第23話 リサーチ
土曜日。
前日の雨とは打って変わって、空はすがすがしく晴れ渡り、心地のよい風が吹いている。
日差しの明るい外とは対照的に、薄暗い『カロ屋』の店内。
レジカウンターの前に、“枯れ緑”のマントを羽織った茂と類が向かい合って立っている。
その様子を、キヨがカウンターの内側にあるオフィスチェアに座って見ていた。
「ふむ。じゃぁ、これを使えばルルアさんの助けがなくても、王都まで飛べるんだな?」
茂が首から下げた低空飛行の首飾りを握りしめ、類の手のひらにある魔晶石を見て言った。
「あぁ。今朝“ルイ”でMAXまで魔力を補充したから、二人分の往復の魔力は十分にあると思う」
類はそう言うと、直径5センチほどの大きさの魔晶石を握りしめた。
「そうか。今回はお前が頼りだからよ、よろしく頼むぞ」
「あぁ。大丈夫」
そう言って、類も同じように首から下げた低空飛行の首飾りを確認するように見た。
「じゃぁ、キヨ。マーケティングリサーチに行ってくる」
茂はそう言うと組子障子の戸を開けた。
類はその言葉に苦笑いをした。
(マーケティングリサーチだなんて……。そんな大層なもんじゃないのに)
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
キヨが笑顔で見送る。
一足先に異世界側に出た茂が、辺りを見回している。
「じゃ、キヨさん、行ってきます」
類はそう言うと、茂の後に続いて異世界側に出た。そして組子障子の戸を閉める。
「うぅーん!いい天気だな!ガハハ」
茂は思いきり伸びをして言った。
なびいたマントの内側に、肩にかけたカバンから、小さく折り畳まれたウスペンスキーの羽がはみ出している。
「そうだね。こっちも晴れていて良かった」
類は空を見上げた。
よく晴れた青い空に、ところどころ白い雲が浮いている。
類は茂を向いて言った。
「たぶん、王都までは1時間もかからないと思うよ」
「そうなのか?」
茂が少し驚いた顔をして言った。
「この魔晶石と、俺と叔父さんの低空飛行の首飾りを連動させたから、魔力を効率的に使えるはずなんだ」
類はそう言うと、首から下げた低空飛行の首飾りと魔晶石とを重ねるように持った。
「ふむ。ルルアさんよりも力が強いっていうことか?」
「うーん、というよりは、魔力の物理的な距離だと思う」
「どういうことだ?」
茂が不思議そうな顔をして言った。
「前に王都に行ったときは、遠隔でルルアさんが魔力を送ってくれていたけど、それだと距離が遠いから、その距離の分どうしても魔力が弱まっちゃうんだよね。でも、今回は動力源である魔力をこの魔晶石から得られるから、距離がすごく近いだろ?その分魔力のロスが少ないはずなんだ」
「ふーん。なるほどな。そう考えると、ルルアさんはやっぱりすごい力の持ち主なんだな」
茂は感心したように、類の持つ魔晶石を見た。
「じゃ、叔父さん、行こう」
類は低空飛行の首飾りを操作した。
類の身体が宙に浮きあがる。
それと連動するように、茂も同じように浮き上がった。
「ほう……」
茂は浮き上がった自身の身体を見て、感嘆の声を上げた。
森の木々の枝葉の上ギリギリを、風を切るように飛んで行く。
その速度とは裏腹に、身体にあたる風は心地の良い微風だ。
「なんだか、相当早いスピードが出ているようだな……」
茂が眼下に流れる森の木々を見て、驚いた顔をして言った。
「そうだね。俺も、こんなに早く飛べるとは思わなかったよ。この分なら11時前には王都に着きそうだね」
「あぁ。移動が速いに越したことはないからな。ガハハ」
