第22話 探し物は魔物ですか?(3)
「殿、おかえりなさいませ」
ミヤビが、意識の戻った類の顔を覗き込んで言った。
「た、ただいま……」
類は椅子から立ち上がり、凝り固まった身体をほぐすように伸びをした。
「うーん、身体が痛い!」
そう言ってメインモニタを見る。
「アバターに乗り移っている間の、こっちの身体の体勢、もう少し考えないとな……」
そして再びモニタの前に座り直し、マウスを操作してメールを確認する。
モニタの横で、ミヤビが興味深そうにモニタを見ている。
「お!さっそく翔太からデータが送られてきているな……」
類は翔太のメールを見た。
「なになに……“コウモリダンゴのモデリングデータを送ります――」
――先輩、金曜の夕方、お菓子の補充に行きます!アリサちゃんによろしく伝えてくださいよ(^^)!――”
類は顔をしかめた。
「……変な顔文字入れやがって、翔太のやつ……。アリサアリサって、さっさとアリサにフラれてしまえ」
そうつぶやいて、送られてきた魔物のデータを開く。
ミヤビがモニタを覗き込むように見た。
画面上に、開いたデータが展開する。
「こ、これは……!」
類は驚愕した。
モデリングソフト上で開いたコウモリダンゴのデータは、青空市で見た魔物そのままの姿でそこにあった。
「まんまじゃねーかっ!どういうことだ」
目を見開いたまま、画面の中に佇む魔物を見る。
こめかみに冷や汗が流れる。
「木の実の魔物……、ウスペンスキーとは似てはいるけど、微妙に違うな……」
ウスペンスキーの腕が、胴体の下部、ほぼ中央から生えているのに対し、“コウモリダンゴ”の腕は、胴体の両脇に近いあたりから生えていた。
それはまるで、腕の生える位置だけずらしたかのようだ。
「殿、いかがなされましたか?」
モニタの前から、ミヤビが不思議そうに類を見た。
「あ?あぁ……。ミヤビ……。この魔物、どう思う?」
類はモニタの中に佇むコウモリダンゴを指して言った。
ミヤビは画面に映ったそのコウモリダンゴをまじまじと見た。
「うーん、なんでございましょうか?これは食べられませんな」
そう言って腕を組んだ。
「食べられませんって……(どういう基準だ?)」
類はあきれたようにミヤビを見た。
そして椅子に深くもたれかかる。
「うーん……(あの板の資料には、二年前から急に現れるようになったって書いてあったな)……二年前……か……」
類は腕を組み、難しい顔をして宙を見た。
その頃にはすでに“コヒ森”の開発は始まっていた。
ウスペンスキー亜型とコウモリダンゴ、偶然の一致にしては、あまりにも似すぎている。
類の中に、様々な推測が浮かぶ。
このモデリングデータが一体いつ、誰によって作られたのか。
そして、ばら撒かれたのはいつ頃なのか。
翔太がエルデを辞めたのが二年前。
ということは、少なくともそれ以前に、このデータがエルデの社員の誰かによって、社員全員にばら撒かれたということだ。
(3Dに起こしたのはモデラーだろうけど、そもそもデザインしたのは誰なんだ?)
コウモリダンゴは、ウスペンスキーをモデルにデザインしたと言っても過言ではないほどよく似ている。
(……もう会社は無いし、“それが誰か”なんて、特定することができるのか?)
仮に特定できたとして、その人物が異世界に実体化させたというのか?
それともデータを受け取った誰か?
(開発チームだけでも30人はいたからな)
そこに、事務職など、それ以外の人数をいれたら、少なく見積もっても60人ほどの人物が、このデータを受け取っていたことになる。
(ウスペンスキー亜型がこの“コウモリダンゴ”だとしたら……。エルデの社員の中に、異世界にこの魔物を実体化させた者がいる?)
類は思わず椅子から立ち上がり、自分の推測に驚愕の表情を浮かべた。
「それって、“カロ屋”以外で異世界につながっている場所があるっていうことだろ!?」
「殿?」
ミヤビが不思議そうな顔で類を見上げる。
類はじっとミヤビを見た。
(この世界でミヤビは実体化している……。でも、異世界で実体化させるには、少なくとも異世界に通じるための“紋様”が絡んでくるはず……)
類は、ミヤビの本体である紙人形の横に置いてある『カロの日記』を手に取った。
そしてパラパラとめくり、紋様のあるページを開く。
コウモリダンゴを異世界に実体化させた、その方法とは一体?
『カロの日記』の紋様が描かれた次のページには、三角や、波線、渦巻きなどの模様が2ページにわたり、ページのあちこちに煩雑に描かれている。
それは、組子障子の紋様のようにしっかり外周を円で囲ったものではなく、ただの落書きのようだ。
(もしかすると異世界につながる紋様は、カロ婆の紋様だけとは限らないのか……?)
