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6.科学者

 その車は、入り口を塞ぐように置かれていた。普段だったらそこにはないはずだ。

「お兄さん、どこまで?」

 運転席から顔を出してエトが声を掛ける。

「お前達には関係ない」

「関係ないかもしれないけど、あたし達興味あるなー」

「興味本位で行く場所じゃない」

「でもその足で行けるのか、ジェスビス」

 名を呼ばれ、やっぱりと嘆息を吐き出す。彼らは何もかもお見通しなのだ。だからここで待っていた。姿形が変わったとしてもジェスビスだと分かられている、きっと向かう場所も理解している。

「あたし達はあんたの邪魔をしない。その代わりに連れて行ってよ」

 トーワは親指と人差し指を繋ぎ合わせ輪をつくり、目に当ててジェスビスを覗いた。

「お金の匂いがするのよ」

「ほんとがめついな」

「だはは、言ってなさいよ」

 手を差し出され、ジェスビスは握り返し引き上げられた。

 紺の地平線から光が溢れ出しジェスビスの目を焼く。

「行くぞ」

 朝日に照らされる中、車はアクセルを踏み込み最大火力で発進した。




 蒼の城はそこにあった。

 車を止めてエトはその壁を仰ぐ。

「これはさすがに蒼って云っていいよな?」

「城っていうか城塞? それにしてもまさかここでお目にかかれるなんてね」

 うららかな日差しに晒される蒼は汚れ一つ無く、そこだけが異世界から飛び出したようだった。

 ジェスビスは忌々しそうに睨みつけ蹴り飛ばした。

「しかしどうやって入る」

 中が広大なことはジェスビスが知っている。続く壁に亀裂はなく、登ることも容易ではない。

「うん?」

 トーワが唇に人差し指を当て『黙れ』と指示を出すと、壁に耳を押しつけた。ジェスビスも習って同じ動作をすると微かな振動音が聞こえた。

「これ……どこか開いたんじゃない?」

 車を放置して三人で駆け出すと、間もなく開け放たれた門扉を見つけた。

「ラッキー!」

 指を鳴らしそのままの勢いで中に飛び込もうとしたトーワの首根っこをエトは掴んで自分の間近へ引き戻した。ぐえっ、とカエルの潰れたような声を出した彼女は抗議の声を上げようとしたが、直後に現れた人物に口を噤んだ。

 三人で壁の陰に隠れ、門扉の前に現れた人物を睨む。

 甲冑に身を包んだ兵士に挟まれてちょび髭の男が門の中へ吸い込まれていく。三人には気づいておらず、誰一人として振り向きはしなかった。

「いった……わね」

 トーワが声を殺しながら呟く。エトは頷きながら見計って陰から出た。門はしばらく開いたままのようで三人に入り口を提供していた。

「よし。宣告どおり邪魔しないからお好きにどうぞ」

 親指を立てたトーワに頷き、ジェスビスは単身敵陣へ潜り込む。お宝探しには興味ない。すべきことは傲慢な復讐劇だ。

 眼前に広がる風景は出て行った時と変哲がなかった。あるとしたら敵が一人も通りに出ていないことだろうか。ジェスビスにとっては都合のいいことだった。

(生きている感じがしない)

 ジャンクストリートにいた頃に感じた生の質感はこの街ではやっぱり皆無だった。通りを駆けるジェスビスを見つめる目線もない。まるで廃墟のようだ。

 だからこそ、敵にも素早く気づけた。

 ジェスビスは裏路地の一角に身を隠しやり過ごす。

「こいつらのお陰で我が軍は無敗よ」

 腹を抱えて耳障りな笑い声を出すのは先に入ったちょび髭の男。その後ろには蒼の死神が数人付き添っていた。どの目もがらんどうでただの物と化している。

「うん?」

 甲冑の男の一人が振り返る。身じろぎせず息を殺していたのに今度は気づいたようだ。金物の擦り合わさる音が近づいてきて、ジェスビスは身を屈めて裏路地を突き進んだ。

 行き止まりにあった扉に手を掛ける、鍵は開いていた。

「何で一人の時に気づくんだよ……普通三人の時の方が気づくだろうが」

 悪態をつきながら首を振ったが、直後に目を見開いた。

 部屋の中は何も変哲のないありふれた内装だった。だからこそ、この街では違和感があった。

 木目に対してジェスビスは温もりを感じていた。足が自然と奥へ進む。

(何だろう……初めてなのに懐かしい)

