第11話 戦闘
「ダダ、場所を教えて!」
氷の玉を落とせるだけ叩き落としながら、美香が叫んだ。
飛んでくる氷の球から大まかな方向は分かるが、周りにいくつかある藪のどこに潜んでいるかが分からない。
ズーラが氷の魔法を当てずっぽうで撃っている。この戦いは事前に検討していたように、相手を制圧しても大きな怪我や被害を与えないようにして、今後の交渉に繋げなくてはならない。
そのため魔法の種類も危険の大きい雷や炎は、最初はなるべく使わずに様子を見ることにしていた。
「美香の左後ろ、葉が青い藪の中に二人!ガットの右前、黄色い枝がつきだしてる藪に一人です!」
「分かったわ!」
「青い藪の方へ」
ガットの声で方向が決まった。美香はくるっと振り返ると、断続的に飛んでくる玉をものともせず、一気に藪まで駆け寄り、スコップで薙ぎ払った。
バリバリと音をたてて小枝がはじけ飛び、藪の中からグレーの毛むくじゃらが二体飛び出してきた。花の倍近い大きさがあり、ガットとズーラよりもずいぶん大きい。
藪から出た二人は魔法は諦めたのか、手に持った槍のようなもので打ちかかってきた。美香の後ろから追いかけてきたガットが、体格差にもかかわらず剣でその槍をはじき返す。
「やるわね、ガット」
「グルル、ガガ、ギャウ!」
相手もまた何事か叫んでいるが……
「言葉が分からなければ、どうしようもないわね」
そう。まさにこっちの世界の歴史は、言葉を翻訳する念話の魔道具によって飛躍的に発展した。それまで互いを魔物だと思いあっていた人々が意思疎通できたのだ。
今、この世界では人々は、生まれてからおよそ十年間の間に母国語を習う。例えばアシドで育つ子供たちの多くはサリチル国の公用語を。また、様々な種族のなかには自分たちの独自の言語を伝えるものも多い。そうしてキッチリと言葉を覚えた子どもたちに、念話の魔道具が使われる。魔道具を使っている者同士は、使っている言語にかかわらず意思が疎通できるのだ。
「仕方ないさ。計画通り、取り押さえるぞ」
「ええ。ハァッ!」
毛むくじゃらが突き出してきた槍を、美香が思いっきりスコップではじき返した。槍は遠くに跳ね飛ばされ、持っていたやつはギャウっと叫び声をあげ、手を押さえた。
もう一人はガットと打ち合っている。
ズーラはまだ藪から打ち出される氷の球に応戦して、時々ズーラからも撃ち返す。
その時、後方の藪から飛び出してきたものが美香の背後から切りかかった。
「美香、後ろです!」
ダダの声に間一髪避ける美香。
そしてそれはまたチャンスでもあった。
避けた美香の目の前を通り抜けた槍の穂先。そして一瞬、ちょうど美香の目の真ん前に槍の柄があった。それを思わず掴んでしまったのだ。
槍を掴まれた奴は体勢を崩してその場に倒れ込んだ。そこにすかさずズーラが圧し掛かり、電撃で気絶させる。さらには上空から降りてきたダダが念話の魔道具を使った。
「まずはひとり!さあ、花が説得するまでに、あと何人抑え込めばいいかしら」
「美香、来ますよ!」
「ええ!任せて!」
さっきまで相手をしていた奴が掴みかかってきたが、美香のスコップが顔面に当たり吹っ飛ばされる。
ちょうどガットも、相対していた奴の槍を切り飛ばしたところだ。
武器を失ったそいつの腕を美香が掴み、そのまま抱きしめた。
バタバタ暴れるが、美香から見ればちょうど自分の子どもくらいの大きさである。
「そういえば先日も良平と喧嘩して、こんな感じで抑え込んだわねえ」
胸に抱きしめて押さえつけながら、美香がつぶやいた。
藪からは氷の玉はもう飛んで来ていない。
美香がスコップで吹っ飛ばした奴は気絶したらしく、その隙にダダが念話の魔道具を使った。そして今美香が抱きしめている相手にも。
「ぐぐぐ、何なのだ、お前ら」
美香の腕の中で、言葉が通じるようになったそいつが唸っている。
「ええっと……春の黄色い花ちゃんの、義理の母……かしら?」
美香の言葉を聞いて、腕の中のそいつは動きを止めた。
「何故……しゃべれる?まもののくせに……」
そしてその時むこうの藪から、花が現れた。隣には身長120センチほどの、花とそっくりな人が手を繋いで、一緒に歩いてくる。その姿はまるで、クマのぬいぐるみの親子のようだ。
異世界の人達って、どうしてこんなに可愛いのかしら……連れて帰りたい……
美香のその感想が、胸の中だけに仕舞われていたのは幸いだった。