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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
41/71

第31話 魔物の実のタオル

 薄暗い部屋の中。


 外は、とうに日が昇り、一番高い高度で太陽がサンサンと輝いているというのに、類は薄地の布団を頭までかぶり、まだ眠りの中にいた。


 ドンドンドンッ!


 激しく玄関のドアをノックする音が聞こえる。


 類は、その音にようやく目を覚まし、寝ぼけた頭で起き上がった。

 そして、フラフラと立ち上がると、虚ろに廊下を進み、玄関のドアを開けた。


「ルイ兄!やっぱり家にいるじゃない!何回も電話したんだよ!」

 青い服を着たアリサが、ものすごい剣幕で玄関の前に立っている。

「な、何……?」

 眠い目をこすりながら言う。

「何じゃないの!お父さんが大変なことに!とにかく、“ルイちゃん”で早くうちに来て!今すぐ!」

 アリサはそう吐き捨てるように言うと、類の返事も聞かず、とんぼ返りに帰っていった。

 類は状況がつかめぬまま、その去って行くアリサの後姿の黄色いリュックをぼんやりと見送った。



 少しして、類は“ルイ”で、カロ屋店内の組子障子の戸の前に現れた。


 虚ろに店内を見回す。


 茂の姿はない。

 店内がいつも以上に暗い。

 灯っているはずの蛍光灯の明かりが消え、五番通りに面したガラスドア側も、カーテンが閉められているのか、そこからの明るさも差し込んではいない。

「……変だな。……臨時休業?」

 ルイは不審そうにカウンター前を進み、休憩室に入った。

「叔父さん?」

 そう声をかけるも、やはり休憩室にも茂の姿はない。

「どうしたんだ、一体……」

 ルイは訝し気に、住居側に続くドアを開けた。

 皆川家の玄関から、少し大きめの声で二階へと続く階段に向いて声をかける。

「こんにちはー。叔父さん?キヨさん?」


「はーい!」

 そう返事が聞こえ、バタバタとキヨが階段を下りてきた。

「良かった、ルイ君!来てくれたのね!早く二階に……」

 玄関先で、焦ったような笑顔を浮かべ、キヨは再び今下りてきた階段を上っていった。

 ルイは不審に思いながらもブーツを脱ぐと、キヨの後に続いて二階へと上がった。


 皆川家のリビング。

 キッチンから一間続きになったリビングのソファーの上、異質なものが目に留まった。

(なんだ?)

