、いないのかしら?”

「そ、それは……」

 ベトールの頭に、一瞬ラキュートの姿が思い浮かんだ。

 それを打ち消すように首を振り、本来の用件を言う。

「そ、それよりも、王都が!王都に危機が迫っているのです。私はテオ様に頼まれ、ここにあるという補充用の魔晶石を取りに来ました。――」そして目の前にある巨大な魔晶石を見る「――これでは……ないですよね?」


 リオがフワリと向きをかえ、中央にある魔晶石の上部に浮いた。

 “そうね、これは予備。補充用ではないわ……”

「ではリオ様、ご存じありませんか?」


 “補充用……”

 リオはそうつぶやくように言うと、再びフワフワと移動して、部屋の奥壁の前に漂った。

 “これのことね”


「失礼します」

 ベトールはそう言うと、円形の台座の前からその横を通り、部屋を奥へと進んでリオの横に並んで立った。

 そして、リオが見つめている壁面の模様を見る。

「……?どれ、でしょうか……?」

 それは複雑な模様の空色の壁。

 表面は透明なガラスのようなもので、壁一面覆われている。

 そこに魔晶石がはめ込まれている様子はない。


 “フフフ”

 リオはいたずらっぽく笑ってベトールを見た。

 ベトールは、真剣な表情で壁面にあると思われる補充用の魔晶石を探している。


 “あのね、これ全部魔晶石なのよ”

「えっ!?」

 ベトールは驚いてリオを見た。

 リオはクスクスと子供のように笑っている。

 “わからない?”

「え……、えぇ……」

 “じゃぁ、私が取ってあげるわね”

 リオはそう言うとその壁面に吸い込まれるように消えていった。


 その瞬間、ガラスが割れるような音とともに、壁面の表面に大きくまっすぐ縦にヒビが入った。

 そのヒビは、さらにヒビを呼び、縦横と正確に縦長の長方形に亀裂を入れていく。


「う、うわっ……」

 ベトールは驚き、一歩後ろに下がると、呆然としたように壁面に入って行くヒビ割れを見つめた。

(表面すべてが魔晶石だったのですか……)


 ヒビ割れた壁面からリオが出てきた。

 そして、ヒビ割れた一枚を壁面から抜き取る。


 “はい、どうぞ”

 そう言ってニコニコと笑顔を浮かべ、驚愕しているベトールに両手で差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 ベトールは軽く頭を下げ、それを受け取るとじっと見つめた。

 それは透明で、先ほど階段の間に挟まっていたものと同じ大きさの、プレート状の魔晶石だ。

(この形状の魔晶石……。実際に手に触れるのは初めてですね……)


 “何枚要りようかしら?”

 リオがベトールの顔を覗き込むように言う。

「えっ、……こ、この魔晶石の力が、どの程度のものなのか……」

 ベトールが戸惑ったように言うと、リオは、何かわかったようにニコッと頷いた。

 “それ1枚で、直径8センチの魔晶石に相当するわ”

「ということは……。防衛結界の魔晶石として使うには……」

 ベトールはつぶやくように言うと、手に持った透明の魔晶石を確認するように見た。

 リオが言う。

 “あのね、この魔晶石は、あくまで魔力補充用なのよ。丸い魔晶石の代わりにはならないの”

「そ、そうなのですか……?」

 “えぇ。でも、防衛結界の補充に使うなら、一か所、30枚あれば十分ね。だから、30枚かける12か所分ね!”

「うっ、360枚……結構な量ですね」

 “そうね!重さにすると、……うーん、10キロくらいかしら、フフフ”

「なっ、10キロ……」

 ベトールは思わず顔が引きつった。

 リオは顔色が悪くなったベトールの様子をじっと見つめた。


 “……もしかして、あの魔力が高濃度のお部屋のこと考えてる?”

 ベトールがゆっくりとリオを向く。

「そ、そうですね……。その量をもってあの通路を通ると思うと、少し気が滅入ってしまいますね……」

 ベトールは青い顔をして力なく笑った。

 “あのお部屋は、魔力耐性の低いものを排除するためのものだからね、フフフ。この部屋に来るためには必ず一度は通らないといけないのよ。でも、あなたは合格。だから、帰りは違うルートを通ることができるわよ”

「そうなのですか?」

 ベトールの顔に明るさが戻る。

 リオが、入って来た扉から見て、右側の壁面を指さした。

 そして言う。

 “この先に、出口になる扉があるわ……。出た先は、あなたのよく知っている場所……”