しばらく飛んでいくと、眼下の森が途切れ始めた。
その先に、フーナプラーナの村が見える。
「あ、あれは」
飛んでいる速度が速いせいか、フーナプラーナは見えたと思った瞬間に、あっという間に通り過ぎていった。
「……うーん、ルルアさんと来たときよりスピードが早いかも」
類は苦笑いをした。
やがて、王都の外城壁が見えてきた。
類は顔をしかめた。
「そう言えば、どうやって王都の中に入るの?この前みたいに、守衛のいない門から入ればいいのかな?」
類の言葉に、茂がニヤッと笑って言う。
「類、もうどの門からでも入れるぞ!」
「え?」
「この前な、ギルド登録をしたときに、ルルアさんがいろいろと手続きをしてくれたんだ。だからちゃんと通行証があるんだ、ガハハ。お前は“タスク屋”の従業員ってことになってるからよ、堂々と通れるぞ!」
茂は勝ち誇ったように、類に親指を立てて見せた。
東側の外城壁の門の前に立つ。
石畳の大きな道と、頑丈そうな大きな門。
槍を持った門兵が両脇に二人ほど立っている。
茂は小さな魔晶石の嵌め込まれた木の板の通行証を取り出すと、右側にいる門兵にそれを見せた。
鈍い銀色の簡素な鎧をまとった門兵は、それを確認すると、道を開けた。
茂と類は、緊張した面持ちでその大きな東門をくぐった。
石畳の道を少し歩いて振り返る。
門兵が、外を向いて立っている。
「はぁ、緊張した……」
類が疲れた顔で言った。
「ま、まあな。……さてと、リサーチなんだが、もしかするとギルドで聞いた方が早いかもしれんな」
茂はそう言うと、石畳の道をまっすぐに見た。
「ギルドはどこにあるの?」
類も同じ方向を見て言う。
「ここからだとちょっと遠いんだ。ギルドのあるところは“ロセッシ”って言う地区になっていてよ」
「この前行った、青空市の辺りとは違うの?」
土地勘の無い類は、首をかしげて言った。
「青空市が開かれるリグレット広場は、王都の中でも東の外れなんだ。ロセッシは中心地区だからよ、結構賑やかだぞ」
茂はそう言うと、辺りを見回した。
そして、何かを見つけ、小走りに走り出す。
「あ、叔父さん!?」
類もその後を追うように、慌てて走った。
茂は、石畳の道の端にある標柱を見上げた。
「何これ?」
「バス停ならぬ、馬車停だ。だが、俺には異世界の字が読めないからよ。類、お前読めるか?」
茂は期待するような目で類を見た。
類は、類の背とほぼ同じ高さの、丸い目印のついた標柱をまじまじと見た。そこに掲げられた四角い板の、張られた時刻表と思しき文字は、どう見ても異世界の文字だ。
類は引きつった顔をした。
「……“ルイ”じゃないから、俺にも読めない……」
その言葉に茂はがっかりした顔をした。
「そ、そうか。仕方がない……。歩いて行くか」
茂はそう言うと、渋い顔をして石畳の道を西に歩き出した。
類も茂の横に並んで歩く。
道の両脇に、次第にグレーの大きな建物が目立つようになる。
(へぇ。五階建て以上の建物もあるんだな。異世界なんて言うと、定番は中世くらいのイメージだけど、この異世界はもっと発展していそうだな)
やがて、遠くに王城の城壁が見え始めた。
「お城だ……(あれがふざけた名前のデグレード城か……)」
類は珍しさにつぶやいた。
「あぁ。さらに先に行くと、すごい高い塔みたいな建物があるぞ。“魔道院塔”というらしい」
「へぇ……」
類は辺りを見回した。
通りを歩く人は、類や茂と同じような“枯れ緑”のマントを羽織った人が多いが、青空市の時とは違い、もっと緑色の濃いマントや、落ち着いた赤い色のマントを羽織っている人もチラホラと見受けられる。
