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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
46/71

第35話 雨の、降る前

 ――要塞都市ナガール


 夜の街はすっかり寝静まり、明かりの灯る家もなく、街路灯だけがポツポツと寂しく灯っていた。

 時折、空を飛ぶ魔物の、擦り切れるような不気味な声が遠くに聞こえる。


 シオウル山脈を望む北側の防壁と防衛塔。

 ナガールに配属された王国軍の兵士が警戒にあたっている。


 ナガールの北側はミュール国へつながる街道があり、ナガールの中で最も防衛が厚い。

 その街道へ通じる防壁門の前には、鈍い銀色の簡素な鎧と長い槍を携えた屈強な兵士が数人、街道を見張るように警戒している。

 その両脇に建つ防衛塔の上には、二人ずつ弓兵がいた。

 背には斜めに矢筒を背負い、手に持つ頑丈そうな弓と皮の胸当てを付け、身軽そうな鈍い銀色の簡素な鎧をまとっている。


 塔の上で警戒している弓兵の一人が、アームガードを確認しながらもう一人に話しかけた。

「防衛結界が直って良かったな」

「あぁ。この間、魔道士が直していたよ。やっと魔晶石の使用許可が下りたらしい」

 もう一人はそう言うと、防衛塔から空を見上げた。


 防衛塔の上の台座に乗った魔晶石から発せられる淡い光が、限りなく薄くナガールの町を覆っている。


「俺には見えないけど、魔道士が見れば結界が張ってあるのがわかるんだろ?」

 話しかけられた男はそう言って、アームガードを直している男を見た。

「そうらしいな。オレも魔力がないから見えないけど、クーシャさんなら見えているんじゃないか?」

 アームガードを直していた男はそう言うと、反対側の防衛塔に、同じように警備に当たる弓兵の一人を見た。

 そして、ため息をつき言う。

「いいよなぁ、コランさん。オレもクーシャさんと組みたかったぜ……」

「奇遇だな。それは俺も同意見だ」

 そう言って二人は互いに微笑んだ。


 反対側の防衛塔の上。

 長い黒髪をきっちりと結い上げた、涼しい目元の女性弓兵が、反対側の防衛塔の弓兵二人を、ムッとした表情で見た。

「あの二人、何をやってるのかしら。今夜は何か魔力の流れがおかしいと言うのに……」

 そうつぶやくように言うと、四人の弓兵の中で唯一纏っている短めの溜め色のマントを翻し、シオウル山脈を難しい顔をして見つめた。

 山の上部がすっぽりと厚い雲に覆われている。


 クーシャと背中合わせに、街の様子を警戒している男が言う。

「油断してるんだろうな。先月魔物の強襲があったばかりで、しばらくは襲ってこないと思っているのだろう……」

 男はガタイのいい身体つきで、浅く被った楕円形の帽子のような兜の下に、鋭い目が覗いている。その立ち振る舞いが、弓矢を持っているにもかかわらず弓兵には見えない。


「お疲れ様です……――」

「……――」


 防衛塔の下の方から何やら話声が聞こえる。

 クーシャは防衛塔上部の胸の高さまである壁に手をついて、前のめりに下を覗き込んだ。


 防衛壁の内側、門から市街地へと続く道に、魔道院の魔道服を着た男女が見える。

 男の方は濃紺のマントを羽織り、女の方はクーシャと同じ色の赤いマントを羽織っている。

 男が、門の内側にいる兵士に話しかけていた。


「ミラ!」

 クーシャはそう言うと、すぐに後ろの男に向きをかえ言った。

「コラン、私は少し下に降りてくる」

「あぁ……」

 コランは厳しい表情で頷いた。


 街道へとつながる頑丈な門の内側。


 ミラが、青ざめた顔でバスと門兵との会話を見ている。

「ミラ!」

 門に向かって右側の防衛塔を下りてきたクーシャがミラに駆け寄る。

「クーシャ!」

 ミラが少し驚いたようにクーシャを見た。

 クーシャに気付いたバスが、クーシャに軽く頭を下げる。


 バスと話をしていた門兵の二人が顔色悪く、何やら難しい顔をしている。

「何かあったの?」

 クーシャはミラに聞いた。

「う、うん……」

 ミラは困ったようにバスの顔色をうかがった。

