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《01》咲夜は、勇者の使命に乗り気のようだ。

──暗い夜道…右肩にベージュ色のショルダーバッグを提げた一人の女性が、笑顔を浮かべながら帰宅の途についていた。


先程までの…明るくて楽しく,和気藹々と賑やかな大学サークルの集まりの雰囲気を未だ引きずっている為か、彼女はとても上機嫌だった。







(今日のサークルの集まりは…賑やかで、楽しかったなぁ〜♪

まぁ。日々、勉強勉強と…勉強漬けの毎日だったらストレスは溜まる一方だし、たまにはちょっとした息抜きが欲しくなるもんねぇ〜)


アタシはそう考えながら…途中で立ち寄ったコンビニで買った桃の果実水のペットボトル飲料を一口飲み、ショルダーバッグ内へと仕舞う。



そのまま、サークルの集まりの楽しかった事を思い出しては笑う事を繰り返しながら歩き続けていると…大学在学中、アタシの仮住まいとして叔父さん名義で契約しているアパートへと無事に帰り着いた。



──『最近の夜道は、何かと物騒だ』と、近所のおばちゃんとか親切な大学の教授とかから忠告っぽい事を言われたけど…アタシは、父方の実家にいるじっちゃんに“古武術”っていうのの居合いと体術を幼い頃から徹底的に叩き込まれているから…たとえ男性相手でも、簡単に捩じ伏せられる自信がある。

だから、近所のおばちゃんや教授が心配する様な事態は起こらないんだけどねぇ〜。



そんな事を考えながらアパートの建物出入り口脇にある『管理人室』の前を通りがかった時、アパート管理人であり大家の幸枝おばあちゃんが声を掛けてきた。


「おや?咲夜ちゃん、随分遅い帰りだね」

「うん。大学の仲の良い人達との集まりがあってね…それに参加してたから、ちょっと遅くなっちゃった」


アタシの説明に、幸枝おばあちゃんは穏やかなに笑いながら聞き手に回ってた。


「そうかい、そうかい。

よっぽど楽しかったんだね。

咲夜ちゃん、今凄く楽しそうな顔をしてるからね」

「そう?そんなに分かりやすく顔に出てる?」

「思いきり顔に出てるよ。

見ているこっちも、楽しい気分になる様な笑顔だよ」


幸枝おばあちゃんの言葉に、アタシは思わず照れくさくなった。



──大家の幸枝おばあちゃんは昔、娘と孫を事故で亡くしちゃったらしい。

孫が生きてたら、丁度アタシと同じ年頃だったらしくて…何かとアタシの世話を色々と焼いてくれている。


時には、夕食のお裾分けもしてくれるから…その感謝のお礼に、アタシはたまに手作りのお菓子を作っては幸枝おばあちゃんにプレゼントしている。

幸枝おばあちゃんも、お礼のお菓子を貰っては本当に嬉しそうにしていて…後で、「お菓子、とても美味しかったよ」って感想を笑顔で述べてくれる事もあった。



…と、そんな回想をしている間に、幸枝おばあちゃんから美味しそうな煮物と大根の漬物が各々入ったタッパを渡された。


「わぁ〜!美味しそうな煮物と漬物、ありがとうございます♪

後で、美味しく戴きますね〜」

「喜んでもらえたなら良かったよ。

勉強、頑張るんだよ」

「はい!幸枝おばあちゃん、お休みなさい」

「咲夜ちゃんもお休み」


そう幸枝おばあちゃんに挨拶を済ませると、アタシは真っ直ぐ自分の部屋へと向かった。



──三階にある…『遠野咲夜とおのさくや』と書かれた表札のある308号室の部屋の前へと辿り着いたアタシは、ショルダーバッグから部屋の鍵を取り出して鍵を開ける。



(まずはお風呂入って…夕食を食べたら、課題を全部終わらせてから、簡単に予習勉強して…それが終わったら寝よっかなぁ〜)


部屋に入ってからの今後の行動予定を頭の中で素早く立てながら、ドアを開けて入り口をくぐった瞬間…アタシが当たり前に過ごしていた平和な日常は、唐突に終わりを告げられた。







──部屋の入り口を通り過ぎた瞬間、目の前が突然明るくなったので…アタシは思わず瞼を閉じてしまった。



少し経ってから目が周りの明るさに慣れてきたので、ゆっくりと瞼を開くと…アタシは真昼並みに明るく、何もない真っ白な空間にポツンと一人で立っていた。



──普通は、こんな状況に陥れば…混乱パニックを起こしたり、恐慌状態になったり、思わず泣き出したりしてしまうところだけど…アタシは冷静に状況を把握するところから始める。



(アタシは確か…自分の部屋のドアを開けて、室内へと入った筈。

けど、今いるのは全く身に覚えの無い場所…つまり、此処は日本でもなく…ましてや、地球上の何処でも無い…って事?)


