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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
27/71

第22話 探し物は魔物ですか?(2)

 ――次の日の夜


 閉店後の『カロ屋』の店内。

 1本だけ点された蛍光灯と、作業台の卓上ライトが寒々しく店の中を照らす。

 その作業台の前、茂は異世界から仕入れてきた品物の選別をしていた。


 一瞬、ほのかに店の中が淡く明るくなった。

 顔を上げてみれば、組子障子の戸の前にルイが疲れたような顔をして立っている。

「お?ルイ。今日はどうしたんだ?」

 茂の声に、ルイはぐったりした様子で茂を見た。

「……アリサの頼み事」

 そう言ってレジカウンター前の丸い椅子に力なく座る。

「ずいぶん疲れてるみたいだな」

 茂が心配そうに言う。

「うん。少し寝不足。今週、夜ずっとアバターの服装、直してたんだ」

 ルイはそう言うと、足を組んで穿いているブーツを見た。

 その内側に、新たに脱着するためのファスナーが付け加えられている。

「そうなのか?どこが変わったんだ?」

 茂はルイを見回し、首をかしげた。

「え?結構変わったでしょ?服だって、マントも髪型も……」

 ルイはそう言うと立ち上がり、スカートの裾を軽く手に取った。

 ワンピースは、新たに脱着できるようにボタンが加えられ、ボレロ風だったマントは、色と羽のイメージはそのまま、異世界の、ベトールやディルメイが着ていたマントと同じような、背中だけではなく体全体で纏うようなものへと変わっている。

 お尻よりも長かった髪は、ツーサイドアップになり、黄色のラインの入った服と同じ色の濃紺のリボンで結び付けてある。

「うーん、そういやどこか変わった気はするが……。俺にはわからん!ガハハ!」

(お、叔父さん……)

 ルイはあきれた顔で茂を見た。


「あぁ、そうだ。この前の、俺の“枯れ緑”のマントはある?」

 ルイは店の中を見回して言った。

「お?それなら休憩室に置いてあるだろ?」

「そっか」

 ルイは休憩室に入ると、トイレ前の棚の中から、青空市で購入したモスグリーン色のマントを手に取った。

 そして、白いマントを脱ぎ、その“枯れ緑”のマントを羽織る。

「……な、長い」

 ルイは顔を引きつらせた。

(そっか、俺の背の高さに合わせて買ったんだったな……)

 ルイは再び“枯れ緑”のマントを棚に戻すと、休憩室の入り口から茂に向いて言った。

「叔父さん。この前、青空市に行ったとき、アリサが着てたマントと同じ長さの“枯れ緑”のマント、持ってない?この身体に俺のマントは長すぎた」

「うん?それなら、何枚か仕入れてきたからあるけどよ、どうしたんだ?」

 茂が不思議そうな顔をして聞く。

 ルイはカウンターの前に立って言った。

「アバターが着てる白いマント、色がさ、目立つんだよね。できればあまり目立ちたくないからさ」

 ルイはカウンターに後ろ向きに寄りかかった。

「ちょっと待ってろ」

 茂はそう言うと立ち上がり、レジカウンターの横にある小さな倉庫に入って行った。

 その様子を視線で追う。

 少しして、茂がモスグリーン色のマントを持って出てきた。

「ほら、これでいいか?」

 そう言ってルイに差し出す。

「あ、ありがとう。これ、しばらく借りてていい?」

 ルイはマントを受け取ると、さっそく身に纏って言った。

 茂は再び作業台の前に腰を下ろし、ルイを見る。

「どうせ、また使うんだろ?ならそれ、ルイちゃん用に、1枚お前にやるよ」

「叔父さん!ありがとう、助かる」

 ルイはマントを確かめるように自分の身体を見た。

「うん、良さそうだ。じゃ、異世界側に行ってくる」

 そう言うと、“枯れ緑”のマントを翻して組子障子の前に立った。

「あ!ちょっと待て、ルイ」

「ん?」

 茂の声に、戸の前から振り返る。

「この前、戸を外して帰らなかっただろ?夜中に異世界から戻ってきたら、組子障子の戸は片方でもいいから外しておいてくれよ。何が入って来るか、わかんねーからよ。ガハハ」