「私は魔道院魔法課ナガール支部のバスです。今、門兵の方々にも話をしたんですが……。どうも今夜の魔力の流れがおかしいんですよ」

 バスはそう言うと、閉じられた門を見た。

 門の内側の両脇に焚かれたかがり火が、門を赤く照らし出している。


「魔力の流れ……。私は、クーシャと申します。王国軍ナガール部隊所属のアーチャーです。それは私も感じていました」

 クーシャが低く落ち着いた声で言った。

「クーシャ、それでね、私たちは防衛結界の強化に来たの。他の防衛塔へも支部の魔道士が手分けして強化に向かっているわ」

「今夜のこの魔力の流れ、魔道院が結界を強化しなければならないほど危険な状況なのですか?」

 クーシャが少し驚いた顔をしてバスに聞いた。

「いつもは魔力の流れなど、気にも留めないのですが、今夜に限ってシオウル山脈から恐ろしく冷たい魔力の流れを感じます」

 ミラが言う。

「支所長に聞いたら、昔、似たようなことが一度あったらしいの。その時は、“カロの森”に呪詛を帯びた激しい雨が降って、王都では一時的に魔法が使えなくなったって……」

「魔法が!?」

 クーシャは驚いた声を上げた。

 そしてすぐにバスを見て、「し、失礼しました」と、気まずそうに言った。

「いえ。……その話は百年ちかく前のことらしく、今、支所長は王都魔道院に問い合わせをしています。……まぁ、魔晶石で魔力を補填することができますから、魔法が使えなくなる、ということはないと思いますが……」

 バスはそう言うと、顎に手を当て難しい顔をした。

 クーシャが不安げに聞く。

「……カロの森は雨が降っているんですか?」

 ミラが不安そうに言う。

「今、問い合わせ中なの。もし、激しい雨が降っていたら、百年前の再来になるかもしれないって……――」

 そして、周囲をうかがうように見回した。

「――ほんとに、この魔力、悪寒を感じるわ……。気を張っていないと倒れそう……」

 ミラはそう言うと、唇を固く結んで視線を落とした。

「ミラ、無理しないで。あなたは魔力の感応が良すぎるんだから……」

 クーシャはそう言うと、ミラの肩を支えるように腕を回した。

 ミラが不安げに頷き微笑む。


 西に回る防衛壁側の奥から、鈍い簡素な鎧と剣を腰に差した男が三人、門の前に走って来た。

「魔道士様!何かあったのですか」

 そのうちの一人、兜に飾り羽の付いた指揮官らしい男が言った。

 クーシャが一歩後ろに下がり、その男に胸に手を当て軽く頭を下げる。


 男はバスの前に来ると、軽く一礼し、丁寧に挨拶をした。

「私は王国軍ナガール部隊所属、防壁防衛隊隊長のダゴン・アンネドトゥス。ダゴンと呼んでください」

「私は魔道院ナガール支部の魔道士、バス・ウエールです。先にご連絡差し上げた通り、今夜は何やら魔力の流れがおかしいのです」

 バスはそう言うと空を見上げた。

 釣られるように、ダゴンも空を見上げる。


 北から黒く垂れこめるような雲がどんどん流れ込み、上空を覆っている。


 防衛塔の上の弓兵たちも、不安そうにバスたちの様子をうかがっていた。


 クーシャが言う。

「へ、変だわ。……雲が北から流れてくるなんて」

 ダゴンが難しい顔をし、バスを見て言う。

「確かに……。この雲の動きはおかしい……」

 バスは頷くと厳しい表情をした。

「そうですね。それに、北から流れてくるこの冷たい魔力、私には覚えがある……」

 その言葉に皆、バスを注目する。

「シオウルの魔王、ジニマルの魔力の波動……。間違いない」

 バスはそう言って、深く頷いた。


 ダゴンと一緒に来た兵士たちは、ジニマルという名に恐怖の表情を浮かべた。

 ダゴンも先ほどよりさらに厳しい表情に変わる。

「間違いないのですか?」

「えぇ。……私は以前、シオウル山脈でこの魔力に中てられたことがあるのです。……まず、間違いないでしょう」

 ダゴンは、バスの言葉に少しの間言葉を失った。

 バスが言う。

「防衛結界を強化します。塔に上っても?」

 ダゴンは、ハッとしたように顔を上げた。

「あ、えぇ。そうでしたね。他の塔の上の兵士には、魔道士が来たら護衛するよう伝令を出しています。……それにしても、魔王が絡んでいるとなると魔法戦は避けられないですね」

