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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
38/71

第30話 亜型と紋様(前編)

「うん。これでいいですのね」

 フーナプラーナの獣魔課詰所。

 ディルメイは、ホウキを掃く手を止め部屋の中を見回した。

 小屋の中はきれいに掃除され、支給された赤い魔晶石の付いた魔杖も二本並べて壁際に立て掛けられている。

 ディルメイは満足げに頷いて、部屋の隅に置かれた用具入れにホウキを片付けた。


 小屋の入り口のドアが開く。

「ただいま戻りました」

 そう言って、ベトールが詰所の中に入って来た。

 ディルメイはドアを振り返った。

「ベトール様、お疲れ様ですのー」

 そう言って軽く頭を下げる。

「うん、ディルメイ。私の留守中、何かありましたか?」

 ベトールはそう言うと、濃紺のマントを脱ぎ、窓際に置かれている椅子の背もたれに引っ掛けるように置いた。

「は、はいですの。テオ様がお見えになりましたの」

「テオ様が?」

 ベトールは驚いた顔をした。

「ですの。また、明日いらっしゃるとのことですの」

「……テオ様が、こんなところまで来るなんて……。ディルメイ、テオ様は一体どんなご用で来られたのかな?」

 ベトールは難しい顔をして言った。

「う……。そ、それが……。ウスペンスキー亜型が捕まったと言っていましたの……」

 ディルメイはそう言うと、曇った顔をして視線を落とした。

「……亜型が。……そうでしたか」

 ベトールも、その言葉に曇った顔をした。

 そして何か考えるように視線を落とす。

(それだけのために、わざわざフーナプラーナまで来たと……?)

 その様子をうかがうようにディルメイがベトールを見て言う。

「……それから、テオ様はカロ屋さんに行くとおっしゃっておりましたの」

「カロ屋さんに?」

 ベトールは訝し気にディルメイを見た。

「ですの……」

 ディルメイは困惑した表情を浮かべ頷いた。

「そうですか……」

 ベトールは難しい顔をして、机の上に資料の挟まれた板を置いた。


 突然、ベトールの目の前の空中に、青白い炎とともに、質の悪い紙が1枚現れた。

「!」

 ベトールとディルメイが少し驚いた顔をして、同時にその青白い炎に包まれた紙を見上げた。

 青白い炎は瞬時に掻き消えると、その紙はヒラヒラと落下を始めた。

 ベトールがとっさに右手でそれを掴む。

 そして、そのB5判ほどの大きさの紙を見た。

「……シアさんからの呪符通信だ」

 ベトールはつぶやくように言うと、そこに書かれた伝言をじっと見た。そして読み終わると、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をした。

「な、なんですの?」

「……その、亜型が掴まったという連絡だね。……魔法課のナガール支所の人が捕まえたとか」

「魔法課のナガール支所?」

 ディルメイがその言葉に目を丸くした。

 そして、ベトールの持つ伝言用紙に手を伸ばす。

「ちょ、ちょっと見せてほしいのですの」

 ディルメイはそう言うと、ベトールから奪うようにその紙を手に取った。

 そして文面をじっと見る。

「まぁ!バス……。捕まえたのはバスでしたのね」

「……知り合い、なのかい?」

 ベトールが冷静ながらも、どこか不機嫌さの混じる口調で言った。

「はい!ですの。バスとは魔道高校の2年生と魔道院学校で一緒でしたのよ。すごく魔力の強い魔道士ですの。ルルア様の教え子だそうですのよ。この前のお休みの日に会いましたの」

