7.終焉
南の門の前にはもう既に人だかりが出来ていた。選出された新たに戦場へ向かう死神達は無表情でちょび髭の男の前に整列していた。周りでは出陣を一目見ようと集まった人形達。感情なんてプログラムなのに。消えゆく者に心なんて痛めないのに。
それとも、彼らにも愛すべき人がいて、嘆いている者がいるのだろうか。
(泣いてる奴なんて一体もないけど)
彼らの顔はがらんどうだ。
ジェスビスは屋根をつたい、上空から彼らを見下す。
(終わりにする)
終焉の子と囃し立てられた理由も今なら解る。鍵を見つけて蒼の死神を止めること、つまり彼らに死という終焉を与える子供。誰かがあの日記を見つけたのだろう。不幸なことに。
ジェスビスは屋根から跳躍して門の不自然な出っ張りに手を掛ける。背後からざわめきが覆い被さってきた。
「な、何をやっているだ!?」
ちょび髭の狼狽を気にせず、ジェスビスは門に立った。
(当たりだ)
門には鍵が埋め込まれていた。その下には『緊急停止装置』と書かれている。万が一の為に父が作っておいたのだろう。
(あんたの意志とは少し違うだろうけど、やってやる)
「何だこいつはバグか!?」
「終焉の子だ……」
「消えた奴だ」
「何をする気だ!!」
怒声は渦を巻き、綺麗に列をなしていた死神はジェスビスを止めようと腕を伸ばし門の下に集う。それでも高い位置にいるジェスビスには届かない。
悲痛な叫び声はジェスビスの心に届かず、彼は鍵を抜いた。
「な……それは! それをこっちに寄越せ!」
煌めいた物が何かを悟ったちょび髭は死神を押し退けてそれを奪おうと必死の形相でジェスビスを見上げる。
ジェスビスは冷酷な目線を向けると。迷い無く鍵穴に鍵を差し込み捻った。
鍵穴から光源が放射状に広がり、地響きが襲う。父の願いが、母が護り抜いたものが、ジェスビスの復讐が形となり、駆け抜けた蒼い光は街中に広がり触れた蒼の死神からショートしていく。
ただの物と化した兵器にちょび髭の男はショックを受け倒れた。
(これで……終わり。あっさりだな……)
怨念じみた呻き声をぼんやりと聞きながら、苦しめ続けたモノ達の最期を見届ける。乗っていた扉は母の言うとおりにゆっくりと開く。
きっとこれはジェスビス用の出口だったのだろう。ここから自由に生きなさいと言われているようだ。しかしジェスビスはそこから出ず、門のさらに上を目指す。枠組みをつたっていると背後で爆発音が響く。
光の粒がはぜ、放射線状に広がっている。
門の枠組みに座りながらジェスビスは『これが花火か』と老人の言葉を思い出した。
「綺麗じゃないな」
ニアがいれば弾んだ笑い声が響いていたと思うが、この状況下でジェスビスの表情は何も張り付けていなかった。花火の光をがらんどうの瞳で見つめ……その身を滑らせた。
終わりは彼も一緒だった。たとえ母は兵器として創られていなくても彼もまた蒼の死神の血を宿している。機械に血が流れてなくても、この血は、御霊の一部は、ニアの宿敵だとジェスビスは思っていた。
身体が重力に従う。のを抗う腕が二つ。
「ジェスくん用事は終わった?」
「ずらがるぞ」
ここまでかなりの高さがある。二人は息を切らしながらジェスビスを元の位置に戻す。
「何でお前達がここまで来るんだよ」
「何でって、花火はいい場所で見るものでしょ」
トーワは手を口元にやり、ジェスビスの知らない単語を叫ぶ。
「終わったのなら帰りましょうよ」
「終わったけど、終わってない」
「難しいことは分かんないな」
「そうそう、エトの頭じゃ分かんない」
「おい! 俺が馬鹿みたいなことにすんなよ!」
両サイドから腕をがっしり掴まれては、もうこの身を宙に投げ飛ばすことは出来ない。彼らは言葉にしなくてもジェスビスがやろうとしていることを解っている……全て。そして自分の身が危なかろうがお構いなしにここまで来た。
(敵わない……)
欺くことなんて一生出来ないことだろう。
「帰ったら何やりたい?」
トーワが未来の話をする。
棄てようとした、もう無いものとしていたことを。
「ニアちゃんとあっつい抱擁からのキス?」
「あいつ意外と、ところ構わずするぞ」
「じゃあ、帰ったらあたし達の前でやってよ」
「絶対やらない!」
どんどん死から遠ざかっていく。もう落ちる気はなかった。
「よし、あのおっさんが地面と仲良ししてる間に消えるぞ!」
「起きたらあのおっさんが蒼くなるだろうな」
ハンドルを握りながらもエトは豪快に笑う。
「何したの?」
「あのおっさん大嫌いだから移動手段ぶっ潰してきた」
「で、パーツはちゃんと頂戴済みよ」
トーワは沈みゆく太陽に蒼い宝石を翳す。
空の赤と光る蒼にジェスビスは両親をみた気がした。今は穏やかに寄り添っているだろうか。
「着いたら起こしてあげるから少し休んだら? で、キス見せてね」
「みせねぇよ!」
ニアはこの姿を見てどう思うのだろう。高望みかもしれないが、いつもの笑顔を向けて『おかえり』と声を掛けてほしいと思う。
(絶対言わないけどな)
してほしいなんて、絶対に。