そこまで状況に関する考察を纏め終わると、次いで浮かんだのは…最近のファンタジー小説ではお馴染みであり、定番の一つである『異世界に召喚されたのでは?』…という考えだった。



『ふむ。此度の勇者候補は、随分と落ち着いているな』


突然、知らないオッサンの声が聞こえてきたので、声が聞こえてきた方を向く。



──そこには、少し灰色が強く出ている背中位の長さがある少しウェーブがかった銀髪で、強そうな眼差しは鮮やかな蒼色、ギリシャ神話とかに登場する主神様が身に付けていそうな服装の…見た目は、40〜50代位の─神様っぽいので、以後おっちゃんと呼ぶ─おっちゃんが立っていた。



「これがアタシの通常運転だしね。

…ところで。おっちゃんは何者?」


アタシの質問に、おっちゃんは苦笑いを浮かべる。


『(うむ…。大物なのか、大雑把なのか…。

判断に苦しむが…まあよい)

儂は、お主の世界とは異なる世界─異世界ゼレーネディアの〈始まりの三神〉の一人にして、主神ゼルセウスだ』


ゼルセウスのおっちゃんは、〈ゼレーネディア〉って異世界の神様だった。



──この時、アタシは『ああ。やっぱり、定番の異世界召喚だった』なんて事を考えてたりする。



「ゼルセウスのおっちゃんだね。

ねぇ。此処は、さっき言ってた“異世界ゼレーネディア”なの?」

『(おっ、おっちゃん!?)

…いや違う。此処は、お主の世界とゼレーネディア世界との狭間にある〈次元の狭間〉と呼ばれている場所だ』



──どうやらアタシは、世界と世界の間にある〈次元の狭間〉って場所にいるらしい。

どんな所なのか…とりあえず聞いてみるか。



「ふーん。〈次元の狭間〉って場所なんだ。

ねぇ、ゼルセウスのおっちゃん。此処ってどんな場所なの?なんで、アタシは此処にいるの?」


アタシの質問に、何故かゼルセウスのおっちゃんは渋い顔をしながら答えてくれた。


『(また“おっちゃん”と言いおった!?)

…〈次元の狭間〉は、次元の異なる世界と世界が重なり合わぬ様に存在する場所だ。此処が無ければ、世界同士が衝突し合い…衝突し合った世界同士が消滅するという最悪の事態となろう。

…それを未然に防ぐ為の場所よ。

そして…もし異なる世界へと渡る場合、渡る先の世界の秩序を守る為にこの場に元の世界の加護等を置いてゆかねばならぬのだ』



──成程。〈次元の狭間ここ〉は、世界同士がぶつからない為の緩衝材の様な役割を持つんだね。

後、異世界召喚は問答無用で異世界に行くものだと思ってたけど…一旦此処を訪れて、元の世界の神様の加護とか置いていかないと駄目っぽい。



「OK、OK。

此処が〈次元の狭間〉って場所で、此処の役割も理解出来たよ」

『そうか。理解出来たのならばよかった。

さて。お主としては、“何故、自分が呼ばれたのか?”と疑問に思っていよう。

…実はな。儂らの世界〈ゼレーネディア〉には、“邪神”と呼ばれる存在が居ってな…その中でも、世界を滅亡させる程の最凶最悪な七人の〈災厄の邪神〉と呼ばれる存在の一人、〈凄惨なる鮮血の邪神〉の《アルビス・アーヴェジェル》という名を持つ邪神が復活したのだ』



