第4連
◆
家に帰った頃にはもう日はとっぷり暮れて、夜の帳はおり切っていた。
先輩から聞いた話はおおよそこんなものだった。
・心霊動画は昔からあった(10年前はビデオテープで流布されていた)
・なぜは中学生ばかりが関わっている
・条件ははっきりしていないが呪われた者は3週間以内に姿を消す
・あの場所は実在する(でも、場所は危険すぎて教えられない)
まぁ、こんなところだった。あの後伊藤先輩から聞いた数々の事実。どれも昨日までは絵空事だと思っていたことだった。正直、勇磨が消えてしまったあの件に関しても信じ切れていなかったんだ。
でも、何よりも一番、最後に彼が言った一言。それが耳にこびりついて離れない。
「これ以上、この動画に関わるのはよした方がいい。このまま手を引けば君は大丈夫なはずなんだ。悪いことは言わないから」
あの確信に満ちた話しぶり、どうにも嘘をついているようには見えなかった。そしてなんといってもあの執拗と言うべきか、狂気にも似たような鬼気迫るものを先輩からは感じた。でも、その時はもう遅かったのかもしれない。だって、もうことは起き始めてしまっていたのだから。
着信音が鳴ったのはその日の日付が変わった頃だった。
「ん、賢哉?どうしたの?」
いつもはあっちからかけてくることなんてほとんどない賢哉からの着信に驚きながら俺は受話器に話しかける。
「ああ、洸佑、遅い時間に悪い。起きてたか」
ん、賢哉が息切れをしている?
「うん、ベッドの上だけど。ってか、賢哉、息切れしてない?」
「すまん、ちょっと―――」
俺はあおむけに体勢を変えて賢哉と会話を続けた。
「んで、どうしたの」
「あぁ、えっと――」
なんだかいつも違って歯切れの悪い話し方をする。もしかしたら、今日の学校での俺たちの扱いについてさすがの賢哉も堪えているのかもしれない。
「まさかあんなことになってるとは思わなかったよな」
「えっ、あぁ―――いや、それは別にいいんだ。それじゃなくて」
予想外の反応だった。
「それじゃなくて?」
「俺の所にも来たんだ」
「え」
「だから、俺の所にも来た」
「何がだよ」
そう言ったけど、俺は分かっていたんだ。信じたくないだけだった。
「だから―――」
「だから?」
「あいつが来たんだよ。何もしないでじっとこっちを見てるだけなんだ。でも、生きてる人じゃねぇのは見ただけで分かったんだ」
「それいつ。ってかあいつって誰だよ」
俺は賢哉を遮るように問いを差し込む。
「ついさっきだよ。おれんちの前に自販機あるだろ。あそこで。ザザッだよ」
「え?」
大事なところがノイズで聞き取れない。
「だから、ザザッだって。あいつだったんだ」
だめだ、話が全くつながらない。これも、そいつの影響だっていうのかよ。
「それで、その後は?」
「逃げたに決まってんだろ」
なるほど、それで息が切れていたんだ。
「で?」
「その後は」
「今だよ。洸佑に電話してる」
「もう大丈夫なの?」
「わからん」
「わからん?」
「いま、うちのマンションの掃除道具とか入れておくロッカーに隠れてるんだ。それで、なんかあったらお前からジェイク先輩にも伝えてくれ」
賢哉らしい頭の回り方だけど、縁起でもない話だった。
「ばか、とりあえずそのまま隠れてろって。すぐに行く。電話つないだままな」
「だめだ。危なすぎるから」
「うるせぇ。俺が決めたんだから」
伊藤先輩にあんなもん見せられて、教えられて賢哉を放っておける方がどうかしていた。
賢哉の家までは自転車で10分とかからない。俺は部活用のウインドブレーカーをひっかけて家を飛び出した。
◇
「洸佑、マジでやめろって、あぶねぇから」
洸佑は電話の向こうで息を切らせて自転車をこいでいる。俺の声に反応ない。
一方の俺と言えば至って静かなもんだった。このロッカーに入ってからというもの、埃とかび臭いにおいが気になるくらいで、周囲で物音らしい物音はしていない。聞こえるとしたら夏を忘れられない虫たちのさえずりぐらいだ。
耳に押し当てているスマホから伝わってくる熱で耳元にじっとりと不快な汗をかいているのを感じる。相変わらず聞こえてくるのは風を切る音。