(魔道階位、赤属帯か……。初めて見たな)
車道と思しき場所には、何台もの馬車が往来し、どの馬車も客車を引いているのは、太い脚が六本もある背の低い見たことのない馬だ。
「うへぇ……(馬が魔獣化しているのか……?)」
その通り過ぎてゆく幾台もの馬車を、類は少し驚いて見た。
歩き始めて20分。
「お!類、馬車停に馬車が止まってるぞ。あれに乗ろう!」
茂はそう言うと、石畳の道を横断し、停まっている馬車のもとに駆け寄った。
「あ、待って!」
類もあわてて、馬車に駆け寄る。
六本脚の黒っぽい馬2頭が、屋根付きの、かごのような細長い客車を引いている。
客車は椅子は無く、真ん中に二本、手すりのような支柱が付いている。最大乗車人数は、おそらく15人ほどだろう。
茂は、がま口財布から大銅貨2枚を取り出すと、御者に手渡し、客車に乗り込んだ。
類も、支柱につかまり客車に乗る。
「ふう、良かった。これで楽にギルドまで行けるぞ」
茂はそう言うと、腕で額の汗を拭った。
類は客車内を見回した。
ほかに、3人ほど乗客がいる。
一人は同じ“枯れ緑”のマントを羽織った小柄な老婆だ。
先頭の右端で、支柱をしっかりつかみ、踏ん張るように立っている。
後ろの端には、薄茶色のシャツに、黒いズボンを穿いた中年くらいのガタイのいい男が乗っていた。その男はマントは羽織っておらず、難しい顔で腕を組み、支柱に寄りかかって街並みの景色を見ている。
中央の乗降者口に近い支柱には、それにしがみつくように、小豆色のマントを羽織った子供が乗っていた。
類と茂は、老婆に近い場所の支柱につかまった。
馬車が動き出す。
類は横目に、小豆色のマントの子供を見た。
(赤属帯だ。何歳くらいだろう?7、8歳くらい?男の子?女の子?性別がわからないな……)
マントのフードを深くかぶった子供は、時折大きく揺れる馬車に身を揺らし、転ばないように、支柱を強く握っている。
やがて、停留所なのか、馬車が停まる。
その王城に近い停留所で、小豆色のマントの子供が降りた。
後続の馬車が、類たちが乗る停車している馬車を追い抜いてゆく。
乗車する客は無く、子供が降りるのを見計らって馬車が再び動き出す。
しばらくして、老婆が大きくため息をついた。
「ふぅ、やれやれ。赤マントが乗っていると、気が落ち着かないね……」
そう言って類と茂を見る。
「そ、そうですね」
茂が苦笑いをして答えた。
類も苦笑いをする。
(相手が子供でも、マントの色が上だと気を遣うのか……。魔力主義の世界、か……)
そしてチラッと、後ろにいる中年の男を見た。
男は、やはり難しい顔をして街並みを見ている。
次の停留所で、その老婆が降りた。
馬車は再び走り出した。
「類、たぶん次の停留所だ」
茂が辺りの街並みを見て言った。
少し先に、ひときわ目立つ高い塔のような黒い建物が見える。
「あれが魔道院塔……?」
「あぁ、そうだ。すごい高さだよな」
茂も魔道院塔を見て言った。
少しして、綺麗に整備された大きな公園の前に馬車が停まった。
その馬車停には、先ほどの子供と同じ、小豆色のマントを羽織った若い女性二人が馬車を待っていた。
類と茂は、その女性たちを気にしつつ、足早に馬車を降りた。
目の前にまっすぐに伸びた通路を配する大きな公園と、その先に真っ黒い魔道院塔が見える。
「ここって、魔道院塔前の停留所なんだね」
類が辺りを見回して言った。
「そうだな」
茂が、マントの内側に掛けたカバンの肩ひもを直しながら言った。
二人の小豆色のマントの女性が馬車に乗り込み、馬車が動き出す。
(じゃぁ、今の二人は、魔道院塔から来たのかな?)