 ディルメイはそう言ってほほ笑むと、伝言用紙をベトールに戻した。

 ベトールはその用紙をじっと見た。

「ルルア様の……教え子……」

 そして軽くため息をつき、その伝言用紙を机の上に置く。

「テオ様が言っていた魔法課の人って、バスのことでしたのねー」

 ディルメイは、つぶやくように言った。

「ディルメイ、シアさんの伝言では、今日の午後に亜型が魔道院に搬入されるようだよ。それから……、獣魔課でも絶対に1匹は亜型を確保するようにと……」

 ベトールはそう言うと、ぐったりして窓際の椅子に腰を下ろした。

「えぇっ……――」ディルメイは曇った顔をした。

「――もう、1匹捕まったのだから、探さなくてもいいのではないですの?私は早く魔道院に戻りたいですのね……」

 ディルメイは落胆したように肩を落とし、窓の外を見た。

「そうだね。……これだけ探しても見つからないんだ。私はずっと、亜型の魔力の波動を探ってはいるけど、まったく捉えることができないよ……。それに……――」ベトールは振り返って窓の外を見た。「――今日、モロウさんとも話をしたけど、ここ数か月、フーナプラーナの村人も亜型を見た人はいないようでね……」

 そう言うとベトールは再び大きくため息をついた。

 ベトールのその様子に、ディルメイも暗い顔をして言う。

「もう、亜型は全部いなくなってしまったのではないかと思いますですの……。課長の報告書にも、突然変異は、個体数が限られているかもしれないと書いてあったような気がしますのよ……」

「うん。私も課長の報告書には目を通したよ。本来、魔物化しないはずの未熟なマ・ブーナの実が、異常気象の影響で熟さず、その結果未熟な状態での魔物化が起こったと……。死体を残さずに消えたというのが、カロの森の魔力に影響されたその亜型の幻獣だとすると、もう見つけることは不可能に近いかもしれない……」

「べ、ベトール様……。私たちは、ずっとこの詰所にいないといけないのですの?」

 ディルメイが不安そうな顔をしてベトールを見た。

 その言葉にベトールは唇を噛んだ。

 そして何かを決意したような顔をして言う。

「そうはならないようにするよ。課長代理とはいえ、シアさんのやり方は横暴すぎる。私たちがこの詰所に来て、もうすぐひと月。仮にも王都魔道院の青属帯の魔道士が二人掛かりで探しても見つからないんだ。期間を定めて撤退することも視野に入れるべきでしょう」

 ベトールは怒ったように立ち上がると、背もたれにかけていた濃紺のマントをサッとはおり、小屋の薄っぺらなドアを開けた。

 普段穏やかなベトールの、少し苛立ったようなその見慣れない様子に、ディルメイは驚いた顔をした。

「べ、ベトール様……?」

 不安そうにつぶやく。

 ベトールは、ドアから西の空を見つめて言った。

「ディルメイ。私は課長のもとに行ってきます」

「えっ!?で、でも、課長は療養中ですの……」

 ベトールはディルメイの返事を待たずに小屋を出ると、低空飛行の首飾りを操作し、西の空に飛び立っていった。

「べ、ベトール様ぁ!」

 ディルメイは慌てて小屋の外に飛び出し、遠く飛び去って行くベトールの背中に向けて叫んだ。



 その日の夕方。


 類は、バイト帰りに『カロ屋』に立ち寄った。

 店の中に客の姿は無く、いつも通り茂が作業台で何かの製作をしている。

 類は店の中を見回した。

「あれ?翔太は?今週も補充の時間、また遅いの?」

 類はそう言うと、ほとんど空になった配置菓子の箱を見た。

「あぁ。なんだか今週も遅いらしいな……。ふぅ、出来ればどの曜日でもいいからよ、朝一で来てほしいぜ……」

 茂はポロシャツの袖で額の汗を拭いながら、加工された木片を確認するように見ている。

 類は、斜め掛けのカバンから携帯電話を取り出すと、表示を確認した。

「ふむ……(18時半か……。誰からもメール、着ていないな)」

「しかし、ついてないよな……」

 茂が老眼鏡越しに、作業台を向いてカウンターに寄りかかっている類を見た。

「うん?どうしたの?」

 類はキョトンとした顔をした。

 茂は老眼鏡を外し、少し疲れたように立ち上がった。

「今週は“タスク屋”の青空市デビューの日だったはずなのによ……。先月の、見世物小屋の魔物騒動のせいで、今月は青空市が中止になるなんてよ。まったく……」

 そう言うと、腰に手を当てて固まった身体をほぐすように腰を反らす。

「えっ?そうだっけ?」

 類は少し驚いて、焦ったように言った。

「はぁ。まぁ、まだ露店用のテントの準備ができてなかったからよ、ゴザでも広げて陳列するつもりでいたんだが……。ある意味これは、ちゃんと準備を整えてから店を出せってことだな……」

