第37話 緊迫の夜(3)
魔道院の敷地内、通称“院前公園”は、塔の西側に整備された広場の一角を指し、敷地内に建つ魔道院寮との間を結んでいる。
公園とは名ばかりで、広く平坦な、面の広い石敷きが続く何もない場所だ。
その広場の両端は低木と高木の樹木が植えられ、外側からの視線を遮断している。
実体は、緊急事態が起こった際の待機場所だ。
アルマデルの発した一斉召集により、院前公園にはすでに多くの魔道士が集まっていた。
くすんだ赤い色のマントを羽織った魔道階位赤属帯上位、“上赤”と呼ばれる魔道士たちがそのほとんどを占め、青のマントを羽織った魔道士たちもその一割程度見える。
魔道士たちはそれぞれ部署ごとに分かれ、顔を強張らせて指示を待っていた。
真夜中をとうに過ぎたこの時間、普段なら街灯も無く真っ暗なこの場所が、今は投光用の魔晶石がいくつも掲げられている。
多くの魔道士が集まっているにもかかわらず、広場は非常に静かだ。
時折抜ける風が、妙に冷たい。
その公園の中心から少し外れた集団を向いて、低い簡易の檀上に立つ濃紺のマントを羽織ったシアの姿が見える。
「いいですか、自立歩行不能の負傷者が出た場合は、魔獣による運搬を、それ以外は適宜回復魔法を切らさぬように。特に前線に出る王国の王都防衛軍との連携は最優先です!彼らは魔法を使えませんから、王都軍に負傷者が出た場合は、いち早く回復魔法の使用を行ってください!」
厳しい顔で、獣魔課の魔道士たちに指示を出している。
そのうちの、青いマントを羽織った女性魔道士が、おどおどした口調で言った。
「あ、あの、シア様」
「はい、レトナ、何ですか!?」
レトナはシアの威圧的な様子に、一瞬強張った表情を浮かべた。
「そ、その……。ディルメイがまだ、フーナプラーナから来ていないのですが……」
その言葉に、シアがイラッとした表情を浮かべる。
「わかっています」
そう言うと、腕を組んで、背後にそびえる魔道院塔を振り返った。
(そういえば、ベトールもまだ来ていないわね。何をやっているのかしら……)
シアは魔道院塔の背後、はるか東にあるフーナプラーナを見透かすように睨んだ。
魔道院塔から、箱を抱えた青属帯の魔道士が数人出てくるのが見える。
魔道士たちは広場に出ると足早に移動し、シアのいる獣魔課の横を通り過ぎ、隣の集団のもとへと箱を運んで行った。
集団の中にいた赤属帯の魔道士がそれを受け取り、箱の数を確認する。
(あれは魔法課の魔道士……。結界強化を始めるのね……)
シアは少しの間、隣で集団を作っている魔法課の魔道士たちの様子をうかがった。
魔法課の赤属帯の魔道士たちのほとんどが、今来た青属帯の魔道士とともに、箱を手に広場の中央から移動を始めた。
青いマントを羽織った魔道士一人と、赤属帯の魔道士数人が中央に残る。
それらは緊張した面持ちで、しきりに、すぐ後ろにいる濃紺のマントをまとった魔道士四人を気にしながら待機していた。
シアは移動して行った魔法課の魔道士たちの動きを確認すると、獣魔課の魔道士たちに向いて言った。
「では、市民警護班は持ち場へ移動を開始、治癒魔法班は王立中央病院で、王都軍の医療班と合流、それ以外はこの場に待機。速やかに行動して下さい!」
シアの命令を受け、獣魔課の魔道士たちが一斉に移動を始める。
移動際、レトナが不安そうな顔でチラッと魔道院を振り返った。
(ディルメイ……)
魔法課の魔道士の背後、広場中央で待機している濃紺の魔道士四人の目の前に、青白い炎を上げ、呪符通信が送られてきた。
その一人が瞬時に紙を取り、すぐに確認をする。
三人の魔道士が、呪符通信を受け取った魔道士を取り囲むように、何やら話をしている。
そして、そのうちの魔道士の一人が小走りにシアのもとに駆けてきた。
「すみません」
シアは声に振り返った。
「!?」
そして驚いた顔で、その魔道士を見る。
(へ、ヘリソン様……!魔道士課がどうして魔法課の待機場所に……?)