 そう言うと、茂はニッと笑った。

「わ、わかった…・・・」

 ルイは冷や汗交じりに答えた。



 異世界側に出る。

 森の冷たい風が弱く吹いている。

「真っ暗だな……」

 ルイは辺りを見回した。


 異世界側のカロ屋前、組子障子から僅かに明かりが漏れてはいるが、辺りを照らすほどではない。

 空は厚い雲に覆われ、森の雰囲気をより一層不気味なものへと変えている。

「雨が降ってきそうだな……」

 ルイは空を見上げてつぶやいた。


 時折吹く強い風に、遠く、魔物の気配を感じる。

「うーん、嫌な感じだ。……さっさと杖を探しに行こう」

 ルイは周辺を気にしつつ、捜索場所の当たりを付けていた。

(探すとしたら……ディルメイがいた、あのデカい木の場所か、もしくは隠れ家だよな……)

 腕を組み、顎に手を当てて少しの間考える。

(……デカい木の方が近いな)

 ルイは東の方角を見上げた。

 そして「うん」と、頷くと、一気に飛び上がり、木々の枝葉の上ギリギリを猛スピードで飛んで行った。


 眼下は、光の欠片もない真っ暗な樹海が広がっている。

(うーん、ベトールさん。店に来たとき赤い魔晶石が付いてる?とか言ってたか……?)

 視線の先に、ひときわ大きな木が見え始めた。

 その周囲に魔物が飛んでいる気配はない。


 ルイはその巨木の根元に静かに降り立った。

(うん、魔物はいないな……)

 辺りを確認するように見回す。

(でも、あの魔物、ウスペンスキーとか言ったか?……気配がこの木と同じだから、この木の近くにいるとよくわかんないんだよな……)

 不安そうな顔をして巨木の根元から上を見上げる。

 かなり上部の太い枝に、ウスペンスキーが逆さまにぶら下がっていた。

「っ!(げっ!?いるじゃん!)」

 ルイは驚いて、思わず声を上げそうになった。

 ウスペンスキーはルイに気付いていないのか、逆さまのまま眠ったように動いていない。

 ルイはウスペンスキーから視界になるように、幹の根元を回り込んでゆっくりと移動した。

 太い木の根は、うねるように地面を這い、土の中へと潜りこんでいる。

 そのぼこぼこした木の根の隙間に、何やら白っぽいものが挟まっている。

(なんだ?)

 ルイは身を屈めて、その近くまで寄り、その白っぽい物を手に取った。

 それは板に挟まれた質の悪い紙で、その白さの分、周りから浮いて見えていた。

(何か書いてあるけど、暗くてよくわからないな……。かといって明かりを灯すわけにもいかず……)

 ルイは、ため息をついて、巨木を見上げた。

(結局、あの木の実が魔物化したものが、あのウスペンスキーとかいう魔物なんだよな……。じゃ、やっぱり青空市で見たのは、実が魔物化しても大きくならなかったやつってことか?……だから亜種なのか?)

 ルイは訝しげな顔をして、拾い上げた板を見た。

 そして板に挟まれた紙に再度目を凝らす。

「うーん(やっぱ、暗くてさっぱりわからん)」

 ルイはあきらめたように、その太い木の根に座った。

 そして幹に寄りかかり、板をおなかに抱えるように持つと、板を支えに頬杖をついた。

(肝心の杖はどこだ?この板は誰のなんだ?ディルメイのか?……まったく)