 茂はそう言うと、カウンターの横を通り過ぎ、レジ横にある小さな倉庫の中に入っていった。

(そっか、今週だったんだ……。青空市……、中止か)

 類は、先月の青空市での魔物騒動を思い出していた。

「まぁ……、あれだけ大きい騒ぎになれば、今月が中止っていうのも、わからなくはないな」

 類は苦笑いをした。


 そこへカラコロと、ドアベルが鳴った。

「こんばんは。ごめんください」

 大きなカバンを抱えたスーツ姿の翔太が、少し疲れたように店の中に入って来た。


「あ、翔太。お疲れ」

「あぁ、先輩……。今日も来てたんですか」

 翔太が、土埃まみれの作業服を着た類を見て、少しあきれたように言った。

 類がムッとしたように答える。

「ここは、俺の第二の実家みたいなもんだからな」

 そこへ、倉庫から出てきた茂が、翔太に気付き振り向いて言った。

「あぁ、翔太君、ご苦労様」

「いつもお世話になっております」

 翔太は茂に軽く頭を下げた。

 茂がカウンターの横を通り過ぎ、作業台前に戻りながら言う。

「翔太君、補充の時間、もう少し早くならんか?」

「えっ?時間……ですか?……やっぱり遅いですか?」

 翔太はそう言うと苦笑いをした。

「そうだな。希望としては、どの曜日でもいいけどよ、朝一がいいんだよな。まぁ、金曜の夕方でも悪くはねーけどよ、出来ればもう少し早い時間にしてもらえるとありがたいな、ガハハ」

 茂は社交辞令のように笑った。

「そ、そうですよね……。調整してみます」

 翔太は引きつった笑顔で答えると、カウンターに寄りかかっている類の横に立ち、配置菓子の箱を手に取った。

「ほとんど無くなっていますね……。もう少し量を増やしてもいいのかな……」

 翔太は箱の裏側の蓋を開け、つぶやくように言った。

 その補充の様子を横目に見ながら類が言う。

「なぁ、翔太。この前メールを送った話だけどさ、大野さん?だっけ?なんか言ってた?」

「あ……。先輩、すみません。ちょっとそこ、もう少しどいてもらってもいいですか?」

「えっ?あぁ……」

 翔太の言葉に、類はカウンターのL字になったコーナー側に一歩移動し、そこに腕を付いて寄りかかった。

 翔太は先ほどまで類が寄りかかっていたカウンターの上にカバンを広げ、中から補充用のお菓子の袋を取り出した。そして作業をしながら言う。

「大野さんと、VRチャットで話をしたんですけど、コウモリダンゴをモデリングしたのは大野さんですよ」

「えぇっ!?そうなのか」

 類が驚いた声を上げた。

「ただ、原図は別の人みたいですけどね……」

「えっ?」

「しかも、エルデの人じゃなくて、全然関係ない大野さんのネット上の知り合いみたいで……。その人、HNバスって言うんですが、この前たまたまVRチャットに来たんですよね」

 翔太はそう話しながら、手際よくお菓子を箱に補充すると、裏側から蓋を閉めた。

 その言葉に類は困惑したように翔太を見た。

「そ、そうなんだ……」

 類は、軽くため息をついて考えるように宙を見た。


 モデリングした本人でなければ、紋様を使って3Dのデータを現実世界に実体化させることはできない。

 そう考えれば、モデリングをした大野が異世界にコウモリダンゴを実体化させた可能性が極めて高い。

(でも、何のために……?それに実体化させるには、異世界に通じる紋様が必要……。大野は紋様のことも知っているということ?)


