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3.教会

 大輪の花はやっぱり咲かないが満天の星空は絶景だった。空が光の粒子で埋まっている。

「あ、あれジェスの色!」

 ニアの肩に乗っかっていたジェスビスは彼女の指差す方向を仰ぐ。星が多すぎて判別は出来ないが、赤い星が一つまたたいていた。苦言しようかと口を開いたが、星を宿したかのような瞳と高揚する横顔に怒りが削がれた。

 ニアにとってジェスビスの赤は呪いではなく、どこまでも綺麗なものだった。はっきりと反芻されていた囃し立てる声も今では遠い気がする。

(本当にあの場所から遠いところに来た)

「ほい、ニアちゃん」

 焚き火の前で燻されていた干し肉とチーズの串焼きをトーワは差し出す。どろりと落ちそうになったチーズにニアは噛みつき、悶絶した表情を浮かべた。

「……熱い」

「だろうな」

 火傷したのか舌を出し手で扇ぐ。

「ふーふーしなきゃダメ。だからジェス用にはふーふーするよ」

 そういうとニアは先端に刺さっていた干し肉を頬を膨らませて冷まし始めた。あれがジェスビス用らしい。一本貰うほどの体ではないジェスビスは、ニアの愛情いっぱいで冷まされた干し肉をありがたくいただいた。頭上でへへへと笑うニアの声が覆い被さる。

「本当に喋るカエルなんておかしな生き物なのに、ニアが世話するとその違和感がなくなるな」

「ジェス変じゃないよー。可愛いよ」

「可愛いは否定していいか?」

 えー、と言いながらニアはジェスビスを持ち上げ頬擦りした。

「エトもジェスくんに媚び売っておけば? 一儲けの一品よ」

 トーワの冗談だか本気だか分からない台詞にカエルの姿ながら鳥肌が立った気分だった。ひっそりと『こいつが本気にやらかした時は口を噤もう』とジェスビスは心に決めた。喋らなければ喋らないで後が怖いのだが…………

「お? おっさんどうした?」

 焦点の合わない老人はふらふらと立ち上がりどこかへと行こうとする。浮浪者の出で立ちそのままの彼がこんな行為をすると一瞬心配になる。

 老人はふらふらと歩いていたが少し進んだところでぴたりと止まり、天を指差した。

「蒼い、月」

 指差す先にあったのは一際輝く満月だった。

「蒼じゃなくて白じゃないか?」

 青白いという言葉もある。人によって受け取り方が違うだけのものだろう。老人は『うーん』と唸って帰ってきた。さすがに真っ青には見えていないだろうとジェスビスは星々の光を遮って昇っていく月を目で追った。

「……蒼ねぇ」

 エトが呟きながら肉に噛り付く。

「ねぇな……蒼の城」

「青と白?」

「蒼の城っていうのがこの一帯のどこかにあるって言われててね。そこには財宝が眠っているとか」

 そう言いながら不気味に笑うトーワは親指と人差し指で輪をつくった。つくづくがめつい。

「でもないねー。蒼なんて空ぐらい」

「トーワが気づかないはずないもんな。何か順序踏まないと現れないかもな」

「そんなもんかねー。とりあえずそれっぽいところ見つけたらよろしくね」

 にっこりと笑顔を張り付けながら一匹のカエルを頭に乗せた少女の手をとった。

「善処する」

 はーい、と脳天気に言うニアとは対称にジェスビスはぶっきらぼうに答え口を噤んだ。




 車に目的地はあるらしい。それは蒼の城ではなく、エトやトーワの住処であり、これからニアが暮らしていく場所だ。呆けた老人の目的地は違うらしいが…………

 ニアはきょろきょろと見回しトーワの言いつけをしっかりと守っていたが、ジェスビスはその手の中で欠伸をしていた。とろんとした瞳ははなから探す気がない。

 荒野の風景は相変わらず。蒼といったら空しかなかった。

「……ん?」

 エトが疑問符を浮かべ、ブレーキを踏み込む。流れていた風景がゆっくりとなり、何もない荒野の真ん中で止まった。

「どした?」

「建物発見」

「え? あれ蒼くないじゃん」

「でも一部は青く塗られているぞ」

「えー」

 ないと言いたいばかりのブーイングを無視してエトは車から飛び降りる。

「俺見てくるわ。何かあったらよろしく」

「ちょっと! ……ないと思うんだけどな」

「あったの? 青と白」

「蒼の城ね。絶対違うと思うんだけどなー。だってあれ白じゃん」

「いつか聞いたような会話だな」

 エトが向かう先に目を凝らすと確かに崖の前に一つの建物があった。城といえば城に見えなくもないが、屋根が青く塗られただけでトーワの言うとおりほぼ白い建物だった。

 青の屋根と白い外壁の組み合わせにジェスビスの中で悪寒が走った。

(違う。俺は戻ってきた訳じゃない。よく見ろ、あんな朽ちた建物は知らない!)

