第4話 食べたいから殺虫剤はやめよう
夫が慌てて引き上げた網の、柄の部分にガッチリ噛みついて離れない青黒い魚。
かなり大きく、7、80センチはあるんじゃないだろうか。見た感じは鯉のようにも思えるが、口は大きく、歯がびっちり生え揃っている。鱗も大きく、まるで鎧のようだ。
胸鰭は太く肉厚で、足のようだなあ。思っていると、地面に網を置いたとたんに網を口から離して、その胸鰭で歩いてこちらに近付いてきた。
ガチガチと歯を鳴らしながら。
美香はポケットから殺虫剤を取り出してしばらく悩んでいたが、もう一度仕舞って、スコップを握りなおした。
「パパ、ちょっと下がっててね」
鰭で歩いてくる怪魚の頭を狙って、躊躇なくスコップを振り下ろす。
「ギュ」
怪魚が声を出して、ビチビチと暴れたが、二度、三度と振り下ろされるスコップに、ついに動きを止めた。
「魚は死んだと思っても跳ねることもあるし、棘があったり毒があったりするから、パパは触らないでね」
そういいつつ、美香は魔物図鑑をチェックする。
竜魚
川に住む魚型の魔物。凶暴で肉食、鱗は硬く鋭いため、矢じりに使われる。毒はない。ほとんどの種族で食用にできる。
竜魚の数が増えすぎると天翔ける青竜を呼ぶという伝説がある。
「なるほど!食べられるみたい。じゃあこれをお土産に持って行きましょうか」
どうやって持つか、しばらく悩んでいた美香は、ふと夫の顔を見て思い出した。
「あ、そうだ。このタオルにくるんでいきましょう」
美香と夫はいまだに首にタオルを巻いていた。それで魚をぐるっと包んで、鱗や鰭で手を切らないように気をつけて持つことに。
「ああ、俺が持つよ。貸してごらん」
ありがとう、と夫に魚を渡して持ってもらう。重い魚だが、受け取ってにこにこと持って歩きだす夫に、美香もまたスコップを持ち直して後をついて歩くのだった。
こっちに来てから美香は、ダダに念話で今日遊びに行くことを伝えていた。
なので、ドーアをもう一度くぐってアシドに出た時には、座って待っているダダがいた。
「あら、遅くなってごめんなさい。待った?」
「いえ、それほどでは……後ろの方は……」
美香の後ろでは、ダダと受付の人達をみて硬直している夫がいた。
ちなみに今日の受付はコボルトだ。
「この人が私の夫よ。花ちゃんのパパなの。ほら、パパ!いつもお世話になってるダダよ」
「初めまして。……本当に、間違いなく異世界なんだね」
呆然としている夫はそのうち再起動するだろうから、あまり気にせずに引っ張っていくことにした。
「あ、そうだ。ダダ、これさっき捕まえたんだけど、どうやって食べるか分かる?」
美香がダンナの持っている怪魚をダダに見せた。
「これは!美香、この竜魚はどこで?これ一匹だけだったでしょうか?」
「いえ、そりゃあもうたくさん泳いでたわよ!そんなに美味しいの?」
「お、美味しいかどうかはさておき、すぐに、すぐにギルドに来てください!」
急に慌てて立ち上がり、美香の肩に飛び乗ったダダ。
慌てている理由は何なのか。首を傾げながらも夫と共に、冒険者ギルドに向かう美香だった。