「リオ様……。ありがとうございます!」

 ベトールがそう言って頭を下げた途端、ヒビ割れていた壁面の魔晶石の一部が剥がれ、一気に宙に浮いて整列した。

 ベトールはその音に驚いて顔を上げた。 

 プレート状の魔晶石がベトールの目の前にゆっくりと集まり重なってゆく。


 “もう、手に取って大丈夫よ……”

 ベトールはそれらがすべて重なり終った塊を、マントで覆うように両手に抱えた。

「リオ様……。それではこの魔晶石、いただいていきます……」

 ベトールはそう言って再びリオに頭を下げると、リオが指示した扉の方に向かった。


 “……テオさんと、リザによろしくね……。私はまだ、ここにいると……”

 リオが、少し悲しそうに言った。


 ベトールは壁面に現れた扉の前に立ち、リオを振り向いた。

「リオ様……。リオ様は、ずっとここにおられるのですか?」

 リオが悲しい表情で言う。

 “……私ね、スコットさんと約束をしたんですよ”

 そして、部屋の宙に浮く巨大な魔晶石を見た。

 “この魔晶石を、魔道院に戻すっていう……”

 ベトールも同じように魔晶石を見る。

「そう言えば、95年ほど前も、森に“魔力を奪う雨”が降って、魔道院の魔晶石が真っ先にその雨に狙われたとか……」

 リオは大きくため息をついた。

 “あれは……、魔道院長としての私の最大の汚点よね。アフリマネスが残してくれた大切な魔晶石を森に奪われるなんて……。森の力場の魔力補填能力が、もう少し強かったなら……”

 力場という言葉に、ベトールはとっさに問いかけた。

「リオ様!リオ様は、カロの森の力場の場所、ご存じなのですか!?」

 リオは悲しく首を横に振った。

 “私も、アルマデルたちも散々探しまわったけど、結局わからずじまいだったわね……。あなたがその質問をするということは、まだ力場の特定はできていないということなのね……”

 ベトールはハッとした表情を浮かべ、すぐに頭を下げた。

「す、すみません……」

 “いいのよ……。ただ、森の中心に近い辺りっていうところまでは目星がついたのよね……。結局そこまでだったわね……”

「森の中心……、“カロ屋”のある辺り……でしょうか?」

 ベトールはつぶやくように言った。

 リオが首を傾げる。

 “カロ屋?……あー!あの異世界の人たちのお店ね!……そっか、まだあるんだ”

 リオはそう言うと、少しホッとしたような顔をした。


 “カロさんとタスクさん……。随分前の話ですものね、彼女たちも、もう存命ではないわね……”

「……そうですね。現在は子孫の方が受け継いでおられますよ」

 “そっか……”

 リオはベトールの目の前の宙に漂いながら、昔を思い出すような遠い目をして視線を落とした。


「リオ様……。それでは私はこの辺りで失礼します」


 リオがベトールを振り向く。

 その姿が僅かに薄らいでいる。

 “……ベトールさん。話ができて良かった。……魔道院を、デグレードをお願いするわね……”

「はい!必ず……」

 ベトールはそう言うと魔晶石を抱えて深々と頭を下げた。

 そして頭を上げる。

「えっ!?」

 先ほどまで明るかった部屋の中が、今は僅かに中央の巨大な魔晶石が光を帯びている以外、すっかり暗くなっている。

 リオの姿も無い。

「……リオ様?」

 そう声をかけ、暗がりの部屋の中を見回すも、その気配はやはりない。

「……」

 ベトールは少し悲し気な表情を浮かべ、扉に向きをかえた。

 そして、扉を押し開け、巨大な魔晶石の部屋から出る。

 扉はベトールが外に出た瞬間、音も無く消えた。


 扉から出た先、そこは薄暗く、グレーの大理石が敷き詰められた床と高い天井。


 その薄暗さの中に、ベトールを向いて立っている濃紺のマントを羽織った人物がいる。

「ベトールさん。お待ちしておりました」


 ベトールは不意のことに驚いて、その人物をじっと見た。

「リ、リザ様!?」

「無事に戻って来られたようで、何よりです」

 リザはそう言うとニコッと微笑んだ。

「リザ様……。こ、ここは?」

 そう言って辺りを見回す。

「ここは、魔道院最下層の、今は使われていない大広間ですよ」


 そこは、魔道具課の倉庫や獣魔課の魔物の檻があるフロアよりもさらに地下にある、95年前まで巨大な魔晶石が置かれていた場所だ。


(“よく知っている場所”……、それは魔道院のことでしたか……)

 ベトールは、“厄介な通路”を通ることなく戻って来られたことに、ホッと胸を撫で下ろした。

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