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第7話 立っている場所

 入り口を塞いであった板を除けてみた。鉱道の中は前回と同じく薄暗いが、イブリースが飛んでくる様子はない。洞窟内は外よりも寒く、壁にはうっすら霜が降りている。アイスボムは役目を果たしたらしく、腐敗臭もしなかった。


 前回の事もあるので用心して足を進めるが、中で動くものの気配はない。そのまま広場まで来たが、天井にとまっているものはなく、岩かげに潜んでいる様子もない。


 ただただ、おびただしい数の真っ黒いイブリースの死体だけが、静かに広場に降り積もっていた。美香の足元から、広場の奥までずっと……

 それはまぎれもなく、美香がもたらした死だった。


「ごめんなさい、少し、気分が……」


 そう言うと、美香は台車を置いて外に駆けだした。洞窟から外に転ぶように出て、側に生えている木に寄り掛かり、しゃがみ込んで必死に吐き気をこらえる。

 慌てて追いかけてきた三人が、心配そうに美香の肩に、腰にと手を当てて、顔を覗き込んだ。


「美香……」


 大丈夫かとは聞かない。魔物とは言え、数えきれないほどの死体を目にすれば、新人冒険者が取り乱すのはよくある事だ。きっと、たとえそれがオーガであっても。


 しばらくそのままうずくまってどうにか吐き気を抑え込んだ美香は、顔を上げた。そこにはただ心配そうに自分を覗き込むダダ、ガット、ズーラがいる。心配そうな小さな三つの顔を見て、ふと子どもたちの顔を思い出した。

 そうだわ。お母さんが落ち込んで、心配かけてては駄目ね。


「ごめんなさい、急に出てきちゃって」


「いや、良いのです。美香には戦いで頑張ってもらったから、死体の片づけは私たちで」


 ダダの言葉に残る二人も頷くが、美香が首を振る。


「いえ、そんな訳にはいかないわ。自分がやった事には、最後まで責任を持たないと」


 美香の言葉に、ふと思いついたようにガットが口を開いた。


「この世界では……」

 そして普段あまり喋らないガットが、ゆっくり語り始めた。




 この世界では、いや美香の世界であっても同じだろう。生きていくためにたくさんの他の生き物を殺さなければならない。それは食べるためであったり、あるいは身を守る為であったり。

 鉱山で採れる資源は我々に必要なもので、ここを魔物から取り返すのは俺たちにとって重要なことだ。


 俺たちが魔物を殺すように、魔物もまた、自分たちが生きるために俺たちを殺す。大事に育てた作物を、何万もの魔物が飛来して食い漁っていくこともある。だから俺たちには、魔物を殺す理由がある。


 だが、美香はそんな俺たちに頼まれて、手伝ってくれているだけだ。俺たちは美香がオーガだから、いくら人や魔物を殺しても平気なのだろうと思っていたが、もしそうでないなら……


 ……もしそうでないなら……これが辛い仕事なら、俺たちが自分でできることは、俺たちがやるべきだ。

 美香はもう少し休んでいるといい。




 ぽつぽつと零すように、ゆっくりと話してくれたガットの言葉を聞きながら、美香は思った。

 そうだ、これは我が家の小さな家庭菜園で、害虫と戦う私の話。

 害虫、害虫というけれど虫が悪いんじゃない。虫はただそこに生きているだけ。

 けれど、私と畑の害虫は共存できない。虫は知恵を絞って隠れたり毒を持ったり、そして私はそれを根気よく探し駆除する。

 つまり殺す。

 善悪ではなく、収穫の為に。



 美香はこの世界に来て、こちらの人類の立場に立ったのだ。ダダや、ガットやズーラの事を、可愛いと思い、仲間だと思うようになった。

 だから戦うことにした。

 それは善悪ではなく、好きになった彼らのためという身勝手。


「心配しないで。お母さんっていうのはね、虫退治なんか平気なの!」





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