第20話 カロの森(前編)
ベトールは焦った表情を浮かべていた。
真っ暗なカロの森の中、手に持った支給された魔杖の、火炎属性の魔晶石が弱く不気味に光を放ち、周囲を僅かばかり赤く照らしている。
「ディルメイ、どこに行ったんだろう……」
辺りを見回してそうつぶやく。
「匂イガシナイ。近クニハ、イナイ」
傍らでナジが、うなり声のようなかすれた声でそう言った。
「近くにいない?……夜のカロの森は魔力の密度が濃くなるからね。流動する魔力に巻き込まれて、森の中のどこかに転移したのかも……」
「ソノヨウダナ」
ナジが辺りを見回して言った。
「だからこそ、カロの森ではいろんなものが魔物化してしまうんだろうけど……。夜の時間はウスペンスキーも出るし、ヘリオベアは夜の方が数段強くなる。遭遇したら、私だって昼間のように倒せるとは限らないのに……」
ベトールはこわばった表情でそう言うと、低空飛行の首飾りを操作し、森の木々の高さまで浮いた。
そして辺りを見回す。
「ディルメイも、この高さまで浮いていてくれればいいんだけど……」
ベトールのいる場所から、かなり離れたカロの森の中。
ディルメイは、マ・ブーナの巨木の根元にいた。
その露出して盛り上がった根の上に、心細い顔をして座っている。
「ベトール様は、一体どこに行ってしまったんですの?」
そう言って巨木を見上げる。
マ・ブーナの巨木は、太い枝を辺り一面に伸ばし、繁る葉で空を覆っている。
そのところどころに、青黒い大きな実が、重そうに実っていた。
「マ・ブーナの実、とても大きいですのねー」
1つ30センチはあろうかというその実は、時折吹く風に揺れ、今にも落ちてきそうだ。
ディルメイは着ていた魔道服のマントの裾を直し、木の根に座り直した。
そして、板に挟んだ資料を見る。
「目的のウスペンスキーは全然出ないし。さきほどまでベトール様と一緒だったはずなのに……。一体どういうことですの……?」
ナジが、枝葉の上に浮くベトールを見上げてうなった。
「どうした?」
ベトールがそれに気づき、枝葉の隙間を抜けて地上に降りる。
「……ナニカノ、魔力ノ、波動、カンジル」
ベトールの顔に緊張が走る。
「それはヘリオベア?それともウスペンスキー?」
ナジが首を横に振る。
「ドチラデモ、ナイ。属性ノ、ナイ、波動」
その言葉に、ベトールはハッとした顔をし、緊張に体が強張った。
「ま、まさか……。カロの森の“力場”!?」
こめかみを伝う冷や汗。
「ナジ……。その魔力の波動を探ってくれないか」
ナジは頷くと、姿勢を低くし感覚を研ぎ澄ませるように、周囲を探り始めた。
(カロの森の力場の話は、いまだ伝説の域を出ていない。本当にあるのかな……)
ベトールはもう一度辺りを見回した。
力場は、この異世界において魔力が生み出されるパワースポットだ。
カロの森だけでなく、世界中のどの国にも同じように1、2箇所は“力場”とされる場所がある。しかし、いずれの場所も魔力の流出を確認された例は無く、伝説や推測として話が独り歩きしていた。
月の出ていない真っ暗な森の中。
突然、マ・ブーナの実の一つが、ドスンという衝撃音とともに、下草のほとんどない地面に落下した。
「ひっ!」
ディルメイは驚いて飛び上がった。
そして木の幹に隠れるようにしがみつく。
「な、なんですの……?」
ディルメイは、支給された魔杖の微弱な赤い光をかざし、辺りを見た。
少し離れた地面に、大きなマ・ブーナの実が一つ転がっている。
「……ま、まずいですの!実が落ちてしまったら、魔物化してしまいますの!」
ディルメイは、急いで杖の明かりを消し、座っていた太い根っこの隙間に挟まるように、身を縮めて隠れた。
そして、頭を少しだけ出して、落ちた木の実の様子を探る。
