第33話 予兆
『カロ屋』の休憩室。
壁に掛けられた時計がピピッっと鳴り、午後九時を告げる。
壁際の椅子に腰を掛け、ココアの入ったマグカップを手に持ったアリサが、時計を見上げてつぶやいた。
「ルイ兄、遅いなぁ……」
マグカップを静かに置き、待ちくたびれた顔で机に頬杖をつく。
ぼんやりカップに揺らぐココアの表面を眺めていると、店側で茂の声が聞こえた。
ハッとした顔で店を振り向く。
「!?帰ってきた?」
アリサは慌てたように椅子から立ち上がり、休憩室を出て店に入った。
組子障子の戸の前、ルイが茂と何やら話をしていた。
「ルイ兄!」
その声に、ルイが振り向く。
「あ、アリサ。まだ店にいたのか……。宿題、大丈夫なのか?」
アリサがレジカウンターの内側から、カウンターに前のめりになって言う。
「大丈夫!そんなことより、ベトールさん、なんだったの!?」
少し顔を赤らめ、何かを期待したようにじっとルイを見ている。
「あぁ。やっぱり木の実の魔物のことだったよ。ほら、そこにあるやつの話」
ルイは、カウンターの端に置きっぱなしになっていた、未熟なマ・ブーナの実を指して言った。
アリサが口をへの字にして、少し嫌そうな顔をする。
「……アタシじゃ、こんなのよくわかんないもん」
そう言って、アリサは魔物の実を手に持つと、その実をルイめがけて投げつけた。
「うわっっと!」
ルイの腕に当たった実は一度弾んで、落下しそうになったところをルイは慌ててキャッチした。
「危ないじゃないか!」
ルイが怒ったように言う。
カウンターに突っ伏し、アリサが不貞腐れたような顔をする。
「おいおい、何やってるんだ」
茂が呆れたように言った。
「だって……」
アリサは視線を伏せたまま、カウンターに頬をくっつけて言った。
ルイが「はぁ……」と、大きくため息をついて、なだめるように言う。
「アリサ、ベトールさんに、言っておいたから」
「……何を?」
「……その、店の常連になってくれって」
「え?……なんで?」
アリサがゆっくりと顔を上げる。
「あの人、結構義理堅い気がするから、そう言っておけば店に来てくれるような気がするんだよね。昨日、叔父さんの診察の様子を見てたけど、魔物に関してはやっぱ俺よりずっと知識があるし、こうやって繋がりを持っていれば――」茂を指さし「――こんな状況みたいに、何か困ったことが起こったら助けてくれそうだしな」
ルイは魔物のような姿の茂を見てニヤッっと笑った。
「そ、そうだな、ガハハ」
茂が照れたように苦笑いをする。
アリサが驚いた顔でルイを見ている。そしてカウンターに両手をついて勢いよく言う。
「ほんと!?ほんとに!?ベトールさん来てくれるようになるの?」
「た、たぶん……。まぁ、仕事があるだろうから、ちょいちょいは無理だと思うけど、たまには来てくれるようになると思う」
ルイは冷や汗交じりに答えた。
「でも、そりゃいいな。ベトールさんは、魔物の素材についても詳しそうだからよ。魔物をどう加工したら良い素材になるのか、いろいろ聞いてみたいぜ、ガハハ」
茂がカウンターに片腕をつき、不気味に笑った。
(叔父さん……。また良からぬこと考えているな)
アリサは、はにかんだような顔をして明後日の方向を見ている。
「……(ベトールさんが、来てくれる……)」
ルイは困惑した顔でアリサを見た。
「じゃ、俺。もう一つやることがあるから、また少し出てくる」
そう言うと、くるりと向きを変え、組子障子の引手に手をかける。
「うん?まだ何かあるのか?」
茂が少し心配そうに言う。
「大したことじゃないよ。すぐ戻る」
ルイはそう言うと、組子障子の戸を開け、異世界側に出た。
暗雲立ち込める空。
湿り気のある冷たい空気が流れている。
時折吹く強い風に、森の木々の枝葉がザワザワと揺れる。
「……なんだろう。胸騒ぎ?……嫌な感じがする」
ルイは先ほどまでは感じなかった寒気のする空気に、少し前かがみに、未熟な実を持ったまま腕を胸の前で組んで、西の空を見上げた。
異世界側のカロ屋前の広間。
ルイはその真ん中に立つと、右側のポケットに手を入れた。
「うーん、ポケットを付けておいて良かった……」
そうつぶやいて、ポケットの中から名刺サイズの紙切れを一枚取り出す。
不意に、もう一枚、四つ折りになった紙切れが足元に落ちた。
「あれ……?」
