人形は夢を見る
誰もが知っている、人形が人間になった物語。
これは、その主人公であるピノキオに憧れた、魂が宿った人形のお話です。
*
僕の名前はライ。
夢は、ご先祖さまのように人間になること。
だからそのために今、良心を知ろうと旅をしているんだけど……。
「ご先祖さまは、どれくらいの間冒険をしたんだろう」
旅を始めてから、今年で100年。
僕を人間にしてくれるはずの青い妖精は、未だ現れる様子を見せないでいた。
「ということは、僕はまだ良心というものをわかっていないんだろうなぁ」
僕はため息をついて、アスファルトの上でひとり、途方に暮れた。もちろん実際は息なんかしてないから、そんな風に、だけど。
100年、僕は僕なりに良心というものを理解しようとしてきた。ううん、理解どころか、実行もしてきた。もし良心とはかけ離れたことをしてたらどうしようとか、やってることが唯のありがた迷惑だったらどうしようとか、いっぱい悩みながら怖々とした行動だったけど、沢山の人にありがとうって言われて、僕は嬉しかった。この体は小さいけれど、出来ることは沢山ある。なんたって、病気にならず疲れを知らず、万が一があっても替えが利くのだ。何度この体に感謝したか。
そんな体を持っていて、どうして人間になりたいのか。人間にならない方が良い。……なんて、よく言われるけど。今より不便な体になろうと、人間になりたいと僕は思う。
メリットなんて無いのかもしれないけど、僕はなりたいのだ、どうしても。
人間に。
「誰かを傷つけることはいけないこと。誰かを慰めるのはよいこと。誰かを馬鹿にするのはいけないこと。誰かを褒めるのはよいこと……」
つらつらと、今まで経験したことや学んだことを、人の居無い道路の端をなんとなしに歩きながら僕は並べてみた。
「誰かと喜びをわかちあうのは良いこと。誰かと陰口を叩くのは悪いこと。誰かと仲良くなるのは良いこと。誰かとケンカするのは悪いこと」
脳なんて無いから、何処に記憶が刻まれているのか僕にはさっぱりわからないけど、今まで見てきたものはきちんと覚えている。
だから、僕はどこかにヒントが無いかを当てにしてひたすら呟いてみる。
「誰かに手を差し伸べるのはよいこと。誰かに暴言を吐くのは悪いこと。誰かに甘えるのはよいこと。誰かに執着するのは悪いこと。それから……」
僕は羅列し続けた。……そのうちに、悲しい気持ちになってくる。
もう、良心というものは理解し尽くしたはずなのに。
貴方ほど人間らしい人形は知らない、と言われたこともあるのに。
どうして?
「なんで?あと、何を経験したら、何を知ったら、僕には良心を理解出来るんだろう、人間になれるんだろう」
落ち込んで、考えようとして、でもすぐに頭を振って顔を上げる。
「ダメだダメだ、じっとしてたって仕方ない。何か、何かしなきゃ!」
*
彼は走り出しました。
どこかへ向かうように、何かから逃げるように。
あぁ、なんて可哀想な人形なんでしょう。
彼は誠の魂が宿った人形でした。
人間になる事を夢見た、けれど人間になれない現実を見られなかった、哀れな人形だったのでした。