 念じてよく見ればそれはあの地獄の世界とはかけ離れているようだった。白といっても風化した外壁は汚れ、一部が剥がれ落ちている。青も色あせたものだった。何十年と放置されてきたものだろう。

 ただ配色が同じなだけのその建物からエトは数分後に戻ってきた。車に近づくとやれやれと手を挙げて首を振る。

「やっぱりね」

「ただの教会だったわ」

「教会!?」

 突然飛び跳ねたニアにジェスビスは落ちそうになる。

「教会ならニア行くよ!」

 そう言ってジェスビスを抱えたまま、ニアは車から飛び降りた。

「おい!」

「教会といえば挙式よねー」

「挙式って何だよ、おい!」

「ニアとジェスの挙式よー。だってニア、ジェスのことが大好きなんだもん」

「俺はカエルだぞ!」

 散々自分のことはカエルじゃないと否定してきたジェスビスだったが、この時は自分の姿を引き合いに出すしかなかった。カエルを旦那にしようだなんて少しばかりおかしい。ペットの位置のはずだったのに一日で恋人の立ち位置だ。

 ニアはジェスビスの批判など気にせずにへらへらと頬を染めて笑っている。

「カエルでもジェスはジェスだよ」

 ちらりと後方にある車の方を向けば、エトとトーワは話し込んでおり、老人は一人と一匹の門出を祝っているように口笛を吹きながら拍手をしていた。

(誰かとめろよ……)

 エトもトーワも彼女が降りたことに気づいてはいるだろう。それでも止めないということは多分危険はないと推測できる。きっとあの地獄の世界とも関係ない。

 ぺちゃりと音がしてニアの足下がぬかるみに沈んだ。それでも彼女は気にせずどんどんと教会へ近づいていく。この周辺は地下水が地表に溢れているようだ。水面が足首を少し越えた辺りで、ニアはまん丸の目でその入り口を仰いだ。

「どんな教会かなー。ジェスと一緒ならどんな教会でも素敵よね。おかーさんも言ってた」

「カエルと挙げる挙式が素敵だって?」

「お嫁さんは素敵なものなのよ、って。大好きな人が出来たらその人との愛を貫きなさいって」

「人、な。カエルじゃない」

「ジェスは素敵よ。初めて見たときから」

 ジェスビスを掲げて小首を傾げる。

 さっきから恥ずかしい台詞を惜しげもなく、とジェスビスはニアから目線を逸らした。

 ニアは恐怖を感じないのか、ぬかるみに沈んだ教会の中へ躊躇いなく進んだ。

 そしてジェスビス共々息を呑んだ。

 ただの荒れ果てた教会を想像していたが、自然の摂理は一種の芸術を生み出していた。

 うわぁと呆けるニアは裸足を水面に浸けて天井を仰ぐ。教会の中心に大樹が根をはり、枝葉を室内いっぱいに広げていた。壁や床は苔むしり、その間を水が滴っている。床は地下水に浸食され、余計に植物の繁殖を補助しているようだ。

 何の花かも知れない花弁にニアは手を伸ばし、茎を折って自身の頭に付けた。

「これでお嫁さんぽくなったかしら?」

 赤嫌いのジェスビスでも露に濡れた大ぶりの花を付けるニアは……綺麗だった。無彩色の世界で彼女は色を纏い輝いていた。

(でも言わない)

 綺麗なんて言ったら締め上げられるほどの愛撫が待っているのは明確だった。ニアは加減が分からない時がある。こんな時は特に、だ。

「女神様の前で誓いを立てるのよね」

 ニアは声を弾ませて、自然が支配する教会の奥へ進んでいく。来賓用の椅子はどれもが座れる状態ではなかったが、この教会には似合っていた。それらを跨ぎながら、ニアは最奥に佇む女神像を見つけた。

 蔦を絡ませた女神は教会に囚われているように見えたが、その顔は穏やかだった。

 共に朽ちるのを甘んじているようだ…………

 ニアはその前で肩に乗っていたジェスビスを手のひらに置いた。尻を向けようとしたジェスビスは軽く向きを変えられ、ニアと向かい合うようにされる。目の前で彼女は爛々と目を輝かせている。

「マジでするのかよ……」

「するよー。だってジェスはペットで恋人でしょ?」

「なんかその言い方不名誉」

「なら大好きで恋人よ」

 息を吸う音がした。ニアの顔が一瞬だけ真面目になり、自身がもっと小さい頃に母から聞いた誓いの言葉を詠いあげる。

「ニアは愛し続けることを女神様に誓います」

 手のひらを自身の顔を近づけ、ジェスビスに誓いの口づけをした。

「ば……馬鹿かよ!」

 白い体を真っ赤にさせ、ジェスビスは叫んだ。カエルにキスまでするなんて、ニアの感性は全く理解できない。

 彼女は照れ笑いしながらジェスビスを頬擦りする。

「これでニアもお嫁さんよー」

「カエルが旦那なんてお前笑われるぞ」

「ジェスがお婿さんならいい」

 誓いの言葉を聞いたのは来賓の席に座る苔と蔦と水だ。まるでこの世界に永遠の愛を誓ったようだ。

 ジェスビスは真っ赤になって叫び続けていたが、その言葉には一回も誓いを撤回する単語は入らなかった。

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