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五番通りの魔道具店  作者: もとめ
24/71

第20話 カロの森(後編)

 美しい満天の星空の下、カロの森のかなり上空に、ルイはディルメイを抱きかかえて浮いていた。

 その右腕には、魔物の包みを結び付け、落ちないように固定している。

 眼下に広がる一面の漆黒の森を見て、ルイはつぶやくように言った。

「うーん、真っ暗で、やっぱよく見えないな」

「ルイ様……。こんなに高く飛び上がっては、ウスペンスキーに見つかってしまいますの」

 ディルメイが不安そうな声でルイを見る。

「あぁ、大丈夫だよ。あの魔物、魔力で膨らんでいるだけで、たいしたことないし。低級なんでしょ?」

 ルイは森の様子を窺いながら言った。

 ディルメイが驚いた顔をして首を横に振る。

「低級なんて、全然違いますの!ウスペンスキーは、危険レベル上級の要注意獣魔ですのよ。魔道院でも、取り扱いが難しい魔物として有名ですの」

「へ、へぇ……」

 ルイは苦笑いをした。

 上空の冷たい風が、強く吹く。

「うわっと」

「きゃっ!」

 風にあおられ、ディルメイがルイに強くしがみついた。ルイの首に回したディルメイの腕がきつく締まる。

「ぐへっ!(苦しい)」

「はっ!す、すみませんですの!」

 ディルメイは焦ったように腕を緩め、申し訳なさそうな顔をした。

「あ、大丈夫。それより、そのベトール様?は、どの辺りにいそうかな?」

 ルイは、少し疲れたような顔をして言った。

「それが……。全然、見当がつきませんのですの……」

「うーん、そうか……(手掛かりなし……か。さて、どうしたもんか)。何か良い方法でもあればなぁ」

 ルイは思案顔で、森の遠くの方を見渡した。

 ディルメイもルイの腕の中で、何やら考えている様子。

 そしてつぶやくように言う。

「この高さなら、流れる魔力を探れるのかもですの……」

「ん?」

 ルイはまっすぐディルメイを見た。

 ディルメイはその視線に少し照れたように、ルイの肩に視線を外して言った。

「大きな魔力を使っていれば、その方向に魔力は大きく流れていくのですの。ベトール様は、召喚獣を使っていますですから、常に魔力の波動が出ているはずなのですの……――」

「ふむ」

「――……で、ですので、もしその魔力の波を見つけることができれば……」

「できるの?」

「……」

 ディルメイは急に暗い顔になって横に首を振り、うつむいた。

「そっか……」

 ルイは、ため息交じりにそう言うと頭をかいた。

(魔力の波って言ってもなぁ……。この森は魔力が吹き荒れている感じだもんな。波もクソもあったもんじゃない。目立つような大きな力を使っているなら別だけど、探りようがないよ)

 ルイは上空を流れる弱い風に乱雑な魔力を感じて、大きくため息をついた。

「(……仕方がない)……少し、移動してみようか」

 ルイの言葉に、ディルメイが頷く。


 真っ暗な森の上空を、ルイはマ・ブーナの巨木から北に向かってゆっくり移動した。

 真夜中を少し過ぎた冷たい風に、ルイの長い髪とマントがフワフワと揺れる。

 ルイに抱きかかえられたディルメイは、ルイの横顔を真剣なまなざしで見ていた。

(ずっと見ていたくなるような、不思議な人ですの……)


 ふと、ルイは、何かに気が付いたように、進んでいる方向の遥か先を見た。

「(魔力の波動?……今、向こうの方に大きく流れていったな。ベトールってやつが何か魔法を使ったのか?)……ちょっと、飛ばすよ」

「は、はいですの」

 ルイはディルメイの返事を聞くと、魔力が流れた方へと速度を上げて飛んだ。

 風で、二人の着ている服が大きく煽られる。

 ディルメイは風に目を細めて、ルイにより強く抱きついた。

 ルイは苦笑いをした。

(ひぃぃ。まだ、ルルアさんのように、風の制御ができないからな……)