ヘリソンは、背が高く細身で、二十代後半と言った見た目の男性だ。
切れ長の涼しい目元が印象的で、三つ編みに一つに結った黒髪を、マントのフードから左前に垂らしている。
ヘリソンがフードを外し、シアに軽く頭を下げて言った。
左に付けた髪飾りが揺れる。
「魔法課と魔道具課でこの広場を使い、大掛かりに結界魔法を行います。申し訳ありませんが、獣魔課は公園の端に移動をお願いいたします」
「そ、そうですか……」
シアは驚いた顔のまま、魔法課の後ろで待機している、濃紺のマントを羽織った他の魔道士たちを見た。
「(あれはサラナナ様。それにラキュート様、レベス様まで!?魔道士課六人のうちの四人が揃うなんて……)わ、わかりました……」
シアは少し焦ったように頷いた。
その顔が緊迫したものへと変わっている。
(今回の防衛戦、先月の王都強襲よりもさらに危険……?ジニマルから流れてくる魔力を遮断するだけではないのかしら……?)
魔道院に所属する魔道士のうち、魔道士課の六人の魔道士は、同じ階位“上紺”を持つ他の魔道士たちとは一線を画し、別格扱いされている。
先月の王都強襲では、六人のうち、戦線に参加していたのはテオとヘリソンの二人のみ。
他の四人は、国内に散在している要塞都市に駐留していた。
今回の事態は、上位の魔道士を四人も召喚しなければならないほど厳しい状況なのか?
シアの心に不安がよぎる。
「待機場所を変更。ここより移動します。私についてきて下さい」
シアは簡易な壇上から降りると、魔道士課の四人の魔道士を気にしつつ、そのまま魔道院塔の方に向きをかえて足早に歩きだした。
獣魔課の赤属帯の魔道士の一人が、すかさず簡易な壇を手に持ち、シアの後に続く。
獣魔課の魔道士たちが移動し、広場の中央が大きく開く。
その開いた広場の中を、魔法課の魔道士たちが立ち位置を確認するように広がった。
魔道院塔の入り口に、再び人影が見える。
その人影は濃紺のマントを翻し、颯爽と広場中央に歩いてきた。
中央から離れて広場の端に移動していた獣魔課の魔道士たちが、皆一様に緊張した表情を浮かべ、少し離れた距離でその人影とすれ違った。
シアも緊張気味に、その人物を見た。
(テオ様)
テオが、シアに気付き声をかける。
「シアさん」
テオはそのまま向きをかえ、シアのもとにやって来た。
シアは僅かな動揺を押さえつつ、テオに軽く頭を下げた。
「テオ様……」
「シアさん。課長代理、ご苦労様です」
「いえ……」
「先ほど、バルキエル課長にもお話したのですが、この緊急事態の間、ベトール君は私の指示下に入りましたので、承知おきください」
「えっ!?」
シアは驚いて思わず大きな声が出た。
「す、すみません」
そう言って気まずそうな顔をする。
「代わりと言っては何ですが、その間、ラキュートを獣魔課に付けます。ベトール君の代わりに使ってください」
「っ!?」
その言葉に、シアは動揺も度を過ぎ、身体から血の気が引くのを感じた。
そして言葉を選ぶように丁寧に言う。
「と、とんでもございません。魔道士課のご支援はうれしいのですが、ラキュート様をベトールの代わりなど……、もったいない限りです。どうか、ラキュート様は適材適所に……」
テオは、シアの言葉など気にする様子も無く、広場の中央にいた魔道士課の四人を向いて手を上げ合図を送った。
四人のうちの一人が、濃紺のマントを翻し、テオのもとに駆けてくる。
テオと同じミルク色の髪。その長い髪を後ろに硬く一つに結い、魔道院で支給している簡素な魔杖を持っている。
背は高くも無く低くも無く、綺麗な青い瞳が印象的な、どことなくテオに似た若い女性だ。
女性はテオの横に並ぶと、
「ラキュート・フェリンです。よろしくお願いします」
そう言って、シアに軽く頭を下げた。
「こ、こちらこそ……。獣魔課課長代理シア・レーンです。よろしくお願いします」
シアも動揺を押さえながら頭を下げた。
(な、なんでベトールの代わりがラキュート様なのよ!)