類は遠のいてゆく馬車を視線で追った。
「類、こっちだ。行くぞ」
茂はそう言うと、石畳の道を横断し、魔道院塔がある方とは逆の北に延びる道を歩き出した。
「あ、待ってよ!」
類も慌てて後を追う。
その石畳の道は、先ほど通って来た道よりはいささか狭いものの、それでも五番通りよりは大きな道だ。
その両脇に、三階建てから十階以上ありそうな大きな建物が並ぶ。
背の低い建物は、グレーの石レンガ造りのものが多く、高層階になる建物は、似たような色のコンクリートのような質感の外壁を持つものが多い。
そのモノトーンな街並みを彩るように、青々とした街路樹と赤い旗の付いた街路灯が、交互に等間隔で道の両側に並んでいる。
(オシャレな街並みだな……。看板だらけの雑多な二番通りとは全然違う……)
類は物珍しそうに街並みを見回した。
その様子に、茂が気まずそうな顔をして言う。
「類、あまりキョロキョロするなよ」
「あ、あぁ……」
通りを歩く人々も、青空市の時のような“枯れ緑”のマントの人ばかりではなく、バルドリウスのような“上緑”や、先ほど見た小豆色のマントを羽織っている人も比較的多い。その小豆色よりももう少し鮮明な深紅のマントを羽織った人も、ポツポツと見受けられる。
(うーむ。この割合で考えたら、青空市の“枯れ緑”だらけって方がなんかおかしいな。ルルアさんも枯れ緑を着ていたし、もしかしたら青空市では“枯れ緑”を着るっていうのが定番になっているのか?)
「類、ここだ」
茂がそう言って足を止める。
「ここ?」
見れば、そこは通りの中でもひときわ大きなグレーの建物だ。
類はその建物を見上げた。
「……3、4、5……、八階建て……か。すごいな」
そう言って玄関に目を移す。
三段ほどの階段の両側に、二階まで伸びる太い柱を配し、入り口の金属質の扉は見上げるほどに大きい。
茂は難しい顔をした。
その様子に類が言う。
「どうしたの?」
「うーむ。文字が読めないってのは問題ありだな……。何階に行けばいいのかわからん」
そう言って玄関の扉を見つめる。
「受け付けとかないの?とりあえず、中にいる人に訊いてみれば……」
茂は腕を組み、少し考えるように視線を落とした。
そして頷いて言う。
「そうだな。一階にいる人に聞いてみるか……」
そう言うと階段を上り、扉を開ける。
類も茂の後に続いて、建物の中に入った。
二階まで吹き抜けの広いエントランス。
磨かれた石造りの濃茶の床。
すぐ入り口の小さな机に、グレーのスーツのような服装の女性が座っている。
茂がその女性に尋ねた。
「あのう、少々お伺いしたいんですが……」
その女性が茂に応対する。
類は少し先のエントランスの壁を見た。
そこには、掲示板のような大きなコルクの板が張り付けられ、その前に枯れ緑や上緑のマントを羽織った12、3人が、そのコルクボードに張られた張り紙を見ている。
(なんだ……?)