──ふーん。つまり、アタシはその“アルビス・アーヴェジェル”っていう邪神を打ち倒す為に選ばれたって訳か。

後、ゼルセウスのおっちゃんの世界─〈ゼレーネディア〉では、神様は“はしら”ではなく“にん”って数えるんだね。

大事な事だから、心のメモ帳にメモっとこ。


「ねぇ、一つ質問。

おっちゃんの世界の人じゃ、〈災厄の邪神〉…だっけ?─を倒すのは無理の?駄目なの?」


多分無理で駄目だからこそ、アタシが呼ばれたのであろう事は分かっているんだけど…一応の確認で尋ねてみる。


『お主の言いたい事は分かる。

“何故、自らの世界をそこに住む者達の力で守らぬのか?”…と。

…それはな。〈災厄の邪神〉が完全に力を取り戻せば、世界の理や秩序,法則すらも超越する程の力を持っているが故だ。奴等も、曲がりなりにも“神”だからな…。

〈ゼレーネディア〉世界の理,秩序,法則に縛られた儂らの世界の住人達には荷が重い…というよりも、“英雄”や“勇者”と呼ばれる…超越した力を持つ存在が、そう簡単に〈ゼレーネディア〉で誕生などせぬのが…本当の理由なのだがな』


一応の確認で聞いたんだけど…成程、一理有り。



──確かに。“英雄”とか“勇者”って呼ばれる存在が、そうポンポンと簡単に生まれていたら…有り難みなんて全然無いだろうし、下手をすると“邪神”以上の“世界の脅威”になる可能性だって否定出来ない。


多分、そういう危険性を制御しようとする“世界の抑止力”…的な感じの力の働きがあって、簡単には“英雄”や“勇者”が誕生しない仕組みなんだと思う。



…って事は、異世界の者を呼ぶ理由って…“異世界からの召喚者は、〈ゼレーネディア〉世界の理,秩序,法則に縛られないから”って事?

けど、もし『召喚される勇者が、人格的に“問題有り”』だったら?…それって、不味くない?



アタシは抱いたその懸念をゼルセウスのおっちゃんに指摘し、伝えてみたところ…こう答えが返ってきた。


『“勇者の資質”とは、“力”の事のみを指したものでは無い。

その力を扱う上で大切な技量,心,身体が共に揃って、初めて“勇者の資質”を持つと言えるのだ』


…との事。


それに、ゼルセウスのおっちゃんが〈次元の狭間〉で召喚する人物に一度接触するのは…『“勇者の資質”を持つ者がどんな人物であるのかを直接会って確認する為』っていう意味合いも兼ねているらしいよ。



──それから…召喚される“勇者の資質を持つ者”はアタシの住んでた世界からだけでなく、他にも存在する異世界からも召喚される事もあるんだって。



って事は、過去に別の異世界の人が勇者になった事があるって事だよね?


過去に、どんな人物が勇者になったのか…一度、調べてみるのも面白そ〜♪

うふふふふ♪〈ゼレーネディアあっち〉に行った時の楽しみが、また一つ増えたよ〜♪

──な〜んて事を考えながら…〈ゼレーネディア〉へと赴いた際の行動予定の一つとして、アタシの心のメモ帳にこっそりとメモっとく。



突然、ゼルセウスのおっちゃんが真剣な表情で問い掛けてくる。


『“勇者の資質”を持つ異世界の者よ。

我らが守護せし世界〈ゼレーネディア〉を〈災厄の邪神〉の脅威から救ってはくれぬか?』

「うん、良いよ」

『即答!?(普通は、もう少し迷わんか!?)』


この話の流れが予め予想出来ていたのと…父方のじっちゃんの教え『力は他人ひとを助ける為にある』を幼い頃から聞いて育ってきたので、アタシの返事は『引き受ける』で決まってたんだけど…何故か、ゼルセウスのおっちゃんが思いっきり驚いてた。







──“勇者”として、異世界〈ゼレーネディア〉を助ける使命を引き受ける事が決まったアタシは…気になる“ある物”の事を尋ねた。



「ねぇねぇ。話を戻すけど…さっきの話だと、〈ゼレーネディア〉って“世界の秩序”…だっけ?を守る為には、元の世界の物も持ち込んじゃ駄目って事だよね?

って事は…このショルダーバッグも置いてかないと駄目って事?