「……暗くて、よく見えませんの」
その声が震えている。
月の出ていない夜の森は真っ暗で、星の明かりも木々の枝葉に遮られ、ほとんど見えない。
時折吹く風に、木の葉がザワザワと不気味に音を立てて揺れる。
落ちたマ・ブーナの実が、コロコロと同じ場所に円を描くように転がり始めた。
軽い音を立てて動いていたマ・ブーナの実は、次第に重い音へと動きを変化させ、やがて、近くにあった細いナ・ブーナの木をメキメキと音を立ててなぎ倒した。
ディルメイはその音に、木の根の間で恐怖に震えた。
(か、完全に魔物化してしまいましたのー)
その恐怖からか、目に涙が溜まる。
魔物と化したマ・ブーナの実は、大きな羽を羽ばたかせ飛び上がると、そのマ・ブーナの巨木の上の方の枝に、4本の腕を器用に使い、逆さまにぶら下がった。
再び、ドスンと実が落ちる音がした。
「!!」
今度はディルメイのすぐ近くに、マ・ブーナの実が転がる。
ディルメイは恐怖のあまり声も出せず、今目の前に転がってきた実が、次第に魔物化していく様子を、ただただ硬直して見ていた。
やがて、目の前の実は直径3メートルはあろうかというほどに大きくなると、そのヘタの部分から羽が生え、実のお尻の部分だった辺りから4本の腕が生えてきた。
(う、ウスペンスキー!)
ディルメイは心の中で叫んだ。
目の前にいるウスペンスキーが、羽を広げる。その羽を広げた長さは10メートルはあろうかというほど大きい。
胴体の真ん中に開いた目が、不気味に光り、ディルメイを見た。
「!!」
目が合った瞬間、ウスペンスキーの4本の腕が、根の隙間にいるディルメイの身体を強引に掴んだ。
「ぎゃふ!」
ディルメイが衝撃に声を上げる。
その声に気づいたのか、先に魔物化したウスペンスキーが目を見開き、羽を広げて地上に降りてきた。
「えいっ!」
ディルメイは持っていた魔杖を振りかざした。
杖の先の魔晶石から大きな炎が燃え上がる。
「ギャア!」
ディルメイを掴んでいたウスペンスキーが叫び声を上げて腕を離し、バランスを崩して少し後ろに転がった。
しかし、もう一体のウスペンスキーが、すかさずディルメイの左足を掴んだ。そして羽を羽ばたかせ宙に浮く。
その拍子に、持っていた魔杖が手から離れ、地面に転がる。
「うあぁっ!」
ウスペンスキーはディルメイを逆さまに持ったまま、マ・ブーナの巨木よりも少し高い位置まで浮上すると、ディルメイを空高く放り投げた。
「ぎゃぁぁ!」
ディルメイは叫びながらも慌てて、両手を目の前にかざした。
その瞬間、手から微弱な光の魔法円が現れ、ディルメイの身体が宙に止まる。
ディルメイは体勢を立て直そうとした。
そこへ、先に炎の魔法を浴びせたウスペンスキーが、上空高く舞い上がり、滑空してすごいスピードでディルメイに突っ込んできた。
「ひっ!?う、動きが早すぎまっ!ぎゃぁぁ」
ディルメイは、それをかわそうとするも間に合わず、正面から体当たりを食らった。そして勢いよくマ・ブーナの巨木の枝葉の中に落下していった。
細い枝葉を折りながら、幹の下の方から延びる太い枝に引っかかり止まる。
その衝撃で、ディルメイは腹からぶら下がるような恰好で気を失った。
「ナジ、本当にこっちで合っているのか?」
不気味なカロの森の中を、ナジの後をついて、地面の上1メートルほどに浮き進んでゆく。ベトールのその表情には焦りと恐怖が浮かんでいた。
「魔力ノ波動、コッチカラ、キテイル」
ナジは、振り返りもせずそう言うと、森の木々の間を縫ってためらいもなく走ってゆく。
カロの森は、下草がほとんどなく、樹齢が何十年も、何百年も超えるような大きなナ・ブーナの木を中心に構成され、ところどころに、さらに大きなマ・ブーナの巨木が生えている。