類もその近くまで寄って、その張り紙を見た。
(……よ、読めない)
類は顔を引きつらせた。
茂と同じ年頃の、張り紙を見ている上緑のマントを羽織った男が、隣にいるおなじ上緑のマントの男に話しかけている。
「今年は、ジャノ山の龍の狩猟期が少し早まっているようですな」
「えぇ。そのようですね。おそらく猟師不足の影響でしょう」
「狩猟期を早めたところで、龍の素材不足が解消するとも思えませんけどな」
「龍の猟は命がけですからね。年々狩る人が減っていて、龍の素材の入手が難しくなっていますからね」
「これ以上、龍の素材の値が上がったら、商売あがったりですわ……」
そう言って苦笑いをしている。
(うーん、異世界っぽい……)
類も苦笑いをした。
「類、わかったぞ。五階だ」
若干緊張した面持ちの茂が、類のもとに来て言った。
「あ、うん」
掲示板とは逆側にある、広い階段から上階へ上る。
「五階は何のフロアなの?」
階段を上りながら類が言った。
「魔物絡みの取引のフロアだってよ」
「ふーん。じゃ、この前ルルアさんと来たのは何階だったの?」
「青空市と露店関係は三階だったな」
そう言って思い出したように途中の三階のフロアを見る。
そこからさらに二階分階段を上り、五階のフロアに来る。
「エ、エレベータが無いのはキツイな……」
茂は、うっすらと額に汗して言った。
黄土色の床の五階のフロアにも、大きくはないが壁に掲示板が掲げられていた。
そこには表を書いた紙が1枚貼られている。
その掲示板の前に3、4人が、真剣なまなざしで張られている表を見ていた。
茂は掲示板の横を通り過ぎ、奥の接客用と思われる机の前に来た。
「あのう、すみません。ちょっとお伺いしたいのですが」
茂がそう言うと、グレーのスーツっぽい服装の女性が奥の事務机から出てきた。
そしてその接客用の机の反対側に座り、茂を見て言う。
「どうぞ、お掛けください」
「は、はい……」
茂と類は、促されるままに、その簡素な木製の椅子に座った。
「……ですと、魔物取引の登録が必要になりますね」
女性はそう言うと木札を手に取った。
「ふむ……」
茂は軽く頷いた。
「登録手数料が大銀貨3枚ですが、よろしいですか?」
「あぁ。お願いします」
茂はそう言って、がま口財布から大銀貨3枚を取り出し、机の上に置いた。
「はい、確かに」
女性がそれを受け取り、手続きをする。
女性はその木札に何やら書き込み、茂に渡した。
「魔物の素材は、青空市でも売ることはできますが、青空市は月一ですし、取引所にお持ちいただいた方が良いですね」
女性はそう言うと、ニコッと微笑んだ。
「ふむ……、なるほど。それからもう一つ聞きたいんだが、例えばなんだが、魔物の素材はそのままの方がいいのか、それとも加工した方がいいのか……。これなんかはどうなんだ?」
茂はそう言うと、カバンから小さく折り畳んだウスペンスキーの羽を取り出した。
その途端、女性の顔色が変わる。
そして驚いた顔をして、思わず立ち上がった。
その拍子に、女性が座っていた椅子がバタンと音をたててひっくり返る。
女性の後ろ側の事務机にいた、数人がその音に振り返り女性を見た。
「す、すみません……!」
女性は慌てて、すぐに椅子を戻し、乱れた髪を直した。
掲示板前で張り紙を見ていた人々も、一様に音に驚いた顔をして振り向いた。
そのうちの上緑のマントを羽織った男が、茂の持つウスペンスキーの羽に気付いて言った。
「あ、あんた、それ、もしかしてウスペンスキーか!?」
その男は目を見開き、驚愕した表情で茂の手元を注視した。
「え?あ?ウス……?」
「ええ、そうです。ウスペンスキーの羽です」
言い淀んでいる茂に代わり、類が答えた。
にわかに五階のフロアがざわつき始める。
その様子に、奥にいたギルドの事務員たちも振り返り、対応机の周りに集まって来た。
そして一様に驚いた顔をして、ウスペンスキーの羽を見る。
「な、なんだ?」
茂は焦ったような顔をした。そして小声で類に言う。
「な、なんかマズイ物なのか?これ……」
「わ、わからない……」
類も顔を強張らせて言った。
