夢と復讐の対峙 (Dream VS Revenge)【singer side:花野美知】
ここは最強偶像杯の会場となっているステージの舞台裏。
私がギターの調整をしていると、テレビでよくカメラ目線でアピールしているアイドルが、ニコニコしながら近づいて、のんきに自己紹介を始めた。
「はじめまして。私は樫崎由紀です。予選通過1位の人が気になって探していました~」
この胸糞悪いくらいアイドルに染まった彼女の名前を、私はここではじめて知った。
「花野美知です。こちらこそよろしく」
簡単な自己紹介で済ませようとした私に、樫崎は
「私、A48ていうグループに属してるんだ。あなたは、どこのグループ?」
と聞いてきた。
「どこのアイドルグループ・音楽会社にも属さない、ソロの歌手よ。」
と私は答えた。
「ふへ~、なんか大変そう。でも、美知ちゃんくらいカワイイ女の子だったら、アイドルでも通用しそう」
と、勝手に同情した挙句に“あのマネージャー”と同じ事を言った。
「アイドル?何の冗談なの」
私は辛うじて怒りを抑えていた。
だが樫崎は不思議そうにこう続けた
「どうしたの?なんかまずいこと聞いちゃった?私は、アイドルに憧れてこのグループの試験を受けて合格したから、この大会に出てる人達ってみんなそうかなーて」
一番嫌いなタイプの同性だ、と直感した。
「アイドルなんて、私の柄じゃない」
精一杯の苦笑を浮かべて何とか言い返した。でも彼女は
「本当にそう思ったの。もしかしたら、私よりアイドルらしいな~って」
と、私の逆鱗に触れる言葉を馴れ馴れしく言った。
こいつには、本当の事を言っても問題なさそうだ。
「私は、アイドルが嫌いなのよ」
案の定、樫崎は大げさに驚き
「どうしてアイドルが嫌いなの?」
と少し悲しそうに聞いてきた。
その表情は同情されそうなくらい悲壮なものだった。
「歌の中途半端さをダンスで誤魔化して、あの耳障りな声で歌うアンタ等みたいな奴が、私は一番嫌いなの」
樫崎は、私の言葉にショックを受けていたようだったが、最期に
「私達は気が合わなそうだね」
と言って帰って行った。
遠ざかるその後ろ姿は、少し寂しそうだった。
その姿を見て私が彼女に対して放ったあの言葉は、樫崎由紀の価値観を根本から否定する言葉であり、ただの八つ当たりであったと気付いたのだ。
「彼女に、なんて謝るべきだろう」
あの時は、と言い訳するのも恥ずかしい。
なぜあんな事を、彼女に言ってしまったのか。
そして、どうして自分が歌手として活動しているのか、解らなくなっていた。
『どうしたの、美知』
ふと父の声が聞こえてきた気がするが、ありえないことだ。
父は私が小学生になる前に交通事故で死んでしまったのだから。