内心、ベトールに苛立ちを浮かべ、唇をかむ。
そして顔を上げると、テオと視線が合った。
「ご存知かと思いますが、ラキュートは私の娘です。ですが、それをあまり気にされませんようお願いしますよ。存分にこき使ってください」
テオは僅かに微笑んで言った。
シアは引きつったような笑顔を返した。
(そう言う問題では……。課長よりもさらに上位クラスの魔道士に、格下の私がどうして指示できましょう……)
テオが続けて言う。
「それから、……フーナプラーナにいる獣魔課の女性。名前は……」
「……ディルメイですか?」
「そう!ディルメイさん。彼女も今回は、そのままフーナプラーナに待機させてください」
シアは顔をしかめた。
「えっ?で、ですが、院長名での一斉召集は絶対ですし、私たちが命令を変更するなど……」
「心配には及びません。フーナプラーナも防衛対象になったのです。院長から、フーナプラーナへ派遣する魔道士の選定を、私が一任されています」
「……」
「すでにフーナプラーナにいるのであれば、逆に好都合。彼女をフーナプラーナ防衛の魔道士に選定します」
「わ、わかりました……」
シアは、半ば強引に決められたことに僅かに苛立ちを感じた。
「それから、フーナプラーナは小さな村とは言え、カロの森に最も近い。もう一人、獣魔課から、できれば“上紺”の魔道士の派遣をお願いします」
テオはそう言うと、広場の端に移動していた獣魔課の魔道士たちを確認するように見た。
そして難しい顔をする。
シアが渋い顔をして言う。
「テオ様。申し訳ございません。現在待機しているのは、“青”か“上赤”の魔道士のみでして、“上紺”の魔道士は皆すでに動いております」
テオは顔をしかめた。
「そのようですね……」
シアは気まずそうな顔をして視線を落とした。
「でしたら、その任務、私が引き受けても構わないでしょうか?」
ラキュートがシアを向いて言った。
シアが驚いた顔でラキュートを見る。
そして僅かに笑みを浮かべ、好都合とばかりに言う
「それは大変心強いお申し出。フーナプラーナにいる当課の魔道士は、魔道階位“青”ですから、彼女一人では心もとないと考えていたところです」
「……獣魔課はそれでよろしいのですか?ラキュートはベトール君の代わりに、と思っていたのですが……」
テオが顎に手を当て、シアの様子をうかがうように言った。
「えぇ。ベトールはフーナプラーナの獣魔課詰所の管理責任者になっておりますから、ベトールがテオ様の指示下でなければ、彼がフーナプラーナの防衛に当たることになったかと思います。ですから、ラキュート様がベトールの代わりというのでしたら、適任かと……」
「ふむ……」
テオは難しい顔をした。
ラキュートがシアに言う。
「では、どうぞご指示ください」
シアは一瞬戸惑ったような顔をしたが、前髪をさっと直し、ラキュートに言った。
「ラキュート様。ベトールの代わりにフーナプラーナ防衛に向かってください。獣魔課詰所になっている小屋は自由に使っていただいて構いません。まずは村長のモロウさんと面会し、詳細をお話しください。こちらからも、村長へ呪符通信で連絡いたします」
「わかりました」
ラキュートはうなずくと、一歩後ろに下がった。
「それでは行って参ります」
そう言って、二人に軽く頭を下げ、そのまま魔道院塔と同じ高さまで一気に飛び上がった。そして、あっという間に東の方角へと飛び去る。
魔道院塔の“院前公園”へと出る通路前。
魔道士を引き連れて地下階から上がって来たルルアが、その出入り口で抱えていた荷物の中身を確認している。
ルルアの持っていた布製のバッグには、大きめの魔晶石と長さ30センチほどの細い棒状のパーツが何本か入っていた。
「少し待ってくださいね」
ルルアはそう言うと、その銀色の棒状のパーツを取り出し、それをつなぎ合わせた。
