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「拝啓、アザレアの華の前で」  作者: 新月華一
一、「四月は絵画の季節」
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魂はお好きですか

更新できずに申し訳ありませんでした。

六年前の、学生都市六条通志賀島屋百貨店放火事件が何故学生都市を揺るがす程の事件なのか。それは単に犯人が学生で、快楽殺人だったからだ。


ほとんど学生のみで構成される都市でそういった事が起きたのは初めてだった。快楽の為だけに人を殺し、その命を弄ぶ。それは常軌を大幅に逸脱していて常人には理解できかねる感性であった。

規律正しく、しかし自由に、清廉潔白の学生都市は暗雲に包まれた。この事件が起きてからまずお上は、学生都市に持ち込む本の検閲を始めた。犯人の学生がそういった嗜好の持ち主であったのは、本が原因ではないかと。

探偵物や事件物、悲劇や狂者が登場する本はことごとく淘汰され学生都市から姿を消した。だがそれはあんまりだと学生たちの猛抗議にあい、売るのではなく借りるのならまだいいだろうとお上は規制を緩和した。借りる際に、自分の全てをさらけ出さなければいけないが。


学生都市最初で最後の快楽大量無差別殺人はそれで幕を閉じた。

一人の狂者を作り出して。











□□□□◇□□□


目を覚ました。

目線の先にあったのは見知った天井。西洋風にあしらえた店内には似合わない和室の天井だった。事実、この部屋は間取りこそ洋室だが畳に障子、襖という酷く歪な部屋だった。


写真館パンドラの匣の二階部分、扇赤加賀智の自室だ。


扇赤はまだ不鮮明な意識の中でここがどこであるかを判明させると勢いよく跳ね起きた。そうして、わかっているが俄には信じられず辺りを見渡す。やはり自分の部屋だ。家具の配置から障子の開き加減まで、とにかく何から何までもが自室だった。そしてそれはおかしい。傍らにある置き時計を見れば時刻は朝の六刻。


「何故…海苑寺の屋敷じゃない…」


ベッドから降りて障子を開ける。窓の外は確かに写真館都市だった。


「…範囲検索…」


ポツリ、とそう呟いて営業指定範囲の発動を確認する。ブゥンと羽虫の様な音がして作動が確認される。


『あらあらあらあら、主さまがお帰りになったわ。あらあら、いつの間にそんな高価な貧相な物を持つ様になったのかしら。あらあら、女の子の匂いがする』

「うるさいぞ、香織かおり。高価な貧相な物ってなんだ。日本語になってないぞ。それにそんなもの、持っていない」

『そうかしらぁ?だってそれ、緑柱石だけれど地金はただの金。確かに高価だけれどなんの意味もないものよぉ。少なくとも贈り物には向かないわねぇ』


緑柱石?と扇赤は首をひねる。ズボンのポケットに手を突っ込むとシャラと何かが動いた。ぴくりと器用に片眉をあげポケットの中身を取り出す。それはあの落ちていたネックレスだった。


「これは、あの時の…」

『何やら言いたい事があるそうよぉ…?視てあげたらぁ?』


香織はするりと上から扇赤の首に纏わりつきその真白い頬を扇赤の頬にくっつくける。扇赤は気にしていない風で、手の中のネックレスを見つめる。

綺麗だった。綺麗で、どこか儚げであった。小ぶりだが緻密に研磨されたその石はきらりと反射し扇赤の顔を写す。チェーン金塗装メッキだった。長さ自体はあまり無くそれこそ女子がするにはちょうど良さそうな代物だ。


「ネックレス、か」


その単語が扇赤の脳裏に引っかかる。あの時、悲鳴をあげ”成海”の名を呼んだ女中の言葉がに『ネックレス』という単語がなかったか?それに『火傷』という単語も。

扇赤は思い立った様に部屋を出、階段を降り写真機のある部屋へと向かう。香織も楽しそうに着いてきて廊下ですれ違う仲間達に羨ましがられる。その理由は、彼女のみが扇赤と共にーー 一緒いっしょで無くてもだがーー写真室に入れるからだ。