 流れた魔力を探って、ルイは眼下の森を注視しながら、少し高度を下げて飛んだ。

 やがて、森の中にひときわ大きな木が目に留まった。

「な、なんだか、寒気がしますの……」

 ディルメイが声を震わせ言った。その表情に恐怖が混じる。

「……そうなのか。(この辺りは、流動する魔力が妙に強いな。高濃度って感じだ……。もしかして、その影響か?)大丈夫か?」

 ルイは少し心配してディルメイを見た。

「……」

 ディルメイは体を震わせ、苦痛な表情を浮かべている。

 ルイは、その身にまとった白いマントでディルメイを包み込むように抱え直した。

「このマントの内側に入り込んだ魔力は、俺が適当に吸収するから」

 ルイのその言葉に、マントの隙間から頭だけ出したディルメイが、驚いたように言った。

「そ、そんなこと、できるのですの?……あっ!?」

 ルイはニコッと笑って言った。

「どう?もう苦しくないだろ?」

 ディルメイが、コクコクと頷く。

「す、すごいのですの……」


 ルイはディルメイを抱きかかえたまま、目に留まった一回り大きな大木の傍らに降り立った。

 そして、ディルメイをマントの中で下ろすと、辺りの様子を窺った。

 夜の森は、四方八方闇に紛れ、どの方向も視界が通らない同じような景色に映る。

 その中で、目に留まった大木は、ウスペンスキーがいたマ・ブーナの巨木ほどではないものの、周辺では僅かに目立つ存在となっていた。

「ここで、誰か魔法を発動させたみたいだな」

 ルイが大木を見て言う。

「そ、それはベトール様に間違いないですの!こんな真夜中のカロの森で、魔法を使うのは、ベトール様しかおりませんのですの!」

 ディルメイは力強く言った。

「そうかもね」

 ルイはそう言うと、太い木の幹に向けて手をかざした。

(この大木で間違いないようだな)

 ルイは手をかざしたまま、軽く目を閉じた。

 大木の幹に、魔力によって閉じられた空間のゆがみを感じる。

 今し方、何者かが強引に開けて中に入った痕跡は残っているが、それもすでに閉じた後だ。

(……閉まった扉を開ける呪文か。……そんなの“あれ”しかないじゃないか)

 ルイは目を開け、何かを思い出したように苦笑いをして言った。

「“ひらけごま”」

 その瞬間、ルイを中心に足元に広がる大きな魔法の紋様。その円の外周はどこにあるのか、周囲の木々が邪魔をして見ることができない。

 下から白く光る紋様は辺りの木々を照らし、幻想的な雰囲気を作り出している。

 その光の中に、目の前にある巨木も美しく浮かび上がる。

「す、すごいですの!!こ、こんなに大きな魔法円……。見たことがないですの……」

 ディルメイは辺りを見回し、目を丸くして言った。

「(お、俺も“ひらけゴマ”だけで、まさか、こんなにデカいのが出てくるとは思わなかったよ)はぁ……。たぶんこれで入れるはずだから。……行こう」

 ルイは引きつった笑顔で言うと、ディルメイの肩に左腕を回して誘導するように大木の前に歩き出した。

「……この中に、ベトール様がいるのですの?」

 目の前の大木を前に、緊張気味にディルメイが言う。

「うん、たぶん」

 ルイは少し眠そうな顔でそう言うと、右手をその幹に突っ込んだ。

 腕の先が、幹の中にめり込む。

「ひっ!」

 ディルメイが驚いて声を上げた。

「入るよ」

 ルイはディルメイの肩を抱いたまま、幹の中にズブズブと入っていった。

 ディルメイはルイにしがみつき、とっさに目をつむった。



 ルイの目の前に、紺色のマントを纏った若い男と大きな白い犬がいる。

「!!なっ、なんだ!?」

 その男は突然入って来たルイに驚愕して声を上げ、ルイとルイにしがみついているディルメイを見た。

「ディルメイ!」

「あなたが、ベトール様?」

 ルイは少し面倒くさそうにその男に訊いた。

 ディルメイがハッとして目を開けた。

「べ、ベトール様!!!」

 ディルメイはそう叫んでベトールのもとに駆け寄った。

「ディルメイ!無事だったか!」

 ベトールは驚きつつも、安心したようにディルメイを見て言った。

 ルイは辺りを見回した。

(ここは、なんなんだ?)

