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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
37/71

第29話 つながった先に

 ナガールから南南東に約30キロメートル。

 カロの森から続く、広大な森の北東の外れ。


 モスグリーン色のマントを羽織ったバスが、森の中を奥へと進んでいる。

 小脇に布に包まれた“記憶をたどる魔道具”を大事そうに抱え、難しい顔をして辺りを見回した。

「まもなく深夜か……。この時間なら誰も森の中に入っては来ないだろう……」

 そうつぶやくように言うと、近くの大木の根元に腰を下ろした。

 そして包みを開く。

「うん。また、これを使うことになるとは……」

 バスは木の根元から周りを見回し、少しひらけた場所を見つけると、ルルアが逓送で送ってきた“記憶をたどる魔道具”の木の枠越しに、その場所を覗き見た。

「あれからもう二年も経っているからな……。前のようにうまくいくだろうか……」

 そう言ってゆっくりと立ち上がった。

 木の枠を左脇に挟むように持ち、右手をその少しひらけた場所に向ける。


 その手のひらが赤黒く光る。

 先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わって、別人のように恐ろしい形相となった。

 発せられる魔力の圧力に、周りの木々がザワザワと揺れ始める。バスの結っていた髪の紐が切れ、髪が乱れる。


「バスィエルの名において命ずる。開け異世界への扉」

 低く、うなるような魔力を帯びた声。

 それに反応するように、切れ間の地面に赤黒い紋様が浮かび上がる。

 直径2メートルほどのその円に描かれた紋様は、カロ屋の組子障子の紋様とも、魔道院に描かれていた紋様のどれとも違う、見たことのないものだ。


 ふと、バスの表情が緩み、いつもの様子に戻る。

 そしてつぶやくように言う。

「これが……、元の世界に……、バイエモンのいた異世界に戻るはずの紋様だったんだけどな……」

 大きくため息をついて、バスは木の枠を覗き込んだ。

 木の枠越しに見る紋様の上は、乱雑にパルスが走る不可解な異世界。


 過去の自分がいた世界ではない異世界に、どうしてつながってしまうのか。それに、ルルアが作ったこの木の枠を通さなければ、その異世界を見ることもできないのはなぜなのか。


 バスは、木の枠から視線を外し、紋様を見た。

「やはり、枠を通さなければ、異世界が見えない……。うーん……」

 バスはそううなると、大木の根元に腰を下ろし、脚の上に頬杖をついて難しい顔をした。

 そして、目の前にある赤黒い紋様を虚ろに見る。


「もう一度、うまくグリマルさんにつながるだろうか……」

 そう言って、渋い顔をして目をつむる。


 赤黒い紋様の中、バスはゆっくりと目を開けた。

「最後に、これを使った時につながったのは、……あれはまた別の異世界だったんだろうか?見たことのない炎の壁……」

 バスは立ち上がり、紋様に一歩近づいた。

「その先にグリマルさんが囚われているかと思い、コウモリダンゴの力を借りて炎の障壁を破ったのは良かったけど、その後、こちらの世界にコウモリダンゴが大量にあふれてくるわ、ルルア様から作っていただいた魔道具は壊れるわ……。ひどい目にあったからな……」


 バスは、少しの間木の枠を見つめていたが、「うん」と頷いて、枠の中に手を触れた。


 その途端、枠の内側が光り、その中に文字が映し出される。

 バスは、その“ミルカクチャット”と書かれた文字を見て安堵の表情を浮かべた。

 その味気ない表示画面の右側のスペースに、コウモリダンゴの3Dモデルが四角い枠の中を飛び回っている。

「良かった……。機能干渉が起こる前の状態のままだ……」



 バスは画面の表示を確認した。

 ――“入室者(2人):バス、グリマル”

「グリマルさん!いた!」

 ――“お!?バスさん?”

「“はい!バスです。お久しぶりです”」

 ――“おー!久しぶり。元気?最近このチャット、廃れててさ、オレ、今、別のチャットに入ってるんだ。良かったらそっちに来ない?音声チャットだから楽だよ。アドレス張っておくから来て”

