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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
32/71

第24話 組子障子の秘密

 初夏の風が、深い森の中を駆け抜ける。

 木々の枝葉の間から落ちる昼前の日の光が、ほのかに森の中を明るく照らしている。


 ルイはカロの森を、ヘリオベアを探して歩いていた。

「はぁ、全然見つからないな……。元の身体のことも心配だし、あまりアバターで動きたくないんだよな……。はぁ」

 曇った顔で辺りを見回し、ため息をついた。


  しばらく歩き、森の中の少しひらけた場所に出る。

「あれ?ここは……。何か見覚えがあるな」

 ルイは辺りを見回した。

 ひときわ大きな大木が、心地よい風に木の葉を揺らしている。

「あぁ、この前来た、魔道士の隠れ家だ。……ルルアさんの師匠って言ったっけ?」

 ルイは、その大木の幹に手を当てた。

「……閉ざされてはいるけど、一度中に入ったら、もう呪文とか要らないみたいだな」

 そう言うと、隠れ家になっている大木の中にズブズブと入っていった。


 本がぎっしりと詰まった本棚。部屋の中心には魔力の満ち足りた魔晶石が置かれている。

 ルイは部屋を見回した。

「あの後、誰も入った気配がない……」

 ルイは机の上に積み重なっている本を1冊手に取った。

 そしてパラパラとめくる。

「……魔道具……。図解と説明かな?ふむ……」

 そう言って、感心したように目を通す。

 しばらく、その小さな机にお尻の辺りで寄りかかって読んでいたが、大体内容を掴んだのか、パタンと閉じて元の場所に本を戻した。

 そして、正面にある本棚に納められた本の背表紙を感心したように見る。

「ルルアさんの師匠……。かなりの研究家だったんだな……」

 本は、厚さの厚い物から薄い物、背の高い物から小さいものと、色も大きさも様々だ。

 それが何かの規則に従って並んでいる。

 ルイは一番下段の端に3冊ほど、弾かれるように置かれた違和感のある本に目が留まった。

「これだけ、別分類なのか?」

 ルイはそのうちの1冊を手に取った。

 紙質の悪い青い表紙、A5判ほどの大きさの、厚みのあまりないその本は、ところどころに雨で濡れたようなしみがついていた。

 ルイはその本を何気なくめくった。

 そのうちの中ほどのページで手を止め、驚いた顔をした。

「これは!カロ屋の組子障子の紋様じゃないか!」

 左のページ、本を横向きにして描かれたその紋様は、中心に星形を配した『カロ屋』の組子障子の戸の紋様そのままだ。

「どういうことだ……?(なんでこの本にカロ婆の紋様が……?)」

 ルイは怪訝な顔をして、その紋様の前後のページをめくった。

 そして真剣な顔で読みふける。


 その厚みのあまりない本を読むのに、それほど時間はかからなかった。

 ルイは、驚いたような顔で本を閉じ、元の場所に戻した。

 もう一度部屋と、本棚を確認するように見る。

「ルルアさんは、このことを知っているのか?……いや、知らないはずがない。この部屋を管理しているなら、間違いなくこの本を読んでいるはず。それに、“カロ屋”に関する本が他にもあるかもしれない……」