 黒い大きな醜いぬいぐるみ、一見するとそのような印象を受ける。

 キヨがその傍らに立ち、おどおどした様子でルイを見た。

「ルイ君、お父さんが……」

「へ?」

 ルイは不審な顔をして、ソファーの前に立った。

「へっ!?叔父さん!?」

 ぬいぐるみのように見えたそれは、全身が黒く短い毛でおおわれた茂だ。

 上半身は、服は来ておらず、下半身はウエストゴムの大きな短パンを穿いている。

 顔や腕、腹の一部がまだらに、元の皮膚が見え隠れしている。

「い、一体どうしたの?」

「どうもこうもあるかい!」

 茂が不貞腐れたように腕組みをして言った。

「困ったわね……」

 キヨが困惑したような顔をして茂の様子をうかがっている。

「ルイ、お前は使わなかったのか?」

 ソファーの横に立つルイを見上げるように、茂が口をへの字にして言った。

「うん?何が?」

「何がって、ほら、キヨが作った魔物の実のタオルだよ。まったく、あれを使って一晩寝たらこの有様だ……。おかげで臨時休業だぜ、ふぅ」

 茂はそう言うと大きくため息をついた。

 ルイは引きつった笑みを浮かべた。

「あ、あはは。なるほど……。俺は使ってない……」

 ルイは魔物の実のたわしを忘れていたことを思い出し、茂の様子を見て使わなかったことに安堵した。

「身体を洗うのに、柔らかくていいと思ったんだけどね。ルイ君、何とか元に戻せないかしら?」

 キヨはそう言うと、茂が使ったと思われる魔物の実のたわしをリビングのローテーブルに置いた。


 立体的なスカスカの蜘蛛の巣状だった魔物の実のたわしは、使用された影響か、ぺったんこになり、“たわし”というより“タオル”と言った方がよい状態に変わっていた。

 色も若干白さが増し、最初に見た気持ちの悪い色よりも、幾分マシになっている。


「元にって言ってもなぁ……」

 ルイはそう言うと、茂をまじまじと見た。

 少し恥ずかしそうに茂が言う。

「な、何だよ」

「うーん、この感じ、何かに似てるんだよな……。どこかで見たような」

 ルイは首を傾げて茂の腕を手に取った。

 そして注意深く観察する。

 青黒く短い毛が密に生え、質感はまるでビロードのようだ。

「あぁ、わかった。魔物の実の羽だ。あの質感に似てるんだ……」

「何とかなりそうか?」

 不安そうな顔で茂がルイを見る。

 ルイは茂の腕を離すと、顎に手を当て大きくため息をついた。

「こんな状況、俺の今の魔法の知識じゃ、わからないよ……。(魔道士の隠れ家……、もしかしたらあの本の中に、手掛かりになるものがあるかも?)」


「ルイ兄!」

 ルイを呼びに行っていたアリサが、勢いよくリビングに戻って来た。

「お帰り。アリサ、ありがとな」

 茂がアリサを見て言った。

 アリサが少し息を切らせ、黄色いリュックを下ろしながら言う。

「ううん、それよりどうなの?何とかなりそう?」

 アリサは不安そうにルイと茂を見ると、ルイの横に並んでソファーの横に立った。

「うーん、どうだろ。何とか元に戻す方法を探っては見るけど、俺は詳しくないからな……。こういう専門家でもいればな……」

 その言葉に、アリサがハッとした顔をして言った。

「ルイ兄!ベトールさんは?ベトールさんなら、こういうの詳しそうじゃない?」

 茂がソファーの後ろに立つアリサを振り向いて言った。

「あぁ、この前来た異世界の人か」

「うん!ベトールさんなら、何かわかりそうだよね」

「そうだね。ベトールさんは魔物の調査をしていたようだし、俺よりはずっと詳しいはず……――」ルイはそう言うとアリサを見た。

「――アリサ、呪符通信でベトールさんに連絡取れないか?」

 キヨが二人の会話に、のんびりとキッチンに立って言った。

「お父さん、元に戻りそうなのかしら?」

「まだわからないけど、何とか方法はあるはず。叔父さんもこのままじゃ……」

「おぅ、ルイ、アリサ、何とかよろしく頼むぞ」

 茂は少し疲れたように言った。

「じゃ、あたし、ベトールさんに連絡してくる」

 アリサはそう言うと、バタバタとリビングを出て行った。

「ルイ君、お茶どうぞ……」

 キヨがそう言って、キッチンからグラスに入った麦茶をお盆に乗せ、リビングのソファーの前に立った。それをガラス製のローテーブルの上に置く。

「ありがとう。でも俺、“ルイ”の状態だと、飲んだり食べたりできないみたいなんだ」

「そうなの?」

 キヨは少し残念そうに言った。

「う、うん……。飲んだり食べたりすると、そのまま全部漏れてくるからね……」

 ルイはそう言って苦笑いをした。


 少しして、階段を駆け上ってくる足音が聞こえた。

 その足音がリビングのドア前で止まり、アリサが勢いよく入って来た。

 その顔が、どことなく嬉しそうだ。

「連絡してきたよ!ベトールさん、夕方来てくれるって!」

「ほう、そうか!」

 茂が期待したように言った。

「なら俺は、少し魔物の実について調べてくるよ。夕方までには時間があるし」

 ルイはそう言うと、アリサの横を通り過ぎ、リビングのドアに手をかけた。

「おう、気をつけて行ってこいよ」

 茂が、苦笑いの表情でルイを見送った。



 カロの森、魔道士の隠れ家の中。


 ぎっしりと詰め込まれた本の棚の前。

 ルイは難しい顔をして該当する本を探していた。


「……うーん、どれも魔法紋様や、異世界に関係するものばかりだ……。魔物に関する本は“魔物辞典”くらいしかないのか……?」

 ルイは本棚の中段に入っているその本を手に取ると、パラパラとめくった。


 少し読んで曇った顔をする。

「……外見や習性なんかの解説ばかりで、魔物の素材としての効果は書いてないんだな……」

 落胆したように言うと、パタンと本を閉じ、棚に戻す。

 そして、もう一度本棚を、上から下まで確認するように眺めた。

「うーん……。やっぱりベトールさんに聞くのが早いかもな……」

 そう言って軽くため息をつくと、部屋の片隅にある小さな机の、その小さな椅子に座った。

 足を組んでそこに頬杖を突き、あらためて部屋の中を眺める。

「なんか、大学の文系の教授の研究室っぽいよな、ここ……」

 壁面は天井まで本がぎっしりと詰まった本棚が並び、トイレ前の通路付近の本棚の前には、木箱に入った用途不明の魔道具や、がらくたにも見えるむき出しの魔道具が山積している。

