第2話 最初の依頼
こちらの世界に来て、一番に違いを感じるのは空の色だ。
美香の世界とは明らかに違う薄いクリーム色の空に、白い雲が浮いている。
「空の色は、季節によって変わります。冬の間は黄色っぽい空ですね。春が近くなるとだんだん緑っぽくなるんですよ」
手に持った魔法の杖で空を指しながら、ズーラが教えてくれた。
ほとんどの人は街壁の内側に住んでいるらしく、道沿いには家らしいものはあまり見られない。あちらこちらにある柵に囲まれた農地の中には、物置らしい可愛い小屋が置かれていた。きちんと耕された土から顔を出す野菜が、牧歌的な景色を作っている。
今歩いている道は舗装されていないが、多くの人が歩いて踏み固めた道にはほとんど草も生えていない。土や石にはあまり違いが無さそうだ。
道路わきにはえている草木もまた、どこかで見たような普通の雑草や雑木に見える。草の合間に見え隠れする小さな黄色い花を見て、ふと手を伸ばして摘んでみた。
「ぎゃあああああああ」
けたたましい悲鳴が当たりに響き渡る。
ギョッとして後ずさった美香に、ガットが大丈夫だと声を掛けた。
「ああ、それはタンポポモドキ・マンドラゴラです、美香。よく気付きましたね」
ダダが振り返って言う。ズーラは美香が花を摘んだ辺りを探し、緑の濃い大きな葉を掴んで、残っていた根を掘り出した。
高麗人参に似た根は人型っぽいと言えないこともないが、顔などは付いていない。
「今の悲鳴は何だったの?」
「この草の防衛手段ですね。動物などが寄ってきて掘り返そうとするとあの音を出すのです」
「これはある種の幻覚を見せる成分が含まれていて、動物や魔獣の中にはその匂いに引き寄せられるものがいます。噛みついたり千切ったりしたらあんな風に音を出して追い払うんですよ。
この黄色い花のものは普通のマンドラゴラよりも毒性が低く、ある種の媚薬などに使われます。根はギルドで買い取ってくれるので持って帰りましょう」
「……なるほど。異世界らしいわね!」
美香の世界にももしかしたら、知らない場所で生えているのかもしれないけれど。
そんな風にたまに騒ぎを起こしながらも、大事に至ることもなく平和に歩く一行。
2時間ほど歩くと道は踏み固められた平らな砂利道から、山へと続く上り坂に変わった。木々を避けながら蛇行して続く道は、山にもかかわらずそれなりの広さがあって、鉱石を運び出す荷車のわだちもみえる。
途中に建てられた山小屋は、鉱夫たちの休憩場所のようだが、実はここの入口の戸がドーアになっている。美香の目で、しっかり場所を確認してから、休憩はせずに先に進んだ。
道の行きつく先は、美香が少し頭を下げて入らないといけないくらいの黒い穴がぽっかりと開いている。
入り口は簡易に板で塞いであったようだが、付近に木っ端を散らして、今は見る影もない。
イブリースは日の光が苦手らしく、昼間は出てこない。しかし夜になると飛んで出ては付近を徘徊し、餌となる動植物の魔力を吸い取るのだ。魔力を全て吸われても死に至ることはないが、回復するまで微熱と筋肉痛が続くので「地味に嫌」だそうだ。
「中にはおそらく百匹以上のイブリースがいるはずです。この時間でしたら外までは追いかけては来ませんので、入り口付近だけ少し入って確認してみましょう」
全員で恐る恐る数メートル入り中を覗く。ダンジョンほど明るくはないが、どこからか差しこむ外の光や鉱道に設置されたままのライトの魔道具で、街灯のついた夜道程度の明るさがあるようだ。そんな中に蠢く大きな闇の塊がある。バサバサという羽音と共に、その中から数匹のイブリースが飛び出してきた。
「いったん下がりましょう」
ダダが小声で声を掛けたが、時すでに遅く。
数匹のイブリースに引っぱられるように、闇の塊が鉱道の天井ギリギリを通って美香たちの頭上を抜け、後ろに回り込み出口を塞いでしまった。
蠢く闇の塊、それは数百ものイブリースの群れだったのだ。