透明な世界と君と僕
零章 プロローグ
違和感を覚えたのは、僕がいつものように星空に設定した“窓”の外を眺めていた時のことだった。
辺りを見渡しても見慣れた景色に変わったところはない。
どこを見ても白い壁に等間隔に並んでいる“窓”。
それだけしかない空間を一通り見渡して、視覚は異常なしと頭は判断する。
それでも、心に感じる違和感は無くならない。
「なんだろう……とても嫌な感じがする」
何がと言われればはっきりとは言えないが、あえていうならば空気が、違った。
普段の、呼吸するだけで力を与えてくれるような澄んだ空気がどこか薄れている気がする。
まるでこのままでは空気がなくなってしまうような―――
「アオちゃん!」
「ミー!」
ドアが開き、そこから僕と同じ背格好をした女の子が飛び込んできた。
いつも笑顔がまぶしくて優しい雰囲気を持つ、僕の半身とも呼べる女の子。
生まれてからずっと一緒に過ごしてきた彼女がこんなに取り乱した姿を初めて見た。
(やっぱり何かあったんだ)
「大変なの!みんなが急に苦しがって……」
よほど急いできたのだろう、荒い呼吸の中でそれでも必死に紡がれる言葉。
疑う要素は皆無だった。
「みんなもうとっくに寝たはずなのに、急に起きてきて苦しいって。でも、変わった様子も無くて……」
「ミーは?ミーは何ともないの?」
「私は多分……。言われてみればちょっと空気が薄いかなとは思ったけど」
僕が感じた違和感はやはり現実のもの?
「とりあえず、合流しよう。場所は?」
「みんな広間に」
「わかった、急ごう。さ、ミーも」
僕が差し出した手をぎゅっと握る。不安からか手が震えていた。
「大丈夫だよね?私たち、大丈夫よね……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくミーに返す言葉が見つからなかった。
広間についた途端目に入ったのは床にうずくまる弟妹たちの姿だった。
自分を抱えるように、何かを必死に耐えるようにうずくまる姿に危機感が募っていく。
「にーちゃん!」
1人が僕に気づくとよろよろとそれでも全力で抱き着いてきた。
「カイ、どうしたんだ?」
「分かんない、寝てたら急に息苦しくなって……他のベッドからも苦しそうな声が聞こえたからみんなを起こしてここに連れてきたんだ」
僕たちの次に年長のカイが苦しそうにしながらも一生懸命状況を教えてくれる。
「にーちゃん、くるしいよ……」
見れば広間にいた全員が僕たちの周りに寄ってきていた。カイに続き次々に自分が体験したことを報告してくれるが、新しいことは何も分からない。ただみんなの苦しそうな顔が胸に痛かった。
(そういえば、どうして僕やミーは平気なんだ…?)
弟妹たちはこんなに苦しそうなのに、僕たちは微かに空気の薄さを感じる程度。
この違いは一体どうして……
突破口を見つけたような気がして考え込んでいると、ふいにカイの不思議そうな声が聞こえてきた。
「あれ……」
「どうしたんだ?」
「うん、なんかね。アオイにーちゃんの傍にきたら呼吸が楽になった気がして」
「え?」
みれば周りの弟妹たちの顔色も心なしかよくなった気がする。
(僕の周りだけ空気が多い?そんなこと……)
“それはあなたが生み出したモノ”
「え!?」
「アオちゃん…?」
“私が供給できない分をあなたは自分で補っているのです。あなたとミヤの力はすでに安定していますから”
「声が聞こえる」
「何を言ってるの?声なんて……」
「分からない、でも頭に声が響いて。僕が何かを生み出してるって……」
“ミヤと一緒においでなさい。真実をあなたに”
「でも、僕がここを離れたら…!」
“大丈夫です、広間に重点的に精気を供給すればあと1時間は持つでしょう。一か所に集まってくれて助かりました”
「せいき?」
“さあ時間がありません、急いで”
「アオちゃん?」
「にーちゃん…?」
周囲から不思議そうな声が聞こえてくる。どうやらこの声は僕にしか聞こえていないようだ。
頭の中に直接声が聞こえてくるなんておかしい。