真っ暗な森の中は、行けども行けども同じような景色が広がっている。
「はやくディルメイを見つけないと。……ウスペンスキーの調査どころではなくなってしまった」
広大なカロの森。
闇雲に飛び回っても、迷うだけ。
強い魔力の中に行けば、その分、大きな魔法を発動することができる。
ディルメイを探す魔法を使うなら、魔力が強い方がいい。
ベトールはそう考え、向かう先に一縷の望みをかけていた。
カロ屋から飛び立ったルイは、昨日倒した魔物の死体を探しに、東へと飛んでいた。
「うーん、どのあたりだったかな」
そう言って辺りを見回し進んでゆく。
視線の先、かなり離れた場所に、辺りの木々よりもひときわ大きな木の影が目に留まった。
「ああ、そうだ。あの大きな木の辺りだったな」
ルイは目的の場所を見定めると、勢いよく飛んだ。
やがて、巨木に近づくと、見覚えのある大きな影が枝葉の上をかすめるように飛んでいる。
「同じ魔物だな。でも昨日のとは別の個体か……?にしても、変な動きをしてるな」
ルイは訝しげに森の魔物を見た。
魔物の目が光る。
「あ」
ルイは魔物と目が合うと、思わず声を上げた。
ルイに気づいた2体の魔物が、昨日と同様に猛スピードでルイに迫ってきた。
「うわっとっと」
ルイは、ぎりぎりでその動きをかわすと、一瞬で上空高く舞い上がった。
魔物2体はルイを見失い、枝葉の上の少し高い位置を旋回している。
ルイは眼下に、ルイの姿を探すように飛び回る2体の魔物を見た。
「うーん。あの魔物、どうやら魔力でパンパンに膨らんでいるだけのようだな」
ルイは、少し考えたようにつぶやくと、「そうだ」と、何か閃いたような顔をして、魔物の1体に向かって一気に下降した。
ルイは猛スピードで上空から魔物の背中に手を触れると、そのまま魔物を地面にたたきつけるように落下した。
その衝撃で、魔物はまるで風船を割ったかのように「パン!」と大きな音をたて破裂した。辺りにその実が飛び散る。
ルイは魔物が地面に触れたと同時に身を翻し、飛び散った魔物の横にふわりと着地した。
そして、飛び散った魔物に手をかざした。
「ふむ……。(やっぱりそうだ。破裂した途端、魔物が取り込んでいた魔力が周囲に拡散したな)」
「グギャーッ!」
もう1体の魔物が、羽を折り畳み、上空からルイめがけて突っ込んできた。
ルイは上を見た。
「あぁ、もう。口もないのにどうやって声を上げているのやら」
そうつぶやくと、右手を上に向かって高く上げた。
勢いよく突っ込んできた魔物が、ルイの手のひらのすぐ真上でピタッと止まる。そして目を見開き、金縛りにあったかのようにピクピクと体を震わせた。
「うん」
ルイは頷くと、両手でそっとその魔物に触れた。
ルイの手が僅かに光る。
すると、魔物は風船がしぼむかのように、みるみる縮んでいき、背中の羽はそのままに、胴体部分がシワシワに干からびて、ヒラヒラと地面に落下した。
ルイは、干からびた魔物を風で飛ばないように片足で押さえると、両方の手のひらをまじまじと見た。
「(魔物の中に溜まった魔力を吸収して見たけど)まぁ、こんなもんか」
そして、目の前に佇む巨木を見る。
「それにしても大きな木だな……」
その幹回りは、優に30メートルは超えそうなほど太く、そして高さも高い。
「元の世界じゃ、これより大きな木はセコイアくらいしかないんじゃないか?」
ルイは感心したように巨木を見上げた。
かなり上の太い枝に、青黒い大きな実がいくつも不気味に実っている。
「……(食えるのか?)」
ルイは軽く浮き上がると、一番近い枝になっている実を手に取った。
そして両手で抱えるように「えい」と、もぎ取る。
「うーん、硬くてみずみずしくない巨大なブルーベリーって感じだな」