その先端の部分に最後に大きめの魔晶石をはめ込む。
「うん。これでいいわね」
完成したのはルルアの背の高さと同じくらいの長さの魔杖だ。
パーツに分解できる携帯型だけあって、柄の部分に装飾の類は無く、ところどころに細かい紋様が彫り込まれている。
「その魔道具を使うには、中心点が必要なのよ」
すぐ後ろにいたリリアナに向いて、魔道具の入った箱を示すように言うと、空になったバッグを折りたたみ、マントの下にしまった。
「さあ、行きましょう」
ルルアの言葉に、魔道士たちが頷く。
広場の中央に向かってルルアを先頭に、9人の魔道士たちが緊張した面持ちで歩く。そのうちの後ろの6人が、対ジニマル用魔道具が入った箱を重そうに持っている。
広場の中央で、魔法課の赤属帯の魔道士に囲まれたテオの姿が見える。
「テオ様!?」
ルルアは驚いた顔をした。
テオはルルアに気が付くと、手を上げて軽く微笑んだ。
テオの周りにいた、魔道士課の三人の魔道士もルルアに気が付くと、軽く頭を下げた。
テオたちと共に待機していた魔法課の魔道士たちが、一斉に魔道士課の魔道士の後ろに並び直す。
「ルルアさん、お待ちしておりました」
テオが言う。
「テオ様が直々に来られるなんて……」
ルルアは予想外とばかりにテオの顔を見た。
ルルアと一緒に来た魔道士たちが数歩下がった位置で、テオと魔道士課の魔道士たちに頭を下げる。
テオは、ルルアの後ろにいる魔道士たちの持つ箱に目を留めると言った。
「それが、対ジニマル用の魔道具ですね?」
「えぇ。魔道具課がきちんと手入れをしてくれていたので、状態は非常に良好です」
ルルアはそう言って、リリアナたちを振り向いた。
その視線に、リリアナが緊張した様子で言う。
「テ、テオ様。魔法課課長補佐のリリアナです。では魔道具の確認をお願いいたします」
そして、後ろにいた魔道士たちに合図を送った。
魔道士たちも緊張した様子で、テオとルルアの前に箱を並べて置くと、すぐにリリアナの後ろに整列した。
「ソフィア、そちら側から箱を開けてください。私はこちらから中を確認します」
ルルアはそう言うと、横並びに置かれた箱の端を指した。
「わ、わかりました!」
ソフィアが緊張気味に答えた。
そして、箱の前にしゃがみ、ひとつずつ箱を開ける。
テオは前かがみになり、ルルアの開けた箱の中を確認するように見た。
正十二角形を半分にした木製の基盤。
2枚で1つの正十二角形になり、中央に大きな穴が開く。
その周りを等間隔に片方三ケ所、直径5センチほどの魔晶石がはめ込んである。直径は約八十センチ。板全体にはその魔晶石をつなぐように複雑な紋様を描いた溝が廻っていた。
ルルアが言う。
「マナクロマトグラム用の魔道具です。2枚で1つになります。魔晶石が1枚につき、六か所はめ込んであり、彫られた溝によってジニマル由来の魔力を分析し、分離させます。それを、防衛結界の起点になっている魔晶石に重ねることにより、ジニマル由来の魔力だけを選択的に排除することができます」
テオが感心したようにうなる。
「うむ。さすが上級魔道具士ですね。道具に対する理解が正確です……」
そう言うと、ほかの箱の中も確認するように見た。
「ありがとうございます。ですが、実際には使ったことのないものです。うまくいくと良いのですが……」
ルルアの顔に若干の不安が浮かぶ。
テオが腰に手を当て、笑顔で言う。
「大丈夫ですよ。この魔道具の開発には私も関わっております。今見た限りでは、経年劣化も、不具合も無いようです。あとはルルアさんの特殊能力が、より強い効果を発動するでしょう」
ルルアはテオの言葉に苦笑いをした。
そして、話題を変えるように言う
「テオ様、それで魔道士課ではどなたが応援に……?」
「あぁ、そうでした」