 バスが頷く。

 ダゴンが横を振り向き、ついてきた兵士に言う。

「伝令。すぐに部隊長に魔王のことを知らせるのだ。警戒を怠るな!」

「はっ!」

 兵士の一人が返事をし、街の中心へ続く道をナガール部隊の屯所へと駆けて行った。

「他の者は、順次対魔装備への切り替えを!」

 その言葉に、門の前にいた兵士たちのうちの数人が、魔法戦に備え慌ただしく動き出した。

 残りは先ほどまでと同様に、周囲を警戒している。


「ミラさんは、そちらの塔をお願いします。私はこちら側を」

 バスはそう言うと、門の左右にある塔を差した。

「わかりました」

 ミラが返事をする。

「案内するわ。ミラ、こっちよ」

「クーシャ、ありがとう」

 ミラは、クーシャに支えられるように、防衛塔の小さな入り口に入っていった。



 ――魔道院、地下実験場


 冷たい空気。

 窓は無く、足音の響く天井の高い広い空間。


 その壁面の、等間隔にいくつかある扉の一つからベトールが出てきた。

 薄暗い広間の様子を慎重にうかがうと、今し方出てきた扉に向かって手をかざす。


 扉に付けられた魔道院の紋様が一瞬淡く光った。

 扉にカギがかかる。


「……これでいいですね」

 ベトールは手を下ろすと、再び慎重に辺りをうかがった。

「さすがにこの時間、誰もいませんね……」

 つぶやくように言うと、広間の太い柱を避けるように壁沿いを歩き、広間の出入り口へと向かう。


 ひときわ大きな黒い扉。

 ベトールはその扉に手をかけ、広間を振り返った。

(亜型の意図的な生成……。これで、“魔王の眷属説”に対抗できるはず……)

 そして通路に出ると、その重厚な扉をゆっくりと閉めた。


「こんな時間まで残業ですか?」


 その声にハッとして振り返る。


 広間前の、天井の高いやや広い通路。

 薄暗い中、その壁に腕を組んで寄りかかっているテオが、厳しい表情でベトールを見ていた。

「テ、テオ様……。なぜ、ここに……」

 ベトールが戸惑ったような表情を浮かべる。


 地下実験場の広間は、獣魔課が貸し切って使っている場所だ。

 獣魔課と、地下階に倉庫を構える魔道具課に所属する魔道士以外、地下階まで下りてくる者は少ない。


 テオが姿勢を整え、通路をゆっくりとベトールに向かって歩いてきた。

「一昨日、ベトール君に幻獣生成の話をしてから、気になっていたのですよ」

「……」

「入院中のバルキエルさんに話を聞きましてね、君ならやりかねないと……」

「……何の、話ですか……?」

 ベトールがそう言って苦い顔をする。

「君が、私に感化され、亜型の生成実験を行うのではないか、ということです……」

 ベトールがその言葉に僅かに動揺し、顔を引きつらせた。


 その様子に、テオが予想通りとばかりに目を細め、顎に手を当て言う。

「やはり……、行ったのですか……」

 ベトールが視線を落とし、無言のままに頷く。

「ふむ……。それで、結果はどうでした?」

 ベトールが曇った表情で答える。

「成功しました……。今、その亜型を獣魔課実験室の檻に入れたところです」

「なるほど、やはりそうでしたか……。まずは成功おめでとう……」

 テオはそう言うと、困ったように微笑んだ。

 ベトールは少し訝しげな顔をした。

「ありがとうございます。この生成の成功は、亜型の“魔王眷属説”を否定するのに、十分足る論拠になると考えています」

 そう言って、テオの様子をうかがう。

(このような話をするために、テオ様が地下階まで下りて来たとは思えませんね……)


 テオはベトールの話に、僅かに眉間にしわを寄せ、視線を落として何やら考えている。


 そして、少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。

「これは明日の魔道院会議で発表する予定だったのですが、そうもいかなくなりましてね……」

「なんの話ですか?」

 ベトールが訝し気に聞いた。

「私の作り出した幻獣も、ベトール君が作り出した亜型も、“魔王眷属説”を完全には否定することができない……、ということです」

「え?それは……、一体どういうことですか?」

 ベトールが顔をしかめ、首を傾げる。


 テオはベトールの問いかけには答えず、横に首を振ると、真剣な顔で言った。

「今はゆっくり話をしている時間がありません。私とベトール君……。どうやらその魔術を行ったタイミングが悪かったようです」

「えっ……?」

 ベトールは困惑した表情を浮かべた。


 テオは数歩扉に近づくと、閉まった扉に片手をつき、扉の先にある広間を透かして見るように言った。

「森が、雨を呼び始めていたのはご存知でしたか?」

「えぇ……。それなら把握していました……。森の魔力が全体的に低下していましたから。……ですが、あの程度の濃度なら、森は一晩雨を降らせれば、魔力濃度を元に戻しますし、特に問題になるようなことでは……」