ルイはその実を持ち、干からびた魔物の上に降りた。
そして干からびた魔物の羽と腕を切り離すと、その魔物部分を風呂敷代わりにして、もぎ取った木の実を包んだ。腕の部分を紐代わりに結び付ける。
「お!我ながら、なかなかいい感じだ」
ルイは魔物の包みを見て満足げに笑うと、足元に切り落とした羽を見た。
「うーん(叔父さん、昨日困ってたからな……。今日はこのまま捨てて行こう)」
そして、カロ屋のある方向の空を見上げる。
「さて、今日は良いものが手に入ったし、昨日の魔物はもういいな」
そう言うと、巨木をもう一度振り返って見た。
太い枝のかなり上部に、何かヒラヒラと布のようなものが引っ掛かっている。
「ん?なんだ?ボロ布か?」
ルイは首をかしげて、その枝の真下まで移動した。
顔に1滴、何かが垂れてきた。
ルイは左側に魔物の包みを抱えると、右手で顔をぬぐった。
そしてその手を見る。
「血!?」
ルイは驚いた顔をした。
そして焦ったようにその枝の高さまで宙に浮き、その布を見た。
布の間から白っぽい血まみれの手が見える。
「人だ!」
ルイは慌てて持っていた魔物の包みをその場から地面に落とすと、その太い枝に降り立った。
そして、その傍らにしゃがみ、腹からうつぶせに引っかかっている人間を見た。
木の枝が身体のところどころに突き刺さり、そこから血が滴っている。
「死んでる?……――」ルイはそっと、その首元に手を当てた。「――生暖かい……」
ルイはハッとして、慌ててその身体を小脇に抱え、地面に降りた。
見れば、アリサよりもやや年下に見える少女だ。
ルイは少女を抱きかかえるように地面に座った。
少女は真っ青な顔で白目をむき、ルイの腕の中で微かに息をしてはいるが、死んだように動かない。
「……治癒系の魔法、……か」
ルイは顎に手を当て、少し考えるように宙を見た。
(……流動する魔力の中の情報に、治癒のソースは混じっているか?)
ルイは軽く目を閉じ、異世界に流れる魔力の波動を捉えるように、感覚を研ぎ澄ませた。
少しして、「うん」と頷くと、ゆっくりと目を開け、少女の胸にそっと右手を当てた。
「“リカバリー”」
そうつぶやいた途端、ルイを中心に複雑な紋様を配する大きな魔法円が現れた。
穏やかに光り輝くその紋様は、外周から中心部へとゆっくり光が流れてゆく。
そして、光に包まれた少女の身体から、刺さっていた枝が次々と抜け落ち、傷口と破れていた服もあっという間に塞がった。
「こんなもんかな」
魔法円が消え、辺りが再び暗闇に包まれる。
ルイはそっと少女の胸から手を離し、じっとその顔を見た。
穏やかな表情で心地よく眠っているように見える。
「……、おーい」
ルイは軽く少女を揺らし、声をかけた。
その声と動きに、少女はゆっくりと目を開ける。
「よかった。気が付いたか」
ルイはホッと安堵した。
「あ……、あれ?」
ディルメイは起き上がり、辺りを見回した。
暗夜の森の中、すぐ横に巨大なマ・ブーナの木。ウスペンスキーが近くにいるのではないかという恐怖がこみ上げる。
そして、引きつった顔をしてルイを見た。
「う、ウスペンスキーは!?」
「う?」
ルイは首を傾げた。
ディルメイは、ルイの肩越しに、地面に落ちているウスペンスキーの羽が目に留まった。
ディルメイは驚愕の表情を浮かべ、ルイに言った。
「あ、あなたが?……倒したのですの?」
「うん」
ルイは軽く頷いた。
ディルメイは驚いた顔のまま、じっとルイを見つめた。
少しの沈黙の時間が流れる。
ルイは疲れたように言った。
「俺の顔に、何かついてる?」
「い、いえ……――」ディルメイは慌てたように立ち上がり「――ありがとうございました!」そう言って深々と頭を下げた。