 大木の中に、強引に作られた空間は四畳半ほどの広さの丸い部屋になっていた。

 壁は木の幹をそのまま利用した書棚が一面に並び、書棚の横に置かれた小さな机には、本が今にも崩れ落ちそうなほど高く積み上げられている。

 部屋の中心には1メートルほどの二重の円が描かれ、その中に円にギリギリ納まるくらいの巨大な魔晶石が置かれていた。

「ベトール様も、無事で良かったですのー。ふぇぇ……」

 ディルメイはそう言うと、押さえていた緊張が途切れたのか、急に泣き出した。

「ディルメイ……」

 ベトールはそうつぶやいて困ったように笑った。そして、急に真顔になるとルイを見て言った。

「私は魔道院魔術部獣魔課のベトール・グレと申します。ディルメイを助けていただいたようですね。ありがとうございました」

 ベトールは穏やかにそう言ったが、どこか腑に落ちないといったような表情が混じっていた。

「いえ……。俺は(あ、女の姿なのにどうも“俺”って言っちまうな……。ま、いっか)ルイです」

 ルイはベトールの視線に引きつった笑いを浮かべた。そして続けて言う。

「ここは、何なんですかね?」

 書棚に納められた本は、比較的綺麗に並んでいる。

 床に置かれた様々な謎の道具も、手入れがされているのか埃一つかぶっていない。

 ベトールが、まじめな顔で言う。

「ここは……。とある魔道士の隠れ家だったようです」

「へぇ……(魔道士、ねぇ……)。それでこんな大きな魔晶石があるのか」

 ルイは、部屋のど真ん中に部屋を占領するように置いてある魔晶石を見て言った。

「家主がいないので、この魔晶石も、そのままになっているようですね」

「ふむ……」

「流動スル魔力……」

 ナジがルイを見てつぶやいた。

「しゃ、しゃべった!?」

 ルイは向かい側にいる大きな白い犬を見た。

「これはベトール様の召喚獣ですの。名前は“ナジ”と言うですのよ」

 ディルメイはそう言うとナジのそばに寄ってその毛並みを撫で、ほほ笑んだ。

「へー(召喚獣……。もう、なんでもアリな世界だな)」

 ルイは苦笑いをした。

 ベトールが足元の魔晶石を見て言う。

「どうやら、この充填の魔法円のせいで、この辺りに魔力の吹き溜まりができていたようです」

「充填の?(なんのこっちゃ)」

「これですの」

 ディルメイはしゃがみこむと、魔晶石の下に描かれた二重の魔法円を指さした。

「これは魔晶石の中に、魔力を補充するときに使う魔法円ですの――」そして立ち上がりルイを見る。「――普通は、大きくても50センチくらいまでの円しか効果を発動しないはずですのに……。こんなに大きくて効果を発動している補充の魔法円を初めて見ましたの」

 ベトールが付け足すように言った。

「補充の魔法円は、流動する魔力を集める働きがあるのですよ。この魔晶石はもう最大まで魔力が満ちているというのに、魔法円は術を発動したまま……。この辺りの魔力濃度が異常に濃いのはそのせいなのでしょう」

「でも、この部屋の中は外ほど魔力が濃い感じはしないな」

 ルイは部屋を見回して言った。

「えぇ。ナ・ブーナの木が枝葉を通じて幹の中に溜まった魔力を排出しているようです」

「ふーん……」

 ルイは、そう言われ上を見上げた。幹の中の空間は上部に行くほどすぼまり、見上げた先の少し上で途切れていた。

「こんな森の中の隠れ家なんて、どんな魔道士が使ってたんだろうな……(引きこもりの魔道士、だったりして)」

「王都では有名な魔道具士の方のようですね。研究されている資料が、そう言ったものばかりです。その方はもう、だいぶ前に亡くなられていますけど……」

 ベトールはそう言うと、書棚の中の本に触れながら、置かれている数々の道具を眺めた。

 ナジは、ベトールたちの会話がつまらなそうに床に伏せた。

「ふーん。魔道具か……。ルルアさんみたいだな」

 ルイはつぶやくように言った。

「ルルア様をご存じなのですか!?」

 ベトールが驚いたようにルイを見る。

「あっ(マズイ!)――」ルイは焦ったように答えた。「――な、名前は聞いたことがあるんだ。ゆ、有名な魔道具士だって……、あは、あはは……」

 ルイは思わず冷や汗が流れた。

(あっぶねー。バレたらヤバいぜ……)