 昨夜、テオが片付けたであろう“魔力を集める魔法円”も、その通路近くの本棚に立て掛けられ、大きな魔晶石がその隣に置かれていた。

「結局よくわかんないな」

 ルイは、そうつぶやくように言って立ち上がり、魔道士の隠れ家を出ると、『カロ屋』から東にある、マ・ブーナの巨木へと向かった。



 その日の夕方、17時。


 類は五番通りから細い路地に回り込み、皆川家の玄関から中に声をかけた。

「叔父さん、アリサ、戻ったよ」

 休憩室側から声がした。

 休憩室と玄関とを分かつドアを開けて、アリサが顔をのぞかせた。

「あぁ、お帰り、ルイ兄」

 昼間とは違い、髪をアップに結いなおし、服装も可愛らしいワンピースに変わっている。

「叔父さんの様子は?」

 類は休憩室から店に入り、店内を見回した。

「お、類か。お帰り」

 ビロードのような短い黒い毛で覆われた茂が、いつも通りの作業台前のポジションから、休憩室のドア前に立つ類を振り向いて言った。

 その様子はまるで人の形をした魔物のようだ。

「叔父さん……。なんか悪化してる?」

 類は思わず顔を引きつらせた。

「いや、変化はないぞ。良くも悪くも朝からずっと変わらずだ」

 元気のない声で茂が答えた。

「お店の中が暗いから、そう見えるだけなんじゃないの?」

 アリサがカウンターの内側で、そこに頬杖をついて言った。

「で、ベトールさんは?何時ごろくるの?もう夕方だよね」

 類は携帯電話の時計表示を確認した。

「……そろそろだと思うんだけど」

 アリサはそう言うと、どこかソワソワした様子で組子障子の戸を見た。

「“ルイ”で来れば良かったかな……」

 類も、組子障子の戸に視線を移し、つぶやくように言う。

 茂が不意に立ち上がった。

「ただ待ってるだけってのも時間がもったいねー。今日の分の遅れを少しでも取り戻さねーとな」

 そう言うと、レジ横にある小さな倉庫に入っていった。

 類がアリサの隣でカウンターに後ろ向きに寄りかかり言う。

「なぁ、アリサ。アリサはあの魔物の実のタオル、使わなかったのか?」

 その言葉にアリサは顔をしかめた。

「はぁ?使うわけないじゃん!あんな気持ち悪いの」

「で、でも、手触りは悪くなかったよな?ヘチマたわしより柔らかかったし……」

「確かに、手触りは悪くなかったけど……。でも、元があれでしょ?気持ち悪くて使う気にならないよ」

「そ、そうだよな……、あはは……」

 類は苦笑いをした。

「それより、ルイ兄はどうだったの?魔物の実のこと、調べに行ったんでしょ?何かわかったの?」

「そ、それが……、結局よくわからなかったんだよな」

 類は少し曇った顔でそう言うと、斜め掛けしたカバンを下ろし、その中から何やら取り出した。

「何それ?」

 アリサが無表情に言う。

「魔物の実の小さいやつ。たぶん未完熟」

 類は、その小ぶりなリンゴほどの大きさのマ・ブーナの実をカウンターの上に置いた。

 アリサが顔をしかめて言う。

「だ、大丈夫なの!?だってこれ、魔物になっちゃうんでしょ?」

 未熟な魔物の実は、黒みがかった濃い緑味を帯び、一見すると色味の悪い米ナスのようにも見える。