 翔太がタブレット端末を操作し、補充したお菓子のデータを入力している。

「なぁ、翔太。その……。大野さん?……と、直接話をしてみたいんだけど……」

 類は気まずそうに翔太を見て言った。

 翔太はタブレット端末を操作する手を止め、類を見た。

「先輩、コウモリダンゴのストラップ、いよいよ商品化して売り出すんですか?」

 そう言って、ニコッと微笑む。

「えっ?あ、あぁ……。うん。そうなるかもしれない」

 類は、ごまかすように笑った。

(……本当は違うんだけど。翔太、良いように誤解してくれているみたいだな……)

「いいですね。そうなれば、アリサちゃんも喜ぶんじゃないですか?コウモリダンゴのストラップ、気に入っていたみたいだし」

 翔太はそう言うと、再びタブレット端末にデータの入力を始めた。

「まぁ……、でもストラップを作れるのはキヨさんだけだから……。実際はどうなるか」

 類は話を合わせるように言った。

「著作権のことは気にしなくてもよさそうですけどねー。エルデの権利は消えているみたいだし。……モデリングをしたのは大野さんだけど、原図を描いたバスさんって人も、夢で見た魔物とか言ってましたしね。それも、微妙な話ですよね」

「えっ?夢で見た?魔物?」

 類はその言葉に少し驚いて翔太を見た。

「なんか、そうらしいですよ。その魔物に追いかけられた夢を見たとかって。パソコンの操作も初心者みたいで……。あ、でも、なんかパソコンじゃなくてタブレット端末っぽかったですけど……」

「(夢で……?なんか、そっちも怪しいな……)翔太はそのバスって人とも話をしたの?」

「えぇ。この前、大野さんとVRチャットで話をしてたら、偶然にも入ってきたんで」

 翔太はそう言うとタブレット端末をカバンにしまった。

「じゃぁ、先輩、補充が終わったので、僕はそろそろ帰ります」

「えっ?あ、そう……」

 類は、アリサを待たずにあっさり帰るそぶりを見せた翔太に、若干あっけにとられた。

 カウンターの上に置いていたカバンを肩にかけ、翔太は類に耳打ちするように小声で言う。

「さっき、アリサちゃんからメールが来たんです!今夜は帰宅が八時過ぎるから、補充の時間には会えませんって」

 その顔がにやけている。

「そ、そうなんだ……(翔太のやつ、アリサに会えないけど、メールが来たからそれで喜んでいるのか)」

 類は引きつった笑みを浮かべた。

 翔太が作業台の前に座る茂に向き直る。

「では、皆川さん、補充が終わりましたので失礼します」

 翔太は笑顔でそう言うと軽く頭を下げた。

「お、おぅ。終わったのか」

 茂はそう言うと立ち上がって翔太を見た。

「じゃぁ、来週は悪いんだが、もう少し早い時間で頼むわ、ガハハ」

 茂がそう言うと、翔太は軽く頷いて言った。

「わかりました。夕方、少し早めにお邪魔できると思います」

「おぅ。よろしく頼んだぞ」

 翔太はもう一度茂に頭を下げて、大きなカバンを抱えるように持つと店を出た。

 見送りに類が出る。


 日のとっぷりと落ちた外は、街のネオンが煌々と輝いている。週末の五番通りはすっかり酔っ払いの往来する通りに変わっていた。


 五番通りに面した『カロ屋』のガラスドアの前、類が翔太に言う。

「じゃぁ、そのVRチャットってやつに入れば大野さんと話ができるんだな?」

「えぇ、そうです。大野さんのHNはグリマルっていうんです。まぁ、僕からも大野さんには話をしておきますけど。……先輩、変なアバターで入らないでくださいよ。一応そこ、人外チャットなんで、人型以外でお願いしますよ」