ルイも「うん」と頷くと立ち上がり、先ほど落とした魔物の包みを拾い上げる。
ディルメイがルイを観察するように見た。
青みを帯びた紫色の長い髪と濃紺のワンピース、羽のモチーフの白いマント。
その不思議な佇まいは、王都や魔道院にいる魔道士のどれとも違う。
「あ、あのの。私は魔道院魔術部獣魔課のディルメイ・ファーブと申しますですの」
「ですの?(にしても、このコは、なんでこんなところにいたんだ?)」
ルイは、少し疑問にディルメイを見た。
「み、未登録の魔道士様でいらっしゃいますのですか?」
ディルメイは、たどたどしく言った。
「ん?(未登録?魔道士?)……かな?」
ルイは適当に返事をした。
ディルメイが焦ったように言う。
「ベトール様を……、もう一人、“上紺”の魔道士を見かけませんのでしたか!?」
「(もう一人?)うーん、見てないね」
「そ、そうですのね……」
ディルメイはそう言うと、今にも泣きだしそうな不安な顔をし、ルイの足元に視線を落とした。
「(うわ……、参ったな、どうしたもんか)……はぐれたの?」
ルイは優しく尋ねた。
「……」
ディルメイは、黙ったまま、ただ頷いた。
「(仕方がない……)一緒に、探しに行こうか」
ルイは困ったように笑って言った。
ディルメイは、驚いたように顔を上げてルイを見た。
「ほ、本当ですの!?ぜひ、お願いしますですの!」
「うん……」
ルイがそう返事をすると、ディルメイは少し安心したような表情を浮かべ言った。
「よ、よろしければ、あ、あなた様のお名前を、お聞かせいただきたいのですの」
ルイは、やれやれとばかりに苦笑した。
「ルイ、だよ。(まぁ、こんなところに女の子一人、置いていくわけにもいかないしな)」
月の出ていない森は、僅かに差し込む星明かりに自分の周囲が辛うじてわかる程度で、森の奥に目を向ければ、そこは当然漆黒の闇。
ルイはディルメイを横目に見て言った。
「あのさ、どっちから来たか覚えてる?」
「……」
ディルメイは、辺りを見回した。
そして首を横に振る。
「ベトール様のすぐ後ろを歩いていたはずなのですのに、気づいたら、ここにいたのですの」
「(のですの?)そ、そうなんだ……」
ルイは苦笑した。そして続けて言う。
「じゃさ、もう少しそのときの状況、詳しく教えてくれる?」
ディルメイは頷いた。
闇夜のカロの森の中、木々の切れ間の僅かな広間に、ナジが注意深く辺りを警戒し、何かを探っていた。
その傍らに、地面から僅かに浮いたベトールが、ナジの様子を窺っている。
「コノアタリ、ノ、ハズダ」
ナジはそう言うと、頭を上げて辺りを見回した。
「確かに……、この辺りはすごく魔力の濃度が濃いようだね。体の震えが止まらないよ」
ベトールはそう言うと、身を縮めるようにマントを両手で押さえた。
「ベトール、ドウスル?」
ナジが振り返り、ベトールを見る。
「……ここは“力場”というより、ただの魔力の吹き溜まりのようだね。やはり伝説は伝説でしかないのか――」ベトールは苦い顔をした。「――さて、どうやってディルメイを探そうか……」
ベトールは、低空飛行の首飾りを操作し地面に降りると、持っていた火炎属性の魔杖をきつく握り、しばらく無言のままに何やら考えた。
「ディルメイは、飛行の魔法が使えたな……。そうだ」
ベトールは、何か閃いたようにうなずいた。
「ドウ、スルツモリ、ダ?」
ベトールは、その僅かにひらけた場所の中心に立ち言った。
「探すのではなく、ディルメイに、ここを見つけてもらう」
「ドウヤッテ?」
「この吹き溜まりの魔力を使うんだ。これだけの魔力だよ。ある程度光に変換できれば、この暗闇の中なら例えディルメイが遠くにいたとしても気づくはず」
その言葉に、ナジが「クッ」と笑う。