ルイはそれを拾い上げ、二枚の紙切れを確認するように見た。
紙切れは、どちらも呪符通信登録紙で、以前ベトールに渡されたものと、もう一枚は先日、テオに渡されたものだ。
「あぁ……、そうだった。やれやれ、二人分か……」
ルイは疲れたようにつぶやくと、面倒くさそうに、二枚の呪符通信登録紙を重ねて手に持った。
「“ルイ”でベトールさんに連絡……なんて。こんなところアリサに見られたら、アリサのやつ、怒りそうだからな……」
ルイは軽く念を込め、二枚の紙切れを同時に空に放り投げた。
紙切れはルイの頭上の少し高い位置で、青白い炎を上げ、一瞬にして消え去った。
「うん。これで二人と通信が確立されただろう……。呪符通信って、アリサは“メアドみたいなもん”とか言ってたけど……。うーん、まぁ、そんなもんか」
ルイは紙切れが消えた宙を、確認するように見た。
西寄りの冷たい風が少し強く吹き抜ける。
その風の中、ルイはカロ屋から東にあるマ・ブーナの巨木の方を向いた。
「……昨日といい、今日といい、こう魔力の消費が多いと、強い魔法が使えなくなるからな……」
“カロの森”は、魔力が溜まりやすいとはいえ、その蓄積してゆく魔力の量に変動は少ない。
幻獣生成で、森はかなりの魔力を消費され、現在“カロの森”の魔力は全体的に濃度が薄い。
今、魔力を吸収する魔法円を放ったところで、ルイの魔力が回復する量はたかが知れている。
「“力場”……か。もしも、そこを見つけられたら、俺の魔力の回復も早いんだろうけどな……」
ルイはそうつぶやくように言うと、東の巨木に向かって飛び立った。
暑い雲に星明りもなく、深い闇が森を包んでいる。
ルイは巨木の根元に降りると、呪文を唱え、手のひらに乗る大きさの光の玉を作り出した。
その光で、下から巨木の枝葉を照らす。
ルイは枝葉を見上げ、その淡い光に照らし出された魔物の実を慎重に見た。
「……変だな。いつもなら、2、3体は魔物化してるはずなんだけど……」
そう言って訝し気な顔をする。
(やっぱ、ベトールさんが言ってたように、雨が降りそうなときは魔物化しないのか?)
ウスペンスキーの魔力を吸収して、魔力の回復を考えていたルイは、落胆したように肩を落とすと、もう一度、実がなっている枝を見上げた。
そして枝葉のすぐ下の高さに浮きあがり、魔物化しそうな実を探して幹の周りをゆっくりと回り込む。
「どれも、魔物化しそうにないな……」
幹を半周したところで、ハッとした顔をし、ルイはその動きを止めた。
そして、何か思い出したように難しい顔をする。
「……違うな。“雨が降りそうなとき”じゃない。ベトールさんは、たしか“森が雨を呼んでいる”とか言っていたな……。(森が雨を呼ぶ?……なんで?)……、やっぱり嫌な感じがする」
少しの間、巨木を前に静かに佇んでいたが、考えがまとまったのか、ルイは枝葉の高さよりもさらに高い位置まで一気に飛び上がった。
星の明かりさえもない暗夜の森は、不気味に静まり返っている。
ルイは眼下に広がる真っ黒な森の様子をうかがった。
「……この高さまで浮けば、いつもならウスペンスキーが気づくはずなのに……。1体も出てこないっていうのは、やっぱり変だ……」
そう言って、低く雲が垂れこめる空を北に向かって飛びながら、森の様子を観察するように見る。
ベトールと会っていた時よりも、さらに湿度の高くなった冷たい空気が北から風に乗って森を覆ってくる。
「風向きが変わった?……違う、最初から北から吹いてたんだ。森の中だと木々のせいで風の向きが乱されていたのか……」
ルイは顔をしかめた。その風にどことなく恐怖を感じる。
「くっ……。俺は、この世界に関して持っている情報が少なすぎる……」
ルイは真っ暗闇の中、宙に浮きながら、北から吹く風に乗って流れてくる魔力の波動に両手をかざした。
以前、ディルメイに治癒の魔法をかけた時のように、流動する魔力の中に含まれる魔法の情報を探る。
ルイは静かに目を閉じた。
「……」
少しして、ゆっくりと目を開ける。
そして苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ダメだ……。さっぱりわからない。流動する魔力から得られる情報ってのは、限られているのか……?」
少し苛立ったように言うと、ルイは魔道士の隠れ家に向けて、猛スピードで飛んだ。