「わ、わかったよ」

 類は苦笑いをした。

「じゃ、会社に戻るんで、アリサちゃんによろしく言ってくださいね、先輩」

「……」

 翔太はそう言うと、類に軽く手を上げ、五番通りを駅の方向に歩いて行った。

(最後までアリサ、アリサって……)

 類は少しムッとしたように、その後姿を見送った。



 その夜。


 マンションの類の部屋。

 机の上でミヤビが熱心にネットテレビの時代劇を見ている。

 モニタの右隅の時計表示は23:50。

 類はメインモニタに映し出された“シイ”と、その背景に張り付けられた紋様をじっと見ていた。


(翔太の話じゃ、原図を描いたのがバスって人か……)

 類はチラッとミヤビを見た。そして、メインモニタとサブモニタの間にあるミヤビの本体である紙人形を手に取った。

(これは俺が作ったわけじゃないけど、紋様に乗せたらミヤビが出てきたんだよな……。ということは……)


 モデリングした本人でなくても、紋様が反応すれば現実世界に実体化するということだ。

 だが、以前に『カロの日記』に描かれた紋様に、他の物を乗せたが反応はしなかった。それに、コウモリダンゴの3Dモデルを“シイ”と同じように背景の紋様に触れさせてみても、同様に反応は無かった。


「うーん、何か条件でもあるのか?」

 類は紙人形を元の位置に戻すと、難しい顔をして椅子の背もたれに深く寄りかかった。


 ミヤビの場合、その本体である紙人形を作った閏が、“クラフター”という異世界の特殊能力を持っている可能性が高い。

「俺の場合、クラフターの能力は叔父さんに比べれば微々たる程度だからな……。“シイ”が実体化したのは、ほとんどカロ婆の紋様の力みたいだし。……そう考えると、いくつかパターンがあるということか……?」


 異世界に通じる紋様、クラフターの能力。

 この二つの組み合わせで考えられることは……。


 類はペン立てから鉛筆を手に取った。


 まず一つは、実体化するモデルを作った本人がクラフターである場合……。

「これは、閏お爺ちゃんとミヤビがそういう関係だな……」

 そうつぶやいてメモ用紙に走り書きをする。

「俺の場合は、カロ婆の紋様の力によるところが大きいから、紋様の影響によって実体化する二つ目のパターンか……。だとすると、コウモリダンゴの場合はどっちだ?」

 ミヤビが、ムッとしたようにサブモニタ前から類を振り返った。

「殿!先ほどからブツブツと……。何でございまするか?」

「へっ?」

 類は引きつった顔でミヤビを見た。

 サブモニタの画面は時代劇が終了し、深夜アニメに変わっていた。

「まったく……、何を先ほどから……」

 ミヤビはそう言うと、類がごちゃごちゃと走り書きをしていたメモ用紙を見た。

「いや、どうしてコウモリダンゴは異世界に実体化したのかと……」

 類がそう言うと、ミヤビは腕組みをしてあきれたように言った。

「異世界に現れたのであれば、それは、異世界側でそうさせたものが居るからにございまする!」

「えっ!?」

 類は驚いて、思わず鉛筆を落とした。

「ど、どういうこと?」

 ミヤビが、珍しく少し苛立ったように言う。

「殿、紋様には裏と表がありまする――」メインモニタに映る“シイ”を指し、「――某も、この殿の依代も、紋様の“表”から具現化いたしまする。紋様は裏に返せば望みの効果は発動しませぬ。例外はありまするが、紋様は常に術者側を表に向きまする。つまり、異世界側に現れたのであれば、異世界側に術者がいたということにございまする!」

