第6連
俺は昨日来た時点でそこには気が付いていたんだ。3年周期の事件のようにそんな刻みでスクラップの時系列は作られていた。そして先輩から語られた話。重要なところがぼかされた話。
「先輩、3年前の事件の中心にいたんですよね。そして、生き延びた。きっと、逃げたことで生き延びた。そうじゃありませんか?」
「お、おい、洸佑、そんな確証もないことを」
ジェイクが逆に焦りだす。伊藤先輩の目の色が変わった。
「だから、どうしたっていうのさ。3年前の厄災の生き残りが僕で、同級生を全員見捨てて一人生き残ったからってなんなんだよ。あいつはどこまでも追ってくるんだ。でも、僕は郭から抜け出した。自分の命が惜しかったからね。何通も届く同級生たちの断末魔が吹き込まれた映像を無視して閉じこもったんだ。あいつは殺すだけ殺してきっと満足したんだろうな。同級生と生贄として捧げて、晴れて生き延びたわけさ。どうだい、これで満足かな。呪いなんて生易しいモノじゃないんだよ。殺意なんだあれは。明確な意思を持った殺意」
そこまで話して伊藤先輩は抜け殻になってしまったように静かになった。
「俺もそうしたから、昨日。賢哉が来るなって、お前だけは生き残れって言われて、言われた通りにしちゃったから。だから、俺はまだ生きてる。でも、もう嫌だ。止めたい。なんでもいいんです。ヒントが欲しい。この呪いを断ち切る方法が―――」
俺の様子にジェイクも目を丸くしていた。
伊藤先輩は、ふぅと息を吐く。
「やっぱりそうか。お前がめぐり合わせてくれたのかもな」
独り言?伊藤先輩は誰かに語りかけた。そして俺の方を改めて見る。
「3年前、動画が同じように回ってきて次々と同級生が死んでいった。先生たちは何も言わなかった。そんなオカルト話を公にするわけにはいかなかったからね。むしろ学校側は俺みたいに呪いの話を公にしようとした生徒を次々と排除していった。方法は様々だけどね。校則違反で退学処分とか、遠回しに生徒に根回しをして誰かをハブったりね。動画が原因だって僕が言い出してから一気に俺たちの周りから人が離れていったよ。みんな死にたくないし、学校にも居たかったからね。そして、最後の二人が僕と――」
「古川先輩」
名前を呟いたのはジェイクだった。
「そう。君は知ってるね。彼はバスケ部だったんだ」
「古川先輩、夏の時期までは練習にばっちり参加してたのに秋から急に学校に来なくなって、学校は辞めたって後から聞かされたんだ。そんなことがあったなんて…」
俺の知らない時代の翔陽の話。でも、これが今につながっている。
「だから、洸佑くん、君の話をこの夏、聞いたときは古川が戻ってきたのかと錯覚を覚えたくらいだったよ」
「3年前、僕と古川は最後の二人になった。動画に関わったと思われる友達は軒並み姿を消して幾人かは死体が見つかっていた。もちろん、事件性がなくて自殺的な扱いを受けたか、不可解すぎて立件されないケースとしてだけどね。だから、僕もあいつもどっちが先に殺されてしまうかっていうだけで逃れることはできないと思っていたんだ。でも―――」
そこでいったん話を切る。先輩はごくりと麦茶を飲む。
「でも?」
「でも、あの日の前の晩、古川は『逃れる方法が分かった』って言った。この呪いを止められるってね。そして、あいつは帰ってこなかった。結果、僕は生き残ったんだ。確かに3年間の期限付きだったけどこの厄災を止めてみせた。それが事実だった」
「古川先輩は何をしたんですか?」
「あの場所に行ったんだ。僕はそこまで知っていて、一緒に行かなかった。古川に止められて言われるがままに行かなかった。結果、彼を死なせた」
部屋中に重たい空気が沈殿していた。ここでも出てきたキーワードはやはりあの場所。あそこがすべての始まりなのだろうか。
「洸佑、行こう、団地だ。まだ賢哉も無事かもしれないし。なぁ、先輩、団地の場所知ってるんだろ。教えてくれよ」
ジェイクが身を乗り出す。
「やめた方がいい。残念だけど、お友達は多分もう―――」
「んなの、行ってみねぇと分かんねぇだろ!」
ジェイクが立ちあがり憤怒の形相で伊藤先輩の胸倉をつかむとねじり上げた。先輩は操り人形のようにされるがままだった。
「・・・」
「くそっ」
ジェイクは伊藤先輩を離すと今度は俺の腕をつかむ。
「こんな腰抜けはもう知らん、俺たちだけで何とかする、いくぞ」
「で、でも―――」
引きずられるように部屋を出て階段を下りてあっという間に外に出た。照り返しの強い日差しがまぶしい。
「二人とも待って」
玄関口に伊藤先輩が現れた。
「んだよ」
ジェイクは舌打ちをしてイライラを抑えられていない。きっと、その古川先輩のこともあってなんだろう。
「あの場所は確かにある。場所も知っている。行くなら教えるしもう止めない。ただ、少しだけ時間をもらいたいんだ。僕ができる準備は全部した状態で行ってほしい。もう誰も死なせたくないんだ」
素足のまま出てきた先輩は日に照らされると余計にか細く見えた。そして、俺の手をつかむ。
「生きて帰ってきてほしい。僕のエゴなのはよくわかってるんだ。でも、もう誰も死なせたくない。お願い」
そう言って先輩は俺に頭を下げた。
ジェイクはやっぱり先輩の顔は見ていなかったけど、ちゃんと聞いていた。そういう風に見た。