 ルイはそう言うと、中央に置かれた魔晶石に手を触れた。

 そして軽く目をつむる。

「……やっぱりそうか」

 ルイは頷くと目を開け、右手を大きく横に振った。

「うん。これで俺がこの部屋に入った気配は消えたな。早々に戻ろう……」

 そして隠れ家を出て、木々の切れ間の中心に戻る。

 もう一度大木を振り返る。

「……ルルアさんの考えがわからないな」

 そうつぶやくと、ルイは額の前に手を当てて、声にならない呪文を唱えた。


 薄曇りの昼過ぎ。

 類は難しい顔をして『カロ屋』に入って来た。

「おう、類か!クマの魔物はどうだった?」

 梱包された箱を抱えた茂が、そう言って棚の奥から出てきた。

「叔父さん。やっぱりそう簡単には見つからないよ」

 類はそう言うと、カウンターに寄りかかり、店の中を見回した。

「やっぱそうか。そううまくいくもんじゃないよな、ガハハ!」

「……ところで、お店の方はどうなの?お客さん入ってる?」

「うーん、まあまあだな。やっぱネットからの注文の方が多くてよ。ほら、今日も梱包作業だ。ガハハ」

 茂はそう言うと、手に持っていた箱を類に示すように持ち上げて見せた。

「アリサは?今日はいないの?」

 類は振り返るように休憩室の入り口を見た。

「ん?今、来るだろ。梱包は人手がいるからよ。類、お前も手伝ってくれ」

 茂はそう言うと、手に持っていた箱を、ガラスドア側に置かれていた台車の上に乗せた。


 段ボール箱に商品を入れ、隙間に梱包材を詰める。

 そして、再度注文票と中身とを確認する。

「うーん、こまごまとしたものを何個も何個も……」

 類は箱の中を見て、疲れたようにつぶやいた。

「あれ?ルイ兄。来てたんだ」

 作業台前から顔を上げてみれば、カウンターの横に、髪を横に一つに結ったアリサが立っていた。

 いつものカーキ色のカーゴパンツを穿き、薄地の白いカーディガンを羽織っている。

「あぁ。ちょっとね、話したいことがあって……」

 類はそう言うと、段ボール箱の蓋を軽く閉め、レジカウンターの上に置いた。

 そして、カウンターの内側でパソコンの画面を見ている茂に言った。

「叔父さん、これ確認して。納品書、まだ入ってないから」

「あ?ああ。そこに置いていてくれ」

 茂は軽く振り返ると、再びパソコンの画面を見た。

「ルイ兄が手伝ってくれると、早く終わるから助かるよ」

 アリサはそう言うと、作業台前の類と向かい合う側の椅子に座った。

「類、アリサ。俺、ちょっと出てくるけど良いか?」

 パソコンの画面を見ていた茂が、不意に振り向いて言った。

「あ?いいよ。二人でやっておくから」

 類はそう言うと、作業の続きを始めた。

 アリサは注文の一覧表に目を通しながら軽く頷いた。

「おう、じゃ、頼んだぞ」

 茂はそう言うと、休憩室側から店を出て行った。

「お父さん、お昼まだ食べてないからね」

 アリサは、段ボール箱を組み立てながらつぶやくように言った。

「そうなんだ……」

 休憩室に掛けられた時計が、ピピッと2回鳴る音が、微かに聞こえた。


「なぁ、アリサ……。ルルアさんのこと、どう思う?」

 類が、神妙な面持ちでつぶやくように言った。

「え?どうって……」

 アリサは少し驚いた顔をして類を見た。そして不審そうに続けて言う。

「ルルアさんと、なんかあったの?」

「うーん。別に何もないんだけど、ちょっと気になることがあって……」

 類は言葉尻を濁した。

「気になることって何よ?」

 アリサが少し曇った顔で言った。

「なぁ、アリサ。組子障子の紋様って、確か、カロ婆が図案を考えたって話だったよな?」

「うん。そうだけど。そして、ひいお爺ちゃんが、それをもとに組子障子の戸を作ったんだよね?」

「あぁ。一応、そう言うことになっているよな……」

 類は、目の前の注文伝票を虚ろに見た。

「もう!何なの。はっきり言ってよね!ルイ兄、いっつもそうなんだから!」

 アリサは、ムッとした顔で言った。

