第9話 エピローグ
8時半の店内放送がかかり、高梨美香は同僚たちとレジ横のスペースに集まった。
「おはようございます」
「おはようございます」
店長の掛け声に従業員一同が答える。
ここはヒマワリマート。人口3万人の小さな町にある地域密着型のスーパーマーケットだ。
朝礼が終わり歩き始めた美香に、店長が声を掛けてきた。
「美香ちゃん、今日も第4倉庫だけど、よろしくね」
「あ、はい。分かりました」
「いつものように……」
そこから急に小声になって、店長が耳元でささやいた。
「黒い悪魔には気をつけてね」
悪戯っ子のように笑いながらウインクする店長。
美香は相変わらず、ヒマワリマートでは第4倉庫に商品を取りに行くことが多い。異世界への鍵を返してかわりに普通の倉庫の鍵を貰った。しばらくはこちらの世界の倉庫から商品出ししていたが、どうしても異世界から持って帰ったもののほうが売れ筋だという事で、隆行と相談して今も週一回、自分の鍵を使って異世界のほうの第4倉庫に行くことにしている。
もちろん殺虫剤は必須だ。
「あら、またラット。最近ラットが多いわねえ……少し上の階も掃除に行ったほうが良いかしら」
ラットを片付けながら、美香がつぶやく。第4倉庫の魔物退治は、今も大事な仕事のひとつだ。
そしてパートのない平日、美香はスコップと殺虫剤を持ってフェンスのドーアへと向かう。洞窟を抜け、滝のカーテンをくぐった向こうには、夏の真っ青な空と木々の豊かな緑が目に飛び込んできた。
滝壺の中にはまた数匹の、ちいさな竜魚が発生している。
「もうちょっと大きくなった方が、食べ応えがあるわね。ふふふ」
最近ここで竜魚の様子をチェックしてからアシドに向かうのが、美香の楽しみの一つになっている。最近は魔力の量もだんだん落ち着いてきているらしく、そんなに急激に数を増やすという事もないから、大きく成長するのはまだまだ先だろうけれど。
竜魚を確認してからまた洞窟に戻って、今度はアシドへと向かった。
相変わらず、アシドではダダとガットとズーラがドーアの前で待っていてくれた。結局、魔王討伐の後もこうして、休みの日に遊びに来ては4人で依頼を受けて、アシド中のあちらこちらの村や町に顔を出している美香。
「お待たせ!今日の依頼は何?」
パタパタとダダが飛んできて、美香の肩の上に座った。
「おはようございます、美香。今日は東の町からの依頼です。海に大型の魔物が出たので討伐して欲しいと」
「分かったわ。今日はシーフードね!」
そしてまた、ドーアをくぐる。
海に近い東の町は漁業が盛んで、普段なら大きな船がいくつも海に浮かんでいるはずだ。しかし、大型魔物から逃れるために今は港に整列して停泊している。
美香が到着するとギルドの職員らしき人達や港で不安げに海を見ていた漁師たちが、出迎えてくれた。
「ああ、よく来てくださいました。殲滅の毒霧の皆さまですね」
高梨美香39歳、ごくごく普通の主婦である。家族は少し気が弱いけれど優しい夫と、元気で虫や爬虫類が好きな元気な息子たち。
週に四日、ヒマワリマートでパートタイムで働き、日曜日は家族で平凡な、けれど幸せな休日を過ごす。
そして平日、何も予定がない日にはここで……
「初めまして、今日はよろしくね。私、この世界でパート冒険者しています」
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あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
日帰りファンタジー用の短編から続けて、すっかり長くなってしまいました。
動じない主婦、高梨美香38歳はいつの間にか39歳になり、今も元気に冒険者しています。
この後、美香さんではなく別の主人公のスピンオフをと考えていたのですが、新学期を迎えるにあたりリアルが少しばかり忙しくなりましたので、思うように続きが書けていません。
もしよろしければ、もう少しこの変な異世界とお付き合いいただけるようであれば、いずれこちらで告知しようと思っていますので、このままブクマしていただけるとありがたいです。あ、でも、ユーザーフォローしてるよ、という方がいましたら、それは大変ありがたい!活動報告でもお知らせしますので!
最後に蛇足ではありますが、ちょっと笑えたなって思ったら、評価してくださると嬉しいしとても励みになります。
読んでくださってありがとうございました。
ではまた!
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