魔道士の隠れ家。
その本棚を漁るように、ルイは片っ端から背表紙の文字を見ていった。
「違う!これも違う、これも!……“カロの森”に関する本は、どれだ!?どこにある!?」
その様子に焦りが見える。
北から吹く風に乗って流れてくる魔力の波動は、今まで感じたことのない、恐怖の混じるものだ。
隠れ家の魔道士の研究所に、類似の状況が載った本があるのではないかと、ルイは強く感じ始めた胸騒ぎを押さえるように、必死に本を探した。
――「殿、よろしいでしょうか?」
突然ミヤビの声がした。
その声に身体がビクッと強張る。
「な、なんだ、ミヤビか……。どうした?お、俺の身体に異変でもあったか?」
耳に手を当て、動揺を抑えつつ、ルイは部屋の中を見回して答えた。
――「いえ。先日、殿から依頼のありました“ちゃっとるーむ”と呼ばれる場所に、グリマルなるものが現れましたゆえ、ご連絡差し上げたところにございまする」
夜は“ルイ”に憑依して行動することが多い類は、身体の中身が不在中の時のことを、おおかたミヤビに任せていた。
「そ、そうか……。ありがとう……」
ルイはため息交じりに言うと、再度部屋を見回し、あきらめたように大きくため息をついた。
そして言う。
「……身体に戻るよ」
ルイは手に持っていた未熟な魔物の実を宙に放り投げた。その実が一番高い位置になったところで指を差し、念を込める。
その途端、未熟な実が瞬時に掻き消えた。
ルイは軽くため息をつくと、額に手を当て、声にならない呪文をつぶやいた。
その姿が瞬時に掻き消える。
「殿、おかえりなさいませ」
サブモニタの前、紋様から出てきたであろう未熟な魔物の実の横に、ミヤビが立って類を見て言った。
「あぁ、ただいま……」
類は、意識が離れている間の身体のガード用に机の上に乗せていたクッションを足元に下ろした。
「殿、ここにございまする」
ミヤビがそう言って、メインモニタの左側に映ったVRチャットルームの画面を差した。
画面の右側には“シイ”が静かに佇んでいる。
類は椅子に座りながら画面を確認するように見た。
入室者一覧に、グリマルとショウの文字が見える。
「ほんとだ、グリマル……。大野さん、来てるな。翔太もいるのか」
類はそう言いながら、サブデスクに置かれた携帯電話を手に取った。
それを操作し耳元に当てる。
プルルル……
プルルル……。
数回の呼び出しコールの後に、茂が電話口に出た。
「あ、叔父さん?」
――「なんだ、類か。店の方じゃなくて部屋に戻ったのか?」
「うん。直接こっちに戻った。……それより、組子障子の戸、今どうなってる?」
「どうって……。お前が戻ってくると思って、そのままになってるぞ」
カウンター横の、倉庫前で素材を整理していた茂は、組子障子の戸を振り返って言った。
――「じゃぁ、悪いんだけど、その戸、急いで外して。なんだか異世界側……、嫌な感じがするんだ」
類が不安そうな声で言う。
「あぁ?嫌な感じって……、どうしたんだ?」
茂が訝し気な顔をする。
――「わからない……。でも、今夜は異世界とのつながりは絶っていた方がいいと思う」
「まぁ、外しておくけどよ……」
――「叔父さん。今すぐ、今すぐ外して!」
呑気な茂の声に、類は焦ったように言った。
その尋常じゃない様子に、茂は電話をカウンターに置き、組子障子に手を伸ばした。
「叔父さん……、早く……。早く戸を外してくれよ……」
不安と焦りの表情を浮かべ、類は耳元に当てた携帯電話を強く握った。
――「外したぞ……。これでいいんだろ?」
その言葉にフッと安堵の表情を浮かべる。
「うん。ありがとう……」
そう言って椅子の背もたれに深くもたれた。
――「でも、なんなんだ?異世界で何かあるのか?」
茂の不安そうな声。
「……わからない。ただ、いつになく嫌な感じがするんだ」
――「そうなのか?まぁ……。お前が言うんじゃ、何かあるのかもしれんな」
「明日の朝早く調べてみようと思う」
――「そうか。……無理はするなよ。じゃぁ、夜が明けたら戸をはめておくからよ」
「うん。ありがとう……」
要件を済ませた類は、電話を切るとそれを傍らに置き、正面にあるメインモニタの画面を見た。
そしてキーボードを操作し、仮想空間のチャットルームに入る。
――「あ!先輩。やっと来たんですか」
白ウサギのアバターの翔太が、ログインしてきた類に言った。
