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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
26/71

第22話 探し物は魔物ですか?(1)

 梅雨入り前の、良く晴れた午後の日差しが眩しく降り注ぐ発掘現場。


「暑い……」

 類は首から下げたタオルで顔をぬぐった。


 しゃがんだ類の隣で、南も同じようにしゃがみ、ハケを手に持って遺構にかぶった土を払っている。


 南は頭にタオルを巻き、タンクトップときつめのサーモンピンクの作業ズボンを穿いている。

「瀬戸、この前のスイーツパーラ、うまかったな……」

 南は土を払いながら、思い出したようにつぶやいた。

「そうだな」

 類は適当に返事をした。

「シュウとも話したんだけど、また行きたいな!瀬戸!」

 そう言って類を見てニッと笑う。

 類は思わず顔が引きつった。

「いや……遠慮しておく……(あの店、南兄弟とは絶対に無理!)」


 プレハブ小屋から、道具を肩に掛けた中島が二人のもとにやってきた。

「どうですか?遺構精査……、そろそろ良さそうですね」

 そう言うと、二人が入っていた竪穴住居跡の様子を見た。

「中島さん、この後はどうすれば?」

 類は腕で顔の汗を拭い立ち上がる。

「掘りすぎたところもないですし、ベルトの断面の写真を取りますので、撮り終るまではここはこのままでお願いします」

「はい、わかりました!」

 南も立ち上がり返事をする。

「少し時間がかかりますので、二人は、後は恩田さんの方の作業に回ってください」

 中島はそう言うと、肩に掛けていたカメラのケースを降ろし、その中から大きなデジタルカメラを取り出した。


 類と南は、遺跡の中頃にいる恩田の元に向かった。

 途中の土壙に矢野が一人、移植ベラを手に、座り込んで掘っている。

(矢野さん、今日はここ掘ってたんだ……)

 矢野の横を通り過ぎ、少し先に恩田が三脚を担いで立っていた。


「恩田さん、中島さんから、恩田さんの方に入ってくださいと言われたのですが……」

 類が言う。

 その声に、恩田は振り返った。

 そして“ちょうどいいところに来た”といわんばかりの目をして言った。

「うん。瀬戸さんか南さん、この三脚、この辺に立ててもらっていい?」

 恩田は、担いでいた三脚を地面に指すように降ろした。

「はい!」

 南が活舌よく返事をする。

「じゃ、南さん、お願い。瀬戸さんは――」辺りを見回すと、少し離れた場所の道具を指し言う。

「――あそこにある箱尺持ってきてもらっていいかな?」

「わかりました」

 類は、恩田の指示した道具を取りに行った。

 箱尺は、長さ1メートルほどのもので、必要に応じて入れ子になった部分を引き伸ばし、3メートルほどの長さまで伸ばすことができる。黄色と白の地に、黒いメモリが5ミリ間隔で変な模様のように刻まれている。

「恩田さん、これですか?」

 類は箱尺を手に取り、恩田に向いて声を張って言った。

「あ、うん。それ」

 返事をした恩田の横で、南が三脚を立て、その三脚の上に手のひらよりやや大きいくらいの、カメラにも似た機械を取り付けている。

「瀬戸さん、それ、もう1段引き伸ばして」

「わかりました」

 類は、箱尺の入れ子になっていた2段目の部分を引き伸ばし、箱尺を2メートルの長さにした。

 恩田が辺りを見回して言う。

「Kの杭の道路側の辺りに、ベンチマークがあるから、そこにそれ、立てて」

 恩田が、ぶっきらぼうに言う。

「えっ?べ、ベンチマーク?(ベンチマークテスト?なわけないよな)」

 類は、焦って訊いた。

「あぁ……。行けばわかるから。地面に、数字入ってる赤い目印があるから。……箱尺は、両手で挟むように持ってね」

 恩田は眩しそうに目を細めて言った。

 類は、恩田の話がよくわからないまま、とりあえず指示された場所に移動した。

(Kの杭……、このあたりだよな?道路側?)

 類は辺りを見回した。

 乾燥した地面の道路側の端っこに、ひときわ目立つ赤いキャップの付いた釘が打ち込まれている。

(これのことか?)

 類はその赤いキャップを見た。

 キャップには、何やら39.0と書かれている。

(発掘で言うベンチマークとは、なんぞや)