テオが思い出したように後ろを振り返った。
「この三人が担当します」
その声に、ヘリソン、サラナナ、レベスの三人が、一歩前へ出て、ルルアたちに軽く頭を下げた。
「心強い三人ですね」
ルルアが微笑んで言った。
ルルアの後ろにいた魔法課、魔道具課の魔道士たちは、普段滅多に見ることのない魔道士課の魔道士たちに、驚愕したように顔を強張らせ、無言のまま立ち尽くしている。
「ルルア、久しぶりね!」
サラナナが言う。
「サラナナ。よろしくお願いするわね」
ルルアとサラナナは握手を交わした。
サラナナは、ルルアと同い年くらいの見た目の女性魔道士だ。
青緑色のショートカットの髪型に、魔晶石の小さなピアスを付けている。
「旧友の再会ですか……」
サラナナの隣にいたレベスがつぶやくように言った。
レベスはテオよりも年配に見える見た目で、白髪交じりのチリチリした短い髪に丸い片眼鏡をかけている。
左手には、脇に挟むように、分厚いグリモワールを持っていた。
サラナナがレベスに言う。
「えぇ。ルルアとは魔道学校までずっと同級生よ。あったのは二十年ぶりくらいかな……?」
「そうね。――」
ルルアも微笑んで頷いたが、すぐに難しい顔をして言う。
「――でも、再会を喜んでいる時間はないわね。テオ様……、準備を始めます」
その言葉にテオと、その周りにいた魔道士たちが頷く。
「ソフィア、リリアナさん。魔道具を配ってください。2枚で一組。結界点になっている魔晶石に、両脇から挟むように設置してください」
ルルアの声に、ソフィアとリリアナはうなずいて、箱から魔道具の基盤を取り出した。
それを待機していた魔道士たちに渡す。
サラナナも箱から4枚手に取ると、それをレベスに2枚、一組分渡した。
レベスは魔道具を受け取ると、ルルアを向いて言った。
「我々は、どの結界点に入ればよろしいですか?」
その言葉に、ルルアが少し考えるようにレベスを見た。
「あ……。そうですね、魔道具課の三人は北向三角の結界点に入ってください」
「わかりました。では私が三角の北の位置に入りましょう。西南はヘリソン、東南はサラナナでいいでしょう」
レベスの言葉に、左側にいたヘリソンがサラナナから基盤を受け取り「わかりました」と頷く。
サラナナも「はい」と返事をした。
「全員道具は持ちましたか?」
ルルアはそう言うと、魔法課、魔道具課の魔道士たちを見回した。
リリアナも、周囲の魔道士たちを確認するように見る。
魔道士たちは、一様に不安げな表情を浮かべ、魔道具を持って立っていた。
「うん。では南向三角の南にはリリアナさん、北東にはソフィアさん、北西には……、そうですね、あなた、入ってください」
ルルアはそう言うと、ソフィアの後ろにいた魔道具課の青いマントを羽織った魔道士の一人に言った。
指名された若い感じの魔道士の男は驚いた顔をして、焦ったように返事をした。
「わ、わかりました!」
「残りの6点は、順番に入ってください。では、各自速やかに結界点に移動してください!」
ルルアが声を張って言った。
その声に、一同頷いてそれぞれの担当する方角に向かって飛び立った。
残ったテオがルルアに言う。
「中央の起点は、やはりルルア様ですか……」
「えぇ……」
ルルアは頷くと、「はぁ」と大きくため息をついた。
そして持っていた魔杖の先の魔晶石を見つめて言う。
「私は、魔道具の力を最大まで引き出せる能力があるとはいえ、持っている魔力自体は低いですからね……。この魔杖だけが頼りですよ……」
そして不安げに目を細める。
「あの対ジニマル用魔道具にはスコット様も開発に携わっておられました。……大丈夫、きっとうまくいきます。私は術の軌道が安定するまで、ここにいますよ」
その言葉に、ルルアは僅かに安堵したような表情を浮かべた。