 ベトールは、テオの意図するところがわからず、訝しげな顔をしたまま言った。

 テオがベトールに向き直り言う。

「森の魔力が、戻っていないのですよ……」

「……?」

「私が幻獣を生成したのは、魔力が最も安定する新月……。その後、私も、森が通常通り、魔物から魔力を吸収し、濃度を戻すと思っていたのです。……ベトール君の言う通り、これまでも、あの程度の魔力低下は度々起こっていましたし、その度に森は雨を降らせ、近隣の魔物化した獣や植物から魔力を吸収して濃度を戻していました――」

 ベトールが慎重に頷く。

「――ですが、今回に限ってどういうわけか、森は魔力を戻すことなく、今も低下したまま……」

「……森が、魔力を戻せていない?……テオ様が幻獣生成を行ったあの晩は、森に雨が降らなかったのですか?」

 ベトールが少し驚いたように言った。

「そのようですね」

「うーん……。ですが、高濃度に森の魔力を使ったとしても、新月であれば、雨が降らなくても魔力回復は早いはずでは……?(確かに、妙に魔力が低下しているとは思っていましたが……。まったく回復していなかったのですか……)――」

 ベトールは視線を外し、少し考えるようなそぶりを見せた。

 そして、訝しげな顔のまま、再び視線をテオに戻す。

「――それで、タイミングが悪いというのは?」

「それは……、大きな魔力を使う魔術を、魔力が回復しきれないうちに行ってしまったということです。……その結果、森は低下した魔力の回復をはかろうと、いつになく強い魔力を呼び寄せているようなのですよ」

「強い魔力?……で、ですが、森は、森の中にいる魔物からしか魔力を引き戻せないのでは?」

 ベトールに僅かに動揺が見える。

 テオが腰に手を当て、通路の白い壁面を遠い目をしてみた。

「先ほど、ナガールから緊急連絡が入りましてね……。シオウル山脈からジニマルの魔力が流れてきていると……」

「え!?それって………」

 ベトールは目を見開き、言葉を失った。

「そう。考えられることは……、森は、魔王ジニマルから魔力を奪おうとしている、ということです」


 テオは、驚愕のまま立ち尽くしているベトールに、語り掛けるように話を続けた。

「今から九十五年ほど前、似たようなことがありましてね……。私がまだ魔道院に入って数年経った頃の話です。森の魔力が今回よりもさらに低下したことがありました――」

 テオはそう言うと遠い目をした。

「――あの時も同様に、森に雨が降らず、森の魔力が枯渇寸前にまで陥ったのです。そのせいで森の力場から流れ出る魔力は、全て森の魔力回復に充てられ、森の外へ流れ出る魔力が完全に絶たれました。その結果、国中の魔力を持つ者すべてが一切魔法も魔術も使えなくなったのですよ……。もちろん私も、当時魔道士課の課長だったアルマデル現院長も、当時の魔道院長リオ様さえも……」

 そして、苦い顔をする。


 ベトールが、ようやく口を開き言う。

「……で、ですが、魔道院には魔力の枯渇に備え、魔力を維持するための大きな魔晶石があったはず……。魔道士全員が魔法を使えなくなるという状況……、とても想像できません……」


「だが、現にそれは起こった……――」

 テオはつぶやくようにそう言うと、自分の手をじっと見つめた。


「――真っ先に、その魔晶石が森に魔力を奪われたのですよ。当時の魔道院の魔晶石は、魔王に匹敵するほどの魔力濃度を誇っていましたからね。そして、森から最も近い高濃度の魔力源でもあった――」

 そう言って、見つめていた右手を、顔をしかめ固く握る。

「――魔晶石の魔力を半分ほど奪われたところで森に雨が降り始め、そのすぐ後に、魔晶石は雨に導かれるように森の中に飛んで行ったのです……。その後、魔晶石がどうなったのかは……未解決のままです」