「瀬戸さん!そこの目印の真上に、まっすぐそれ立てて!箱尺は、両手で挟むように持って!」

 恩田が、三脚が立てられた場所から声を張って言った。

「わ、わかりました!……(こうかな?)」

 類は、箱尺のメモリを三脚がある方に向け、両手で挟むように、顔の前で箱尺を持った。

「瀬戸さん!それ、前後に少し揺らしてもらっていい?」

 恩田が言う。

「は、はい……(こうかな?……でも、これって何やってるんだろ?)」

 類は疑問に思いつつ、恩田の指示に従った。



 午後の休憩時間、類と南は中島の元に戻っていた。

「うーん、恩田さんの指示がいまいちよくわからなくて……」

 類は苦笑して中島に言った。

「あはっ。そうなんですよね。他の作業員さんも同じこと言ってますよ」

 中島は1メートルのピンポールを杖のように持って、笑って言った。

「なんか、標高を出していたらしいぞ」

 南が類に言う。

「そうですね。あの三脚に乗っていた機械はレベルと言って、標高……、その、場所の高さを調べるときにスタッフとセットで使うんですよ」

「スタッフ?」

 類は首をかしげて中島を見た。

「えーっと、恩田さんは箱尺って呼んでるかな?さっき瀬戸さんが持ってた大きな物差しのことですよ」

「へー。同じものでも人によって呼び方が違うんですね」

 類は困惑気味に苦笑して言った。


 休憩が終わり、類と南は中島の指示のもと、再び竪穴住居跡の発掘についていた。

「じゃぁ、ベルトの部分を外していきましょう。また遺物が出てきたら、その高さで遺物はそのままに、下の土は掘らずに残しておいてくださいね」

 中島はそう言うと、他の土壙を掘っている作業員の様子を見に行った。


 足元に箕を置き、十字に残されていたベルトの部分を掘り下げてゆく。

 向かい側の奥から掘り始めた南が、思い出したように類を見て言った。

「そういや瀬戸、この前、原野中駅でめぐりっぽい人を見たぞ」

「えっ!?」

 類は驚いて南を見た。作業をしていた手が止まる。

 津田愛理(めぐり)、それは類や南と、同期入社した数少ない同僚のうちの一人だ。

「つ、津田さん……!?え?なんで?……だって、津田さんって、確かどこか遠くに引っ越したんじゃ……?」

 動揺している類に、南がニヤニヤと笑って言う。

「だから、っぽい人だって!本人かはわからないぞ。ただ、すっげー似てたけどな!はっはっはー」

「えぇぇ……」

「いやー、最近、元同僚とよく会うな。瀬戸といい、梅原といい。はっはっはー」

 南は上機嫌に笑った。

「……」

 類は釈然としない顔をして、目の前の土の塊を見た。

「なあ、瀬戸!今度、梅原と三人で飲みに行こうぜ!」

 南が暑苦しく誘う。

「……そ、そうだな」

 類は動揺を抑えようと、移植ベラを強く握った。

(津田さんのこと、まだ引きずってると思われたくないんだよな……)

 そして話題を変えるように言う。

「南、そういやこの前、翔太がエルデで昔あった、メールの誤送信?か何かのことを話してたんだけど、憶えてる?」

「ん?」

 南は若干不思議そうな顔をして類を見た。

「なんだったかな?ザコ敵?のデータが全員に送られてきたとかなんとか……」

 類は記憶をたどり、翔太の話を思い出しながら言った。

「あー。そんなこと、あったなあ」

 南は、なんとなく覚えている、といった様子で宙を見た。

「やっぱりあったのか?」

 類は南を見た。

「うーん、ずいぶん前の話だからな。俺もよく覚えていないけど、かなり問題になっていたような気はするな」

「そ、そうだったのか……」

「たしか“ヒーレフォー”の開発が行き詰ってて、バタバタしてたんだよな」

「えっ?ヒーレフォー?……って、なんだっけ?」

 類は焦ったように、南に訊いた。

 南は困惑した笑顔で言う。

「おいおい、エルデが倒産したきっかけになったMMOだぞ。“コヒーレント・フォレスト”。通称“ヒーレフォー”。覚えてないのか?」

 類は少しムッとした顔をして言った。

「それはさすがに覚えてるよ!ただ、そんな通称だったか?もっと違う名前だったような……」

「俺は、そう呼んでた!」

 南はそう言うと、類を見てニヤニヤと笑った。

 類はその言葉に顔を引きつらせた。

(お前だけだろ!そう呼んでたの)

 そして再び目の前の、掘りかけの土を見る。

(でも、エルデでの記憶が、ところどころ無いんだよな……。倒れる前の一週間なんて、ほとんど覚えてないし……。やっぱ過労が原因なのかな?)


 少しして、掘っていたベルトの中から比較的大きな縄文土器の破片が出てきた。

「おっ……(これは、このまま残しておくんだったな)」

 類は慎重に土器の表面の土を払うと、その部分を除いて土を掘り始めた。


 突然、ハッとした顔で言う。

「“コヒ森”だ!」

「あ?」

 類の突然の声に、南は呆気に取られて類を見た。

「南、“コヒーレント・フォレスト”の通称、“コヒ森”だぞ!今、思い出したわ」

「ああ?そうだったか?ま、俺は“ヒーレフォー”って呼んでたけどな。はっはっはー」

 類は移植ベラで土を掻きだしながら、何か考えるように箕に溜まった土を見た。

(どこを略したらそうなるんだ。……でも、“コヒ森”のザコ敵が、青空市で見た魔物にそっくり?……たまたまだとは思うけど、気にはなるな)

