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氷の海の無口なじいさん

作者: Curono
掲載日:2017/10/15

いつの頃だったでしょうか。


北の国に、それはそれは寒い氷の海がありました。

このあたりに住む人々はこおった海を歩き、魚をとったり、海藻をとったりして生活していました。


この氷の海の近くの小さな村に、それはそれは変わったおじいさんが住んでいました。


「やあじいさん、今日も寒いね」

おじいさんは何も答えません。

「おや、じいさん。今日は海が荒れているよ。それでも魚を取りに行くのかい」

やはりおじいさんは何も答えません。


そう、おじいさんはとっても無口な人なのです。

その上、にこりともしません。


「あのじいさんはとても人付き合いが悪いな」

「感じの悪い人だ。無理に関わる必要はないよ」

村の人々はおじいさんを見て、そんな話をしていました。


おじいさんは無口なだけではありません。

なんだか不思議なことをします。


誰も海に出ない荒れた天気の日、

おじいさんは一人、こおった海を歩きます。

強い風が吹いて、波も高くて、とても魚はとれません。

もちろん、だあれも海には出ません。

こおった海を歩くのは、それこそ、このおじいさんたったひとり。


どんな天気の日も、おじいさんは毎日毎日、こおった海を歩くのです。


そしておじいさんは必ずしも、魚や海藻を取るのではありません。


よく晴れて、みんなが魚や海藻をたくさん取るような日。

そんな日も、なぜかおじいさんは魚にも海藻にも目をくれないのです。

ただブツブツいいながら、ひとりこおった海を歩くのです。


「あのじいさんは変わった人だ」

「変な人なんだよ。無理に関わることはないよ」

村の人々はやはり、そんな話をするのでした。



ある日のことです。

その日はとても寒い寒い夜でした。


おじいさんは真っ黒なマントを引っさげて、暗い海に出てきました。

真っ黒な空にまあるい月が浮かんで、村はひっそりと静まり返っています。

海だけが、ざざん、ざざーんと波の音を立てています。


鼻の先も耳たぶもキリキリ痛むような寒さの中、

おじいさんは黒いマントをばさりとはおりました。

見ればその手には大きな袋を持っていて、何かがぎっしり詰まっています。


おじいさんは周りを一度だけ見回すと、袋を持ったままとつぜん、


ざぶん!


と暗い海に飛び込んでしまいました。

外はまさにこおりつくような寒さ、海の中だって寒いにちがいありません。


ところが、暗い海の中、おじいさんはスイスイと海の底を目指してぐんぐん潜っていきます。

黒いマントがおじいさんを包み込んで、まるで守っているかのよう。


そう、おじいさんが持っているマントは、魔法のマントだったのです。



しばらく潜ると、

海の底に、なにやらキラキラ光るものが見えてきました。


それはまるで暗闇に浮かぶ星のようでしたが、違います。

それは海底に広がる黒い大きな街でした。

寒い寒い海の底に、黒い街がひっそりと街灯りを灯していたのです。


おじいさんはその街の大きな門の前まで来ました。


黒い服を着たいかつい門番が、おじいさんをギロリと見ました。

おじいさんが無言で袋を見せると、門番は大きくうなずいて、その重い門を開けました。

どうやら袋の中身が、この海の底に入るために必要なもののようです。


おじいさんは黒い街をてくてくと迷わず歩いていきます。

街の人はみんな黒い服を着て、誰もが穏やかなようすです。


大きな声を出す人もいないし、泣いている人もいません。

ただ静かに、波の合間からもれる月の光に照らされて、誰もが幸せそうに笑っています。


おじいさんは、ようやく一つのお家の前にやって来ました。

小さな黒い家でしたが、玄関にはいくつものきれいな白い花が鉢に植えられています。

どの花もまるで真珠のように輝いて、黒い葉っぱがその白さを引き立てていました。


「やあ、今帰ったよ」

おじいさんは、はじめて穏やかな声でそう言いました。


「まあまあ、あなた。お待ちしていましたよ」

そう言って玄関に来たのは、おじいさんの奥さんでしょうか。

黒い服を着て、嬉しそうに笑う、若くてきれいな女の人が現れました。


玄関からお家に入ったおじいさんが顔を上げると……


なんと、おじいさんの顔はシワひとつない若者の顔になっているではありませんか。


「今年は花の肥料を集めるのに苦労してね。いつもより遅くなってしまったよ」


若い男になったおじいさんは、そう言って手に持った袋を床に置きました。

袋の中には、真っ黒な丸い宝石がたくさん詰まっていました。

まるで夜の闇を閉じ込めたような、真っ黒でどこか寂しい輝きをする石です。


「今年もたくさん集めたんですね、あなた。

これでまたこの白い花を咲かせることができますよ」


きれいな女の人は、とても嬉しそうにそう言いました。

そしておじいさんだった若者の手を取り、にっこりと笑いました。


「この花がたくさんあれば、あなたがここに住めるように、街の魔法使いにお願いできます。

どうかまた、来年もがんばってくださいね。花を育てるのは、私に任せてくださいな」


「もちろんだ。また一緒に住もうな」


二人は手を取り合い、深く深くうなずくのでした。






もう、ずーっとずーっと昔の話です。

昔からこおった海には、たくさんの船がありました。


おじいさんが若者だった頃、

おじいさんはいつも船に乗って、たくさんの魚をとって生活していました。

若者は、大好きだった奥さんと一緒に、よく船に乗っていました。


ところが、海が大荒れのある日、

大きな波にのまれ、若者と奥さんの乗った船は、暗い暗い海に沈んでしまいました。


ボコボコと口から空気がぬけて、

若者は「ああ、自分は死ぬのだ」と思いました。


ところが目が覚めてみると、若者は海の氷の上に寝ていたのです。

しかし、大好きだった奥さんの姿はありません。


次の日も、またその次の日も、若者は氷の上を歩き、奥さんを探しました。


もう足がボロボロになって、疲れ果てて、もう月も登るほどの真夜中になったある日のことです。

氷の上に、白い髪をした黒い服の男が現れて若者に言いました。


「若者よ、おまえの妻はもうここにはいない。海の底のわれわれの国に来たのだ」


それを聞き、若者は必死にお願いしました。

大好きな妻に会わせてほしい、自分もそこに連れて言って欲しいと。


若者の頼みに、白い髪の男はこう言いました。


「おまえは地上の者、海に落ちた者ではないから、われわれの街には行けない。

だが、もしおまえが、海底の闇と同じような、地上にある闇のかけらを集めてくれたなら、

年に一度だけ、でむかえの白い花を咲かせよう。

その時は、このマントを使って、海にもぐればよい。

その花が44個になった時、おまえをわれわれの国の者としてむかえ入れよう」


若者はその日から、地上にある闇のかけらを集める生活を始めたのです。







今日も、寒い寒いこおった海を、村の人は魚を求めて歩きます。


「おや、今日もあのじいさんは魚も取らずに歩いているぞ」

「でもどうだい、今日はあのじいさん、こころなしか笑っているじゃないか」

「まさか。気のせいだろう」


村人がそんな話をしている間も、おじいさんはせっせと氷の上を歩いているのでした。






(おしまい)

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