「えぇぇっ!?」

 類はその言葉に驚愕の表情を浮かべた。

「つ、つまり、それってモデリングされたコウモリダンゴが異世界の誰かによって召喚されたってことだよな……?」

「その通り!」


 類は、魔道士の隠れ家で読んだ研究書を思い出した。


 カロ婆とタスク爺が異世界に召喚されたとき、紋様は明らかに術者側に向いて発動していたはず。

 そして、二人がこちらの世界に戻るときに使われた組子障子の紋様も、元はタスクが異世界側で作ったものだ。

「つまり今とは逆を向いていた……。今は店の中の方が表……(だから、ルイは毎回カロ屋の店側に出る……)」

 類はじっとミヤビを見た。

「でも、どうしてそんなに詳しいんだ?」

「某、彼の御方の知識を流用しているだけにございまする」

「へっ?お爺ちゃんの?」

「さよう。ただ……、残念なことに彼の御方は、すでにその知識のほとんどを忘れておられまする……」

 ミヤビはそう言うと、少し落胆したようにため息をついた。

「あ……あはは。閏お爺ちゃん、歳だからな……」

 類は苦笑いをした。

「それに、そこな本を書かれたのも、彼の御方にございまする」

「へえぇぇっ!?」

 類はさらに驚いた。

「こ、この本って、カロ婆が書いたんじゃないのか!?」

 驚愕している類をよそに、ミヤビが冷静な口調で言う。

「彼の御方の母上様が残していかれた資料をもとに、彼の御方がまとめられたものにございまする」

 類は慌てて『カロの日記』を手に取った。

 そして紋様が描かれたページをめくる。

「なんだって……。てっきり俺は、この本はカロ婆が書いたものだとばかり……」

 類は紋様のページで手を止めると、ミヤビと紋様とを交互に見た。

「この紋様を閏お爺ちゃんが描いたんだとすると……、俺の推測は外れてるじゃないか!」


 類は先ほどまで、実体化するモデルと紋様とを別々に考え、その組み合わせによっては実体化するパターンがあると思っていた。

 しかし、ミヤビの話がさらに違う可能性を推測させる。


 紋様を書いた本人と、実体化するモデルを作った本人とが同一人物である可能性。

 閏の手による『カロの日記』に描かれた紋様と、紙人形。

 類の手による壁紙に起こした紋様と、モデリングされた“シイ”。 

 どちらのパターンも、この推測に合致する。


「でも、まだ疑問点があるな……。“シイ”とミヤビの違いは、両方とも俺が紋様に触れさせたということだ……。それに、コウモリダンゴは異世界側の紋様で呼び出されているとすると……」


 類は椅子に座り直すと、もう一度メインモニタをじっと見た。

(魔道士の隠れ家……。異世界に通じる魔法紋様の研究書……。やはり、もう一度行ってみる必要がありそうだな)


 類は少しの間、何かを考えるように難しい顔をしていたが、それがまとまったのか、頷いてミヤビを見た。

「ミヤビ、俺、少し“ルイ”で出てくる。身体の方見ていてくれ」

 椅子に深く腰を掛け、机と胸の間にクッションを挟んで類が言った。

 ミヤビがチラッと類を振り返り言う。

「ははっ!かしこまりました」



 真っ暗な『カロ屋』の店内。

 組子障子の紋様の前、僅かな発光とともにルイが現れた。

「何の疑問も持たなかったけど、表側の紋様……か」

 ルイは組子障子の戸を振り返り、じっと見た。

 そしてその戸に右手をかけ、引き開ける。

「……あれ?開かない」

 いつもなら軽く開く戸が、この時に限ってまったく動かない。

「なんだ?どうして開かない?」

 ルイは戸の前でキョロキョロと様子をうかがった。

 しかし、真っ暗な店内は目を凝らしても、状況がいまいちよくわからない。

「うーん……」

 ルイは腕を組んで戸をじっと見た。

「あ、そうだ!」

 突然、何かを閃いたような顔をすると、右手を伸ばし手のひらを上に向けた。

 そしてささやくように言う。

「“闇を照らす光の玉よ、出でよ”」

 そのとたん、右手の上に手のひらと同じほどの大きさの光の玉が現れた。

「うん。前にアリサが使っていた呪文、俺も使えるみたいだな……」

 軽く頷き、右手の光の玉で辺りを照らす。

「あ、これか……」

 見れば、組子障子の戸に心張り棒があてがわれている。

 ルイはその右側の戸に斜めにかけられた、木の棒を取り除いた。

「これなら戸を外さなくても、異世界側から店の中には入って来れないし、戸が外されていないから、いつでも“ルイ”で組子障子前に出られるわけか……。なるほど、叔父さん考えたな」