 類は、日曜日にあった翔太とアリサの話を思い出していた。



 ――その日の夕方


 平日水曜の閑散とした五番通り。

 黄昏時に、ちらほらと街灯の明かりが灯り始める。


「こんばんは。叔父さん、アリサいる?」

 作業上がりで土埃まみれのままの類が『カロ屋』に入って来た。

「おう、お疲れさん。アリサならまだ帰ってないぞ。何かあるのか?」

 作業台の前に座って仕事をしていた茂が、老眼鏡越しに類を見た。

「今朝、メールで呼ばれたんだ。店に寄ってくれって」

「そうなのか?アリサのやつ、何も言ってなかったけどな」

 類は、茂の奥にあるスチール棚を見た。

 棚の隙間や通路に、ごちゃごちゃと置かれていたものがなくなり、すっきりとしている。

「棚、片付けたんだ」

「あぁ、やっとな!これからは異世界からの仕入れ品が多くなるからな。今のうちに整理しておかねーとな、ガハハ」

「そういえば、異世界の方はどうだったの?」

 類はカウンターに寄りかかり、疲れたように言った。

「おう!なかなかおもしろかったぞ!ルルアさんがいろいろと手を回してくれてな。手続きもスムーズにいったんだ」

「ふーん」

「それで、ギルドでの屋号はよ、“タスク屋”って名前にしたぞ」

 茂は異世界のことを思い出したように、ニヤニヤして言った。

「タスク……?あれ?どこかで聞いたことあるような?」

 類は首をかしげた。

「そりゃそうだろ。俺の爺さんの名前だ。お前のひい爺さんだな。要はカロ婆の旦那だ。ガハハ」

「あぁ。そういや、そうだったな」

「それから、青空市で見た魔物のことも聞いてきたぞ」

「お!どうだった?」

 類は興味津々と言った様子で茂を見た。

「森の魔物の亜種?みたいなこと言ってたな。ウス?ウスなんとか亜種?だったか?」

「ウス?」

「あー、忘れちまったわ、ガハハ!」

「うーん……(結局、よくわからないな)」

 類は苦笑いをした。


 ガタガタと、休憩室側から物音がした。

「ん?」

 類は後ろを振り返った。

「ただいまー」

 そう言って、高校のジャージ姿のアリサが疲れた顔で休憩室から店に入って来た。

「おぅ!お帰り」

「アリサお帰り」

「あ!ルイ兄。もう来てたんだ」

 アリサはそう言うと、カウンターの内側に入り類を見た。

 その目つきが何やらもの言いたげだ。

「どうしたんだ?」

「う?うーん……」

 アリサはそううなると、茂の様子を気にするように見た。

 そしてカウンター越しに類の腕を引っ張る。

「ルイ兄、ちょ、ちょっとこっちに来て」

 類はカウンターを回り込むように、アリサに強引に連れられて休憩室に入った。

「な、なんだよ」

 類が訝しげに言う。

 アリサはうつむき加減で、もじもじして言った。

「う……。そ、その、ベトール様の杖?のことなんだけど……」

「あ?あぁ。この前の話か。見つかったのか?」

 その言葉に、アリサが少し不機嫌そうな顔をする。

「見つかってたら、ルイ兄なんか呼ばないよ」

「あ、そ」

 類は少しムッとした顔をした。

「たぶん、ベトール様、まだその杖を探してると思うんだよね。だから……」

「だから?」

 アリサは不安そうな表情を浮かべ、類を見た。

「ルイ兄も、杖を探すのを手伝ってあげてよ」

「えー、俺が?なんで?」

 類はあからさまに嫌そうな顔をした。

 その様子にアリサは少し怒ったように言った。

「ルイちゃんだったら出来そうじゃん!魔力強いみたいだし。それに“カロ屋”の新しいお客さんだよ?杖を探したら、また来てくれそうじゃん。あのもう一人の緑の髪の子だって、また来てくれるかもしれないでしょ?」

 その言葉に、類は渋い顔をした。

「……うーん(ベトールさんはともかく、ディルメイの方は確かに少し気になるな……)しょうがない……。カロ屋の周辺は探してみるよ」

 類はそう言って頭を掻いた。

「ほんと!?」

 アリサの顔がパッと明るくなる。

「でも、森の中は広いし、見つかるかどうかなんてわからないぞ」

 類はあきらめたような顔をして言った。

「うん!わかってる。ルイ兄、ありがとう!」

「あ、そうだアリサ」

 類は急に思い出したように言った。

「なに?」

「この前、翔太が言ってた、あの魔物のストラップの話なんだけどさ、どんな話だったか覚えてる?」

 アリサは急に翔太の話をされ、顔をしかめた。

「えぇ……。どんなって……。あの魔物に似てるキャラがいるって、ただそれだけだよ」

 そう面倒くさそうに答える。

「似てるって言ってもなあ。どれくらい似てるとか、なんかないのか?」

「……さぁ?翔太さんはルイ兄の知り合いなんでしょ?だったら直接、本人に訊けばいいじゃん」

 アリサはそう言うと、類を休憩室に残して、そそくさと住居側へと戻っていった。

「うーむ……。仕方がない、翔太にメールでも入れておくか……。はぁ……」

 類は大きくため息をついた。

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