 そういって不貞腐れたような顔をする。


 突然、ドスンと木の実が落ちる音がした。

「うん?」

 ルイは音のした方向を振り向いた。

 僅かな星明りに、今落下した木の実がぼんやりと見える。

(うわ、当たったら痛そうだな)

 木の実は、コロコロとその場に円を描くように回り始めた。

「な、なんだ!?勝手に動いてる!」

 ルイは思わず声を上げ、立ち上がった。

 その声に、上部にぶら下がっていたウスペンスキーが目を開けた。

 そして翼を半端に広げ、地面に降りてきた。

 ルイはとっさに、座っていた太い木の根の影に隠れた。

 ウスペンスキーは幹の周りを、何か探すように飛んでいる。

 ルイは、地面に伏せて身を縮めた。

 その低くした視線の足元の、木の根と地面との僅かなすき間に、質感の違うものが挟まっているのが見えた。

「えっ?杖……?」

 ルイは驚いた顔をしてつぶやいた。

 頭上をウスペンスキーが翼を小さく羽ばたかせ通り過ぎる。

 その羽ばたく音とは別に、メキメキと、小枝を折るような音が聞こえる。

 ルイは、そっと手を伸ばし、挟まっていた杖を手に取った。

 赤い魔晶石の付いた何の飾り気もないその杖は、長さが1メートルほどで、ところどころ土埃が付いている。

 手にそのザラッとした感触。

(たぶん、これだ。赤い魔晶石も付いてるし)

 ルイは汚れを払い、確認するように頷いた。

 そして、太い木の根の隙間から顔を出し、音がした方を見た。

 そこには、3メートルほどに膨れ上がった実がゆらゆらと揺れていた。

(おぉ!落ちた木の実が魔物化した!これがウスペンスキーか)

 その木の実のヘタの部分から、大きな翼が生えてきた。そしてその反対側の実のお尻だった部分から4本の腕がヌッと出てくる。

(キモッ!)

 ルイは顔をしかめて、再びその場に身を隠すようにしゃがんだ。

(毎回毎回、木の実の魔物にかまってられねーわ)

 しゃがんだまま、ルイは杖と板を左手でしっかり持つと、右の手首をくるりと回した。

「RE……」

 そう言いかけて止める。


 ルイは、もう一度ウスペンスキーを見上げた。

「うーん……(あの魔物の中に入ってる魔力、結構うまいんだよな。木の実だけにフルーティーというかなんと言うか……。ほのかな甘み?まぁ、実際味があるわけじゃないけど)」

 そしてニッと笑う。

「(流動する魔力は味気ないからな……)やっぱ、喰っていこう!」

 ルイは隠れた木の根から一気に飛び出すと、今し方魔物と化した木の実に飛びついた。

 そして空いている右手を当てて、ウスペンスキーの中に溜まった魔力を一気に吸い取る。

 ウスペンスキーは声を上げる暇もなく、ヒラヒラと干からびた。

 異変に気付いたもう一体が、巨木の幹の向こうから類を見つけると、目を見開いて勢いよく突っ込んできた。

 ルイは干からびたウスペンスキーから手を離し、突っ込んできたウスペンスキーを右手でパンっと受け止める。

 その衝撃で、ウスペンスキーは幹の方に吹き飛んでいった。

 仰向けでもがいているウスペンスキーに近づくと、その丸い胴体に手を当てた。

 そして先ほどと同じように中に溜まった魔力を吸い取る。

 ウスペンスキーはみるみる干からびて縮んでいった。

「うん!いいねぇ。例えるなら、流動する魔力がただの水なら、こっちはスポーツドリンクって感じだな」

 そう言って満足気に笑う。

 ルイは、目の前の干からびたウスペンスキーを見た。

「……うーん、とりあえずパーツごとにバラバラにして、今回は持って帰ることにしようかな。もしかしたら、“タスク屋”で売れるかもしれないし」


 ポツポツっと、空から小さな雨粒が落ちてきた。


「おあ!ヤバッ。やっぱ降って来たか」

 ルイは慌てて、羽・胴体・腕の3つのパーツに切り離し、二体分をひとまとめにした。そして二枚に重ねた胴体部分を風呂敷代わりに、杖と、紙の挟まれた板も合わせて包んで、腕の部分のパーツで縛った。