「おい、洸佑ってば、聞いてんのかよ」
大きな声を出すわけにはいかず、息で叫ぶ。俺の反応を見かねたように洸佑が反応する。
「もうちょいだから、そのまま―――ザザッ」
ん。そこで洸佑からの電話は不意に途切れた。謝って終話ボタンでもタップしてしまっただろうか。スマホを確認すると、終話のタイミングでディスプレイ画面が切れていた。ただ、ホームボタンを押しても電源ボタンを押しても画面が付かない。こんな時に電源切れ?家を出るときは、充電が半分以上あったっていうのに。
ザザッ
「え」
思わず声が出た。さっき耳にしたノイズみたいな音が近くで聞こえた気がした。あんな機械的な音が自然に聞こえるはずなんてないのに。
ザザッ
まただ。さっきより少し近い。
「近づいてきてるのか」
ザザッ
もうすぐそこだ。このロッカーの目の前でその音が発せられていると言われてもおかしくない聞こえ方だ。間違いない、さっき見たあいつが来てるんだ。その時だった。
ヴヴヴヴヴヴ
「ひっ」
不意に手元のスマホがヴァイブレーションを鳴らして起動する。いつも起動するときにはなる振動にもかかわらず驚いてしまう。でも、洸佑に連絡してなんとしてもあいつを止めないと、鉢合わせしてしまう。
急いで番号を選択して発信する。
「おい!賢哉か!急に切れたからびっくりした。大丈夫か?」
電話はすぐにつながり、心配そうな洸佑の声が飛び込んできた。
「あぁ、なんかスマホの調子悪かったみたい。で、洸佑いまどこ」
「マンションの近くまで来た、もうマンションは見えてる」
ザザッ
やばい。止めないと。俺は洸佑に悟られないように静かに深呼吸をする。
「なぁ、今電話切れてる間にあいつ ザザッ どこか行ったみたいなんだ。だからさ、今日は ザザッ 戻ったほうがいいと思う。もし、俺を諦めてお前のところ ザザッ 行ったらまずいからさ」
もう、ノイズ音は遠慮を止めたようだったひっきりなしに混線してくる。
「いや、でも、心配だし」
バカバカバカバカ。こんな時くらい、言うこと聞いてくれよ。いつも俺はお前のわがままに付き合ってきたじゃないか。なんか、悔しいような、焦燥感のような複雑な感情で涙がにじんでくる。
「頼むよ、洸佑、今日くらい俺の言うこと聞いてくれ」
電話口で無言が聞こえた。
「わかっ――――ザザッ」
同意の声が聞こえたような気がして、通話はノイズに阻まれた。画面がまた暗くなる。ロッカーの扉お間からわずかに差し込む街灯の明かり以外何もない世界。
そして、また不意にスマホが点く。
「洸佑か?」
違った。映し出されたのは通話画面ではなく、動画、いや、テレビ通話の画面のようだった。俺のいるロッカーが遠巻きに映し出されている。そして、その動画はどんどんそのロッカーに近づいてくる。足音はしない。ただ、スッと近づいてくる。
「誰なんだよお前。俺が何したっていうんだよ!やめろ!くるなって!」
動画を撮影している主は一切何も答えない。ただただ、ノイズが近づいてくる。洸佑をつっぱねて、自分だけが犠牲になるって決めたんだ。そうだったはずなのに、ここまでくるとやっぱり怖い。死にたくない思いがこみ上げてくる。ノイズはさらに近づく。
怖い怖い怖い怖い!!
ついに画面にロッカーが前面に移されている。ザザッ。もう目の前にいる。
「いやだいやだいやだいやだ。助けて…」
誰に祈っているのかもわからない祈りがロッカー内にこだまする。
そして、不意にノイズが止む。画面もまた真っ暗に沈黙した。
「終わったのか・・・?」
よくある警告ってやつだったのだろうか。これ以上は踏み込むんじゃないっていう警告。ホラー映画なんかでもよく見るやつだ。そうだ、もう手を引こう。こんなところで命を無駄にする必要なんてないんだ。
あたりの様子をうかがっても、もうノイズはしなかった。俺はロッカーの扉を静かに開ける。
「え」
そこにはあるはずのモノがなかった。
地面だ。
「どうしてっ―――」
例の屋上から一歩踏み出した俺は数秒の自由落下を経験した。暗転。