「あぁ。やっとな……」
類は疲れたように答えた。
――「こんばんは。初めまして……、でいいのかな?」
水色の鳥のアバターの大野がルイを見て言った。
「あ、グリマルさん、こんばんは。いちお、初めまして……になるのかな?ショウから話聞いてると思うけど、よろしくです」
――「いえ、こちらこそ……」
少しよそよそしい声で大野が言った。
類と大野は、かつて同じ会社で働いていたが、所属部署が違い、それぞれ違うフロアで仕事をしていたためほとんど面識がなかった。
――「それにしても、先輩……。なんですか、そのアバター……」
翔太のため息交じりのあきれた声がはっきりと聞こえた。
「じ、時間がなかったんだよ、アバター作ってる……」
類はムッとしたように言った。
――「時間がないにしたって……、それ酷過ぎません?人外チャットとは言いましたけど、ただの楕円じゃないですか」
――「あ、あはは……」
翔太の言葉に、大野が気まずそうに笑った。
「な、なんとかスライムっぽく見えるだろ?」
“ルーイ”と名前を掲げた黄緑色の立体的な楕円が、床にへばりつくようにチャットルームのど真ん中にいる。
――「スライムって……。言われてもわかりませんよ。それデフォの素材まんまじゃないですか」
「うーん……。ま、近いうちに何か作るよ」
――「それでもいいですけど……、せめて、テクスチャ張ってくださいよ」
「テクスチャも,めんどくさいんだよ……」
類の言葉に、大野がフォローするように言う。
――「そうですよね……。テクスチャも、いろいろ考えると結構時間かかりますからね」
類は画面の前で「うんうん」と頷いた。
――「で、先輩。コウモリダンゴの話、今グリマルさんにも聞いてたんですけど、やっぱ原図を描いたバスさんの許諾は取った方がいいかもって話です」
「そうなの?」
類は首を傾げた。
(あぁ……。翔太たちは、カロ屋が本気でコウモリダンゴを商品化すると思ってるんだな……。あ……)
類は、ふとキヨのことを思い出した。
「そういや叔母さんが、気が早くて、コウモリダンゴのストラップ、結構いっぱい作ってたな……」
翔太と大野には、“カロ屋”でコウモリダンゴのキャラクターを商品化する、という建前の話が伝わっていた。
――「あれ?試作品じゃなくて、もう商品の方作ってるんですか?」
翔太が少し驚いたように言った。
「うーん、どうなんだろう?アリサの友達に渡して反応をみる、みたいなこと言ってたけどな……」
――「じゃぁ、まだ正式な商品ってわけじゃないんですね」
大野が冷静な声で言った。
「そう言えば、グリマルさん」
――「はい?」
「その……、バスさん、とは、どういう知り合いなんですか?」
類はそれとなく気になっていることを聞いた。
大野が少しの沈黙の後、考えるように言う。
――「うーん……。どういうっていうか……。二、三年前に、ネットで知り合っただけで……。オレもあまり詳しくは……」
――「この間、ログインしてましたけど、なんか変な人でしたよね」
翔太が、どこか笑いの混じった声で言った。
「変な人?」
――「そうですね。パソコンにあまり詳しくない方のようで……」
大野が気まずそうに言う。
――「そうそう!バックアップとか、マウスのことも知らなくて、びっくりしましたよ」
翔太が声高く言った。
「マウスを知らない……?」
――「そうなんですよ、先輩!ネットにアクセスしてるのに、ありえなくないですか?」
類は、訝し気にサブモニタに映し出されたカロ婆の紋様を見た。
(なるほど……やっぱ十中八九、バスってやつは異世界の人間で間違いないな。でも、どうやってネットにアクセスしているんだ……?それがわかればコウモリダンゴが異世界に現れた原因もわかるかもしれない)
類は再びメインモニタを見た。
――「オレ、バスさんはパソコンじゃなくて、初めからタブレットなんじゃないかと思うんですよね……」
大野がバスをフォローするように言った。
「タブレットか……。(でも、異世界にそんなものがある感じはしないけどな……)」
異世界での通信は、主に魔力を使った呪符通信で行われている。
魔力を扱える人間は、類とミヤビのように、テレパシーのような通信で連絡を取り合っている可能性もある。
他の通信手段が確立されている中で、わざわざ通信基地局整備や配線工事を伴う通信手段を構築するとは考えにくい。