少なくとも僕が今まで習ってきたことの中に、そんな現象を肯定するものはなかった。
それなのに………
(どうしてだろう、行かなきゃいけない気がする)
初めて聞く声なのに、初めてな気がしなくて。そこには無条件で従いたくなる何かがあった。
「アオイ、ミヤ。こっちよ」
「あっマザー!」
僕が行こうと決めた時を狙ったのかのように現れた女性。僕たちが生まれてからずっと、僕たちの面倒を見てくれていた僕たちのお母さんだ。
マザーの姿を見てほっとしたのか弟妹たちがマザーに駆け寄り、甘えだす。それを手慣れたように宥め、広間で大人しくしているように指示する姿に苦しそうな様子もなければ、驚いている様子もなかった。
「マザー…?」
「ごめんね、ここで説明している時間はないの。呼ばれたのでしょう?ついてきなさい」
謎の声を聞いた僕はともかく、突然のことにミヤは不審気な表情を浮かべている。
それでもマザーの言葉だ、素直に後ろに従った。
「にーちゃん、ねーちゃん!!」
「ごめん、ちょっと行かなきゃいけないところがあるんだ。……原因を探してくるよ、きっと。だからここで大人しくしていて。カイ、みんなのことを頼んだよ」
不安いっぱいの顔で、それでも必死にうなずく弟の姿に胸を打たれる。
そうだ、たとえ何があろうともこの子たちは守らなくてはいけない。
小さく拳を握ったのに気付いたのか、ミヤの顔が僕の方を向く。
「ねえ、何が起こってるの?」
「分からない、でもこの先に答えがあるはずだ」
少し歩き、ふと足を止めたマザーに続いて立ち止まる。そこはどこを見ても真っ白な壁の一部で、普段何気なく通過していた通路の途中だった。
そこにマザーが触れ、数秒目をつむると突然白い壁が急に光りだした。眩しさに思わず目をつむってしまい、慌てて目を開くとそこにはさっきまでは無かったはずの扉があった。
「え!?」
「隠し扉…?」
「そう、この場所の秘密の眠っている一番大切な場所に繋がってるの。本当はあなたたちが大人になった時に教えるはずだったんだけど……こんなに猶予がないとは思わなかった」
説明するマザーの顔が悔しそうに歪む。
「せめてあなた達がもう少し大きくなるまではここで……」
マザーの手が伸びてきて僕とミヤをぎゅっと抱きしめる。
「 マザー……」
「大丈夫だよ!きっと何とかなるよ。みんないるんだから!」
「アオイ…?」
根拠なんてない。
僕だってこれからどうなるのか不安でいっぱいだ。
「確かに大人ではないけど、僕もミヤももう子供じゃないよ。だってもう13回年だ」
「そ、そうよ!上部にだって入れるし、勉強だっていっぱいしたよ!」
僕の意図に気づいたのか、ミヤも一緒になって言葉を紡ぐ。
虚勢で構わない、それでも今は弱気になってる場合じゃない。
マザーにこれ以上悲しい顔をさせたくなかった。
「そうね……いつの間にかこんなに立派になってたのね」
目に涙を浮かべながら、それでも笑みを浮かべてくれた“母”。
僕たちの思いは届いただろうか?
「さあ、行きなさい。そこにきっと真実があるわ」
「 マザーは…?」
「私はここには入れないの。私は……」
「え、何?聞こえないよ」
「なんでもないわ。ほら、急いで。この先に、あなたたちの本当のお母さんが待ってるわ」
本当のお母さん?
隣でミヤも驚いた顔をしているのが分かる。聞き返したかったのに、ドアを開けて強引に僕たちを中へと進ませるマザーはそれを許さない。
「すべて中で分かるわ」
アオイ、ミヤ、大好きよ。
背後からマザーの声だけが聞こえてくる。
それを最後に扉が閉まり、僕たちの視界は闇に染まった。
続く
あとがき
2年以上ぶりに更新しました。
連載の続きを書こうにもリハビリが必要なので、ひとまず2年前に書いた作品をアップします。
一応完結しているので、更新はそこまで遅くならないと思いますが、
無駄に長いです…!そして、いま読み返すと恥ずかしい中二病っぷりです…。
恥ずかしさに耐えて、ほぼ無修正で当時の産物を更新していこうと思います。
よければ最後までお付き合いいただければ幸いです!
2017年2月19日 加奈見 蒼