 グリマルはそう書きこむと、その下に音声チャットのアドレスを貼り付けた。


 入室者の表示からグリマルが消える。


「……えっ!?グリマルさん。ど、どうすれば?」

 バスは慌てて画面内を確認するように見た。

 グリマルが残していった文字だけが、違う色で表示されている。

「これを……押せばいいのか?」

 バスは、恐る恐るその色の違う文字に触れた。

 その途端、映し出された画面が変化した。


 見れば、“グリマル”という名前を頭上に掲げた水色の鳥と、同じように“ショウ”という名前を掲げた白いうさぎが画面の中に映し出され、こちらを見ている。

「グリマルさん!良かった……」

 バスは、画面の中に映る二匹をじっと見た。

「水色の鳥のグリマルさんと、もう一匹は……、メア・ラビット?……文字の異世界は、新しく生まれ変わったのか?……それにこの異世界は、魔物の世界のようだな……」

 バスはそう言うと、恐る恐る画面に触れた。

 すると、画面の中の右下に丸い小さな円が現れた。

「これは何だろう?“通話”……?そうか、グリマルさんが言っていた音声チャットとはこれのことか」

 バスはその小さな緑色の円を、指で軽く触れた。

 ――「うわ!コウモリダンゴ」

 ショウという名のウサギの驚いたような声が、円を押した途端、画面の中から聞こえた。

「(おぉ!声が聞こえる!なるほど。これではヘタなことはつぶやけないな。慎重に……ま、先ずは挨拶を……、こ、)こんばんは。……ショウさん、初めまして。“バス”です」

 ――「こ、こんばんは。アバター、コウモリダンゴなんですね……」

 ウサギはコウモリダンゴをじっと見ている。

(コウモリダンゴ……。そうか、この枠の中の異世界では、私はコウモリダンゴになっているのか……。魔物でないと入ることのできない世界……。これはこれで興味深いけど、今はそんなことを考えている場合じゃないな……)

 ――「バスさん、二年ぶりくらい?なんか、かなり久しぶりな気がする……」

 グリマルは水色の羽を羽ばたかせて言った。

「(グリマルさんは……、確かこの“記憶をたどる魔道具”の枠のことをパ……?パソ?コンとか言っていたような?)……そうですね。なかなか。パ……、パソコン?に入れなくて。グリマルさん、その節はお世話になりました」

 バスは探るように慎重に言った。

 ――「どういう知り合いなんですか?」

 ショウが言う。

 ――「えーっと、その別のチャットルームで、三年くらい前?もっと前かな?まぁその頃に知り合ったのが最初かな?よく覚えていないな……」

 水色の鳥が、首をかしげるようなしぐさをした。

(グリマルさん……。そんなに前ではないと思いますよ……)

 バスは、画面の前で苦笑いをした。

(でもここは、話を合わせておくべきか……)

 下手に話をして、異世界から繋がっている魔道士だと知られたら、木の枠の中に映る二匹の魔物を驚かせることになってしまう。

 そうなれば、今回の目的である“グリマルからコウモリダンゴを送ってもらう”ということも破綻しかねない。

 バスはグリマルに合わせるように慎重に言葉を選んだ。

「そ、そうでしたね……。たまたま、そのチャ?チャ(あれ?なんだっけ?)……につながったというか……」

 ――「じゃぁ、リアフレってわけじゃないんだ」

 ――「うん、違うね。でもバスさんがまたログインしてくるなんて、びっくりだよ。引退したフレって、だいたい戻ってこないからさ」

 水色の鳥はコウモリダンゴのそばに近寄った。

「あ、あはは……」

 バスは気まずそうに笑った。

(だ、大丈夫かな?……うん、私が異世界の魔道士だということを、気づかれてはいないようだな……)

 ――「そういえば、コウモリダンゴの原図って、バスさんが描いたんですか?」

 ショウは何気なく訊いた。

「えっ?あ、あぁ……。そ、そうですね」

 バスは一瞬、ショウが何のことを言っているのかわからなかったが、すぐに、以前チャットと呼ばれる文字の異世界で、グリマルにウスペンスキーの絵を描いたことを思い出した。

「先ほどログ?イン?したチャット……チャットルームで適当に絵を描いたら、その絵をグリマルさんが、モ?モデ?してくれたと言うか……(合っている?グリマルさんが話をしている用語を使ってみたけど……)」

 ――「モデリングね」

「そ、そう、そのモデリングです(良かった!どうやら合っていそうだ)」

 バスのこめかみに、若干の冷や汗が流れる。

 ――「チャットルームで絵?」

 ショウが疑問符を浮かべ左右に揺れる。

 ――「うん。そのチャットルーム、“ミルカクチャット”って言うんだけど、チャット自体はテキストなんだけど、共有で絵が描ける機能がついていてさ、画像の受け渡しが楽にできるという変わったチャットルームなんだよ」

 水色の鳥が飛び跳ねた。

「(なるほど……。魔物たちは異世界のことをチャットルームと呼んでいるのか……。)こちらのチャットルームは、声で会話ができるんですね」

 バスは感心したように言った。

 ――「そうだね。画像の受け渡しとかはできないけどね。アバター使えるし、声だから会話が楽だよね」

 それを聞いたバスの表情が強張る。

 “画像の受け渡しができない”ということは、グリマルからコウモリダンゴを送ってもらえないということだ。

「そ、そうなんですか……」

 バスは落胆して、つぶやくように言った。

 ――「でも、コウモリダンゴの原図を描いたのがバスさんなら、著作権はバスさんにあるのかな?」

 ウサギはそう言って、こちらを見た。

「ちょ?ちょさ?ちょさけん……?(何のことだろう?……。コウモリダンゴを使役できる権利……、ということだろうか?)

