第5連
ジェイクは学校に行くって言って家を出てきてくれたみたいだった。俺は体調が悪いと言って学校を休んだ。けど、スタバはいつもと変わらない喧騒に包まれていた。
「電話の向こうの賢哉が本気だってわかったから―――」
「だからって賢哉を見捨てたのかよ」
「見捨てたって―――」
あれから賢哉とは連絡が取れていなかった。電話口の賢哉が必死に俺を守ろうとしてくれたのが分かったからこそ、俺はマンションが見えたけど引き返したんだ。
「ごめん、言いすぎた」
ジェイクは昨晩の出来事にまず連絡をしていなかったことに怒っていた。俺たちだけで危険なことになってしまったことへの責任も感じているらしい。
「いや―――いいんだ。確かに、見捨てたって言われてもしょうがないことしてるし」
「なぁ、やっぱり、あの動画が原因なのか?」
「たぶん。でも、伊藤先輩はあの場所がって話もしてたし」
ジェイクはさらに思いつめたような表情をしている。注文したコーヒーもひたすら汗をかいていくだけで、かさが減っていない。
「俺もその話ちゃんと聞きたいんだけどさ、伊藤ってあの3年の伊藤だよな?」
「うん」
ジェイクの言う「あの伊藤」というのは、まさに件の伊藤先輩のことなんだけど、彼は高等部ではいささか有名人みたいだった。「不登校、挙動不審、オカルトマニア」とこんな単語が彼の代名詞にもなっているそうだった。中東部にいた頃は明るくて友達も多かったようなのだが、ある時期を境に突然学校に来なくなって不意に来たかと思うと「呪いがなんだとか」気味の悪いことを言って同級生たちを気味悪がらせていたという。それ以来彼の居場所はどんどんなくなっていき、必然的に孤高の存在になっていたというわけだ。だからジェイクからしたら、煙たい先輩の一人なわけだ。
俺は気持ちを落ち着けるためにアイスティーをすする。
「連絡先もらってるんだ。話聞きに行こうか?」
ジェイクはしばらくの沈黙の後で頷く。背に腹は代えられぬということなのだろう。
◆
「家で待ってる」
それが伊藤先輩の返答だった。断わられるかと思っていたけど、以外にも先輩は快く受けてくれた。昨日、先輩に連れられ歩いた道を思い出しながら右に左にと路地を進んでいく。
「ねぇ、ジェイク」
「ん」
「賢哉、無事だと思う?」
思わずこんなことを聞いて聞いてしまう俺はすごく弱かった。足元の小石を蹴る。
「今は祈るしかねぇだろ。それに、呪いだか何だか知らねぇけど、あるんだったら解かないと俺もお前も危ないわけだろ」
まっとうな正論を目の前から浴びせられて俺は何も答えれずに頷くだけだった。
「ここだ」
見覚えのある一軒家にたどり着いた。表札は「伊藤」。間違いなかった。
「意外と、普通の所に住んでるんだな」
ジェイクが昨日の俺と同じ感想を持っていた。
インターホンを押すと、「今開ける」とだけ返答があってオートロックの玄関が開いた。
玄関に現れた伊藤先輩はボサボサの髪で上下グレースウェットというラフな格好で俺たちを出迎えた。
「いらっしゃい」
「突然すみません」
俺の声をすり抜けるように伊藤先輩はジェイクに目をやる。
「君は――確か2年の子だよね」
「そうです」
ジェイクが敬語を使っている。当然と言えば当然なのだが、新鮮さがあった。
「ジェイクは俺に最初に例の動画を見せた人で―――」
先輩は訳知り顔と言った様子だ。
「なるほど、責任を感じてついてきたってわけだ。まぁ、いいや、とりあえず部屋に行ってて。洸佑くん場所分かるよね」
「あ、あ、はい」
隣でジェイクが憤りか何かの感情をぐっと堪えているのを感じた。当然か、今のは明らかな挑発だったから。
言われた通り先輩の部屋にジェイクと二人はいる。まさかこんなにも早くここに戻ってくるとは思いもしなかった。
「なんだよこれ…」
ジェイクの反応はまたしても昨日の俺と同じだった。さっきまでの憤りはどこかへ飛んでいったようだった。驚きの方が勝つに決まっている。
ガチャ
伊藤先輩が遅れて部屋に入ってきた。この間と同じ麦茶のグラスは3つになっている。
「お待たせ。なんとなく電話では聞かせてもらったけど、また友達が一人犠牲になったとか」
ジェイクがキッと先輩を睨む。
「そんな目をしたって、お友達は帰ってこないんだ。いい加減、自覚しなよ自分のせいで後輩たちが不幸な目に合ってるってさ」
「先輩、そこまで言わなくても」
俺は慌てて伊藤先輩を止める。
「いいや、厄災の郭に君たちを閉じ込めるきっかけ作ったのは他でもない彼だ」
「いいんだ。先輩の言う通りだよ。面白半分であの動画を拡散しちまったのは確かに俺だ。でも、本当に呪いの動画だなんて知らなかったんだ。それだけは信じてくれよ」
ジェイクの悲痛の叫びだったんだろう。でも、先輩はさらなる追撃をする。
「知らなかったかどうかは関係ない。引き金を引いたのが君だという事実が重要なんだ。そこだけは揺るがぬ事実だ」
ジェイクはぐうの音も出ない表情で押し黙る。
「そして、洸佑くん、君に言ったはずだよ、『手を引け』って。それがまたノコノコと戻ってきた。君は君で自分の命が惜しくないみたいだね。これ以上先へ進んだらもう戻れなくなると言ったはずなんだけどな」
「でも、賢哉まで―――」
先輩はふん、と鼻を鳴らす。
「お友達のために自分の命だって懸けてもいい、か。あーあー、まったく、あっぱれな友情物語だよ。やめた方がいい、無駄死にするだけだよ」
俺は顔が真っ赤になるのを感じていた。家にまで招いてくれたのにこの仕打ちはいったいどういうことなんだと。協力してくれるどころか俺たちを責め続ける伊藤先輩に憤りを感じていた。
「どうすればいいんですか」
不意に声を上げたのはジェイクだった。
「呪いを断ち切るにはどうしたらいいんですか。そもそもどうして先輩はこんなにもこの件に詳しいんですか」
「それを聞いてどうするつもり。君が呪いを解くって?それこそお笑い草だね」
室内に沈黙が下りる。俺は切り札を切る時が来たことを感じた。ずっと感じていた疑いを投げかける。
「3年前の翔陽中の生徒が次々に失踪したり、亡くなったりした事件。あれ、先輩の代の生徒ですよね」
一瞬先輩の表情が歪んだような気がした。思い出したんだ、俺が受験勉強で必死になっていたあの時期、町を騒がせた事件。中学生の集団失踪事件。そして、噂の終息までの鮮やかな幕引き。よくよく考えたらあんな規模で起きていた失踪事件があんなにもあっけなく、そして何事も無かったかのようにきれいに収束するなんてどうかしていたんだ。
「なんだい、唐突に。あの事件は家出に誘拐に自殺にそれぞれ不幸な事実が重なっただけって話じゃないか。不幸は重なるもんだよ」
それでも先輩はしらばっくれたように知らない顔をしている。ここまで来て何も気が付かない俺でもない。
「でも、先輩は生き延びた。そして、この部屋のスクラップ。3年前の記事が多いんですよね」