「テオ様……。ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです」
ルルアは魔杖を持ち直し、緊張気味に辺りを見回した。
魔法課の魔道士が数人、テオの後ろに待機している。
ルルアはそのうちの、青属帯の魔道士に言った。
「魔法課の方、では外周防護をお願いしますね。……そろそろ対ジニマル用結界術を起動させます」
青属帯の魔道士が頷いて答える。
「わかりました」
そして、周りにいた赤属帯の魔道士に指示を出すと、青いマントを翻して、広場の中央から遠ざかった。
赤属帯の魔道士たちも、ルルアを中心に、放射状に外側へ駆けて行った。
ルルアがテオに向いて言う。
「この結界術で、中央起点で現れる魔法円はかなり大きいものになるはずなのです。この広間ギリギリとまではならないと思いますが、それでもどこまで広がるか……。やってみないとわかりません」
「ふむ」
「彼らには、予想される範囲内に他の魔道士が立ち入らないよう、魔法円の外周防護をお願いしています」
「なるほど。では、私も邪魔にならないよう、公園の端に移動することにしましょう」
「……邪魔だなんて」
ルルアはつぶやくように言うと、不安からか魔杖を強く握りしめた。
「大丈夫。軌道に乗るまでは私が外周から補助します。そして、起動後はリザ様が遠隔補助を行う手はずになっておりますから。自信を持って、ルルアさん!」
テオはそう言うと、ルルアにニコッと微笑んだ。
ルルアが若干照れたような顔をし、視線を外す。
「そ、そうですね……」
ルルアは強く握った魔杖を、さらに強く握ると、足元にまっすぐに魔杖を立てた。
そして、キッと厳しい表情をする。
テオはその様子を見てうなずくと、サッとマントを翻し、僅かばかり浮いて後ろ向きのまま一気に広場の北端に移動した。
頭上に広がる空に、外城壁の防衛塔に設置された魔晶石に、対ジニマル用の魔道具が加わったのか、そこから発せられる光がぼんやりと映り込む。
ルルアとテオはそれぞれ空を見上げた。
僅かに明るくなった空。
広場にいた、魔法課や獣魔課の魔道士たちも、空を緊張気味に見上げた。
ルルアは握っていた魔杖を頭上に高く掲げた。
その途端、魔晶石が眩く輝き、足元に緑味を帯びた白い大きな魔法円が、複雑な紋様とともに浮かび上がった。
広場内にいた魔道士たちが、広場いっぱいに広がったあまりにも巨大な魔法円にどよめく。
テオも、公園の端で驚いた顔をした。
「ここまで大きく広がるとは……。スコット様とルルアさんの……子弟の能力の融合。見事です……」
魔道具が設置された外城壁の魔晶石がより強く光り、空に向けて光の柱を立てる。
ルルアの持つ魔杖の先の魔晶石も、足元に展開する魔法円の中、空に向けてまっすぐに光の柱を作っていた。
公園の端、目隠しとなっている樹木の上に浮いているテオが、ルルアの放つ光の柱に向けて、手をかざした。
「うむ。確立までもう少し……」
そう言って、ルルアの魔晶石に向け適度に魔力を送る。
やがて上空の高い位置で、ルルアの放つ柱が、それぞれの結界点の柱に向けて一瞬、一筋の光を放った。
ルルアは厳しいながらもどこか安堵した表情を浮かべた。
(魔力の経路が確立したわね……)
その顔を冷や汗が伝う。
テオは手を下ろし、経路の確立を確認すると魔道院塔を見上げた。
(ルルアさん……。起動はうまくいったようですね。あとは術の安定と継続……)
――“リザ様、後はお任せしました”
――“テオ様……、わかりました。どうぞお気をつけて……”
魔道院塔の屋上。
王都デグレードを一望する高さから、リザが濃紺のマントを翻し、大きな魔杖を手に、ルルアの放つ魔晶石の光の柱を見ていた。
テオはもう一度、広場の中央に立つルルアを確認するように見ると頷いた。
そして厳しい表情をし、北へ向かって一気に飛び立った。