事務側から、グレーのスーツのような服を着た少し偉そうな立場の眼鏡をかけた男が、机の向かい側に来て茂に言った。
「すみません。その羽、少し見せていただいても?」
「あ、あぁ。どうぞ」
茂は強張った表情で答え、その男に羽を差し出した。
その細身の中年の男は、羽を確認するようにまじまじと見た。
男の周りに、同じようなグレーのスーツのような服の男たちと、先ほど掲示板の掲示を見ていた男たちが集まり、その羽を注視する。
「す、すばらしい……。かなり新鮮な羽ですね」
少し偉そうな立場の男がつぶやくように言った。
先ほど茂に話しかけてきた上緑の男が言う。
「こんな鮮度のいいウスペンスキーの羽、何年ぶりだ……。あんた、これどこで手に入れたんだ!」
「え?えぇ?」
茂は苦笑いをした。
取り巻きに加わった、掲示板を見ていた別の男も言う。
「こんな上質な羽、大銀貨5枚……いや、もっといくか!?折れてさえいなかったら10枚はくだらないだろうな」
「10枚だと?私だったら大銀貨15枚は出す!」
隣に取り巻いていた、掲示板を見ていたうちの、さらに別の男が言った。
「お、お静かに、皆さん、お静かに願います」
グレーのスーツの少し偉そうな男が苦笑いをして言った。
そして「ありがとうございました」と言って、茂に羽を返す。
「な、何なんでしょうか……」
類が冷や汗交じりに、応対した女性を見て言った。
「そ、そのウスペンスキーの羽は、めったに出回らない貴重な素材なのですよ。たまに出回る劣化しているものでさえも、高額で取引されていまして――」そして茂の持つウスペンスキーの羽を見る。「――こんなに新しいものは、初めて見ました……」
そう言って目を丸くする。
「なぁ、あんた!これ、どうやって入手したんだ!?」
掲示板を見ていた数人が、茂を取り囲み、詰め寄っている。
「い、いやぁ……」
茂は顔を引きつらせている。
茂の隣で、類も苦笑いをして言った。
「さ、最近ウチの店に出入りしている、ま、魔物ハンターさんが、届けてくれたんですよ……」
「魔物ハンターだと!?それは誰だ!?有名なハンターか?」
「俺にも、そのハンターを紹介してくれ!」
「そうだ!俺にも!」
取り囲んだ男たちが口々に言う。
「皆さん!お静かに!」
グレーのスーツの少し偉そうな男が大きな声で言った。
その声に、取り囲んだ男たちは気まずそうな顔をする。
グレーのスーツの少し偉そうな男が男たちを見回して言った。
「ハンターの情報なんて、商売敵に教えるわけがないでしょう?皆さんだって専任ハンターの情報は秘密にしているではないですか。有能なハンターならなおさらですよ」
その言葉に、取り囲んでいた男たちは一様に渋い顔をして、言葉を濁して立ち去っていった。
「ふ、ふう……。助かった」
茂は額の汗を腕で拭うと、椅子に座り直した。
「申し遅れました。私、王都ギルド五階フロア長のゼウゴン・シュタイナーと申します」
グレーのスーツの少し偉そうな男が茂に軽く頭を下げて言った。
「お、あ、お。こ、これはご丁寧に。私どもは、カロ……“タスク屋”という魔道具屋でございます。私が店主の茂、こっちは従業員の類です」
茂はそう言うと、苦笑いをしてゼウゴンに軽く頭を下げた。
類も同様に苦笑いをして、頷くように頭を下げる。
「(タスク屋……?聞いたことがないですね。それに名前も……、はるか東方の国の方でしょうか?)……それにしても、ずいぶん良い腕のハンターをお雇いのようですね」
「そ、そのようですな、ガハハ」
茂が冷や汗交じりに笑う。
「その羽は、もうお売りになるのですか?」
ゼウゴンは、考えるように顎に手を当てて言った。
「いや、今日は、こいつがどういう感じで売りに出ているのか調べに来ただけでして……」
机の向いに座った女性が言う。
「そのウスペンスキーの羽でしたら、一番の高値は、切り落としたそのままの状態ですね。そのように小さく折り畳まれたり、切り取られたり、細かくなるほど値段が下がっていきますよ。……といっても元が高額なので、微々たる程度かと思いますが……」
「なるほど……」