扇赤は大判写真機カメラ用意セッティングし、小さな椅子をその前に置く。その上に件のネックレスを乗せる。部屋の照明を落とした。

扇赤はシャッターを切った。


「…けん

写真板を取り出し直に手を触れながらそう呟く。本来ならばここで現像液につけなければいけない。だが、扇赤はそれをしない。しなくても、いいからだ。

扇赤の右頬に緑がかった薄青色の文様が浮かび上がる。それは彼が写真板に触れている右手にも浮かんでいた。


「へぇ、そういう、こと…」

『結末はいつもつまらないものばかりね、主さま。あの時みたいな感動はいつやってくるのかしらねぇ?』

「さぁな、だが」


扇赤は部屋の明かりを点け写真板を簡素な作業台の上に置かれた額縁にしまった。額縁には一枚の紙が障子のように貼られている。このあたり、いや、全国でも扇赤しか持っていないだろう特別・・な紙だ。その額縁に入れておけば後は勝手に現像される。この店に飾られている写真がすべてそうやって現像されていた。まともに現像された写真など、一枚もない。


この店は、扇赤加賀智はあらゆる面で特別だった。

この店に、扇赤加賀智に、あらゆる普通など無い。


「さて、俺をここまで運んだ人物に会いに行かねばな。っと、その前に、美和子君の所に寄って行くとしよう」


全く面倒だと明るくため息を吐いた。それを見ていた香織は扇赤とは裏腹につまらなさそうだ。何故なら香織は扇赤と共に外に出られないからだ。それをよくわかっている香織は素直に店番を皆と共にしている。



『主さまぁ、早く帰ってきてくださる?』


香織はまた扇赤に抱きつきながらそう尋ねる。


「そうだな、下手をすると二三日、早くて今日中には帰ってくるよ。あぁ、そうだ。葬儀屋に連絡をしといてくれ、海苑寺邦臣の墓の隣を開けておくように、と」


ステッキ外套コート絹帽子シルクハットと英国紳士さながらの格好をした扇赤は店の扉のベルを鳴らす。香織は名残惜しそうに手を振る。扇赤はこつ、と靴音を響かせ春の陽気の中、美和子の元へと向かった。









さて、時同じくして美和子も扇赤と同様にあたふためいていた。最も、扇赤よりもずっと正気に戻る…というか、自分の置かれている状況をきちんと把握するのに時間がかかったが。そして一番最初に気が付いたのは、自分の部屋に扇赤がいる事だ。

時系列を表すとこうなる。


扇赤が写真を撮る

→美和子、自室にて睡眠中

扇赤が美和子宅に向かう

→美和子、睡眠中(扇赤が美和子の家にもう少しで着くという頃、起床)

扇赤が美和子の部屋に上がる

→美和子、あたふためく

扇赤が美和子の様子を観察する

→美和子、扇赤の存在に気がつく


と言った具合だ。


「…」

「む?気がついたか。さて美和子君、海苑寺晴海の元へと行くぞ」


美和子はいろいろすっ飛ばしてため息をついた。とりあえずこの目の前の不届き者を殴り倒したい所ではあるが、それはしない。した所でこの男が反省するとは思えないからだ。


「なんで晴海先輩なんですか…」


とりあえずそれだけは聞きたかったので布団からはい出ながら尋ねる。


「まあ着いてくれば分かるさ。密室の仕掛トリックもな」

「わかったんですかっ!?」

「ああ、意外にも簡単だったぞ。なにせ、人は一人で殺す事など出来はしない。人には自己防衛という便利で優秀な機能が備わっているからな」


扇赤はそう得意気に言う。美和子は何故かその言葉に聞き入ってしまって扇赤に「大丈夫か?」と聞かれるまでぼうっとしていた。美和子はすぐさま正気に戻ると立ち上がって部屋を出ようとした。が、扇赤に引き止められる。