(もしかしたら、タブレットに似た異世界の魔道具でもあるのか……?テオさんに、そのあたりも含めて、今度聞いてみよう……)
――「たしかに、最初からタブレットしか使ったことない人なら、マウスを知らない可能性があるかもしれないですけど……、でも、タブレットを使っているにしても、バックアップくらいは知ってると思うんですよね」
そう言って翔太のウサギが飛び跳ね、スライムの上に乗った。
「この前、ログインしてきたんですよね?……グリマルさん、その時、バスさんは何か言ってました?」
類のスライムはウサギを乗せたまま、床にへばりついたまま微動だにせず言った。
――「……あぁ。その、……ルーイさんと同じで、コウモリダンゴのデータが欲しいって、久々にログインしてきたんですよ」
「コウモリダンゴの……」
類は肘をついて唇に手を当てた。
――「えぇ。それで、バスさんに、別のチャットからコウモリダンゴのデータをおくったんですよ。“ミルカクチャット”っていうんですけどね」
「それって、いつぐらいの話?」
――「えーっと、いつだっけ?……ショウちゃん覚えてる?」
水色の鳥は、スライムの上で飛び跳ねているウサギに向いて言った。
――「んー……。たしか、先週の火曜日の深夜……。と言っても午前1時を回っていたから、水曜日になった直後?かな」
翔太のウサギはそう言うと、スライムの上からピョンと飛び降りた。
類は難しい顔をした。
(テオさんに亜型が捕まったと聞いたのは一昨日の早朝……。時系列的には矛盾はない……。いや、どちらかというとタイミング良すぎだろ)
画面を見つめ、仮想空間のチャットルームの入室者を確認する。
「(バスってやつが近いうちにログインしてくるとは思えないな……。)なんとかバスさんに、連絡取れればいいんだけど……」
類はつぶやくように言った。
水色の鳥が首を傾げる。
――「うーん、そうですよね。オレの方から、一応、メッセージは送ってみますけど……。バスさんが確認してくれるといいんですけどね……。あまりパソコン詳しくないようだし、連絡がつくかどうか……」
「……だよね」
類はそう言うと、軽くため息をつき、椅子の背もたれに深くもたれた。
ネット上でしかつながりのないバスと大野の関係から、これ以上、大野からバスの詳しい話は期待できない。
(あとは異世界からの情報か……。テオさんに期待するしかないな……)
――「それより先輩、聞きましたよ。カロ屋の店長、おめでとうございます」
翔太がにやけた声を出して言った。
「へっ!?なっ、何で知ってるんだ……」
不意の話に、類は驚いて顔を引きつらせた。
――「そりゃ、先輩の可愛い従妹さんからメールで聞きましたよ!」
(アリサのやつ!いつの間に……。なんだかんだ言って、翔太とメル友かよ!)
――「そうなんですか?店長……。すごいですね」
大野が感心したような声でつぶやいた。
「店長って言っても、大した店じゃないよ。半分傾いているような雑貨屋だし……」
――「先輩が店長になったからには、来客を増やして、もっとウチの商品をたくさん置いてもらわないと」
翔太が揚々とした声で言った。
「……そ、そうだな……」
類は苦笑いをして答えた。
――「ネット販売ばかりじゃだめですよ、先輩。お店に来てくれる人も大事にしないと」
類はその言葉にイラっとして画面のウサギを睨んだ。
「……(ならお前はまず、補充の時間を何とかしろ……)」
大野の水色の鳥が、スライムに近づいて言う。
――「ネットメインなんですか?」
「う、うん。そうだね。最近はネットからの注文の方が多いかな」
――「そうなんですか。……ちなみに、お店の名前って……?」
「……“カロ屋”っていうんだ」
類の言葉に、水色の鳥がパタパタと羽ばたいた。
――「あー!知ってます!五番通りにあるお店ですよね」
「あ、知ってるんだ……。ありがとう」
――「いやー。実は、何度かお世話になったことがあります」
――「えっ」
「へっ?そうなの?」
大野の言葉に、二人は驚いた声を上げた。
――「エルデで働いてた時は、原野中駅前周辺を結構うろついてたんで……。今は、引っ越しちゃったんで、なかなかそっちに行けないですけどね……」
大野は少し恥ずかしそうに言った。
(大野さん……。カロ屋で一体何を買ってたんだ……)
類は顔を引きつらせた。