 ベトールは書棚から一冊の本を手に取って言った。

「そうですね。ルルア様は魔道具士の中でもトップクラスですからね。この隠れ家は、ルルア様の師匠であるウィルナルド・スコット様のもののようです」

「そ、そうなんだ……」

「えぇ。――」ベトールは手に取った本をめくった「――書きかけの研究書ですね。晩年は異世界に通じる魔法紋様の研究をされていたとか……」

 ベトールはそう言うと、途中から白紙になったその本を閉じた。

 そして元の書棚に戻す。

「おそらく、ウィルナルド様が亡くなった後、ルルア様がここを管理されているのだと思いますよ。部屋の中がとても綺麗ですし、それに……」

 ベトールはそう言うと、床に置かれた蓋のない木の箱から何か取り出した。

 ルイはそれを見て一瞬驚いた。

(っ!?カロ屋で扱ってる一筆箋じゃねーか!)

 内心驚きつつも、瞬時に冷静さを装う。

「これはルルア様がよく使われている呪符帳です。ですから、間違いないでしょうね。……今は、この隠れ家はルルア様の管理下、ということになるのでしょうか」

 その言葉に、ディルメイが焦ったような表情でベトールに言った。

「そ、そうなのですの!?もし、そうでしたら、勝手に入ったことが知られてしまったら、ルルア様にお叱りを受けてしまいますのー……」

 ベトールもディルメイの言葉に、少し引きつった表情を浮かべた。

 そして軽く咳払いをすると、気を取り直して言った。

「ま、まぁ……。ルルア様は、お優しい方ですし、わけを話せばきっと……」

 そう言ったものの、目が泳いでいる。

 ルイはその様子に苦笑いをした。

(ルルアさんって、実はムチャクチャ怖いのか?)

「は、早く戻りましょうですの」

 ディルメイは、この部屋がルルアの管理下である可能性を知ると、落ち着かない様子で言った。

「そ、そうだね。もうだいぶ時間も遅いからね……」

 ベトールは一筆箋を元に戻し、こわばった表情でそう言うと、ルイを見て続けて言った。

「ルイさんも、早くここを出ましょう」

 ルイはその言葉に苦笑いをして大きく頷いた。


 ルイは真っ先に、部屋を出た。

 深夜の森は、寄り不気味な暗さを増し、濃い魔力の濃度のせいか体感温度が著しく低い。

(この流動する魔力……、ベトールってやつは知らんが、ディルメイは耐えられないだろうな)

 大木から数歩離れた木々の切れ間の中心、ルイは両手を広げ辺りを見渡した。

 そしてゆっくりと目をつむる。

(周辺に流れ込む魔力を吸収する……)

 ルイとマントが一瞬揺れた。

 足元から放たれた、外周が見えないほどの大きな魔法円。

 円の内側は、ウィルナルドの部屋にあった充填の魔法円と同様に、光も紋様も浮かばない。

「ディルメイ、大丈夫か?」

 ベトールのその声に、ナ・ブーナの木の巨木を振り返る。

 ちょうどベトールが、ディルメイを気遣って幹から出てきた。

「は、はいですの。……あれ?」

 ディルメイは、幹から出て早々に辺りを見回した。

「寒気がしませんの」

 そう言って不思議そうな顔をする。

 ベトールも少し驚いた顔で辺りを見回した。

「先ほどより、魔力の濃度が一気に下がっている?……なぜ」

 そう言って、切れ間の中心にいるルイに目が留まる。

(まさか……、ルイさんが?……でも、魔力濃度を下げる魔法なんて聞いたことがない)


「途中まで送ります」

 ルイはほほ笑んで言った。

「ほ、本当ですの!?」

 ディルメイが嬉しそうに答える。

 ナジがルイのそばに寄って、ルイの周りを一周して言った。

「オモシロイヤツダ」

「っ……(な、なんだ?……なんか、俺、不審なところでもあるのか?いや、不審なところしかないけどさ)」

 ルイは、ナジの様子に顔を引きつらせて笑った。

 ベトールがナジのそばに来ると、ルイに向いて言った。

「それは助かります。……ここから西に飛べば、どこか見知った場所に出るかもしれません――」ベトールは西の森の空を見上げた。「――ですが、私たちの詰所があるフーナプラーナから、この場所がどの程度離れているのか、皆目見当がつかないのです」