「大丈夫。未完熟な魔物の実は、特殊な条件でしか魔物化しないらしいから」

「ほんとに?」

 アリサが訝し気な顔をする。

「た、たぶん……」

 類は、まだ青い魔物の実を、カウンターの隅に移動させた。


 倉庫から茂が、1メートルほどの長さの木の棒と、何やら小さめの角材をいくつか持って出てきた。

 そして、作業台前に座りながら言う。

「また、ネットから特注が入ったんだ。“ルイちゃん”のトップページ、好評みたいでよ、“魔法の杖”ばかり注文が増えて、まいったぜ……」

 カロ屋のホームページのトップに掲載された“ルイちゃん”が持つ魔法の杖の、その簡易版。どういうわけか、“ルイちゃん”がトップページに掲載されてから、その注文ばかりがすでに十数件も入っていた。

 茂はまんざらでもない様子で、木の棒を傍らに置くと、定規を手に持ち角材の寸法を測り始めた。

「お、叔父さん……。あのトップページ、やっぱりやめない?」

 類はトップページの“ルイ”の写真を思い出して苦笑いをした。

「なんで?お前だってわかんねーんだし、別にいいだろ?“ルイちゃん”はカロ屋の専属モデルなんだからよ、ガハハ」

「……うぅ」

 類は顔を引きつらせた。


 それから少しして、組子障子がゆっくりと開いた。

 店にいた三人が戸に注目する。

「こんばんは……」

 濃紺のマントに、白いシャツと茶色いズボンを穿いたベトールが、少し緊張気味に店の中に入って来た。

 アリサがニコニコと笑顔でカウンターを回り込み、ベトールに駆け寄った。

「いらっしゃいませ!ベトールさん、来てくれてありがとう!」

「い、いえ……。でも、急な連絡で、何かあったのですか……?――」

 ベトールはそう言いながら店の中を見回すと、すぐに茂の異様な姿に気付き、驚いた顔をした。

「――ど、どうなさったのですか!?」

「い、いやぁ。魔物の実のタオルを使いましたらね、こんな有様に。まったく、お恥ずかしい」

 茂はそう言うと頭に手を当てて苦笑いをした。

「ベトールさん、お父さんね、これで体を洗ったら、こんなふうになっちゃって――」

 アリサがそう言いながら、ベトールに魔物の実のタオルを渡す。

「――それで、何とか元に戻せないかと思って……」

「なるほど……」

 ベトールは魔物の実のタオルを受け取ると、茂の傍に立った。

 類が、少し気まずそうにベトールに言う。

「すみません、ベトールさん。叔父さん、何とかなりそうですかね……?」

 冷静な口調ながらも、内心“ルイ”であることがバレないかと、緊張が走る。

 ベトールは、細かく観察するように茂の様子をうかがった。

「ど、どうですかね?何とかなりそうですかい?」

 茂が気まずそうに言う。

「うーん……。このタオルを使ったら、こうなったということですよね……?」

 ベトールは顎に手を当て、難しい顔をした。

「そうなんです」

 アリサがベトールの横顔をチラチラと見ながら答える。

 その表情がどことなくポーっとしている。

「私の見立てでは、ご店主は一種の呪詛を受けたようにも見受けられるのですが……――」そう言って首を傾げる。「――ですが、呪詛にしては、呪術に侵された波動が感じられないんですよね……」