 類は、額に手を当てて、難しい顔をした。

 そして少し考えるように言う。

「そうだな。今は叔父さんもいないし……。でも、この話は叔父さんには言うなよ」

「んー?どういうこと?」

 アリサは怪訝な顔をした。

「午前中に“ルイ”で、森の中で魔物探しをしてたんだ。そうしたら、とある魔道士の隠れ家を見つけたんだよね。(まぁ、見つけたのはもっと前なんだけど……)」

「え?隠れ家?」

 アリサは驚いた顔をした。

「うん。どうやらそれが、ルルアさんの師匠のものらしくて……」

「ルルアさんの師匠……。え?それってルルアさんは知ってるの?」

「たぶん……」

 アリサは段ボール箱を折る手を止め、組子障子の戸を見た。

「でも、ルルアさんの師匠って、カロ屋に来たことないよね?」

「いや、それはわからないよ。もしかしたら、カロ婆が若いころに来たことがあるのかもしれない」

 その言葉に、アリサはイラついた顔をして類を見た。

「だから何なの?はっきり言ってって言ってるでしょ」

 類は渋い顔をした。そして言う。

「その隠れ家で、組子障子の戸とまったく同じ紋様が描かれた本を見つけたんだ」

「え?」

「俺は、カロ婆が考えた紋様を、タスク爺が組子障子の戸を作ったことで、異世界につながったと思っていたんだ……」

 アリサが不思議そうな顔をする。

「違うの?あたしもそう思ってたけど」

「うん、逆だよ。……異世界側にカロ婆が召喚されたんだ。そう、こっちの世界から異世界へ扉を開いたんじゃなくて、異世界側から強引にこの世界に扉が開かれたんだ」

「え!?」

 アリサは驚きのあまり、手に持っていた折りかけの段ボール箱を落とした。

「カロ婆を異世界側に召喚したのは、ルルアさんの師匠の魔道士だよ。名前は……、なんて言ったかな?ちょっと覚えていないけど」

「……」

「その時に、近くにいたタスク爺に助けを求めたらしい。その結果二人とも異世界に飛ばされてしまったんだ」

「……それ、本当なの?……何か、聞いていた話と違うんだけど」

 アリサが訝しげに類を見た。

「間違いないよ。“ルイ”で、隠れ家にあった魔晶石に探りを入れたんだ。召喚に使った魔晶石だったよ。……組子障子の戸は、クラフターの能力が覚醒したタスク爺が、こっちの世界に戻るために作ったものだったんだ」

「……な、なんかその話、少し怖いんだけど。なんでカロ婆は召喚されたの?」

 アリサが強張った顔で聞いた。

 類が難しい顔をして、おもむろに言う。

「理由は、はっきりわかったわけじゃないけど、たぶん魔王に関係してると思う」

「魔王?」

「異世界に取って魔王は脅威なんだ。運よく魔王を囲った国は、それ以外の国より優位に立てるし、その逆なら国の死活問題に発展する。……デグレード王国は、ちょうどその頃、アフ……アフなんとかっていう魔王を失ったばかりで、一刻も早く魔王を手に入れたかったらしい」

 類はそう言うと、強張った顔をして腕を組んだ。

「じゃ、じゃぁ。魔王としてカロ婆が召喚されたってこと?カロ婆って魔王だったの?」

 アリサが当然の疑問を投げかける。

「いや、カロ婆は魔王じゃないよ。要するに当てずっぽうで召喚を試みたらしい。それにカロ婆にはそんなに強い魔力は無かったみたいだしね。それこそルルアさんと同じ、魔道具士の能力……。そして、魔道具の能力を最大限引き出して使えるという力で、タスク爺の作った組子障子の紋様の力を最大に引き上げて、この世界に戻って来たんだ……。隠れ家にあった魔導書によれば、召喚は一時的なもので、異世界同士を常につなげておくことはできないらしい」

「え?で、でも、組子障子の向こうは、戸が溝にはまっていれば、いつでも異世界に行けるよね?」

 アリサは再び組子障子の戸を見つめて言った。

「あぁ。それはカロ婆とタスク爺の二人の能力が融合した結果だよ。タスク爺のクラフターの能力で魔力の帯びた組子障子の戸と、その能力を最大限引き出すカロ婆の能力が、今でもこうして異世界とをつないでいるんだ」