すごく思い入れがある物もあるから…できれば、置いていきたくないなぁ〜」


アタシのお願い事というか…ある意味我が儘みたいなものを聞いたゼルセウスのおっちゃんは、少し考えてから答えた。


『しょるだーばっぐ…とやらは問題無い。

ただ…。しょるだーばっぐの中身の物を、あまり〈ゼレーネディア〉の住人達に見せない事を守れるのならば、中身の持ち込みも大目にみよう』



──ダメ元で頼んでみるもんだね。

ゼルセウスのおっちゃんは、条件さえきちんと守れば…ショルダーバッグを中身込みで〈ゼレーネディア〉って世界に持ち込んでも良いって事になった。


良かった。もし、使命を終えて元の世界に戻った際の冒険の思い出として…携帯のカメラ機能を使って〈ゼレーネディア〉の景色とか色々と撮影したかったからね。



ゼルセウスのおっちゃんは再び、真剣な表情に変わると…話を再開させた。


『さて、お主の世界の神からの加護の件だが……お主、変わっているな。同時に三神から加護されているとは珍しいな』

「えっ?あっ…!」


ゼルセウスのおっちゃんの“三神の加護”と言われて、一瞬何の事だか解らなかったが…すぐに、ある思い当たる節が浮かんだ。







──アタシの母方は、神職の家で…母さんは昔から、普通の人には見えないモノを視る能力を持っていた。


アタシは、母方の血の影響なのか…普通の人の何倍も勘が優れていた。

それに…人との縁や運の巡り合わせにも、かなり恵まれていると思う。


そう思うからこそ、アタシは毎日心の中で神様に感謝している。



──まあ、日本神話とかの神様の話が好きってのもあるんだけどね。



…で、その感謝を一番述べていたのが『日本神話』でお馴染みの『天津神あまつかみ』で『三貴神さんきしん』と呼ばれている…『天照大御神あまてらすおおみかみ』,『月読命つくよみのみこと』,『須佐ノ男命すさのおのみこと』の三柱みはしら



アタシは…毎年お小遣いのお金を貯めてから、わざわざ『三貴神』を祭神として奉る神社や神宮に年に一回は必ず直接参拝して感謝の念を伝えていた。




──多分、そうやって毎年必ず一回は参拝していたアタシを…『三貴神』の三柱は目を掛けて加護してくれたんだと思う。




すると、ゼルセウスのおっちゃんが『三貴神』の言葉を代弁してくれた。


『お主を加護する神達は、『お主は、今の日ノ本ひのもとの多くの者が忘れた神への畏敬の念を持つ稀なる者。それ故に加護していた』と申している。

そして…〈ゼレーネディア〉では、自分達の加護でお主を守れぬ事をとても残念に思っている様だ。

そこで……』


そう言葉を一旦区切ったゼルセウスのおっちゃんは、三振りの太刀を差し出した。


『異なる世界の神の加護を持ち込む事は出来ぬが…お主の助けとなる武器を渡す事は可能である。

故に、彼の神々が《天目一箇神あめのまひとつのかみ》という神に頼み造らせ、三神が特別な力を与えた三つの太刀だそうだ』



──知ってる。《天目一箇神あめのまひとつのかみ》って、日本神話にも登場する鍛冶の神様だ。


そんなプロフェッショーナルな神様がアタシの為の武器を造ってくれただけでなく、天照様達がアタシの為に武器製造依頼をしてくれた事に…造ってくださった《天目一箇神あめのまひとつのかみ》様と頼んでくださった《天照大御神あまてらすおおみかみ》様,《月読命つくよみのみこと》様,《須佐ノ男命すさのおのみこと》様の四柱に、心の底から『ありがとうございます』って感謝をした。