 ルイはベトールの言葉に、顎に手を当て、何か考えるかのように頷いた。

「ふむ……(俺は、カロ屋と魔物の巨木と、それからこの魔道士の隠れ家の位置関係は大体把握したけど……、ふーな?それは何だ?王都じゃないのか?)」

 ディルメイがもじもじした様子で言う。

「本当は、ルイ様に王都まで送ってほしいのですの。でも、王都まではフーナプラーナからさらに遠いのですし……」

「うん、いいよ」

 ルイは軽い気持ちで言った。

(王都なら、一度行ったことがあるしな)

「本当ですの!?」

 ディルメイが嬉しそうにルイを見つめて言う。

「ディルメイ、もう夜も遅いんだよ。あまりわがままを言ってはいけないよ」

 ベトールが諭すようにディルメイに言った。

「んー……(ここにいても時間ばかり食うだけだし、要は王都の方に飛べばいいんだろ?)とりあえず、行こうか」

 ルイはそう言うと、フワリと浮き上がった。

「わかりました」

 ベトールは返事をすると、ナジに向いて右手をかざした。

 ナジがその手の平に、額をくっつける。

「戻れ」

 ベトールがつぶやく。

 その瞬間、ベトールの手のひらからその背の高さと同じ大きさの魔法円が現れた。

 その中へ、ナジが吸収されるように消えた。

「!おぉ……(これが召喚系の魔法か)」

 ルイは少し驚いた様子でベトールを見た。

「お待たせしてすみません」

 ベトールはそう言うと、持っていた魔杖を脇に挟み、低空飛行の首飾りを操作した。そしてルイと同じ高さに浮きあがると、魔杖を持ち直した。

 ディルメイは両手を重ねて地面にかざし、少し浮き上がっている。

 ルイは感心したようにディルメイを見た

「へー(俺が使っている空を飛ぶ魔法と同じだな)」

 ルイのその様子を見て、ベトールが言う。

「ディルメイも、ルイさんと同じように飛行の魔法が使えるのですよ。浮く程度であれば赤属帯以上の魔道士なら多少使える者もいますが、この魔法を移動手段で使えるのは、王都の魔道士でも少ないですからね」

「そうなんだ」

 ルイは頷いた。

 ディルメイもルイと同じ高さまで浮いた。

 そして、ルイを見て言う。

「お待たせしましたの。準備できましたの。ルイ様、行きましょうですの」

 ディルメイは満面の笑みをルイに向けた。

「あ、あぁ……」

 ルイは少し照れたように笑った。


 下弦の月が、東の空の低い位置に浮かぶ。

 それを背に、森の木々の枝葉の少し上を、ルイを先頭に飛んで行く。

 隠れ家から飛び立って、少しした辺りでベトールが眼下の森の中に通り過ぎた何かに気付いた。

「!?」

 そして、飛びながら後ろを振り返る。

(なんだろう今のは……。魔法円の端のような感じがしたけど……)

 ベトールは訝しそうな顔をし、少し考えるように、再び進行方向に向き直った。

 ルイの髪とマントが風にはためく。

「うーん(吸収する魔法円はそろそろ消してもいいな。しかし、この向かい風……。これじゃ、スピードを上げられないな。ルルアさんのように、風を穏やかにする魔法……か)」