 そして両手でその包みと羽を抱えると、器用に右手首をくるりと回してカロ屋に戻る呪文を唱えた。



「うおっ!?」

 茂が驚いて、作業台の前の椅子からずり落ちた。

「あ、ただいま」

 ルイは、驚いた顔で言葉を失っている茂を見て言った。

 そしてウスペンスキーの羽を床に、包みをレジカウンターに置く。

「い、いきなり出てくるなよ!びっくりするじゃねーか!」

 茂は胸に手を当てて、体勢を立て直して言った。

「あぁ、ごめんごめん。雨が降って来たからね」

「お、おい!またそれ持ってきたのか」

 茂はレジカウンター前に置かれたウスペンスキーの羽を見て、焦ったように言った。

「うん。あの魔物、よくいるからね。つい……。それに、もしかしたら異世界じゃ価値のあるものかもしれないし、新しく開く“タスク屋”で売ったらどうかと思って」

 ルイはそう言うと、ウスペンスキーの羽二体分、4枚を抱えるように持った。

 茂がルイのそばに来て、その羽をまじまじと見る。

「うーん、このままで売れるのが一番だけどよ、加工しないといけない場合はちょっと手間だな。それに登録は露店だからよ、月一の青空市でしか売ることができねーんだ……」

 その言葉に、ルイは少し困った顔で抱えている羽を見た。

「そうなんだ……。じゃぁ異世界側で、魔物のパーツがどういう感じで需要があるのか、リサーチする必要があるね……」

 茂が頷く。

「そうだな。ルイ、今度一緒に調べに行ってみるか」

 そう言うと茂はルイから羽を受け取り、レジ横の小さな倉庫の扉を開けて、中に入って行った。

「うん。土日は休みだから、一緒に行けるよ。週末にでも行ってみる?」

 ルイはカウンターに乗せた魔物の包みを開きながら言った。

「そうだな、……急用が入らなければ行けそうだな」

 茂がそう言って倉庫から出てくる。

 そして、ルイが見ている魔物の包みを見た。

「それは何だ?」

 包みの中には紙が挟まれた板と、1メートルほどの長さの杖が入っていた。

「この前、新しい異世界側のお客さんが来たんだけど、たぶんその人の落とし物」

 ルイは板を手に取り、そこに挟まれた紙をめくりながら言った。

「ああ。アリサから聞いたぞ。二人来たらしいな!ルルアさんは“集客は見込めない”とか言ってたけどよ、やっぱ店を開けてれば、客は来るんだな、ガハハ」

 茂はのん気に笑った。

 板に挟まれた紙を見ていたルイの表情が次第に険しくなる。

 それに気づいた茂がルイに言った。

「ん?どうした?」

 板は、ところどころ傷がつき、木目に沿って少しひび割れている。

 挟まれた紙には、微かな血痕らしき跡も見える。

 茂はそれを見て顔色を変えた。

「な、なんだ、その板切れは」

「その、魔物がいた巨木の近くで拾った」

 そう言って、ルイは顔をしかめる。

「ちょっと見せてみろ……」

 茂がそう言うと、ルイは板をカウンターの上に置いた。

 そして二人で一緒に、挟まれた紙を見る。

 紙は7,8枚ほどが挟まれ、端や表面に土埃が付き、部分的にシワシワになっている。

「……異世界の文字だな。……読めるのか?」

 その言葉にルイが頷く。

「なんて書いてあるんだ?」

 茂が真剣な顔で言った。

「……どうやら、この“カロの森”の魔物を調査したものらしい」

 ルイはそう言って、挟まれた紙をパラパラとめくった。

「それにしても、ずいぶんスカスカな文書だな。異世界じゃ、紙は貴重品なんだろ?もっと行間を詰めれば、この半分……、いや三分の一くらいで収まるんじゃないか?」

 茂は首をかしげて言った。 