 ルイは棒をカウンターの横に適当に置くと、さっそく異世界側に出た。


挿絵(By みてみん)


 サラサラと弱く風が吹いている。

 その風に、辺りの木々が音をたてて揺れる。

「うーん……。この魔力を帯びた風、気持ちいいな……」

 つぶやくように言うと、ルイは傍らを浮遊していた光の玉を消した。

 そして木々の枝葉の高さまで浮くと、北の方角に向けて一気に飛び立った。


 真っ暗な森が辺り一面に広がる異世界。

 しばらく枝葉の上ギリギリをかすめるように飛んで行くと、遠くに隠れ家になっている大木が見えてきた。

「……」

 ルイは少し不審そうな顔をして、飛んでいる速度を緩めた。

 そして、大木よりもかなり手前の枝葉の上で止まる。


 爪の先のように細い月が、東の空から昇り始めている。

 ルイは足元に広がる森から、隠れ家のある大木とその周辺を注意深く見回した。

「なんか変だな……」

 真っ暗な森の中。ルイは周囲に漂う魔力の波動に、前回来たときには感じなかった違和感を覚えた。

 少し離れた位置から、ゆっくりと大木に近づく。

「……そうか、この前来たときに溜まっていた、強い魔力がほとんど無いんだ……。でもなんで……」

 ルイは警戒しつつ、大木の手前の木々の間に降り立った。

 そして大木のすぐ近くにある木の影に隠れ、様子をうかがう。

「……こう真っ暗だと、よくわからないな……」

 ルイは魔力の波動を探るように、感覚を研ぎ澄ませた。


 辺りは、風で木の葉が擦れる音が四方八方から聞こえる。

 ルイは僅かばかり地面から浮き、木の陰から大木に向けて右手をかざした。

「……」


 少しして、ゆっくりと右手を降ろす。

 そしてつぶやくように言う。

「(隠れ家の中に)誰か、いる……」

 緊張に顔が強張る。

 ルイは隠れている木の幹に背中を当てて、そのまましゃがみこんだ。

「……どうしたもんか」

 探った魔力の波動から、中にいるのはルルアでも、ベトールでもディルメイでもない、見知らぬ人物のように感じた。

 ルイは隠れている木の幹に手を当て、大木を振り向いた。

「仕方がない……」

 ルイはそうつぶやくと立ち上がり、フワリと枝葉の高さまで浮いた。

「また、明日にでもあらためて来ることにしよう……」

 後ろ髪をひかれつつも、ルイは『カロ屋』のある方向に向けて、一気に飛び去った。



 ――次の日の朝


 フーナプラーナの会合所裏手にある公衆浴場は、公衆トイレを兼ねた、会合所よりも一回り小さな平屋造りの建物だ。

 その板壁の前に、エミューリアがタオルを手に立っていた。

 建物の周囲にも、エミューリアと同じようにタオルや手桶を持った村人が数人たむろしている。

「今日も天気がいいねぇ」

 エプロンを付けた高齢の女性がエミューリアと話しをしている。

「そうですね。でもモロウさんの話では、今日の午後から雨になるとか……」

「へぇ。そうなのかい。畑にはちょうどいい雨だねぇ」

 老婆はそう言うと、周囲に広がる小さな畑を見回した。

 中肉中背の中年の男性が公衆浴場の簡素な扉を開けて出てきた。

 その男は入り口の階段を二段ほど降りたところで、エミューリアと老婆に気付き話しかけてきた。

「おはようございます。レイクさん、エミューリア」

 そう言って二人のそばに立つ。

「おはよう、ゴウさん」

「おはようございます」

 エミューリアは軽く頭を下げた。

 ゴウは白髪交じりの短めの髪の毛をタオルで拭きながら、エミューリアに言った。

「エミューリア、魔道院に貸しているあの小屋にも、水道設備があるって本当かい?」

「え?えぇ。小屋を貸したその日のうちに、魔道士様が改造していったのよ」