ゼルセウスのおっちゃんは、天照様達から渡された三振りの太刀をアタシへと手渡しながら、三振りの太刀一振り一振りの銘と性能の説明をしていた。


『まずは、この黄金色こがねいろの太刀。名を《神刀・天照しんとう・あまてらす》と言う。

お主の世界の太陽神が、邪を祓う“破邪の太刀”として造らせたそうだ。

その特性により、邪神や魔獣,不死アンデッドに対して強力な攻撃武器となる。

また、お主がこの太刀を完全に使いこなせれば…呪縛・隷属・洗脳の禁術や呪い等類いを断ち斬り、祓い退ける特殊能力を発揮するそうだ』


そう言って渡された〈神刀・天照〉の拵えは、全体的に太陽と菊の花の金細工が施されていた。

抜いた時に現れた刀身の波紋は、揺らめく焔の様に美しい波紋だった。


『次なる白銀色の太刀。名を《神刀・月読しんとう・つくよみ》と言う。

お主の世界の月神つきがみが、万物に癒しと安らぎを与える“浄化の太刀”として造らせたそうだ。

その特性により、刀身を掲げる事で土地や大気の穢れを祓い清める事が可能らしい。

また、お主がこの太刀を完全に使いこなせれば…死して尚、恨みや憎しみの怨念に縛られた死霊の魂を鎮め清めたり、お主が心から望めば自身や他人の怪我や病を癒したり、死した者を蘇生させ、毒等の状態異常を回復させる特殊能力を発揮するそうだ』


そう言って渡された〈神刀・月読〉の拵えは、全体的に月と桜の花の銀細工が施されていた。

抜いた時に現れた刀身の波紋は、穏やかな波の様に優しげな波紋だった。


『最後に、黒鉄色くろがねいろの太刀。名を《神刀・須佐ノ男しんとう・すさのお》と言う。

お主の世界の嵐の神が、お主の使命を果たす上で障害となる総てを断つ“断ち斬りの太刀”として造らせたそうだ。

その特性により、お主の太刀捌き次第では空間や次元すらも断ち斬る事も可能だ。無論、斬る斬らぬの対象選択もお主の意思一つで選ぶ事が出来るそうだ。

また、お主がこの太刀を完全に使いこなせれば…風を吹かせたり、雨を降らせたり等の天候を操る特殊能力を発揮するそうだ』


そう言って渡された〈神刀・須佐ノ男〉の拵えは、全体的に雲,風,雨と梅の花の細工が施されていた。

抜いた時に現れた刀身の波紋は、吹き荒れる嵐の様に荒々しい波紋だった。




三振り全てをゼルセウスのおっちゃんから受け取り終わると、おっちゃんは真剣な眼差しで声を掛けてきた。


『これらの三つの太刀には、神の力で特殊な力を与えられているが…あくまで、〈ゼレーネディア〉世界の均衡を崩さぬ範囲での発現だ。

そして…それだけの力ある太刀を神々より授けられた以上、決して悪用するでないぞ』


成程。太刀一つ一つが凄い力を持っている。

もし悪用すれば、異世界の人達に多大な迷惑を掛ける事になる。

ゼルセウスのおっちゃんの釘刺しは、至極当然の事だ。



──まあ、アタシはじっちゃんの教え『力は他人ひとを助ける為にある』,『力を振るうは、弱きを虐げる為に非ず。弱きを助ける為にあり』,『力に溺れる者はそれ相応の罰を受ける事になる』という言葉を聞いて育っているので…悪用なんて、これっぽっちも考えていない。