 ――「うーん、どうなんだろう?そう言えば、バスさんって、そのコウモリダンゴの原図、何かモデルがあったんだっけ?」

 コウモリダンゴを挟むように、ウサギと鳥がその両側に立った。

(げ、原図!?……原図もなにも、あれはウスペンスキーを描いただけで……。どう説明したらいいものか……。いや、この魔物たちの世界に、ウスペンスキーがいるようには思えないし、なんとか誤魔化さなくては……)

 バスは周囲を見渡した。

 周りは、ナ・ブーナの大木と、それ以外の樹種のわからない木が鬱蒼と生えている。

「えぇっと(何と言えば)……。木の実に羽が生えた魔物が……(これでは、直接的過ぎる)、あ、いや。その、そう言う魔物に追いかけられたというか、そう、夢で見た魔物ですよ(夢、うん)」

 バスはとっさに答えた。

 ――「夢?夢で見た魔物……。それはなかなか……」

(なんとか、ごまかせたかな……)

 バスは、画面を見てほっと胸を撫で下ろした。

 そして、気を取り直して言った。

「そ、それでですね。グリマルさんに、またお願いがありまして……」

 ――「ん?オレ?何?」

「また、このウス……(じゃない)。コウモリダンゴのデータを送ってもらえないかと……」

 バスは気まずさに、言葉尻を濁した。

 ――「また?……どうしたんだ、バスさんまで急に……。今、コウモリダンゴ、人気急上昇中なのか?」

 グリマルは少し驚いたように言った。

 ――「あ、あはは……」

 ショウが引きつったような笑い声を上げた。

 ――「まぁ、別にいいけど。じゃぁ、さっきのチャットルーム立ち上げておいて。そっちで送るから」

 ――「バスさん、アバターがコウモリダンゴだし、それ結構お気に入りなんですか?」

 ウサギは、コウモリダンゴの周りをピョンピョンと跳ねた。

「お、お気にいりというか、これしかないというか……(コウモリダンゴがお気に入りというわけではないんだけど)」

 ――「でも、今、そのアバターが使えているんなら、このチャットルームにアバターをアップしたときの元データが残ってるんじゃないんですか?」

「へっ?」

 バスはショウの言葉に、思わず驚いて声を上げた。

(な、な、何のことだ?……アバター……、元データ……アップ?)

 これまでの会話は、話の流れで何となくわからない用語も受け流していたが、こう連続して未知の用語が並んでしまえば、受け流すこともままならない。

 バスは焦ったように画面を見た。

 ――「そういえば、前も、何回かデータ送ったよね?なんでだったかな?……バスさんのパソコンスペックの問題だったような?……結構、何回もデータ送った覚えがあるんだよな」

 グリマルは訝しげな声で言った。

「(ま、まずい……。ひょっとして怪しまれている……?話を合わせなくては……)そ、そうでしたね。……送ってもらったデータ(?)が、その……すぐに消えてしまって」

 ――「もしかして、バスさんって、パソコン苦手な感じなんですか?」

「え、あ。そ、そうですね……。あはは……」

 バスは気まずそうに笑った。

 ――「バスさん、送ったから確認して。データ消えてもいいように、バックアップは取っておいた方がいいよ」

 ――「そうですね」

 水色の鳥と白いうさぎはそう言うと、コウモリダンゴをじっと見つめた。

「(!?ば、ば、ばっ……?)ば?……それは何ですか?(完全に聞いたことのない用語だ……)」

 バスの顔が引きつる。

 こめかみを伝う汗を、無意識に右の手で拭う。

 ――「へっ?」

 ――「えっ?」

 その言葉に、ショウとグリマルは驚いた声を上げた。

(!!まずい!……その、ば、なんとかは、魔物の世界ではそんなに常識なことなのか……)

 バスは焦りのあまり、左手で支えるように持っていた木の枠を落としそうになった。

 ――「データを複製しておいて、データが壊れたり、何かトラブった時に、その複製データから復元するって言う……」

 グリマルが呆気にとられたような声で言った。

「複製……(そういえば、前にもグリマルさんから送ってもらった時に、うまくいかなかった手順のことだろうか?)。うーん、それが出来ないんですよ……(なんとか、ごまかせれば……)。以前も、同じだった気がします。データを開いたら、消えてしまうというか……(たぶん、あの時のことで間違いないはず……)」