 この家の纏う空気がそうさせるのか、ジェスビスの中に微かな感傷が宿る。胸に触れてみるがその答えはまだ出ない。

 無人の家なのに誰かにそっと抱きしめられているようだ。それに畏怖はない。

 奥の部屋には、窓に接した机に一冊のメートが開かれて置かれていた。

 他にも沢山の書物が本棚に並んでいたが、ジェスビスは迷いなくそのノートを覗き込み、息を呑んだ。

『私と同じ赤を持つ子』

 名は書かれていないが直感で自分だ、とジェスビスは片目を覆った。この街で赤なんてひとつしかない。



【    】

初めましてと書こうか。日記に『初めまして』なんてなんて乙女じみていると見た者は思うだろうか。

初めの一ページ目だから初めまして、だ。

……こんないい歳した大人が、それも男がこんなことを言い始めているのはおかしいか。自分で書いていて照れてきた。これは三日坊主になりそうだ。


【    】

三日坊主にはならなかった。何となく続くものだな。今日は女の子を創ってみた。小さなおかっぱの子だ。友人に見せたら『ロリコンか?』と笑われた、心外だ。この子は町外れの老夫婦に贈ろうかと思う。喜んでくれればいいが……


【    】

老夫婦が頭を下げてきた。女の子はおばあさんからもらったペンダントを身につけている。固定された笑顔だが、心底楽しそうだ、と思うのはおかしいだろうか? もっと表情があれば様々なことが共有できるだろうが今の私にはそれほどの技術はない。次はどの子を創ろうか? 少年なんて悪くない。


【    】

女の子が泣いていたからおかっぱの少女のプロトタイプを見せてあげた。手のひらに収まるほどの小さな人形だ。『魔法みたいね!』と彼女は喜んでプロトタイプの子と戯れていた。やっぱり笑顔の方がいい。しかし表情はプログラムしていないはずだが、人形が微笑んだ気がする。気のせいか? 多分少女の笑顔につられて見えただけだ。


【    】

パーツが足りなくて都市に買い出しにきた。ちょっとだけきな臭くて避けたかったが仕方がない。今まで十体の子を創った。最近ではオーダーメイド出来ないか? と問い合わせまでくる。いいかもしれない。私は私の力が認められて……自惚れは良くないな、うん。

とにかく必要とされるのなら創り続けよう。

これは私にしか出来ないことだから。


【    】

最初に贈った子の老夫婦が死去した。それに合わせてあの子も動きを止めた。そんなプログラムはしていないが同調したのかもしれない。瞳を閉じる時涙の後を見たのは……流石に幻覚か。


【    】

表情の差が人間と大差のないものになった。だいぶ私の名も知れ渡り、忙しい日々だ。


【    】

 王様と初めて会った。いつもは工場で一人きり、身なりなんて全く気にしないが、そういう訳にもいかない。人形達のお陰で貯蓄はある。あの子達からのプレゼントだと思って一張羅を買って面会した。王様は一人の子を創れと言った。

白い髪に蒼い瞳の麗しい子だと言う。

創るのは一向に構わないが、機械人形を後継者にするとか言わないだろうか? 人の上に立つのが機械でいいのだろうか?


【    】

何ヶ月か前に思っていたことが現実化した。かの王は創った青年を後継者にと考えているらしい。いいのだろうか、と思いながらも私は承諾した……拒否権なんてないしな。

息子はいた気がする。都市の情報なんてあまり耳に入れないが、確か過去にどこかで聞いたような気がする。しかしこの城に入り浸るようになってその姿は見ていない。別国の話だったか。

しかしこの城は少しばかり居心地が……失敬、私は招待された身。毎日満たされた生活を確保されているのにそんなこと言ってはいけない。しかしながら作業に没頭したいというもの。王に相談してみるか。


【    】

王が私専用の家を造ってくれるらしい。そんなに尽くしていいのだろうか。彼の玉座の傍らには創った機械人形がいる。表情はいくらでも変えられるはずだが彼の目には今日もどこか虚ろだ。威厳のためだろうか。しかし威厳というよりは『機械』であるというのを誇示しているように見えてしまう。

そっと話しかけてみると薄く笑ってくれた。感情は消えていないようだ。


私は人間と大差のないものを創りあげた。最近では機械人形だと思われない。しかし機械だ。感情があっても機械だ。しかし分からなくなる。プログラムといえど感情を与え、自身で動く彼らを。


【    】

分からなくなった。最近では王の言いつけに従い白い髪と蒼い瞳の機械人形しか創っていない。不満があるかどうかも分からない。

それでも……求められるのなら創るしかないのだ。存在価値がなくなれば私は棄てられる。きっと王だけではない。王から伝染して人から人へ。きっと見向きもされなくかもしれない。いつから私はこんなに臆病になってしまったのだろう。名声とは恐ろしいものだ。


【    】

王の子が壊れた。正確には壊された。

隣国の兵が遠征中だった子を打ち壊したそうだ。畏怖からか、何からか、なのかは分からない。

王は即座に私のところに来て『直してはくれぬか?』と言った。私は首を横に振っていた。きっとその子は創り直したとしてもその子ではないし、直してまた王の祭壇に立たせたとしても彼はまた壊される。それならばいっそ彼はこのまま眠らせた方がいいのだ。