 ベトールはそう言うと、魔物の実のタオルを裏表に返しながらまじまじと見た。

 類が、ベトールに向いて苦笑いをして言う。

「そのタオル、魔物の実……、マ・ブーナの実を加工して作った物なんですよ……。手触りは良いんですけどね」

 その言葉に、ベトールが何かわかったような顔をした。

「なるほど、そうでしたか。どうりで……」

「ベトールさん。お父さん、元に戻りそうですか!?」

 アリサが、ベトールの顔を覗き込むように言った。

 ベトールが軽く笑みを浮かべ、アリサに言う。

「えぇ。心配はありませんよ。原因がマ・ブーナの実なら、元には戻ります」

 アリサと茂の顔がパッと明るくなる。

「ただ……」

「ただ?」

 二人の表情が、ベトールの言葉に若干曇る。

 ベトールはもう一度茂の状態を見た。

「元に戻るには、少し時間がかかるかもしれません」

「そうなんですか……(ベトールさん、やっぱりわかるんだ。すごい)」

 類が、ベトールの見立てに感心したように言った。

「ま、まぁ、元に戻るとわかっただけでも安心だ、ガハハ」

 茂が気まずそうに笑った。

「マ・ブーナの実は魔物化する時に、がくの部分がコウモリのような羽に変化するのですが、その変化を起こす魔力の要素が実の中に含まれているのです。ご店主の症状は、その実で身体を洗ったということなので、その羽に変化する魔力の一部が身体を洗ったことで、その表面で部分的に魔法が発動してしまった、というところだと思います」

 ベトールはそう言うと、あらためて魔物の実のタオルの手触りを確認するように見た。

 そして言う。

「それにしても、マ・ブーナの実のタオルですか……。なかなか貴重なものですね」

「そうなんですか?」

 アリサがベトールを、目を大きくして見つめている。

「えぇ。滅多に出回らない貴重な物です。このタオルも、変化の魔力が抜けきってしまえば、普通にタオルとして使えるようになるはずです……。私も、まだ魔力を帯びているマ・ブーナの実のタオルは初めて見ましたよ。元は、これほど柔らかい素材なのですね」

 ベトールが魔物の実のタオルを感心したようにじっと見ている。

「そ、それで……。叔父さんは、どのくらいで元に戻りそうですか?」

 類が気まずそうに尋ねた。

 ベトールが茂に視線を移す。

「そうですね……。早くて一週間、遅くともひと月……、というところでしょうか」

「へっ!?そんなにかっ!そんなにかかるのか!?な、何とかならんか?」

 茂は焦ったように言った。

 その様子に、ベトールが困惑したような表情を浮かべる。

「お父さん!戻るってわかったんだからいいじゃん」

 アリサが焦ったように言った。

「あら?元に戻るのね、よかったわ」

 その声に振り向けば、休憩室からキヨがニコニコと笑顔で、お盆にグラスに入ったお茶を乗せて入って来ていた。

「ベトールさん、わざわざ来ていただいて、ありがとうね。お茶どうぞ」

 そう言って、その冷たいお茶の入ったグラスをレジカウンターの上に置く。

 グラスの中の氷が、カラカラと涼しい音をたてる。

「ありがとうございます」

 ベトールは軽く頭を下げた。

「ふぅむ。早くて一週間か……。もう少し早く戻るといいんだがな。これじゃ、店を開けられん……」

 茂が腕組みをしながら、困った顔をして言った。そして、チラッと類を見る。

「へっ?」

 類は思わずたじろいだ。

(ま、まさか……)

 茂が魔物のような顔をしてニヤリと笑う。

 類は顔が引きつった。


「冷たくて、おいしいお茶ですね」

 カウンターの前で、ベトールがキヨに差し出されたお茶を一口飲んだ。

 その隣にくっつくように、アリサが立ち、同じようにグラスを手に持っている。

 その後ろで、茂が立ち上がり、類にせまっていた。

「類……、お前しばらくバイト休め。いや、バイトは辞めてこの店を本格的に手伝え」

「えぇ!?」

「俺が店に立てない間、お前が仮の店長だ!いいな」

「えぇぇぇっ!そんな急に、バイト辞められないよ」

「なら、明日だけ行って、あとは断れ!叔父が急病とでもいえば何とかなるだろ?」

 茂がそう言って類にさらに詰め寄る。

「ひぃぃ!そ、そんな……(むちゃくちゃな)」

 類は一歩、また一歩と後ずさりをした。

 茂が怖い顔で類を睨む。

「(ち、近い、顔が!キモイ!)わ、わかったよ。わかったから離れて……」

 陳列棚に背中をくっつけ、類は苦笑いをして答えた。

(トホホ……)