「スカスカって……、一面ぎっしり文字が書いてあるじゃないか」

 ルイは訝しげに茂を見た。

「え?何言ってるんだ?この辺りなんか、何も書いてないぞ」

 茂はそう言うと、開かれていたページの下半分を指さした。

 ルイはその部分を見て言う。

「そこにもごちゃごちゃと書いてあるよ。(もしかして、見えていないのか?)」

「なんだと?どういうことなんだ?」

 茂は引きつった顔をした。

「どういうことって……」

 ルイは文書に書かれている、茂が見ることのできない部分を注視した。

 ある程度の魔力を持ち得なければ見ることができない魔術が施されている。

「(これは)……もしかしたら、叔父さんが見えていない部分は、機密扱いなのかもしれない」

 その言葉に、茂は険しい顔をする。

「機密……?これ、魔物の調査なんだろ?なんかやばいことが書いてあるのか?」

 僅かにこめかみに冷や汗が流れる。

 ルイは、茂を見て言った。

「いや、たいしたことは書いてないかな。この魔物の名前がウスペンスキーで、カロの森に夜中に現れるとか、そんな感じ」

 ルイは板の下に敷かれている干からびた魔物を指して言った。

「へ?これ、魔物だったのか!?」

 茂は驚いた顔をして言った。

「うん(今頃気付いたのかよ……)」

「そ、それで?その機密部分には何が書いてあるんだ?」

 茂はそう言うと、その見えない文字に目を凝らした。

 ルイは紙の端をペラペラと数枚めくった。

「……この辺りのページは大したことは書いてないみたいだ。でも……――」一番後ろのページで手を止め、「――この最後のページがちょっと……」

 そう言って難しい顔をする。

「ちょっとなんだ?何が書いてあるんだ?――」ルイは最後のページを真剣なまなざしで読んでいる。「――……そ、そんなにヤバいのか?」

 茂は、こわばった顔をして言った。

 ルイは、額に手を当てて目をつむり、何か考えているそぶりを見せた。

「……る、ルイ……(勘弁してくれよ)。そ、そうだ」

 茂はそう言うと、青い顔をして思い出したように組子障子の前に立った。

 そして慌てた様子で組子障子の戸を外す。

「もう、今夜は異世界側に行かないだろ?」

 ルイを確認するように見る。

「あぁ」

 ルイは小さく頷いた。

 茂は二枚の戸を外すと、再び類の横に立ち、カウンターに腕をついて板に挟まれた紙を見た。

 ルイがおもむろに言う。

「青空市で見た魔物……。この調査の目的はそれと、この木の実の魔物ウスペンスキーとの比較らしい」

「どういうことなんだ?青空市で見た魔物は、この木の実の魔物の小型版じゃないのか?」

 ルイの横で、茂が難しい顔をして言う。

「そういう認識だったらしいけど、最近、違うんじゃないかって話が出たみたいなんだ」

 ルイはそう言うと、最後のページの上部を指して言った。

「ほら、ここ見て」

「うん?」

 茂はルイの指先を見た。 

 茂が見たそのページは、一番上に一行、文字が数文字並んでいるだけの、ほぼ白紙のページだ。

「何も書いてないぞ」

 ルイは苦笑いをした。

「……見えなくても、ここに書いてあるんだ。“ウスペンスキー亜型はウスペンスキーの突然変異体ではなく、魔王の眷属である可能性がある”……」

「魔王だと?」

 その言葉に、茂は驚きと恐怖、両方入り混じる顔をした。

「やっぱ異世界だね。魔王だなんて」

 ルイはカウンターに頬杖をつき、疲れたように言った。

 茂は恐怖した顔で、外された組子障子の戸を見た。

「……魔王の魔物。……そんなもんが森の中に出るって言うのか?」

 その顔に冷や汗が流れる。