否定する私に王は涙ではなく、憎悪の目を向けて言った。ならば兵を創れ、と。

拒否権はないのだろう。


【    】

王が私の家の周りに街を創ると共に私は機械人形を創った。本意ではないが仕方がない。首が飛ぶよりはマシなものだ。

くつくつと笑いが漏れている私がいる。いつの間にか私は何かを置いてきたのかもしれない。

このまま創り続ければ首が飛ぶのは私ではなく、誰かだ。

しかし私は創り続けるしかない。それしか出来ないのだから。


【    】

本格的な戦争に発展したようだ。王は便乗してあの子を壊した国に復讐するようだ。全く可哀想な人だ。こんな理由で、と思う奴もいるだろう。勿論他にもいっぱいの理由を付けていたが、誰もが『愚かだ』と思うだろう。

私も愚か者の一人だ。彼を止めず、機械人形を、兵器を創り続けている。

私が機械になってしまったようだ。止められないのだ。今日も何体かの機械人形が戦地へ行った。


【    】

食事するのを忘れる、寝るのも忘れる。


【    】

今日は兵器じゃないのを創った。このままでは私が壊れてしまいそうだった。兵器と同じ、蒼い瞳に白い髪。でもそこに破壊衝動は入れていない。私の身の回りを見てくれるメイド。最初『ご主人様』と言わせようかとしたがむず痒くて、さん付けで呼ばせた。とても優しく笑う彼女に少しだけ昔の感覚を取り戻した気がした。


【    】

兵器を創る手は相変わらず。争いも相変わらずだ。いつまで続くのだろう。そういえば窓の外を見てみたら兵器達の街が出来ていた。立派な町並みに、この外では殺し合いが起きているなんて目を疑う。私は戦地を知らない。ただ分かることは、兵器達のお陰で王が上機嫌だということと、創る彼ら以上の命が消えているということだ。




 ジェスビスは滲んだ跡を指でなぞった。




【    】

私は罪人である。誰よりも裁かれるべきは私である。



彼女が私を優しく抱きしめてくれた。優しい言葉を掛けてくれた。これは私が施したプログラムだろうか。分からない。最近は分からないことばかりだ。

でも一つだけ分かることは、私は彼女に惹かれている。人間ではない彼女に恋をしている。

私が創り続ける横で、彼女は料理を作り、寝台を整え、買い出しをしてくれる。そして、微笑んでくれるのだ。その笑顔がたまらなく愛おしいものだと私は抱きしめられ理解した。



罪人であるが、幸せを願ってはいけなのだろうか。



早く。全て。終われ。


【    】

創るペースが落ちた。歳に対して身体は正直だ。それに、最近はあまり増やさなくてもよくなったのもある。もう少しか、と期待する。

 

空いた時間は彼女との子供を創ろうと模索している。愛していると彼女に告げたところ、彼女は微笑んでくれた。これはプログラムではないと思いたい。いつもより優しい、心底喜んだ顔であると私は思っている。


【    】

難しい。ただ機械人形を創るだけではない。新たな生命を産み出す行為を私はしようとしている。罪人である私は神の領域まで手を伸ばそうとしている。裁かれるのはあの世に逝ってからだろうか。別に構わない。今、彼女がいるのなら。


【    】

創れない、今日も失敗だ。


【    】

何で出来ないんだ。何が足りないんだ。


【    】

叩き壊すにも至らない、それ自体が出来ない。


【    】

何故出来ない。何故! 彼女はとても愛している! それを形にしようとしているだけだ! 何が拒んでいるのだ!


【    】

出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない……




 一人の男の嘆きは突然途切れた。真白いページが続く。ジェスビスは捲りながら『誰の日記』であるか確信じみたものを感じていた。この白いページは彼なりの格闘だろう。きっと埋まるのは『出来ない』の四文字。

 残り数ページといったところで、ページにまた書き込みがあった。




【    】

今日は調子がいい、から筆をとった。彼女には無理をするな、と言われてしまった。全く老け込むとはプラスなことがない。満足した者にはこのゆっくりとした時間が心地いいのかも知れないが、私にはやり残したことがある。このゆっくりが、身体の老化も同じようにしてくれれば。

お前に逢いたい。


 


奇跡だろうか。私はよく覚えていない。出来たのだ。子供が。


ああ、もう一つだけ、心残りを書けるのなら。

生み出した兵器を壊してほしい。私にはその裁きが出来そうにない。

勝手だが、託そう。鍵を使えば全てが終わる。

誰でもいい、と言いたいところだが、きっと国王はそれをしてくれない。それにこのノートを見るのはお前だろう。

赤い瞳を持つ子。私と同じ目をしている子。




 脳裏に母の最期が映る。動く唇、音にならなかった言葉。

 最後の文面と重なり合う。



 ジェスビス 愛している



 彼はノートを叩きつけるように置くと入り口に向かって駆けだした。

 鍵の在処は分からない。それでも脳裏に突然瞬いた母の姿に何度も言われたことを思い出す。

 微笑んで撫でてくれる母は呪文のようにそれを口にする。

『貴方が変えたい、終わらせたいと思うなら南の門に行ってみなさい』

『南の門?』

『開かない扉。でもね、変わりたい思う者には開いてくれるわ』

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