「勿論だよ!この武器は、アタシの使命の助けになる様に、天照様達が用意してくれた物だよ。

絶対に悪用なんてしないよ」


アタシの返事を聞いて…ゼルセウスのおっちゃんは満足げな表情を浮かべると、アタシに向けて左手をかざした。


『お主に儂から加護を与えよう。光と闇の属性への耐性と、両属性の魔法適性が得られる。

それに、〈ゼレーネディア〉世界の基本的な知識と良識。他種族との会話が可能になる自動翻訳。自分や他人の状態を認識出来る能力の三つの特殊能力も共に授ける。

それから…〈ゼレーネディア〉の大地に降り立つ際、その場所に案内者を用意しておく。

後は、その案内者に色々と尋ねると良い』


ゼルセウスのおっちゃんのその言葉を最後に…アタシの視界は、真っ白に塗り潰された。







──異世界より召喚した娘を〈ゼレーネディア〉へと転移させた後…主神ゼルセウスは静かに口を開いた。



『神々を敬愛し、神々に愛されし稀なる者よ。

お主の歩む道筋に、幸いさいわいがある事を祈ろう。

…軽くではあるが、お主の過去をさせてもらった。

お主の優しき心根と揺るがぬ信念ならば…道を踏み外しそうな者、道に迷う者,道を見失った者達の誤りを正し、正しき道筋へと導く事が出来るだろう。

勇者咲夜よ。世界や人々をより良き未来あすへと導く《希望の導き手》となりて、〈ゼレーネディア〉の命運を…未来あすを〈災厄の邪神〉の魔の手より守ってくれ』



──静かに呟かれたゼルセウスの独り言に近い言葉は、〈次元の狭間〉に微かに吹いている風の音に紛れ…誰の耳にも届く事は無かった。







──ゆっくりと目を開いたアタシは、穏やかな陽射しに照らされる広大な草原の真っ只中に立っていた。



辺りを見渡すと、遠くには微かに街(?)らしきものが見える。


「もしかして…アタシ、〈ゼレーネディア〉の大地に降り立った?」


誰かが答えてくれる事を期待して呟いた言葉では無かったんだけど…背後から『プッ!』という吹き出す音と『クスクス』という笑い声が唐突に聞こえてきた後、誰かが声を掛けてきた。


「今回の勇者は、やけに暢気ですわね。

此処は、〈ゼレーネディア〉世界の〈レイセスファクト大陸〉にある大国、〈神聖皇国レイノース〉国内ですわ」


声音と口調から…多分女性だと思われる人物の声がする方へと振り向くと、そこには青みがかった腰の辺りまである長い銀髪に右目が紅色で左目が蒼色の瞳の…胸元が開けた感じのセクスィーな服装の20代位の綺麗な女性が立っていた。


「初めまして。〈ゼレーネディア〉に招かれた可愛らしい勇者さん」

「…誰?」

「〈始まりの三神〉の一人、〈再生と破壊の神〉ソーマといいますわ」


そう言って美女神のソーマさんは、柔和な笑みを浮かべていた。







──ソーマさんに連れられて、アタシは最初に降り立った場所─〈アサシア草原〉の近くにある街─〈クレベリアの街〉に辿り着いた。


此処は、〈神聖皇国レイノース〉国内にある大きな街の一つで…軽く街を歩いていると、人間ヒューマン族以外の色々な種族の姿を街の中で見掛けた。



──ソーマさんの話だと、〈神聖皇国レイノース〉の様に人間族が統治する国で多種族が共存共栄している国は非常に珍しいらしい。

それを可能にしているのは、レイノース皇家と〈レイノース〉の国民性が多種族に寛容である事が一番の理由かもしれない。



後、ソーマさんの説明を聞いていて判明した事だけど…ゼルセウスのおっちゃんがくれた『〈ゼレーネディア〉世界の基本知識』は、頭の中に一気に詰め込まれた訳ではなく、必要な時に目の前に他の人には見えないシステムウィンドウみたいなものが開いて、それを見る様な感じの形式みたいだ。



「私は〈始まりの三神〉の中で唯一、〈ゼレーネディア〉の地上に降り立てる神なのですわ。

ちなみに私、この姿の時は“レイン・エルヴァンス”という名で〈冒険者ギルド〉に登録してますの」


そうソーマさんが説明している最中にも、目の前にウィンドウが現れた。







【冒険者ギルド】


〈ゼレーネディア〉世界で、世界各地で討伐・護衛・採取等を請け負う事を生業なりわいとする者達が所属する組織。

所属するのに、細かい条件や制限等は無く…自己判断出来る年齢なら誰でも自由に登録が可能。

ランクが、G,F,E,D,C,B,A,AA,Sの全九段階に区分され、最高ランクの『S』を持つ者は〈英雄〉や〈勇者〉の資質を持つとされている。

また、〈冒険者ギルド〉は世界各地,世界各国に存在しながら、何処の国にも属さない中立的立場にある組織でもある。

これは、政治的な思惑に組織を都合よく利用されない為の対策の一環とも言われている。







──成程。登録に細かい条件や制限が無くて、誰でも登録が自由だから、ソーマさんも所属してる訳か。


なら、〈ゼレーネディア〉の世界各地を旅するアタシも、一応登録しといた方が良いかな?



アタシは、ソーマさんに〈冒険者ギルド〉に登録したい旨を伝えると…


「構いませんわよ?

〈冒険者ギルド〉は此方ですわ」


そう言って、〈冒険者ギルド〉がある場所へと向かう事になった。










──こうして…〈ゼレーネディア〉世界に来て、アタシの最初の行動目標は『〈冒険者ギルド〉に登録する』になった。

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