第9話 鉱山解放
美香はスポーツがあまり得意ではない。体力はそれなりにあるし、運動神経も普通のはずだが、競争心がないからだろうか。何というか……どんくさい。テンポが少しズレていて、スピード感のある競技についていけないのだ。
そんな美香が唯一、どうにか人並みにできるのがテニス。
右手で振りかぶったレーキをラケットに見立てて、再び飛んでくるサキュバスを思いっきり打ち返した。
サイズ的にはテニスボールどころか広げた羽は美香が両手を広げたよりも大きいくらいだが、頭から突っ込んできたのでなんとか上手く当たる。そしてサキュバスはそのまま地面に叩きつけられた。
止めをさしたのは、ガットだ。それは先ほどショックを受けたらしい美香を気遣うというよりも、サキュバスが出てきた通路の奥から多くの気配を感じたからだった。
「おそらくイブリースです。美香、毒霧は使えますか?」
「任せて、みんなは下がってて!」
ダダの声に軽くレーキを振って、左手でポケットから殺虫剤を出すと奥の通路へと駆けていった。
通路の奥から出てきたのは数十匹のイブリース。サキュバスの姿はない。
美香は躊躇なく殺虫剤を振りまいた。
イブリースに対して殺虫剤はとても良く効く。バタバタと落ちて数を減らすイブリースを見て、先日の反省を踏まえ、早めに殺虫剤を止めて、残りはレーキで叩き落としていった。
地に落ちたイブリース達を踏み越えて、通路の奥へと進む。そこはまだ掘りかけの鉱道で、20メートルも進めば突き当りだった。換気用なのか、細い穴が上へと繋がり外の明かりが見える。ここから外へ逃げていったイブリースたちも居るのかも。
しかしそれを追いかけるのは美香たちの仕事ではない。
この鉱山の中には、もうイブリースの姿はなかった。
倒したサキュバスとイブリースの死体を外に運び出して、全部埋めてしまう。もう一度鉱道に入って、他の通路に魔物は何もいないのを確認してから外に出た。
時間を確認すると、もう12時過ぎ。
最初は白かった給食セットが、今はもう埃まみれでシミも付いて、薄汚れてしまった。
「白は失敗だったかしら……」
だが、おかげで服も汚れず、今日はシャワーを浴びる必要もない。一応の役割は果たしたと思うことにした。
「さあそれを脱いだら、この袋の中に入れてね。シミがちゃんと落ちるといいけど」
三人の給食セットをさっさと脱がして、レジ袋にいれる。このまま持って帰って、まずは普通に洗濯してみよう。
「あ、洗うのは自分たちでしますが……」
「うーん、でも少しサイズを変えたりしようかなって。今日は一度持って帰るわ。次からお願いね」
お洗濯も自分でするの、偉いのね。と言いたげに、微笑みながら三人を見つめる美香。
子どもではないのだが……
小屋に戻って手を洗い、お弁当を食べながら反省会だ。
今日はダダとガットとズーラの三人も殺虫剤で気分が悪くなることもなく、4人で戦う場合の連携も少しずつ取れてきた。
鉱山の解放までにはもう少し時間がかかると思っていたが、2回で終わってしまった。ギルド職員にチェックしてもらうのは、美香が帰った後にでも、残った三人が手続きしておくことに。
「そういえば、美香、ちょっと頬を見せてください」
ズーラが濡れたタオルで頬の血を落としてから、ギャッギャッと呪文を唱えた。治癒の呪文はキラキラと輝きながら美香の頬に吸い込まれる。その後にはもう、傷は残っていなかった。
「まあ、治ったの?魔法って便利ねえ」
「浅い傷で良かったです。魔法での治癒にも限度がありますから」
傷がなくなってすっかり綺麗になった美香の頬を、ズーラが鱗の生えた細く長い指で、そっと優しく撫でた。