 エミューリアはそう言ってニコッと微笑んだ。

「ふむ……。ということは水属性の魔晶石があるってことだよな……」

 ゴウは、少しだけ難しい顔をして小屋のある方向を見た。

「俺たちも、その小屋のトイレ使わせてもらえないかなぁ……」

 つぶやくように言う。

 レイクがクスッと笑って言った。

「そんなの無理に決まってるじゃないの。上下水処理に使える水属性の魔晶石は高額なんだよ。それに、あの小屋の様子じゃ、使用できる人数もそれほど多く見積もってないでしょ」

「ふむ、だよなぁ。ここまで来るのがちょっと遠くて。俺の家からは小屋の方が近いんだ」

 ゴウは苦笑いをした。

 エミューリアが言う。

「でも、ゴウさんの家の近くにも、一応公衆トイレがあったんじゃないの?」

 その言葉にゴウは気まずそうな顔をした。

「あ、あぁ……。一応な。でも水洗じゃなくて、下に穴が開いている落下式トイレだからさ。子供たちなんか、夜中でもわざわざここまで用を足しに来てるよ」

 そう言うと、公衆浴場の入り口を振り返った。


「おはようございます。皆さん、ずいぶん早いですね」

 その声に振り返って見れば、白いシャツを着たモロウが会合所に向かう途中だ。

「おはようございます」

「おはよう、モロウさん」

「モロウさん、おはようございます。あれ?今日もお仕事ですか?」

 エミューリアも挨拶をして、そうモロウに微笑んで言った。

「うーん……。私用の仕事かな。昨日ベトール様から頼まれた、この周辺の魔物の出現リストの取りまとめをね……。本当は青空市に買い物に行く予定だったんだけど、今月は中止になったようだし……」

 モロウはそう言うと、苦笑いをして頭を掻いた。

「なんだ、青空市中止か……」

 ゴウが腕を組んで難しい顔をした。

 レイクが言う。

「ゴウさんも、行く予定だったのかい?」

「あ、あぁ。水属性の魔晶石、どのくらいの相場なのかと思ってね。ちっこいのでもいいから上下水処理ができるものが欲しいなと……」

 ゴウはそう言うと、苦笑いをした。

 エミューリアが思い出すように言う。

「結構高いって聞くわよ。でも、先月の青空市に出てなかった気がするわ。全部無属性……」

「あたしは、王都までは遠くて、もう歳ね……。昔はよく行ったけどねぇ。ここ数年は全然行ってないわ」

 レイクが少し疲れたように言った。

「エミューリアさん、先月の青空市、行ったんだ」

 モロウがエミューリアを見て言った。

「えぇ。父と一緒に馬に乗って行ってきたんです。夜明けすぐに村を出たんですが、青空市が始まってすぐくらいの時間に着いたので、ちょうどよかったですね」

「ふむ……。見世物小屋の騒動はどうだった?」

 モロウが、顎に手を当てて何か考えるように言った。

「あー、見世物小屋の……、魔物騒動でしたっけ?……私たちは、騒動が起きる前に帰ってきちゃったんで、よくわからないんですよね。あとから噂で聞いて、そんなことがあったんだーって感じで」

 エミューリアは困ったように笑った。

「ふむ。王都ではその魔物騒動で、警備関係が結構問題になったようでね、今月の中止は、その警備の見直し案がまとまらなかったからって話だよ」

「へー、そうなんですね」

 モロウの言葉に、エミューリアたちは頷いた。

「では、私は詰所まで行ってきます」

 モロウはそう言うと被っていた帽子を軽く持ち上げ、三人に挨拶をした。

 そして会合所の角を曲がり、東門へと続く細い道を詰所のある方向に歩いて行った。

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