「決まりだな」

 茂はルイの返事を聞くと、カウンターの内側に入り、キヨの隣に並んで冷たいお茶の入ったグラスを手に取った。そして一気に飲み干す。

「類君も、お茶、どうぞ」

 キヨがそう言って笑顔を向ける。

「あ、ありがとう……」


「ところで、私からも一つお願いがあるのですが……」

 ベトールが真剣な顔をして、カウンターの向かい側にいる茂に言った。

「おぅ、何ですかい?わざわざ来てもらったんだ。多少の無理難題でも引き受けますよ、ガハハ」

 茂の言葉に、ベトールが少し苦笑いをして言う。

「その……。魔物ハンターのルイさんと……、連絡を取りたいのです……」

「えっ!?」

 アリサが小声で声を上げた。そして隣にいるベトールを不安そうな表情で見た。

「おぅ、“ルイちゃん”か。お安いご用ですよ、ガハハ」

「魔物ハンターのルイさんにも、連絡先をお渡ししたのですが、通信経路が確立されておらず、こちらからは連絡できない状況でして……」

 ベトールはそう言って言葉尻を濁した。

 その言葉に、類は思わず顔が引きつった。

(そういや、すっかり忘れてたわ)

 アリサが曇った顔をして言う。

「な、なんか“ルイちゃん”に用があるんですか?」

 そして嫉妬の目つきで類を睨む。

(えぇぇ、アリサ、俺を睨むなよ!)

 類は苦笑いをした。

「えぇ。魔物ハンターの立場から、少し魔物についてのお話をお伺いしたいと思いまして……」

「なるほど」

 茂が頷く。

「ルイさんは、いつもどのくらいの頻度でこちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 ベトールが少し不安そうな表情で言った。

 アリサが類を睨んだまま、口をへの字にして言う。

「うーん、結構不規則だよね」

「そ、そうだな……、あはは……」

 類は顔を引きつらせた。

「できれば早い方が良いのです……。今日明日中に連絡はつきますでしょうか?」

 その言葉に茂が類を見る。

「どうなんだ?」

「へっ!?(な、なんで俺に聞く!?バレるじゃん!)そ、そうだね。明日の夕方……。今日と同じ、この時間なら大丈夫なんじゃないかな?」

 類は引きつった笑みを浮かべ答えた。

 その様子をベトールが少し訝しげに見る。

(ま、まずい……。ベトールさんも、テオさんみたいに勘が鋭そうだもんな……)

「じゃ、ベトールさん、ルイちゃんにはこっちから連絡しておくからよ。明日のこの時間でどうです?」

 茂がそう言うと、ベトールは大きく頷いた。

「わかりました。ありがとうございます。では、明日のこの時間、またお伺いさせていただきます」

 ベトールは軽く頭を下げると、類を見た。

(な、何!?バレてないよね?)

「類さん、“店長”頑張ってください」

 そう言ってほほ笑む。

「は、はぁ……」

 類は冷や汗交じりに苦笑いをした。

「それでは、私はこのあたりで失礼します」

「あ、ベトールさん、待ってくれ!診察料は?ここまでわざわざご足労いただいたんだ……」

 組子障子前に移動したベトールに、茂が慌てて言った。

 ベトールが茂を振り返り、微笑んで言う。

「不要です。私もカロ屋さんに頼み事をしましたし、今後、こちらからまた何かお願いすることがあるかもしれませんから」

「そ、そうですか。いや、悪いね……」

 茂が恐縮して言った。

「ベトールさん!き、気軽に遊びに来てください!うちはいつでも大歓迎ですから……」

 アリサが顔を赤らめて、照れたように言った。

「ありがとうございます。時間を見て寄らせていただきますね。では明日、よろしくお願いいたします」

 ベトールはそう言うと、軽く頭を下げて、組子障子の戸から異世界側に帰っていった。


「ふぅ……。まず、よかったぜ……」

 茂が安堵の表情を浮かべ、大きくため息をつき言った。

 アリサは、カウンターの前に立ち、ベトールの残像を見るように、閉まった組子障子の戸を見つめている。

「アリサ、何やってるんだ?明日の夕方まで、心張棒をあてがっててくれよ」

 休憩室に入ろうとした茂が、その入り口から振り返りアリサに声をかけた。

「うん……」

 アリサが小さく返事をする。

 類は暗い表情で、レジ横に置いた斜め掛けのカバンを背負うと、憂鬱そうにアリサを見た。そして言う。

「アリサ……。じゃ、俺帰るから……。明日よろしく……」

「う、うん……」

 アリサの返事を聞くと、類は足取り重く『カロ屋』を後にした。


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