類はサブモニタの壁紙になっている紋様を見て、難しい顔をした。
ウスペンスキーとコウモリダンゴが偶然的にも似たものだったとしても、何者かがコウモリダンゴの3Dデータを異世界に実体化させた可能性は極めて高いように感じる。
類は机に置かれた携帯電話を手に取った。
“いつ作られたのか、いつばら撒かれたのか”
「こういうのは、翔太に訊くのが早いな」
そして手早く操作し、翔太の電話番号を表示させる。
ふと、机に置かれたデジタル時計の表示が目に留まる。
「……1時24分……。ま、真夜中か。……さすがにこの時間に電話はまずいな」
類は椅子に座り直した。
そして大きく深呼吸をする。
「うん。明日、お菓子の補充に来るって言うし、その時に聞いてみるか……」
類は携帯電話を握りしめ、メインモニタに映るコウモリダンゴをじっと見つめた。
――次の日の朝
曇天の空のもと、居ノ台駅から駅前大通りを東に歩く。
バイト先へ向かうその足取りは非常に重い。
「おはよう、瀬戸!どうした?具合でも悪いのか?」
その妙に朗らかな声で、南が後ろから話しかけてきた。
「おはよう……。寝不足なんだ。ここのところ夜遅くまで起きてるからな」
目の下に若干のクマを作った顔色の悪い類が、しょぼしょぼした目で言う。
「何かやっているのか?」
今日もタンクトップの南は、そう言うと首からタオルを下げ、もう一枚のタオルを頭に巻いた。
「うん。昨日、翔太に“コヒ森”のザコ敵のデータを送ってもらったんだ。それをいろいろと……」
「ザコ敵?」
南が不思議そうな顔をする。
通りを南に折れ、発掘現場のある細い路地へと入る。
「コウモリダンゴっていう……。この前話したろ?昔、エルデでザコ敵のデータが全員に送り付けられたって話」
「ああ、あれか。そんなデータ、今頃貰ってどうするんだ?」
「いや、別に……。アリサの付けてるストラップに似てるっていうからさ、どんなもんかと思って……。そういや南は、そのデータ持ってるの?」
類は隣を並んで歩く南に目を向けた。
その視線に、南が爽やかな笑顔で答える。
「持ってないな!はっはっはー」
「……」
ルイは苦笑いをした。
「昔の話だからな!それより瀬戸!朗報だぞ」
南はそう言うと、類の首に筋肉質の腕を回した。
「うっ、な、なんだよ」
類が顔をしかめて言う。
「やっぱりこの前、原野中駅で見たの、めぐりだったぞ!はっはっはー」
「えぇ!?」
類は驚いて、その場に立ち止まった。
「昨日、腰巻駅でばったり会ったんだ。相変わらず美人だったぞ、瀬戸!」
「そ、そうなんだ……」
類は動揺したまま、ゆっくりと歩き出す。
南が利用している腰巻駅は、原野中駅から2つ離れた小さな駅だ。
「でも、なんでそんなところで?」
類は、首に巻かれた南の腕を外しながら言った。
「最近、また原野中市に引っ越してきたみたいだぞ。昨日はめぐり、急いでいたからあまり話せなかったけど、連絡先はしっかり聞いたから、いつでも連絡取れるぞ、瀬戸!」
南はそう言うと、ニヤリと笑った。
「……そ、そうなのか(……津田さん)」
類は通りの先に見える発掘調査のプレハブ小屋を、何かを思い出すように遠い目をして虚ろに見た。
その日の午後。
曇天だった空はさらに暗さを増し、ポツポツと小雨が降ってきた。
「あぁ、やっぱり降ってきましたね……」
中島が空を見上げて言う。
小雨が次第に本降りへと変わる。
遠くから、恩田の声が聞こえた。
「とりあえず、テントに避難してー!」
その声を聞く前に、すでに周囲にいた作業員の面々は、テントへと小走りに移動していた。
「瀬戸さん、南さん。テントに移動しましょう」
中島の言葉に、類と南も小走りにテントへと向かった。
テントの中は、すでに十数人の作業員たちでいっぱいになっていた。
類と南はその支柱につかまるように、テントの端に並んで立った。
テントをつたって垂れる雨が、南のはみ出した肩に当たっている。
「あんちゃん、濡れてるぞ。風邪ひく前に、もっと中に入れ」
すぐ後ろにいた作業員の一人、伊藤が南を見て言った。
「すみません」
南は笑顔でそう言うと、テントの中に半歩詰めて入り、ここぞとばかりにすぐ横にいた類に密着してきた。
「……(ち、近い)」
類は顔を引きつらせた。
中島が、テントの端から空を見上げて言う。
「うーん、これは止みそうにないですね」
そして反対側のテントの端にいる恩田に向けて言った。