 ルイはベトールとディルメイを振り返った。

 ディルメイはルイと同じように、髪とマントが風で煽られているが、ベトールは当たっている風が穏やかなのか、涼しい顔で飛んでいる。

「っ!(な、なんだと!?ルルアさんと同じように風の制御ができるのか!?)……べ、ベトールさん」

 ルイは、右後ろにいたベトールに並ぶように移動した。

「なんでしょうか?」

 不意に話しかけられベトールは、少し驚いたようにルイを見た。

「風?……その、早いスピードで飛んでいると風が強くなるというか……。ベトールさんは風があまり当たっていないような?」

 ルイの要領を得ない問いに、ベトールは察したように言った。

「あぁ。これは低空飛行のペンダントに付いている風よけの魔法ですよ」

「えっ?そうなの?」

「どのクラスの低空飛行のペンダントにも、機能の一つとしてだいたい付いていますね」

 そう言って低空飛行の首飾りを手に取った。

「そ、そうなんだ……(ルルアさんの力じゃなくて、首飾りの力か……)」

 ルイは苦笑して、また先頭に戻った。

(うーん、このスピードじゃ、何時間もかかってしまうからな。……流動する魔力の中に、風よけの情報は入っているか?)

 ルイは飛行を続けながら、流動する魔力に感覚を研ぎ澄ませた。

 ディルメイがその様子を見ている。

(ルイ様……)


(お!わかったぞ)

 ルイは何かに気付いたように、両手を重ねて正面に向けた。

「“風分けの嶺”」

 ルイがそうつぶやいた途端、移動速度はそのままに、風に煽られていたルイとディルメイの、髪とマントが穏やかな揺らぎへと変わる。

「うん!(ビンゴだな)」

 ルイは満足げに頷いた。

「ルイ様。すごいですの」

 ディルメイは穏やかになった風に、ルイを見て言った。

「これでスピードが出せるな」

 ルイはディルメイと手をつなぐと、二人を導くように速度を上げて飛んだ。



 しばらくして、視線の先に小さな明かりが見えた。

「ルイさん、あの明かりわかりますか?あれがフーナプラーナの村です」

 ベトールが、遠く先を指さして言った。

 ルイは暗闇に目を凝らした。

 森の縁の先、小さな明かりが二つ、三つ、か細く灯っている。その周囲にはいくつかの建物の影と、耕作された土地、それを囲むように簡易な柵がめぐらせてあった。

「あ。あれね」

「あの柵の一番手前側の門の前に降りてください」

「うん」


 フーナプラーナの上空に着く。

 ルイたちは、その巡らせてある柵の東門の前に降りた。

 ルイはその簡易な柵を見た。

(ここが、フーナプラーナ。そういや、以前王都に行く途中に見たな、この村)

「ルイさん、ありがとうございました。本当に助かりました」

 ベトールがルイをまっすぐに見て言う。

「い、いえいえ」

 ルイはベトールに振り返り、照れたように笑った。

「今度、お礼をさせてくださいね」

 ベトールが微笑む。

「え?あ、あはは。そんなのいらないっスよ」

 ルイは笑いながら、軽く左右に手を振って拒絶した。

「ルイ様!本当にいろいろありがとうございますですの」

 ディルメイはそう言ってルイの腕に抱き着いた。

「お、おう……」

「こら、ディルメイ、失礼ですよ」

 ベトールが諭すように言う。

「は、はい……ですの」

 ディルメイが照れたように笑って言った。

「ルイさん、では、お帰りもお気をつけて」

「ルイ様!気を付けて帰ってくださいですの」

「うん。ディルメイまたね」

「はい!」

 ディルメイが笑顔で手を振る。

「では、ベトールさん。また」

 ルイがそう言うと、ベトールはルイに軽く頭を下げた。


 ルイは二人から少し離れると、手首をくるりと回してつぶやいた。

「RET」

 その瞬間、ベトールとディルメイの前からルイの姿が掻き消える。

「消えた!?瞬間移動の魔法……」

「ルイ様!……やっぱりすごいですの」

 二人は驚愕して言った。


 真っ暗な『カロ屋』の店内。

 組子障子の紋様の前にルイは立っていた。

「うん、ミヤビに教えてもらったこの方法、“カロ屋”に戻るには結構便利だな」

 そう言うと、腕に結び付けていた魔物の包みをレジカウンターの上に置いた。

 そして店の中を見回す。

「叔父さんたち、もう寝ただろうな……」

 レジ横に置いてあったメモ用紙とペンを取り、さらさらと伝言を書く。そして、それを魔物の実に張り付けた。

「これでよし!さ、寝るか」

 ルイは額の前に手を当てた。

 そして念じるように目をつむる。

 その瞬間、ルイの姿が光の粒となって消えた。

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