 テオはそう言うと、地上階に続く明かりの点いた方の通路をじっと見た。


 こうして話をしている間にも、状況が刻々と変化している。

 テオは北から微かに流れてくる、悪寒を伴う冷たい魔力の波動に、胸騒ぎを感じていた。


 ベトールが驚愕した表情を浮かべている。

 そして冷や汗交じりに言う。

「……その話は存じておりました。……が、それは異世界への扉が強引に開かれたことによる特殊な状況下で起こったと聞いております。……今回の生成実験が、それに準ずるほどの特殊性があったとはとても思えません……」

 テオはその言葉に大きく頷くと、腕を組んで顎に手を当てた。

「確かに、そうなのですよ……。ですが、森は明らかに魔王ジニマルから魔力を奪い、魔力を回復させようとしているようです。……だとすれば、こうなった今回の原因は……、どう考えても、森の魔力を低下させた私たち二人にある、とみるべきでしょう……」

「くっ……、確かに……。ですが、こんなことになるなんて……。あの程度の魔力低下で……信じられません」

 ベトールが、少し後悔したように言った。

 テオが首を横に振る。

「ベトール君、それを解決する義務は我々にあると思いませんか?……私に協力してくれますね?」


 僅かの沈黙の後、ベトールはテオの言葉に何かを決意したような顔をし、無言のままに大きく頷いた。

「ありがとう。……時期に、院長名で魔道士一斉召集がかかります。私はすぐに王都防衛のための結界強化に当たりますが、ベトール君、君は獣魔課の指示ではなく、私の指示に従ってください。バルキエルさん……、バルキエル・シェオル課長には私から伝えておきます」

「はい」

「それに、少し気になることがあるのですよ……」

 テオはそう言うと、顎に手を当て、通路の先を見た。


(スコット様の隠れ家で出会った“カロ屋”の魔物ハンター、ルイさん。……彼女の力が、今回の一件にどう影響しているのか……)


 ベトールの言うように、テオも今回の一連の出来事が、百年前の、異世界への扉が強引に開かれ、森の魔力が枯渇寸前にまで低下した特殊な状況と、同等とは思えなかった。


 ならば、なぜ森は、大きな魔力源……魔王ジニマルから魔力を奪おうとしているのか?


(やはり、異世界の方の力を借りたのが良くなかった……?ですが、彼女の魔力の波動、あの純粋で何の混じりけのない……)

 まるで、力場から直接流れ出しているかのような魔力の波動……。


「テオ様?」

 ベトールが不安気な表情を浮かべ、テオの顔を覗き込んでいる。


「あ、いえ……」

 テオは気まずそうにべトールを見た。

「……気になることとは一体……?」

 ベトールが真剣なまなざしでテオを見ている。

「そうですね……、いや、……ここで考えていても、(ルイさんに関しては)何がわかるわけでもありませんね……。もう少し状況を見て、考えがまとまりましたらお話します……」

 テオは苦笑してベトールに言った。

 ベトールが顔をしかめ不安気に聞く。

「では、ジニマルの様子はどうなのでしょうか?森ではなく、シオウル山脈に魔力を吸収する雨が降っているのでしょうか?」

 その問いに、テオは顎に手を当てたまま宙を見た。

「うーん、……それはわかりません。ジニマル自体、雷雨を操る魔王です。例え雨が降っていたとして、それが森に由来するものなのか、魔王に由来するものなのか、我々では判断がつかないのですよ」


 そこへ、テオの視線の高さよりやや上の空中に、青白い炎が現れた。

 二人同時に炎を見上げる。

 それは一瞬にして消え、中からはがきほどの大きさの紙切れが現れた。

 テオはマントを翻し、とっさに紙切れを受け止めた。

 そして、そこに書かれた文面を読むと、眉間にしわを寄せ、難しい顔をした。

(ミゲルさん……。魔王に関しては、やはり彼の情報が一番早いですね……)


 テオは、ミゲルの送ってきた紙切れをサッと折り畳むとマントの下にしまい、ベトールに振り向いて言った。

「ベトール君、森に魔力を奪う雨が降り始めたようです。あまり時間がありません。行きましょう……」

 そして通路の先に向きをかえ、足早に歩き出した。

「は、はい!」

 ベトールは一瞬焦ったような顔をしたが、すぐに大きく頷いて返事をし、テオの後を追うように地下実験場を後にした。



挿図:デグレード周辺概略図

挿絵(By みてみん)

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