 ルイはカウンター横の丸い椅子に座って言った。

「その青空市で見た魔物……、亜型が魔王の眷属かどうかはわからないけど、木の実の魔物は魔王の眷属じゃないし、森の中に魔王はいないよ」

「そ、そうなのか……?」

「うん。ただ、引っかかるんだよな」

 ルイはそう言うと、足を組み、指先を唇に当てて考えるように視線を落とした。

(死体を残さず、消滅する魔物……か)


 茂は動揺が抑えられないのか、落ち着きなくルイに問う。

「な、何がだ?何が引っ掛かるんだ、ルイ!……これからいろいろと異世界側に行かないといけねーってのによ。魔王だの魔物だの、そんな恐ろしいもん……」

「お、叔父さん、落ち着いて」

 ルイは苦笑いをした。

「だ、だってよ、危ないじゃないか。お前だって、異世界にフラフラ出歩いてるけど、危ないだろ?」

「ま、そうだね」

 ルイは、落とし物の杖を手に取ってゆっくりと立ち上がった。

「でも、少なくとも、この森の中に、俺より強い魔物はいないよ」

「どうしてわかるんだ?」

 当然の疑問に、ルイは説明の言葉を探した。

「なんて言ったらいいかな……。ほら、この前、叔父さんが作った杖で魔力が覚醒しただろ?その時にね、流動する魔力……、魔力の気配みたいなのを感じとれるようになったんだ。その感覚で言うと、森の中に大した魔物はいないんだよな……」

「そ、そうなのか……」

 茂は不安を残したまま返事をした。

「でも、叔父さんやアリサから見たら――」敷物になった魔物を指さし「――この魔物でも十分危険だから気を付けた方がいいかも」

 ルイは、少し疲れた顔で言った。

「気を付けろったってな……、はぁ」

 茂は大きくため息をついて、ゆっくりと作業台の前に戻った。

 そして、ぐったりした様子で椅子に座る。

「むしろ問題は、亜型が本当に魔王の眷属かどうかってことだろうね。……この調査は、それを調べるのが本当の目的みたいだからね」

 ルイは杖を握りながら、カウンターの上の板に挟まれた紙を見た。

「その結論は出たのか?」

 茂が少し疲れたように言う。

 ルイは再び板に挟まれた紙をめくり、真剣な顔で目を通した。

「……うーん。いや、これを見る限りまだ出てないみたいだね。……それどころか、2週間近く調査してるみたいだけど、肝心の亜型が1体も出てないって書き込みがある」

「そうなのか……。なんだかなぁ」

 茂は曇った顔で立ち上がり、カウンターの内側に来ると、疲れた様子でレジを確認した。そして続けて言う。

「そろそろ戸締りをするからよ、それ、どうするんだ?」

 茂は、類が手に持っている杖と板を指さした。

「あぁ……。杖は、メモを乗せておくから、明日の朝にでもアリサに“見つかった”って教えてあげて。たぶん、落とし主本人に直接渡したいだろうから。一応、俺からもアリサにメールは入れるけど」

「ふーむ」

「それから、叔父さん。この魔物調査の文書の内容は秘密にしてくれよ。機密の部分があるみたいだし、落とし主も、たぶんこの内容を知られたら困るんだと思う。杖を取りに来た人に渡せば、板の落とし主が誰なのか、何かしらわかるかもしれない」

「あ、あぁ。そうだな」

「じゃ、俺、帰るわ」

 ルイはそう言うと、杖をカウンターの上に置き、額の前に手を当てた。

 そして声にならない言葉をつぶやく。

 その瞬間、ルイの身体が光の粒となり、霧散した。

 その様子を茂は疲れた顔で見た。

「ルイのやつ、すっかり魔法使いだな……」

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