「何よ、行くんじゃないの?ちょうど今日は学校も休みよ」

「行くには行くが…その格好では些かまずいだろう」


美和子は自分の格好とやらを見る。

まさかの下着姿であった。










□□□◇□□□□


「あら、扇赤さん、その右頬はいかがなさいましたの?」

「聞くな…」


扇赤はちっ、と舌打ちをしながら高遠原円から目線を外す。理由は言わずともがな。扇赤はそれよりも、と高遠原に催促する。催促しているのはもちろん海苑寺晴海との面会だ。


「はいはい、わかったわよ。今日明日辺り一旦帰ろうかと話していた所よ、ちょうど。相変わらずいい時に来るのね」


円はちょっとばかり呆れながらも、扇赤と美和子を玄関エントランスから晴海のいる部屋へと案内する。例に漏れず、円の家も大きかった。美和子は高遠原家をよく知らないが、扇赤は知っているらしく、それに円とも知り合いらしい。美和子はそれが不思議でたまらないが今は聞いてはいけないような気がする。大人しく二人の後ろについて行った。


「晴海さん?入るわ」


恐らく円の自室であろう部屋の隣、屋敷の西側の二階の角部屋。二人はそこに案内され円は部屋をノックした。するとかちゃり、と鍵が開かる音がして白い扉が開いた。中から出てきたのは他ならぬ海苑寺晴海かいえんじはるみその人だ。扇赤は軽く頭を下げ、部屋の中に入る。晴海もそれをすんなりと受け入れ円と美和子にも「どうぞ」と細い声でそう言った。


「単刀直入にお聞きしたいのですが…お父様がお亡くなりになられたその日、その時間、まぁ要するに司法解剖の結果を前々に渡されていたのですが、死亡推定時刻の昼三刻から五刻の間、貴女様はどこにおられましたか」

「え、死亡推定時刻知ってたの?あなた、殺されたのは夜じゃなく昼だって、あの時わかったような口調だったじゃない!」


晴海が口を開く前に美和子がそう声を上げる。扇赤は面倒臭そうに「俺は軍警や医者を信じていないでね。自分で確証が得られないと嫌なんだ」と言った。美和子はなんとなく理解し引き下がった。晴海はやはりか細い声で椅子を勧めながら自身も洋風の椅子に座り答えた。


「その日は、学校から真っ直ぐ海苑寺の家に戻りました。学校が終わりましたのは四刻過ぎで、心配した雅臣お兄様が車でお迎えに来てくれました。それはたかと…円さんも見てました」


ちらり、と晴海は円に目を移した。円は頷く。どうやら本当らしい。晴海は話を続ける。


「家に着いたのが四刻半くらいでした。私は中崎に軽い食事をすぐに用意させて持ってくるよういいました。私が二階の螺旋階段の上の部屋に入りまして、一分もしない内に中崎がパンを持ってきました。一緒に紅茶も持ってきましたので、一人で食べるのも味気ないですから中崎も誘い、一緒に食べました。その後、そうですね…一時間はそうしていましたわ。そのくらい時間が経った時、荒木が夕食の用意ができたからと呼びに来ました。一階に降りて、雅臣お兄様と一緒に食べました。食べ終わったのが六刻過ぎでしたので、もう外には出ませんでした。ですから、その日は蔵には近づいておりません」

「そうですか…その日、お父様のお姿はお見かけになりましたか」

「いいえ、前々日から蔵に閉じこもっておりました」


扇赤はもう一度頷くと晴海の手をとった。結局扇赤は椅子には座らなかった。扇赤は外套コートの上着からあれを取り出し晴海に見せた。


「帰りましょうか、晴海さん。おっと、失礼。海苑寺成海・・・・・、さん」

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