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1.牢獄

 眼を開いても暗闇なら、いっそ目を瞑っていよう。そう思うのに目を閉じればあの時の情景が嫌でも瞼の裏で再生される。

 溜め息を零すなんて行為は無意味だ。助けを呼ぶなんて馬鹿にもほどがある。

 ジェスビスは鎖を付けられた時に悟っていた。

(誰もが俺の敵だ)

 向けられた目線は憎悪と差別。身を裂かれ、異端者と罵られ、悪夢を見せられて。

『真っ赤な眼はリコリス。終焉を呼ぶ子』

 誰かの声が鼓膜を震わせる。ここには誰もいないのに、悪夢が消えれば次は無数の敵の声。

 耳を塞ごうと腕を動かせば耳障りな鎖の音が牢獄に響く。この音を聞いて敵は笑うのだ。

 逃げることは出来ないとジェスビスは解っていて脱獄など考えてもいなかったが、敵には逃げようともがく音に聞こえる。きっと次の巡回の時は飽きずに彼らはこう言う。

『また無意味なことをしているのか?』

 嫌らしく口角を上げながら、抵抗のできないジェスビスを嘲笑う。

 くつくつと笑い声が聞こえてジェスビスは睨みを効かせて振り返った。

「……あ?」

 乾ききった喉から零れたのは掠れた呆け声。笑い声は敵とは違うものだと混濁した頭で理解したのは彼女の姿を見てからだった。

「どこから入った?」

「私に入り口は無意味なの」

 胸をやたら強調したデザインの服を着こなした女はジェスビスの顎に触れる。

「うん。とても可愛い」

 舌なめずりをしてジェスビスの顔を多方面から覗く。補食する者の眼だ、とジェスビスは悪寒を覚えて身じろぎするが虚しく鎖が鳴るだけ。女はその音に頬を染めた。

「抵抗された方が恋の駆け引きは萌えるものよね」

「変態」

「あら? 私がこうなるのは貴方のようなお顔の子よ。幼さの残る、それでいて眼は強気でぎらつくほどの子。本当に可愛いわ」

 ジェスビスは唇に触れる指先をふりほどきたく顔を動かすが、女は楽しそうに空いた手で彼の頬を撫でた。顔が近づき、耳元に吐息がかかる。

「ねぇ、ここから出たいと思わない?」

 耳を疑い、ジェスビスは思わず女の方を向いた。ほんの寸ミリのところで彼女の唇が弛緩する。

「私なら出来るわよ」

 甘い匂いが女から漂ってくる。嘘だと言いたい口は固く閉じて、くすくすと笑っている彼女に目線が釘付けになる。

 頭の芯が痺れている。首を垂れそうになり…………ジェスビスは口の中を噛んだ。痛みで幻惑が解ける。

「俺に何する気だよ」

「観賞用にしようかしら?」

「ざけんな」

 術が解けても女の余裕の笑みは崩れなかった。どんな結末でも彼女は満足だった。ジェスビスが虚ろになろうが、抵抗し続けても。楽しければそれでいいのだ。

 だからこれも楽しさの延長だった。

「幻術を解いた褒美に本当にここから出してあげようかしら」

「お前の奴隷なんかにならないぞ」

「外に出してあげるって親切心で言ってあげてるのに。まぁいいわ、罵倒されるのもゾクゾクして悪くない」

「変態」

「それは聞いたわ」

 女は赤く塗った爪をジェスビスの唇に当てた。

「私に不可能なことなんてないの。貴方が願えばここから出してあげる……だだし、その姿、以外でね」

 唇から指が離れると、彼女はジェスビスの頭を抱いた。芳醇な胸に窒息されそうになり、彼は頭を振って小さく息をはいた。

「もう、堪能していいのに」

「死ぬ!」

「お姉さんの胸の柔らかさに幸せ死かしら」

「無駄にでかいだけだろ!」

 叫んでしまってから慌ててジェスビスは口を噤んだ。敵が階段を駆け下りてくる気配はない。

「そんなに警戒しなくて大丈夫よ。降りてきた子がタイプじゃなかったら消し炭にしてあげる」

「タイプだったら?」

「お人形さん?」

「お前本当になんだよ」

「名称はいくつもあるけど、一番多く呼ばれるのは魔女ね。あ、君は好きに呼んでくれていいのよ。綺麗で素敵なお姉様とか」

「魔女」

「そのぶっきらぼうな言い方も悪くないわ」

(こいつ本当にやばい)

 ジェスビスは魔女の頭から爪先までを目線で撫でる。頬を赤らめポージングし始めたことについては無視する。

「本当に出来るのか」

「出来る」

 この時ばかりの返答は真面目なものだった。自分に絶対の自信がある瞳がジェスビスを射抜く。

「私に不可能はない」

「じゃあ、やってみろ」

 頼み事をする立場であったジェスビスだったが、高圧な態度は改めなかった。一度おかしなことをされたからには頭を下げる気はさらさらなかった。

 一片のふざけもない目線が交差して、魔女の手がジェスビスの瞼を下ろす。覆ったままで彼女は幻術をかけた時と同じく耳元で囁く。今度は鼻腔に甘い香りは漂ってこなかった。魔女の声が脳内に満たされ他の思考が停止する。

「思い浮かべて。貴方に他の姿を与えるわ。逃げる姿を、真実を知る心を」

(真実?)

 疑問が浮かんだのは一瞬だった。体の感覚が消え去って、まるで魂だけの姿になったようだ。魔女の言霊だけがジェスビスの核に纏わりつく。

「思い浮かべて。貴方は何になるのかしら?」

 魔女が小悪魔じみた笑みをこぼすとともに、聞こえてきたのは『ゲコー』という間抜けな鳴き声だった。思い浮かべる気もないのに、ジェスビスの脳内でその実像が映し出される。つるんとしたフォルムに緑色の……

「眼を開けて」

 魔女の指示で眼を開くと、世界は大きくなっていた。鎖はもうジェスビスを拘束していない。しかし。「今のはなしだ!」

「いやん、可愛い」

「この姿は望んでない!」

「貴方の脳内にはカエルの姿があったからそれにしたのにぃ」

「だ、か、ら! カエルの声がタイミングわりぃんだよ! 何でこんな時にお前鳴くんだよ! どっから入ってきた!? それとも魔女、おまえのしわざか!?」

 端の方でカエルはまた間抜けな声を出すと、どこかへと飛び跳ねていった。

(最悪だ)

「貴方に合わせて白い体に三本の青い線を入れたの。私のセンスばっちりね」

「なおかつ悪いわ。こんな気持ち悪いカエルがいてたまるか」

「貴方の姿なのに。素直に喜びなさいよ、これで外に出られるわね」

 ガルルと唸ってみたがカエルの姿ではどうも滑稽だった。

 魔女はハートを飛ばすばかりの気配を消して天井を仰ぐ。そこにはさっきまでなかった小さな窓がついていた。三日月の青白い光が一人と一匹を照らす。

「行きなさい」

 魔女の真面目な声に足がバネとなってジェスビスは窓に跳躍した。黒々とした世界に飛び出す。

「面白いことをちょうだいな、私にね」

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