「恩田さん、どうします?」
恩田は難しい顔をして、同じように空を見上げた。
「うーん、これはもう、今日は止まないだろうな。夜の予報は100%だったしな」
「そうですね」
恩田がテントの中の作業員たちに言う。
「では、今日は3時前ですが、この時間で終わりにします。各自、道具を片付けて、一旦プレハブ小屋に集まってください」
恩田の言葉に、テントに溜まっていた作業員たちが、遺跡の中に置き去りにしてきた道具を取りに、一斉に走り出した。
その中で、合羽のような服装をした矢野は、平然と土壙に向かって歩いている。
(矢野さん……。あれ、やっぱり合羽だったんだ……)
南に密着されたまま、類は矢野を見て苦笑いをした。
「瀬戸、俺が道具をまとめてとって来るから、瀬戸はここで待ってろ!」
「えっ!?」
類が返事をする間もなく、南は先ほどまで二人が掘っていた竪穴住居跡に走って行った。
「み、南……」
残された類は、南の様子を視線で追った。
テントに降り注ぐ雨が、ザーザーと強い音をたて、しずくが流れ落ちている。
類は遺跡の様子を見回した。
雨の中、中島が矢野と竪穴住居跡にブルーシートをかけている。
「うわ、中島さん、もうずぶ濡れじゃないか……」
類は顔をしかめて言った。
そこへ、南が二人分の道具を持って戻ってきた。
グレーのタンクトップが濡れ色に変わっている。
「南、ありがとう」
そう言って道具を受け取る。
「なに、良いってことよ。それより、プレハブ小屋まで一気に走るぞ!」
「そうだな」
二人はプレハブ小屋まで駆け出した。
プレハブ小屋の中、戻ってきた作業員の面々は、皆、足元や、頭や肩のあたりを濡らし、持っていたタオルで濡れた部分を拭いている。
矢野も、合羽のような服をタオルで拭いている。
「南、風邪ひくなよ……」
同じようにタオルで頭を拭いている南に、類は声をかけた。
「おう!ありがとな、瀬戸。だがこの程度じゃ、俺は風邪などひかないのだよ、はっはっはー」
南はそう言って笑うと、類の首に腕を回してきた。
「……」
類はあきれた顔で南を見た。
狭いプレハブ小屋の中、恩田が作業員の前に立ち言った。
「それでは皆さん、今日は3時で終わりになります。週末挟みますので、また月曜日にお願いします。では、お疲れさまでした」
そして軽く頭を下げると、合羽を羽織り、急いで遺跡の方に走って行った。
帰り支度を整えた作業員が、ポツリポツリとプレハブ小屋を後にする。
「いやー、大変だねぇ、先生たちは」
伊藤がタオルを首から下げ、近くにいた青木に話しかけている。
「中島さんなんか、合羽も着ないで、まだ遺跡の中を見回っていましたよ。風邪引かなきゃいいけど」
青木が苦笑して言う。
(調査員の仕事も大変だな……)
類は、南の腕を払い、斜め掛けのカバンから折りたたみ傘を取り出した。
「お!瀬戸、良い物持ってるな!駅まで俺も入れてくれ」
南は類の前に立ち、笑顔で言った。
居ノ台駅までの道中、1つの小さな折りたたみ傘に男二人が並んで歩いている。
(あー……。どうして俺が、南と相合傘しなきゃならないんだ……)
死んだような目をした類の横に、密着するように南が笑顔で傘を持って歩いている。
「雨の日も悪くないな、瀬戸!」
そう言って類を見る。
「……状況による、かな」
類はあきらめたように言った。
(雨は俺も嫌いじゃないけどさ。さすがにこれは……)
すれ違う人の視線が、心なしか奇異の目で見ているような気がする。
「(うぅ、勘弁してくれ)南、早く行こう」
類はそう言うと、足早に歩きだした。
雨の居ノ台駅は、客待ちのタクシーの列が長く伸びていた。
ICカードにチャージを終えた南が、改札前で待っている類のすぐ横に並んだ。
そしてさわやかな笑顔で類を見て言う。
「なぁ、瀬戸。原野中駅前のカフェでコーヒーでもどうだ?」
類は少し考えるように南を見た。
「お前、そんなことより服、雨で濡れてるだろ?大丈夫なのか?」
「なに、大したことない!これ1枚、すぐに乾く!」
南はそう言うと、タンクトップの肩口に手を触れた。
「そっか……――」
類は改札口の上部に掲げられている電光掲示板の時計表示を見た。
「――うーん(週末だし、まだ時間も早いしな。)そうだな、たまには良いか。(津田さんの話も聞けるかもしれないし)」
「よし!決まりだ」
南はニッと笑った。