「ソンナコトヲ、シタラ、森ノ魔物共ニ、気ヅカレル、ゾ」
「……その時は、その時さ」
ベトールは笑って言ったが、その表情には恐怖が混じっていた。
ベトールは握りしめていた魔杖の魔晶石を地面に向けた。
魔晶石が赤い光を放つ。
周囲がその光に赤く照らし出される。
ベトールは真剣な顔で、魔杖を両手で強く握った。
「……」
ベトールは、集中するように魔杖の先を見つめているが、赤い光はそれ以上大きくも、小さくもならない。
ナジが、訝しげな様子で言った。
「ドウシタ?」
ベトールは杖の先を見つめたまま、焦ったように言う。
「おかしいんだ。魔法が発動しない。まるで何かに邪魔されているようだよ……」
「フム」
その言葉に、ナジが周囲を見回し、匂いを嗅ぎまわるように探りを入れた。
そしてベトールの周囲をぐるっと回り、ベトールの後ろに生えるナ・ブーナの大木の前に来ると、そこで動きを止めた。
「ベトール、ココダ」
ナジはジっとその大木の幹を睨んだ。
ベトールは、握りしめた魔杖の手を緩め、ナジを振り返った。
それと同時に、魔杖から発せられていた赤い光が消える。
ベトールはナジの横に並び、その大木を見た。
「これは、ナ・ブーナの木か。……ナ・ブーナにしては、ずいぶん大きいね」
ベトールは木の近くまでより、その太い幹に手を触れた。
そして感覚を研ぎ澄ませるように目をつむる。
「……」
少しの沈黙。
ベトールはゆっくり目を開け、幹から手を離した。
「魔力による隠ぺい?中に何を隠しているんだろう。……ここに魔力が吹き溜まっている理由も、場所を伝える魔法が発動しない理由も、この隠された中にありそうだよ」
ベトールは難しい顔をして幹を見る。
「ソレコソ、コノ場所ノ魔力を使ッテ、コジ開ケタラ、イイダロウ」
ナジが、ニヤリと笑うように言った。
「……そうだね」
ベトールはそう言うと、幹から少し距離を取り、足元に魔杖を立てた。
そして片膝をつき、魔杖を力強くナ・ブーナの木の幹めがけて振りかざした。
その瞬間、ベトールの足元に赤い光の魔法円が、複雑な紋様とともに浮かぶ。円の外周は、そのひらけた場所よりも大きく、周囲の木のいくつかが魔法円の内側に入り込んでいる。
「ズイブン、オオキイ円ダナ」
ナジが、魔法円の紋様の上で驚いたように言った。
その白い身体が、紋様から発せられる赤い光を浴びて、まるで燃え上がっているように見える。
「これほどまで大きな魔法円……。私も初めてだよ。それだけこの場所に流動する魔力が強いということだね」
ベトールはそう言って立ち上がると、魔杖を魔晶石が付いている方とは逆の、尖った方を木の幹に向け、刺さるように力強く投げつけた。
バキン!
と、あたりに響く大きな音とともに、魔杖が幹のど真ん中に突き刺さった。それと同時に、足元に浮かんでいた魔法円が消える。
代わりに、ナ・ブーナの木の太い幹に、杖の刺さった場所を中心に赤く光る紋様が浮かんだ。
「ミロ、杖ガ」
ナジは、幹を見て驚いたように言った。
刺さった魔杖は、ズブズブと幹に飲み込まれるように、幹の中に入りこんでいった。
「開いたようだね……」
ベトールが緊張したように言う。
ナジが飛び跳ねるように幹の近くに寄った。
そして、内側から流れてくる臭いを、鼻をヒクヒクさせて嗅ぎ取った。
「害ハ、無イヨウダ」
そう言うと、紋様の中に飛び込んだ。
「ナジ!!」
ベトールが慌てて叫ぶも、ナジはそのまま、飲み込まれるように幹の中に入っていった。
「くぅっ……」
ためらいの表情を浮かべる。
浮かんでいた紋様が次第に薄くなる。
僅かの時間、ベトールは紋様を見つめていたが、意を決して、ナジの後を追うように紋様の中に飛び込んだ。
そして紋様は光を失い、消えた。