 ――「え?それ、どういう症状です?」

 ショウの困惑したような声。

 ――「と、とりあえず、送ったデータ、右クリックしてみて」

 グリマルが焦ったように言った。

「(み、)右、クリック?」

 またしても聞き慣れない用語に、もはやバスの頭の中は混乱の状態に陥っていた。

 ――「ま、マウス、あるよね?その右側のボタンというか、なんというか……」

 グリマルが焦ったような声で言った。

(ま、ま?ま!?……こうなったら、聞くは一時の恥……)

 バスは大きく深呼吸をした。

 そして、混乱している内心とは裏腹に、冷静さを装い言った。

「マウスって何ですか?」

 ――「えっ!?画面の中にポインタあるでしょ?それを操作するデバイスだけど、え?」

 ショウが、呆気にとられたように言った。

(し、知らないと、それほど怪しまれるものなのか、マウス……。どうしよう……、もはや何のことかもわからないし……。もう、正直に言うしかないか……)

 バスはあきらめたような顔をして、軽くため息をつくと言った。

「えっと、……無いです。マウス」

 ――「も、もしかして、バスさんのマシンって、タッチパネル式?ってかタブレットなの?」

 グリマルの驚愕している様子が、その声を通じて手に取るようにわかる。

 バスが、申し訳なさそうに言う。

「その……、なんというか、私のパ、パソコン?は、えっと、幅が30センチくらいの木の枠……、というか板状?になっていまして、その中に映っている感じです……(もう、これ以上、説明のしようがない……)」

 バスは落胆して肩を落とした。

 ショウが、じっとこちらを見ている。

 そして、様子をうかがうように言った。

 ――「もしかして、大型のタブレット端末?それならマウスは無いし、ポインタも基本的には無いか……」

 ショウの言葉に、グリマルは「はぁ……」と、大きくため息をついた。

 ――「なるほど……。タブレットだから、互換性の不具合か何かでデータが消えたりするのかな?よくわかんないけど。じゃ、念のため、もう一回データ送るね」

 グリマルは疲れた声でそう言うと、水色の鳥は再び動かなくなった。


 文字のみで構成された“ミルカクチャット”の罫線の上。

 今し方、グリマルが書き込んだ文字が残されている。

 “コウモリダンゴのデータ送ったから、確認よろしく”


 音声チャットを切断し、ミルカクチャットを画面上に広げたバスは、確認するようにコウモリダンゴを見た。

 最初に画面の中を動き回っていたコウモリダンゴの他に、もう2匹、画面の中にコウモリダンゴが動き回っている。

「……グリマルさん!無事届いてます。ありがとう!」

 バスは安堵したような表情を浮かべ、つぶやいた。

 そして、コウモリダンゴの1匹に、そっと手を触れる。

 その途端、予想通り画面がまばゆく光り、実体化したコウモリダンゴが現れた。

 魔法円の中、バスの頭上をゆっくりと動いている。

 バスは、そっと“記憶をたどる魔道具”を地面に置くと、カバンから捕縛用のロープを取り出した。

(この微弱な魔力のロープなら、コウモリダンゴ……、いや、亜型を傷つけずに捕まえられるはず……)

 バスは魔法円の中にしゃがみ、コウモリダンゴの様子をうかがった。

(よし!今だ!)

 コウモリダンゴが後ろを向いた瞬間、勢いよくその羽にロープを巻き付ける。

 そのまま地面に引っ張り下ろすと、胴体ごとグルグル巻きにした。

 バスは立ち上がり、足元に転がるコウモリダンゴをまじまじと見た。

「……うん。これで、亜型が魔王の眷属ではなく幻獣の一種だという方向に持っていければ、今回の騒動はおさまるだろう……」

 バスはそうつぶやくと、足元に置いた“記憶をたどる魔道具”を丁寧に拾い上げた。

 “ミルカクチャット”の右側の画面に、以前からいたコウモリダンゴと、グリマルが最初に送って来たコウモリダンゴがボーっとしたようにゆっくりと飛んでいる。

 バスは魔法円のから出て、その円をかき消すように右手を振った。

 その瞬間、魔法円が消え、辺りが暗闇に包まれる。

 それと同時に“記憶をたどる魔道具”に映されていた画面が消え、木の枠に戻る。

 バスはコウモリダンゴを捕縛しているロープの端を掴むと、森の奥に目を向けた。

「……この付近に1本だけ生えるマ・ブーナの巨木。……明日の朝、そこで捉えたということにしよう」

 バスは大きく頷いて、森の中を後にした。

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