「へぇ……。そうだったんだ……」

 アリサは少し疲れたように言った。

「二人の力の融合は、ルルアさんの師匠にとっても驚きだったようで、本にその時の感想が書かれていたよ。相当な衝撃を受けたらしい……。おかげでカロ婆たちはその後も異世界に出入りしていたらしいけど、異世界側からこっちの世界に来たって言う記録は見つけられなかった……」

 類はそう言うと、大きくため息をついた。

「ねぇ、でも、それとルルアさんと、何の関係があるの?それって過去の話しじゃん?」

 アリサは再び注文一覧表に目を移しながら言った。

「……俺の推測が正しければ、ルルアさんの狙いは、叔父さんの能力だよ」

「え、クラフターの?」

「あぁ」

 類はそう頷くと立ち上がり、アリサの後ろにある、五番通り側に面したスチール棚の前に立った。

 そして陳列されている赤いブレスレットを手に取る。

 ブレスレットに仕立てたのはキヨだが、そのパーツに文様を施したのは茂だ。

「例えばこれ。このブレスレット、こっちの世界じゃ、何の変哲もないものだけど、異世界側から見れば火炎属性の防御魔法が付いているらしい」

「あ、それ、前にベトールさんが言ってたね」

 アリサは思い出したように言った。

「ルルアさんが前に言ってたけど、クラフターの能力はかなり特殊らしいし、人数も少ないらしい。おそらく、叔父さんほど能力の高いクラフターは向こうの世界にいないんだと思う」

 類はそう言うと、ブレスレットを戻し、またアリサの向かい側の作業台前に座った。そして続けて言う。

「つまり、カロ婆とタスク爺のように、ルルアさんは、自分の魔道具士の能力と叔父さんのクラフターの能力を融合させる“何らかのもの”を作ろうとしているんじゃないかと思うんだよね。本当は、それをクラフターの能力を持つ師匠とやるはずだった……。けど師匠はもういない、だから叔父さんと……ってことなんじゃないかと」

「えー?ルルアさんも物好きだね。いくらクラフターの能力者がいないからって、ウチのお父さんとなんて……」

 アリサは顔をしかめて言った。

「隠れ家にあった魔導書に、異世界につながる紋様の研究書が置いてあったよ……。その中に、この組子障子の紋様もあった」

 類は、組子障子の戸を振り返った。

「そして、異世界に通じる紋様はこれだけじゃなかった……。あくまで推測だけど、隠れ家の魔道士とルルアさんの目的は、魔王を召喚し、その異世界に常時出入りできるようにすることだったんじゃないかと思うんだ。ルルアさんが叔父さんに妙に親切なのは、おそらくそれを達成するための下準備なんじゃないかと……」

 類はそう言うと、作業台に視線を落とした。

「うぅ……。やっぱり裏があったのね!ルルアさんの親切」

 アリサが、少し顔を赤くして興奮気味に言った。

「へ?」

 類は驚いた顔をしてアリサを見た。

「アタシね、前からルルアさん、妙にお父さんにやさしいし、親切だと思ってたんだよね。絶対何かあるってさ、女の勘ってやつ?」

 アリサはそう言うと、得意げな顔をして納得するようにうなづいた。

「えぇ……(アリサが?女の勘?……何だよそれ)」

 類は引きつった顔でアリサを見た。

「と、とにかく。叔父さんは利用されてるだけなんだと思う。というか、これから利用される予定なんだろうけど。……でも、叔父さんはすっかりルルアさんのこと信用しているから、こんなことを言ったら怒るだろ?だから叔父さんには絶対に内緒だぞ」

「うん!わかった。ルイ兄とアタシだけの秘密ね!」

 アリサは含み笑いをして言った。

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