「それから、ウスペンスキーが出る森には、たいていヘリオベアも出ますから、凄腕のハンターさんなら、ヘリオベアを狙ってみるのも良いかもしれませんね」
女性は類を見て笑顔で言った。
「そ、そうなんですか……」
類は焦ったように返事をした。
「タスク屋さん、取引所はこの隣の建物ですが、午前の取引はすでに終わっておりまして……。もしその羽をお売りになるのでしたら、午後の取引に登録されてはいかがでしょう?」
ゼウゴンが申し訳なさそうに言った。
「そ、そうなんですか?午後か……」
茂は顎に手を当て、少し考えるように視線を落とした。
類がゼウゴンに言う。
「午後の取引は、何時からなんですか?」
「午後は2時から4時です。そのウスペンスキーの羽なら、すぐに買い手がつくでしょうから、取引は早く終わるかもしれませんね」
その言葉に茂が「うん」と頷く。そして言う。
「じゃぁ、これ1枚しかないけどよ、さっそく午後の取引に参加してみるか」
「えぇ、ぜひ」
ゼウゴンは笑顔で言った。
魔道院塔前のよく整備された広場の前。
午前中に馬車を降りた側とは反対側の馬車停で、類が石畳の道から魔道院塔を眺めて立っていた。
その隣ににやけた顔の茂が、辺りを見回している。
「すごい高さの建物だね。窓が見当たらないけど、どうなってるんだろ」
「さあな。それより類!いい取引だったな」
そう言って、思い出したように笑う。
「叔父さん……。羽が即行高値で売れたからって……」
「だってよ、1、2分だぜ?取引前に陳列の時間が30分あったとはいえ、取引開始直後に、あっという間に取引成立!しかも大銀貨10枚!ガハハ!笑いが止まらん!」
腰に手を当てて高笑いしている茂を、類は冷ややかな目で見た。
「もう……、それより馬車に乗って早く帰ろう。来たみたいだよ……」
「お、おう!」
類と茂は、2頭の六本足の馬が引く馬車に乗り込んだ。
そして馬車に揺られ、魔道院塔前の停留所を後にした。
ギルド五階のフロアの奥、フロア長の部屋。
ゼウゴンが、大きな机に難しい顔をして座っている。
「ライム、あの“タスク屋”というのが、どういう魔道具屋なのか、何かわかりましたか?」
そう言って、机の前に立つ秘書らしいグレーのスーツのような服を着た女性に言った。
「はい。調べました」
そう言うと女性は、持っていた板に挟んだ紙をペラペラとめくった。
そしてゼウゴンを見て言う。
「“タスク屋”は、先週、露店登録されたばかりの新しい魔道具屋です」
「ふむ。……露店で新参者ですか。それにしては随分と身分不相応な代物を持っていましたね」
ゼウゴンはそう言うと、かけていた眼鏡を外し、胸元のポケットから取り出したハンカチで拭いた。
ライムが曇った顔をして言う。
「それが……。その“タスク屋”の後見に、その……」
「ん?後見ですか。誰か名の知れた人物でも後ろ盾についているのでしょうか?」
「えぇ。魔道具士の魔道士様が……。その、ルルア様が後見となっております」
「なっ!なんですと!?」
焦ったような大声を出し、ゼウゴンは驚愕した表情で立ち上がった。
拭いていた眼鏡が手から滑り落ち、机に落下する。
その顔色が青ざめ、冷や汗が流れる。
「先週、ルルア様が来られたという話は聞いていましたが……。そ、そう言うことでしたか……。(でなければ、あんな新鮮なウスペンスキーの羽など、入手できるはずがない……)どうりで……」
ゼウゴンは、納得するようにゆっくりと椅子に座り直した。
そして机を見つめ、考えるように言った。
「(新参者には嫌がらせをする連中がいますからね……)ライム、今後しばらくはギルドの取引で“タスク屋”さんに嫌がらせをするような連中が出てきたら、その時はすぐに私に連絡を。それからそれを未然に防ぐよう対策もお願いします」
「はい。承知致しました。」
「ルルア様の息のかかった方ですか……。厄介ですね。何かあったら、取引に影響を及ぼしかねません。魔道院に睨まれたら、ウスペンスキーやヘリオベアと言った貴重な魔物の素材が、ギルドに出回らなくなりますからね……」
ゼウゴンは青い顔をして、ぐったりと椅子にもたれた。




